僕たちは連れ立って夜の街を歩いた。
繁華街は猥雑で濃密だった。
若いころはその猥雑さが好きだったが、今では少し、煩わしさを感じる。
殊更、幼い少女を連れて繁華街を歩くことは少し嫌な気分がした。
まるで何かを疑われるかのようだ。
だが、愛里寿はまるで気にしないようだった。
「そこの店がいいわ」
少女が指差した先に、24時間営業のピザ屋があった。
僕は頷いた。
僕がホットコーヒーを2つオーダーすると、愛里寿はシーフードピッツァのSサイズをつけ足した。
「腹が減っているのか?」
「ええ」
「僕は食べないぞ」
「構わないわ。一人で食べられるもの」
愛里寿がカットされたピザを手に取る。
溶けたチーズがのびやかに伸びる。
彼女の小さな口の中へとピザの一切れが放り込まれた。
僕はその様子を見ながら問いかけた。
「そろそろ本題に入りたい。あの部屋はなんだったんだ?」
「あなたはあそこで何を見たの?」
「質問に質問で返すのか。僕が見たのは、一台のアップライトピアノだ。冷泉という少女が、ピアノを弾いていた。スタンダードが2曲。そのあとは……」
そのあとのことを思い出そうとすると、また頭が痛んだ。
「そのあとのことは、思い出せないのね?」
「あ、あぁ……」
「かわいそうな人」
愛里寿が私を見つめた。
その瞳は、吸い込まれるような色合いがあった。
瞳の色が、光を反射して様々に変わる。
まるで万華鏡だ。
僕は首を振った。
見つめていると、白昼夢に取り込まれそうだ。
駄目だ。
本題に入らなくては。
「気がつくと、これが手の中にあった。これは……いったい、なんなんだ?」
僕は、頭を押さえながら、小さな箱を机の上に置いた。
「気がついたら、これを手に持っていた」
「それを開けたの?」
「いいや。なぜか、開けて中を見る気にはならなかった」
「そう。今はその方がいいわ」
愛里寿が微笑んだ。
「それは、あなたにとってとても大切なものよ。無くさないように、しっかりと持っておいて」
「君は何を知っているんだ?」
彼女はその問いかけには答えなかった。
「もうすぐ、あなたは不思議な体験をするわ。その時に、その箱が必要になると思う。それから、おまけで連絡先を渡しておくわ」
小さなメモ用紙に、携帯電話の番号が書かれていた。
「困ったときにその番号を使って」
それだけ言うと、愛里寿は立ち上がった。
「お、おい、ちょっと待ってくれ」
その時、携帯が鳴った。
僕の携帯だ。
大切な取引先からの電話だった。
取らないわけにはいかなかった。
携帯をタップし、顔を上げると、もう少女はいなかった。
続く