いつまでもボコだと思うなよ   作:忍者小僧

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7 夜の彷徨い

焼き鳥屋は、ロードサイドにあるこじんまりとした店だった。

酒を飲むことを見越してだろう、湯浅はタクシーを使った。

店内は、何枚もの芸能人や野球選手のサインが、壁のいたるところに貼り付けられ、鶏を焼く煙で薄汚れて変色していた。

僕は流行に疎いのでそのほとんどの名前を知らなかった。

僕と湯浅は、ビールで乾杯し、まずは肝刺しを食べた。

新鮮でとても美味い。

ぷるりと弾力があるが、ぐにゃぐにゃとししすぎず、噛みごたえも兼ね備えている。

そのうえ、値段もひどく安い。

さすがは九州だ。

 

「これは……美味いですね」

 

僕が驚きを含めて言うと、湯浅が破顔した。

 

「そうでっしゃろ。そうでっしゃろ。都会から人が来たら、まずここに連れてきますねん」

 

自慢げにそう言ってから、焼酎を注文した。

月の中、という聴いたことのない焼酎だった。

焼酎の水割りと、焼き鳥の盛り合わせがテーブルに運ばれてくる。

僕は湯浅のグラスを眺めて言った。

 

「霧島とかじゃないんですね」

「あぁ、霧島もここやったらぎょーさん種類ありますけどね。俺はこれが好きですねん」

「へぇ」

「同じもの、飲んでみますか?」

「そうだな。そうしようかな」

「よっしゃ。店長、この人にも月ん中、入れたって。『妻』がええわ。俺の大事な客やねん。サービスしたってや」

「妻?」

「銘柄ですわ」

「へぇ」

 

眼前に差し出されたその焼酎はまろやかだった。

芋だということが信じられない。

確かに悪くない酒だ。

 

「いけますやろ?」

「確かに」

 

湯浅に酒を勧められたことで、幾分、気持ちが打ち解けたような気がした。

僕は多少饒舌になり、経営戦略や、これからの方針、社会情勢などを語った。

湯浅は、その一つ一つに相打ちを打ち、だが自らの意見はさほど口にしなかった。

やがて、〆の焼きおにぎりが運ばれてくると、湯浅が口を開いた。

 

「そろそろ、行きまひょか」

「そうですね。もう夜も遅いし。帰りますか」

「何言うてはりますねん」

「へ?」

「キャバクラですがな」

「あ……」

 

焼き鳥ですでに満足していたので、完全な蛇足だと思った。

いっそこのまま、ホテルに帰ってゆっくりとしたい。

だが、湯浅が鋭い目つきで僕を見据えた。

 

「さんざ自分の話ばっかしといて、俺のお楽しみには付き合われへんて言わへんやろうなぁ?」

「あ、も、もちろん……」

「ほな、よろし」

 

湯浅が優しげに眼を細める。

 

「お会計は任しといてや。経費やさかい」

湯浅に連れだって店を出ると、タクシーに乗り込んだ。

 

「楽しい店やでぇ」

 

湯浅はうれしそうにつぶやく。

タクシーはほんの10分ほど走り、繁華街の外れの雑居ビルの前に停止した。

薄暗い雑居ビルの3階と5階だけ、灯りがついていた。

どこからか素人の歌う下手な演歌が漏れ聞こえた。

 

「ダボが。騒音被害やぞ」

 

湯浅が唾を吐いた。

 

「5階のスナックや。あほな年寄りが演歌を歌いよったら五月蠅うてたまらん」

 

そして僕を見据える。

 

「これから行く店は、3階のヴィーナス言う店やから。5階と違って五月蠅ないし、ちゃんと若い子がいまっせ」

「え、えぇ」

 

僕はあいまいに頷いた。

意気揚々とビルに入っていく湯浅に従う。

エレベーターで3階に着くと、会員制と銘打たれた木製の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませぇ!」

 

若い女の子の声が聞こえる。

 

「あら、湯浅のおじ様。お久しぶりね」

 

颯爽とした様子の、金髪の女の子が僕たちを迎えた。

若い。

そしてすごく綺麗だ。

なぜか、手に紅茶のカップを持っているけれど。

 

「やぁ。ダージリンちゃん。最近はおじさん、忙しくってなぁ。許したってや」

「お忙しいのは良いことですわ。お商売が上手く行っておられるのね」

「そんなことあらへんあらへん。貧乏暇無しってだけや」

「あらあら。それは大変ですのね。今日は、ご指名は? いつもの娘でよろしいのかしら?」

「せやなぁ。沙織ちゃんはもちろんやけど、なんか、新しい娘も呼んだって。沙織ちゃんのお友達がこの前、入ったんやろ? 聞いてるで」

「ねぇ。湯浅さん、こんな諺を知っておいでかしら? 二兎を追う者は……」

「しょうもないこと言わんでええから、はよ呼んだってや。おっちゃん、疲れてるんや」

「……は、はい」

 

金髪の少女が、湯浅に睨みつけられてくるりと回転し、店の奥へと戻っていく。

ガタガタと震えていたようだが、床は濡れていない。

紅茶はこぼさなかったらしい。

しばらくすると、もう一度戻ってきた。

 

「お、お席にご案内させていただきます」

「さくっとしてな」

「は、はい」

 

僕たちは、奥のソファ席に座らされた。

 

「ご指名の二人はすぐに参りますので……」

 

深々と頭を下げるとダージリンちゃんは去って行った。

 

「講釈垂れる女は嫌いやねん」

 

湯浅が、机の上に置かれていたウィスキーを勝手に開ける。

と、その時、別の少女が僕たちの席に現れた。

どことなく見覚えのある少女だった。

 

「ご指名ありがとうございまーす!」

「おぅ。沙織ちゃん。勝手に飲ませてもらってるでぇ。どうせテーブルのは飲み放題なんやからええやろ? 薄いウィスキーや」

「やだもー。もちろんだよ~。って、あれ? そちらの方は」

「おぅ。俺のダチよ。偉いさんやぞぉ会社の経営者様や」

「えぇ!? そうなの!? あの、夕方のおじさんですよね?」

「え!?」

 

少女が僕を見る。

 

「あ!」

 

思い出した。

あの、本屋の店員の少女だ。

 

「君、本屋の……」

「しーっ!」

 

少女の細い指が僕の唇に触れた。

 

「プライベートは口に出しちゃダメ!」

「す、すまない」

 

僕は頭を掻いた。

湯浅が怪訝な顔で僕を睨む。

 

「なんやぁ? どういうことやぁ!?」

「あはは。なんでもないよ~。やだもー」

 

沙織ちゃんが手をひらひらとさせた。

 

「そんなことよりも、湯浅のおじ様の飲みっぷり、見たいなぁ~」

「よっしゃ、見せたろ」

 

湯浅が、ウィスキーをあおる。

沙織ちゃんが嬉しそうに手を叩く。

その時、もう一人の女の子がやってきた。

 

「あ、あの。お邪魔いたします。み、みほって言います」

「おっ、新人ちゃんや。可愛いやないか」

「みぽりんは私のお友達なんだよ~」

「う、うん」

 

今度こそ、強烈な既視感があった。

みほと名乗る少女は、あの老婆のいた喫茶店の店員だった。

 

 


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