「き、君は……」
僕は、みほちゃんを見てうわずった声を上げた。
すると少女もこちらに気がついた様子だった。
「あ! ボコのおじさん!」
言ってから、「あっ、しまった」というように舌を出す。
僕は、いいよ、という風に小さく頷いた。
すると少女は笑顔になった。
花が咲いたような微笑みだ。
華やかさと幼さ、純粋さが同居している。
「うわ~! こんなところで合えるなんて奇遇ですね!」
少女がにこにこと微笑む。
「えへへ。実は私、おじさんのことがあの後もずっと頭に残っていたんですよ。だから、こうしてもう一度会えるなんて、なんだかうれしいです」
僕は、頬が火照るのを感じた。
違う。
こんな少女にときめくはずがない。
僕はもう、いい歳をした大人なんだ。
これはきっと、酒を飲みすぎたせいだ。
「横、良いですよね?」
みほちゃんが問いかけながら、すでに僕の隣に腰掛けていた。
「お酒、お強いんですか?」
僕の飲みかけのウィスキーグラスを手に取り、濡れたグラスのふちを指で撫でる。
その指が、妙に艶めかしい。
「そ、そこそこ、だよ」
僕の声はまた上ずっていた。
これじゃまるで喜劇役者だ。
僕は額を押さえる。
「でも、ここに来る前にもう飲んでらしたんですよね?」
「あ、あぁ」
「すごいなぁ。私、お酒って強くないから、憧れちゃいます」
「き、君だってすぐに慣れるさ。こういうお店で働いているんだから」
「だと良いな……。まだ、日が浅いから、慣れなくって。今日は、おじさんが相手で良かった」
うるんだ瞳が、僕を見つめる。
僕がその瞳に吸い込まれそうになっていると、湯浅が会話に侵入してきた。
「お嬢ちゃん。みほちゃんって言うんやな」
「あ、は、はい」
「可愛い名前やなぁ。顔も可愛いわ。すぐに人気出るぞ」
「そ、そんな……」
「カマトトぶらんでええがな。そんだけ可愛いんや。男喰ってきたんやろ? ん?」
「…………」
「この社長さんはオボコイから。あんまりネンネのふりしてかどかわし過ぎんといたってや?」
「…………」
「だぁんまりかいな。やわこいほっぺやなぁ」
湯浅が、みほちゃんの頬に触れた。
柔らかい頬の肉に、指が食い込む。
「んん~。モチモチやなぁ」
「あはは。湯浅のおじ様、やりすぎだよ~」
沙織ちゃんが湯浅の隣で笑う。
「みぽりん。このおじ様、こういう人だから。ちょっと我慢して触らせてあげて~」
「う、うん」
みほちゃんはぎこちなく微笑んだ。
「女の子のお友達ごっこはおもろいなぁ。みほちゃんは経験豊富やでなぁ? 男の子にいぃっぱい触られてきたもんなぁ? これぐらい平気やでなぁ~?」
湯浅がにこにこと微笑む。
「へ、平気です」
みほちゃんも微笑んだ。
そんな様子を黙って見ていると、今度は僕に矛先が向いた。
「んぉ、社長さん、ジェラシーかいな? ジィッと見よってからに。 ん?」
「嫉妬なんて、そんな」
僕の言葉に、湯浅の目が細められた。
低い声で湯浅が言った。
「よぉ、ワレ。今、なんで言い直したんや?」
僕は驚いて口をあんぐりと開けた。
「え?」
「俺が今、ジェラシー言うたのに、お前、わざわざ嫉妬と言い直したやろ」
「そんなの、無意識で」
「ふざけんなや。俺がジェラシー言うのをダサいと思ってほくそえんどったんやろ」
「違う、そんなつもりは……」
「まぁ、ええわ」
また不意に湯浅の表情が変わる。
「ここは楽しい場や。許しといたろ。おら、酒飲めや」
なぜ貴様に許してもらわねばならない。
そう怒鳴りたい気持ちを抑えて穏便に答える。
「それぐらいにしといた方が……」
だがその言葉も湯浅には火に油らしい。
湯浅が声を荒げた。
「なんやとぉ!?」
そこに、沙織ちゃんが割って入った。
「まぁまぁ、湯浅のおじ様。お酒飲んで、お酒。ほら、おじ様のだぁい好きなウィスキー。さおりんがソーダ割りにしてあげたよ」
「ほな、口移しで飲ませてぇな」
「うぇ?」
「嫌なんかい?」
「しょ、しょうがないなぁ。もー。湯浅のおじ様だけだよ?」
へらっと笑いつつも、眼が笑っていない表情で、沙織ちゃんがハイボールを口に含む。
「んふふ~。ちゃんと口ゆすぐみたいにくちゅくちゅしてや?」
嬉しそうに湯浅がそう命令すると、沙織ちゃんは、ハイボールで口の中をくちゅくちゅとさせ、それから唇を湯浅につきだした。
「よっしゃよっしゃ。沙織ちゃんの口の中で混ぜ混ぜされたハイボール、おっちゃんが飲んだるぞ」
ぶちゅっと、湯浅が沙織ちゃんに口づけし、口と口を結合させる。
「んぐ、んく、んくっ」
そのまま、口移しというよりも、吸い取るかのように沙織ちゃんの口の中のハイボールを飲み干していく。
僕はその様子を見ていて、吐き気がしてきた。
と、みほちゃんを見ると、彼女は無表情に二人の様子を見ていた。