全国中学校バスケットボール大会。通称全中。この日は昨年の大会で出会ったライバルと対戦できる特別な日だった。そいつは地区が違うために全国以外での対戦がない。だからこそ戦える事が嬉しかった。前回の対戦はほぼ互角。今日は待ちに待った決着をつけるために、朝から気合いが入っていた。最高の勝負ができる。ただただそのことが楽しみだった。
その、筈だった。
スコア150対81。残り3分で71点差。
勝負なんて出来ていなかった。圧倒的なまでの実力差。初めはただ強くなったと思っただけだった。でも時間が経つにつれて理解させられた。理解、してしまった。
――――こいつには、勝てない。
● ● ●
青峰大輝は退屈だった。中学2年になってから、自身の才能が開花し、対等に勝負できる相手がいなくなった。多少本気を出すだけでついてこれなくなる。次第に勝負に対する熱が薄くなっていくのを彼は感じていた。
――――青峰くんより凄い人なんてすぐに現れますよ。
相棒はこういったけれど、決勝リーグに来るまでに自身と戦える者など出て来なかった。それでも今日の対戦相手は去年は互角だった、ライバルだと思っていた奴であったため楽しみにしていた。
結果は、圧勝。
(なんでだよ……! お前とならいい勝負ができると思ったのに……!?)
こんなものなのか。自分と戦えるやつなんていないのか。
(……ああ。そっか。オレに勝てるのは――――)
史実通りであれば彼はここでバスケに対して失望し、
しかしこの物語は、
「おい。青峰」
「……あ?」
「まだ、試合は終わってねえぞ」
ここで終わらない。
「勝手に終わった気になってんなよ」
「まだあと3分もある」
「まだまだ諦めねえぞ……!」
本来であれば彼はその才能の差に絶望し、
「……バスケに一発逆転はねえよ」
「んなことわかってるさ。でもここで諦める理由にはならねえだろうが」
しかし彼は違った。
「試合どうこうっていうだけじゃない」
「ここで大事な勝負を投げ捨てるわけねえだろ」
「勝負ってのは諦めた方の負けだ」
「俺はまだ諦めてねえ……!」
及ばないことがわかっていても、手を伸ばした。
「このままじゃ終わらせない」
「いくぞ!青峰!」
これは才能差を理解しつつもあがく――――
「……ハッ。ぬかせバァカ」
――――凡人の物語。
● ● ●
「監督。アメリカに行ってきます」
「は?」
あの戦いから一週間。俺、井上智也は中学の体育館でいつものように練習をしていた。俺の通う上崎中学校は全国でも有数のバスケの強豪校であり、今年の全中においても優勝を期待されていた。
結果は惨敗。まさに手も足もでなかった。
俺たちの中学に勝ったのは、中学バスケ界において長年頂点に君臨している帝光中学校。特に今年はキセキの世代とまで呼ばれる2年生がスタメンになり、圧倒的な力を持っていた。
彼らはその力を見せつけ、順当に優勝を決めた。
キセキの世代と呼ばれているのは5人。PG赤司征十郎。SG緑間真太郎。SF黄瀬涼太。PF青峰大輝。C紫原敦。その中でもエースと呼ばれている青峰大輝は昨年までは自分とあまり力の差はなかった。しかし彼はその才能の開花と共に、最強のスコアラーへと成長した。一試合50得点を当たり前のようにするような存在になった。
彼と戦い、俺は一回も勝てなかった。
その才能に嫉妬し、一度は匙を投げかけた。
でも、それは試合の中での彼の目を見て変わった。
(なんだその目は。その悲しげな目は)
哀しげに寂しげにこちらをみる彼の姿。
――――悔しかった。
(俺は、まだ終わってない。まだ終わりじゃない!)
あの日あの時あの瞬間。目標が定まった。
(もっと力がほしい。もっともっと力が!)
それからは自分がこれから何をすれば良いのかを考えた。今の自分に足りないものや必要なこと。ありとあらゆるものを考えた。
全ては、あいつに勝つために。
冒頭に戻る。
「アメリカだと?」
「はい」
「どういうことだ? 説明しろ」
「俺はあれから自分がどうすればいいのかを考えました。あの試合での力の差は歴然だった。力も速さもシュートの精確さも」
「…………」
「このままじゃダメだと思いました。今のまま漠然と練習していても、あいつには届かない」
「だからこそ刺激が欲しいんです。自分よりも強い相手と戦うための、経験がほしいんです」
「そのためにはアメリカが一番だと感じました。あそこならストリートといった場所で色々な相手と対戦できる」
「これから先負けないために。なによりも」
「今の自分が前に進むために。…あいつに、勝つために。必要だと。そう思いました」
「 ……青峰か」
「はい」
上崎中学校監督多田野裕二は考えた。これをどのように受け止めるべきなのかを。
彼が勤めているこの中学のバスケ部は強い。贔屓目ではなくそう思う。特に今話している井上は特にセンスがあり、一年生の頃から主力として使い続けてきた。
そんな彼をもってしても歯が立たなかった。
帝光中学校バスケ部エース青峰大輝。史上最強と名高い今のチームでスコアラーとして活躍している。一年前は互角だった。この二人の対決は面白く、それでいて華があった。だからこそ、今年の対決も彼らの勝負次第であると多田野は考えていた。
そんな想像をあざ笑うかのように、青峰は圧倒的に彼を倒した。
試合はダブルスコアで惨敗。現3年生は失意のまま引退していった。その目には涙はなく、絶望しかなかった。彼らは、もうバスケットはしないらしい。
しかし、井上は違った。
試合中何度抜かれても何度止められても、決して諦めなかった。序盤から大差をつけられ、もう勝てないと本人も感じていたであろうに最後まで向かい続けた。
眩しかった。
試合後に彼に尋ねた。何故最後まで諦めなかったのかと。指導者失格の問いではあるが、聞かずにはいられなかったのだ。
目尻に涙を滲ませながら、彼はこう答えた。
「……負けたくなかったからです」
「試合にか?」
「それもありましたけど――――」
「――――自分に、です。やっぱ俺バスケが好きなんで。……好きなもんに嘘ってつきたくないじゃないですか」
「あそこで諦めたら今まで頑張ってきた、好きなバスケに申し訳ないですし」
「バスケに失礼なこと、したくなかったんで」
それを聞いて彼は思った。
(強いな。とても)
あそこまでの実力差。点差以上に心にダメージを負っただろう。ましてや相手は一年前は互角だったライバルだった男だ。誰よりも何よりも井上自身が、普通なら耐えられない程の絶望を味わったはずだ。
それでも、勝ちたいと。
自分には、負けられないと。
彼はそう言ったのだ。
(まさかこの年になって選手にこんな大事なことを教わるとはな)
今、目の前で自分を見つめるこの少年はきっと誰よりもバスケが好きで、誰よりもバスケを愛しているのだ。
その彼が新たな一歩を踏み出そうとしている。
後押しをしない理由がなかった。
「わかった」
「……え?」
「行ってこい。アメリカに」
「いいんですか」
「必要だと思ったんだろう?今の自分に。前に進もうと思ったんだろう?これから先に」
「なら行ってこい。そして、大きくなって帰ってこい」
「……っはい!」
そうだ。これでいい。あとは彼を信じるだけだ。
このチームのエースである彼を。
● ● ●
渡米当日。ついにアメリカに行くときがやってきた。監督に意志を伝えた後すぐに部の皆への説明を済ませた。初めは戸惑っている人も多かったが、最後には納得してくれた。
「お前ならやれるさ」
「あの試合を見てた俺達ならわかる」
「頑張ってこいよ」
「俺らもお前に負けないように、頑張るからさ」
彼らは俺に期待をしてくれた。
(ちゃんと応えないとな)
アメリカに行くための伝手は監督が用意してくれた。自分で行く方法を決めていなかったことは、監督に呆れられた。しかし呆れながらも向こうに行くための準備までしてくれた。学校に要請して短期留学の為の枠を確保してくれた。
これは上崎中学校にある交換留学の制度を利用したもので、今年は制度に申請した人がいなかったためにすんなりと話が進んだ。
目的地はロサンゼルス。期間は3ヶ月。
(監督にも感謝を。絶対に強くなって帰ってきます)
やることはわかってる。行動はもう始めた。
あとはただ突き進むだけだ。
「よしっ。いくか!」
タイムリミットは来年の夏。おそらく、あいつももっと強くなっているだろう。
やるべきことはたくさんある。時間はいくらあっても足りない。
それでも。
「やってやる……!」
あいつに勝つために。
自分に、負けないために。
心のモヤモヤを晴らしに行こう。悩むのはもう飽きたから。
「待ってろよ」
青峰。
続きは未定。