「怒ってなんていないよ」
この上もないほどに優しい声が聞こえる。
その声は、西住みほの声だ。
彼女は今、愛里寿のスカートを捲り上げ、下着に鼻先をつけながらつぶやいている。
「ふぇ……」
怯えた声を上げる愛里寿を諭すように、西住みほが言葉をつなぐ。
「いい子だね……怖がらないで。お姉ちゃんはね、ちっとも怒ってないんていないよ? 愛里寿さんがオナニーしていたことを咎めたいんじゃないんだよ?」
西住みほの手が、愛里寿の細い太ももに触れる。
ゆっくりと、いとおしげにそのすべすべの肌を撫でる。
「ねっ。お姉ちゃん、愛里寿さんと、もっと仲良くなりたいな。愛里寿ちゃんって呼んでもいい?」
「う、うん」
「ふふ。きれいな足だね。愛里寿ちゃんのすべてがきれいだよ。こんなにきれいでかわいくて、まだ小さいのに、オナニーしちゃったんだね」
「み、みほさん」
「大丈夫、大丈夫。ちっとも怒ってないかね。怖がらないでね」
小さい子供をあやすように呟きながら、西住みほの指が、愛里寿の股間に触れた。
「んぅ」
愛里寿が吐息を漏らす。
そして、下着越しにそっと大切な部分を撫でていく。
愛里寿が、くすぐったいような、せつないような声を上げる。
「まだ、よくわかってないんだよね? オナニーのこととか。それで、自分が悪いことをしてるんじゃないかって戸惑ってるんだよね? 大丈夫だよ。お姉ちゃんが、ゆっくり教えてあげるから」
「あ……み、みほさん……」
「ほら、ここ。もうぐしゅぐしゅだよ?」
西住みほが、下着をいじっていた指を離す。
するとかすかに糸を引いたように見えた。
「ね。お姉ちゃんが、もっといろんなことを、ちゃんと教えてあげる。だから、ベッドに行こ?」
西住みほが、愛里寿を見つめる。
あのつぶらな瞳を、じっと見つめる。
……僕は、画面のこちら側で歯ぎしりした。
やめろ。
やめろ。
やめろ。
このっ。
僕の愛里寿に、おかしなことを吹き込むな。
西住みほ!
くそっ。
僕は画面の枠を強く揺さぶる。
そしてやっと、それがノートパソコンの画面であることに気が付く。
なんてことだ。
なんて遠いんだ。
僕と、彼女らの世界は離れている。
こんなにも隔てられている。
これは、画面の向こうで起きていることだ。
僕は、画面の向こうへと手を伸ばすことができない。
いや、待てよ。
それどころか。
これは、この画像は、この動画は。
一週間前に録画されたものだ。
それはすでに、起こったことなのだ。
この出来事はすでに完結し。
もうすべて成し遂げられた出来事なのだ。
その事実に思い至った時、僕は愕然とした。
あまりの恐怖に、足が震えた。
これから、画面の中で起こる事実に、僕はもう干渉できない。
僕は、愛里寿と西住みほに。
もう干渉できないのだ。
僕は。
血走った眼で、画面をにらんだ。
画面の中では、西住みほが、愛里寿の肩を抱き、耳元で何かをささやいでいた。
僕の耳が、そのつぶやきのような吐息のような声をとらえた。
「ね? 怖がらないで? お姉ちゃんと、しよ?」
くそっ。
くそっ。
愛里寿は、西住みほに耳元でささやかれ、頬を赤く染め、戸惑うようなそぶりを見せている。
けれども、肩に触れられた手、西住みほのいやらしい手つきを、拒まないでいる。
どうしてなんだ。
どうして拒まないんだ、愛里寿!
その女はおかしい。
異常性愛者だ。
君を犯そうとしている。
ペドフィリアの変態レズビアンだ。
拒め。
拒んでくれ、愛里寿。
頼む。
頼むから。
そんな女の言いなりにならないでくれ。
君には僕がいるだろう?
君を愛している僕が。
僕の愛里寿になってくれ。
なって……くれ……よぉ……。
「うっ、く。うぅぅ」
気が付くと、とめどもなく涙がこぼれていた。
なぜならば、画面の中ではすでにもう、愛里寿が西住みほの行為を受け入れていたからだ。
はじめは照れ臭そうに、怯えながら。
だが徐々に、快楽におぼれ。
西住みほという、美しい年上の少女の、柔らかい体に抱きしめられ。
愛里寿の華奢な幼いからだが、初めて知る女の悦びに震えていた。
二人の汗がとめどなくベッドに染み込み、二人の喘ぎ声が、アパートの部屋に響き渡る。
その様子を改造ボコのレンズは冷徹に見つめていた。
僕の設置した改造ボコのレンズを通して、僕の愛しい少女が奪われ乱れ喜ぶさまが、今この僕の部屋に再現されている。
それはあまりにも皮肉でゆがんだ状況だった。
これは一体、何なんだ。
これは現実なのか?
そうか、これが、現実なのか。
これがすべて、もう。
成し遂げられて終わった出来事なのか。
僕は、へなへなとしゃがみ込み、天を仰いだ。
「うぁぁぁぁぁ……」
うめきとも、叫びともわからぬ声が、歯ぎしりの間から漏れた。
今、画面の中では、事を終え汗だくになった二人の少女が、ぐったりと抱き合いながらベッドで息をついていた。
西住みほが、いたずらをする子供のように、愛里寿の頬を撫でる。
くすぐったそうに微笑んだ愛里寿がつぶやいた。
「みほさん……大好き……」
愛里寿のその、幸せそうな言葉を聞いた時、僕の中の何かがひび割れた。
僕は、体の奥底から沸き起こる、かつて感じたことのないほどの悔しさを覚えた。
僕は立ち上がり、歌っていた。
なにを?
わかるだろ。
あの、ボコの歌だ……。
僕は立ち上がり、もぞもぞと着替え始めた。
体の動作が鈍い。
ジョギングに使っているジャージと野球帽をかぶるのだけに21分を浪費してしまった。
時間がのっぺりとしている。
のっぺりと引き延ばされ、息も絶え絶えと嘲笑っている。