いつまでもボコだと思うなよ   作:忍者小僧

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3 完成しない会話

僕たちは連れ立って夜の街を歩いた。

繁華街は猥雑で濃密だった。

若いころはその猥雑さが好きだったが、今では少し、煩わしさを感じる。

殊更、幼い少女を連れて繁華街を歩くことは少し嫌な気分がした。

まるで何かを疑われるかのようだ。

だが、愛里寿はまるで気にしないようだった。

 

「そこの店がいいわ」

 

少女が指差した先に、24時間営業のピザ屋があった。

僕は頷いた。

僕がホットコーヒーを2つオーダーすると、愛里寿はシーフードピッツァのSサイズをつけ足した。

 

「腹が減っているのか?」

「ええ」

「僕は食べないぞ」

「構わないわ。一人で食べられるもの」

 

愛里寿がカットされたピザを手に取る。

溶けたチーズがのびやかに伸びる。

彼女の小さな口の中へとピザの一切れが放り込まれた。

僕はその様子を見ながら問いかけた。

 

「そろそろ本題に入りたい。あの部屋はなんだったんだ?」

「あなたはあそこで何を見たの?」

「質問に質問で返すのか。僕が見たのは、一台のアップライトピアノだ。冷泉という少女が、ピアノを弾いていた。スタンダードが2曲。そのあとは……」

 

そのあとのことを思い出そうとすると、また頭が痛んだ。

 

「そのあとのことは、思い出せないのね?」

「あ、あぁ……」

「かわいそうな人」

 

愛里寿が私を見つめた。

その瞳は、吸い込まれるような色合いがあった。

瞳の色が、光を反射して様々に変わる。

まるで万華鏡だ。

僕は首を振った。

見つめていると、白昼夢に取り込まれそうだ。

駄目だ。

本題に入らなくては。

 

「気がつくと、これが手の中にあった。これは……いったい、なんなんだ?」

 

僕は、頭を押さえながら、小さな箱を机の上に置いた。

 

「気がついたら、これを手に持っていた」

「それを開けたの?」

「いいや。なぜか、開けて中を見る気にはならなかった」

「そう。今はその方がいいわ」

 

愛里寿が微笑んだ。

 

「それは、あなたにとってとても大切なものよ。無くさないように、しっかりと持っておいて」

「君は何を知っているんだ?」

 

彼女はその問いかけには答えなかった。

 

「もうすぐ、あなたは不思議な体験をするわ。その時に、その箱が必要になると思う。それから、おまけで連絡先を渡しておくわ」

 

小さなメモ用紙に、携帯電話の番号が書かれていた。

 

「困ったときにその番号を使って」

 

それだけ言うと、愛里寿は立ち上がった。

 

「お、おい、ちょっと待ってくれ」

 

その時、携帯が鳴った。

僕の携帯だ。

大切な取引先からの電話だった。

取らないわけにはいかなかった。

携帯をタップし、顔を上げると、もう少女はいなかった。

 

続く

 


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