カラオケ店は、雑居ビルの5階と6階だった。
受付が5階ということで、エレベーターでそこまで上がる。
愛里寿は緊張した面持ちだった。
僕も始めてカラオケに行った子供の頃はドキドキしたな。
そんなことを思い出すと自然と頬が緩んだ。
5階に着き、受付でアルバイト店員の少女に声をかける。
「2名、1時間で」
とりあえず、それぐらいの時間でいいだろう。
僕はともかく、愛里寿はボコのテーマソング以外、歌える歌がないかもしれないし。
受付の少女が僕たちに問いかける。
「承知いたしました。機種のご希望はございますか?」
少女は、ボブぐらいの髪形にした可愛い少女で、名札には西住と書いてあった。
僕は、少し思案した。
カラオケは何度か来ているが、ボコの歌なんて歌ったことはない。
まぁ、アニメ化されている作品なわけだから、そこそこの知名度はあるはずだ。
しかし、もしもその歌が入っていない機種を選んでしまったら、愛里寿をがっかりさせてしまうだろう。
一応確認しておいた方がいいのかもしれない。
「あの、こういうこと聞いて、調べてもらえるかどうかわからないのですが。ボコられグマのボコのテーマソングを歌いたくて。それが入っている機種ってわかりますか?」
「え!? ボコですか?」
受付の少女の目の色が変わる。
ぐぐぃっ、と、こちらに身を乗り出してきた。
ふわりと、少女の髪から、シャンプーのいい匂いがする。
「お客様、ボコがお好きなんですか!!?」
「あ、いや。その。ぼ、僕というよりは、この子がね」
愛里寿を指さすと、西住という名札の少女が、愛里寿に目をやる。
そして、愛里寿が抱いているぬいぐるみを見てうれしそうな声を上げた。
「あ~! ボコだ!!」
愛里寿の背が低くて、カウンター越しでは、彼女のぬいぐるみが見えなかったのだろう。
受付の少女は興奮した様子で、愛里寿に微笑む。
「ボコが好きなの?」
「うん」
愛里寿がうなづくと、
「うわぁ~」
受付の少女が楽しそうに嘆息する。
「いいなぁ。ボコのぬいぐるみ。可愛いなぁ」
「あの、あなたも、ボコが好きなの?」
「うん。大好きだよ」
二人、見つめあう。
お互いに心と心が通じ合ったような表情。
「あ、あの……」
僕がおずおずと声をかけると、受付の少女がはっと我に返った。
「ご、ごめんなさい。つい。あの、ボコの歌なら、どの機種にも入っています。でも、こちらの機種の方がお勧めです!」
自信満々に、機種名を言う。
「こちらの機種なら、ボコの動画に合わせて歌うこともできるし、劇中のアレンジヴァージョンとか、レアなのも入ってるんです!」
えっへんと胸を張る。
「私、その機種にする!」
愛里寿が目をキラキラさせる。
「わかった。そうしよう」
僕は頷いて、
「それでお願いします」
と受付の少女に告げた。
「はいっ!」
受付の少女がうれしそうにほほ笑んだ。
「ねぇ。お姉さんも一緒に、歌お?」
愛里寿が、受付の少女に問いかける。
「お仕事があるから……でも、一緒に歌いたいよ~」
少女が心底惜しいといった様子で言った。
「良い人だったね」
「うん」
僕たちは、6階の禁煙室に階段で登る。
部屋番号は608。
気を遣ってくれたのか、そこそこ広めの部屋だった。
「これ、どうするの?」
愛里寿がマイクを持って僕に問いかける。