その日の夜、工場の仲間と居酒屋で飲んでいると、酔って顔を赤くした金田が僕に言った。
「なぁ。総一郎ってよぉ。ロリコンなの?」
「え? ど、どういう意味ですか?」
唐突な言葉に驚いて、僕は金田を見た。
金田は僕よりも5歳上で、体格のがっしりとした、よく冗談を言う男だった。
彼は、なかなか腕の立つ職人で、僕が工場に入りたての頃には、よく僕の面倒を見てくれた。
僕の技術力は、彼に教えられたことが基礎になっているといっても過言ではない。
「金田さん、何の冗談ですか? 僕、ロリコンじゃないっすよ」
僕が笑うと、金田がぐっと顔を近づけた。
「いやいや、冗談じゃなくてさ。お前、今日、工場の裏で女の子と遊んでただろ」
「え?」
それって愛里寿のことか。
見られていたのか。
僕は少しばつが悪くなった。
仕事をさぼっていたのを見とがめられたわけだ。
しかし、あれはちょっとした息抜きに過ぎない。
たばこ休憩やらなんやらを取っている連中はほかにもたくさんいる。
それに何よりも、僕がロリコンじゃないことは事実だ。
愛里寿と話すことは楽しいが、それは癒し的なものであって、恋愛感情ではないはずだし、彼女が大人びていて、小さな子供と話しているという感覚はあまりなかった。
だから、否定しようとすると、金田が先に言葉を紡いだ。
「いや、隠さなくっていいって。むしろ、同じ趣味のやつがいてうれしいんだよ」
「は?」
同じ趣味?
「いや、俺もさ、ロリ趣味でさ。もう、JSかJCでなきゃ勃たねぇのよ。お前さ、どうやってあんな可愛いちびっ子と知り合ったわけ? マジうらやましいわ。今度紹介しろよ。もうヤったのか? ん?」
酒気を帯び、楽しそうにまくしたてる金田に、僕は言葉を失った。
その瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
僕は、慌てて手を振った。
「ちょ、か、金田さん。違いますよ。僕はそんな」
「なんだぁ。隠してんのかよ。俺、マジだって。ほら、これ見てくれよ。俺のお宝。俺もお仲間なんだよぉ」
言いながら、金田が自分のスマホを操作する。
スマホの画面に、街中の少女を隠し撮った画像が現れる。
「え、か、金田さん、これって?」
「俺の趣味。な。俺も告白したんだからよぉ。次は総一郎の番だぜぇ?」
まずい流れだ、と思った。
この人、ガチなんだ。
そんなこと、知らなかった。
かといって、話を合わせるわけにもいかない。
僕と愛里寿はそんな関係じゃないし、金田みたいな性癖の人に、愛里寿のことを紹介するなんてもってのほかだ。
僕は、真剣な目で金田を見つめた。
「金田先輩。申し訳ありません。僕は、本当に違うんです。あの女の子とは、ただの知合いです。ちょっと相談ごとに乗っていただけなんです」
「え、あ……」
金田の表情が硬くなった。
酔いが覚めていくようだった。
「すいません、先輩。ただ、さっきの画像とか、性癖のことは他人には言いませんから」
「あ、あぁ……」
金田が、小さく頷いた。
その時、店内に数名の男が入ってきた。
体格のいい、雰囲気の荒い男連中だ。
僕はあまり付き合いがないが、見覚えがあった。
近くの工務店やら、プロパン屋やらの連中だ。
「よぉ、金田ちゃんじゃねぇか!」
男たちのうちの一人が手を挙げた。
「おぅ、島野」
金田も手を挙げる。
確か彼らは、高校の同級生か何かで、地域の祭りの実行委員会でも一緒だったはずだ。
「なんだ、浮かない顔をして」
「あ、いや何でもないんだ」
「一緒に飲もうぜ!」
「あ、あぁ」
島野と金田が一緒に飲み始めると、僕は立ち上がった。
「すいません。先に失礼します」
金田は、僕を一瞬にらんだ。
※
翌日、金田は僕に対して、どこかよそよそしかった。
びくついたように僕をちらちらと見ることがあった。
おそらく、自分の性癖をばらしてしまったことに怯えているのだろう。
僕としてはやや不本意だった。
別段、金田に対して恨みはないからだ。
ただ、愛里寿のことを、彼にこれ以上知られたくはなかった。
僕はその日、いつも通り空き地にやってきた愛里寿に言った。
「あの。ごめん。もう、ここで会わないほうがいいと思う」
「え? どうして?」
愛里寿がとても悲しそうな声を上げた。
僕は胸が締め付けられる思いだった。
でも、うまく説明することができなかった。
というのも、「ロリコン野郎に君のことを知られたからだ」なんて、言いたくはない。
そもそも愛里寿に、そんな単語を知ってほしくなかった。
僕がうまく説明できなくて、もごもごとしていると、愛里寿が僕に問いかけた。
「総一郎さん。なにか、隠してる?」
「いや、その……」
僕は頭を掻いた。
どうにも、見透かされている。
愛里寿には、嘘は通用しないみたいだ。
僕は、言葉を選んで愛里寿に告げた。
「実は、君と僕がこうして会っていることを、快く思っていない人がいる」
「快く思わない……どうして? お仕事の邪魔になるから?」
「まぁ、そんなところだよ」
「そっか」
愛里寿があっけらかんと答える。
「それは、確かにそうかも。総一郎さんは勤務時間に私と会ってくれているわけだし」
一人納得するかのように、愛里寿はうなづく。
「それじゃ、こうしましょ。次からは、仕事が終わった後に会いましょ?」