いつまでもボコだと思うなよ   作:忍者小僧

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10 取り調べ

ホテルの前のコンビニでタクシーを降り、コンビニで缶ビールとつまみを買った。

 

「これぐらいはあんたが出しいな」

 

湯浅に言われるがままに、会計を払う。

そしてホテルに入り、二人でエレベーターに乗り込んだ。

僕の部屋は、ホテルの17階だった。

エレベーターはゆっくりと上昇していく。

湯浅が鼻で笑った。

 

「17階かいな。お高い部屋に泊まっとるのぉ。やっぱ社長さんはぐぅ!!!!?」

 

ほとんど無意識だった。

僕は、強烈な右ストレートを、湯浅の顔面に叩き込んでいた。

 

「な、なにすりゅ、んぶっ!!!!!」

 

続けて、もう一発。

息も絶え絶えにうずくまった湯浅の脇腹に、今度は蹴りを入れる。

 

「ぶぎっ!!!!!!」

 

でくの坊のように転がった湯浅の体に馬乗りになり、タコ殴りにする。

殴る。

殴る。

殴る。

殴りまくる。

 

僕の拳の雨は、エレベーターが17階に上昇している間、延々と行われた。

 

 

翌朝。

部屋の鍵が開く音で目が覚めた。

僕はひどく酒に酔い、だらしない姿でベッドに横たわっていた。

鍵を開けたのは、警察だった。

 

 

「牧野総一郎。41歳。これで二度目の逮捕だ。あんた、もう人生詰んだな」

 

取調室の警官が、ニタニタと笑いながら言った。

僕は首を振った。

 

「二度目の逮捕? 何を言っているんだ。僕は今回が初犯だ。それに、あの夜は激しく酒に酔っていた。あの男……湯浅には、ひどい精神的苦痛を与えられていたんだ。あれはある種の正当防衛だ」

「何が正当防衛だ。ふざけんな」

 

警官が僕を睨む。

 

「20年前にも、あんた東京で暴行罪で捕まってんだろうが。忘れたとは言わさんぞ。あんたね、そういう病気なんだよ。病気。人を殴りたいって言うね。頭ん中のどっかがおかしいんだ」

「20年前の暴行!? 何のことだ! 僕はそんなこと知らない!」

「吉岡さん、そいつは、精神異常をきたしてますよ」

 

警官の後ろで、痩せた男が腕組みをしていた。

 

「あんたは……」

 

その男は、あの飛行機で隣に座った中年だった。

こいつ、刑事だったのか!?

 

「完全に妄想が入ってしまっている。統合失調症だね。どうにもね、この間接触した感じだと、自分のことをボコっていうぬいぐるみだと思い込んでるよ」

「な、何がだ! 僕は、ボコだ!」

「ボコは『僕』なんて言わねぇよ!」

 

中年刑事が言葉を吐き捨てた。

 

「気になって調べてみたんだ。あのぬいぐるみの一人称は『おいら』なんだよ。牧野さん」

「そ、そんな。それは、それは僕が、人間になったからで……」

「いいや。違うね。あんたは、ボコなんかじゃない。それどころか、ボコのことも、ろくによく知らない。ボコってのは、20年前、あんたが仲良くしてた少女のお気に入りのぬいぐるみだよ。あんた自身のことじゃない」

「な、なにを言って……」

「これ。見覚えあるでしょうが」

 

中年刑事が、一枚の古びた写真を見せた。

そこには、島田愛里寿の姿が。

両手で大切そうにぬいぐるみを抱きしめ、はにかんで笑っている。

 

「こ、この子は……」

「どうだい? 思い出したかね」

「あ、あぁ。むしろ自分の記憶に合点がいったよ。僕はやはり、ボコだ。このクマのぬいぐるみだったんだ。ここに写っているのが、僕自身なんだ。そうだ、そうだよ……思い出したぞ。島田愛里寿。僕が君を探していた理由、僕が君を懐かしいと思った理由が分かった。僕は君のぬいぐるみだったんだ。それがいつの間にか自我をもって……」

 

中年刑事がため息をついた。

 

「かわいそうにねぇ。もうネジが外れちゃってるわ。頭の」

「何が言いたいんだ!?」

 

僕は刑事をにらみつける。

刑事はせせら笑うような表情を見せた。

 

「あのね、ここは現実世界だよ。リアルワールド。ぬいぐるみは人間になったりしないよ。そんな漫画みたいなことは起こらないんだよ」

「でも僕は現実に……」

「黙れよ」

 

刑事が机をたたく。

 

「聞いてるとこっちが憂鬱になる。あんた、もういい加減、目を覚ませよ。あんたは心の病気を抱えた犯罪者なんだよ。前科者の」

「ち、違う! そんなはずない!」

「そんなはずあるんだよ。昨夜とおんなじように、人ひとりボコボコにした過去があるんだよ。それであんた、塀の向こうで臭い飯食らったんだ。出所した後、どこも雇ってくれないから、自営業始めたんだよ。それが最近はまた奇行が目立ってきてたんだ」

 

僕は激しく首を振る。

意味が分からない。

意味が分からない。

この男は何を言っている?

なぜ僕をこんなにも苦しめる?

これが人間という存在なのか?

ボコと比べて、なんて醜いんだ!

 

「違う! 違う! 違う! 僕は、島田愛里寿のボコだ。僕は最近、愛里寿に会ったんだ。愛里寿を追いかけたりもしたんだ」

「だから、それ、あんたの妄想でしょ?」

「違う! そうだ、愛里寿に、おかしな箱を手渡された。それがカギなんだ。きっと僕は、愛里寿に何かされたんだ。魔法か何かをかけられたんだ。おかしな世界に飛ばされたんだ。箱だ。ホテルの部屋に箱があったはずだ」

「これかい?」

 

奥にいた別の刑事が、カートに乗せた箱を運んできた。

それは、記憶よりも薄汚れ、経年劣化しているように見えたが、確かにあの箱だった。

 

「そ、それだ! 開けてくれ! それを!」

 

ため息をつき、刑事が箱を開けた。

 

 

その中には、ぬいぐるみが入っていた。

小さなぬいぐるみ。

傷んでボロボロの。

ボコのぬいぐるみだった。

それを見た瞬間、僕の記憶が、よみがえった。

 

 


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