魔法少女育成計画とかどうでもいいから平凡に暮らしたい 作:ちあさ
結局ずっと連日更新してたとか、どうしてこうなった。
俺の名前はキリト。
このソードアートオンラインのベータテスト経験者にして、このデスゲームを最速で駆け抜けるプレイヤーらしい。
自慢じゃないが、俺はこのゲームでは最高の実力者だということになっている。
ゲーム序盤では相棒の"閃光のアスナ"と一緒に常に最前線を駆け抜け、現在に40層まで到達、
誰も攻略できなかった数々の難関ボスもクリアしたことになっている。
だから俺が英雄と誤解されたとき、少なからず嫉妬されてしまった。
このゲームをクリアするには俺の力が必要だって。
誰よりも早くレベルを上げて、常に最前線を駆け抜けるのは俺だって。
そんな有りもしない事を俺が吹聴しているらしい。
「おい、あいつが例の"黒の剣士キリトさん"だぜ」
「ああ、あのボスをいつも勝手に倒してお宝を独り占めしてるやつか」
「皆が力を合わせてやっていかなきゃいけないっていうのに」
「しかもアスナっていう可愛い子を侍らせているんだろう、噂ではレアアイテムや金で女を釣ってるらしいぜ」
「どれだけ強いって言っても人間としては最低だよな」
街を歩けばこういう陰口はもはや風物詩と成りつつある。
一体俺が何をしたというんだ。
いや、分かってるさ、お前らの中では俺はボス独占、レアアイテム独占、女の子独占のチート野朗だって事になってるんだよな。
でも違うんだよ、俺はボスを独占なんてしちゃいないんだよ。
そんな事を言っても、誰も信じちゃくれない。
だって、毎回のように俺がアスナと2人でボス攻略後の階層アクティベートをしているのを見られてるんだからな。
広められているルールでは、
『ボス部屋を見つけたら、各ギルドに通知し、ギルド間で人員を出し合ってボスの偵察をする。
そしてボスの情報が出揃ったら攻略会議を行い、討伐パーティーを組んで攻略する』
そういう流れになっているらしい。
ギルドに入っていない、いやどこのギルドも入れてくれない俺は人伝で聞いただけだが。
だが俺とアスナはそんな流れ知ったこっちゃないとばかりに、ボス部屋を発見したら誰にも言わず2人だけで攻略して自慢げに2人だけでアクティベートしている、そういう風に思われている。
いやいや、常識的に考えてくれ。
お前らだって数は少ないけどボス討伐はしているだろう?
だったらボスの強さは身に沁みているんじゃないのか?
あれはどれだけレベルが高くても2人だけで攻略出来るわけ無いだろう。
ボスによっては取り巻きだっているし、特殊なギミックがあったり、単純に被弾するとほぼ即死みたいな攻撃力のやつだっているだろう。
2人だけだとスイッチだけで手一杯でポーションの回復時間も取れず、どう考えてもクリアは無理だ。
「だから誤解なんだよ!」と伝えると
「へー、雑魚どもだと無謀だけど、キリトさんとアスナさんのお二人はそれが可能だっていう自慢ですか」
「お宅ら2人以外、見たこと無いんですけどね。そこまでいうなら連れてくればいいじゃないですか、自慢のお仲間を」
と、俺が自慢していると取られてしまうんだ。
いや、本当なんだ。
俺とアスナが毎回アクティベートしているのは、「アクティベート役が必要だから、お前らには1層で姿を見られているからな」という理由で毎回ボス部屋まで引きずられていくんだよ。
俺だって何度か、誤解を解くために説明してやってくれと頼んだが無理だった。
1層でお互い偶然知り合った彼ら、
ギルド"A-01"は疾風迅雷のナイトハルトとギルド"高町家"はそれぞれ同盟関係を結んでいた。
A-01は1層攻略時に、部隊単体での攻略は難しいと判断し、一緒に攻略したナイトハルト氏と高町家にゲームを迅速にクリアするための協力を持ちかけた。
どうやら俺とアスナ以外は全員裏社会でかなり有名らしく、A-01のお眼鏡に叶ったそうだ。
高町家は誰かを助けるためになら協力を惜しまず、
ナイトハルト氏もこんなアニメも見れないクソゲーは早くやめたいからと協力的だった。
ちなみに俺等はアクティベートだけしてくれればいいと、強制的に参加が決定した。
そんな訳で、俺とアスナは毎回ボスが凄まじい勢いで攻略されるのをボス部屋の隅で体育座りをしてぼーっと眺めた後、死んだような目でアクティベートをする。
そしていきなり開通した門を慌ててくぐり抜けてきたキバオウや自称攻略組達に、「まあぁぁぁたおまえらかあぁぁぁぁ!!!」とどやされるのがお決まりのパターンになったのだ。
最近は部隊内の精神的な負担を鑑みて福利厚生の面から攻略速度を落とすことに決まったようで、呼ばれる頻度は下がっていた。
それでももう"俺達の噂"は"常識"へと進化を遂げて、俺とアスナのイメージは覆すことは出来なくなっている。
だから俺は誰にも相手をされなくて、ギルドに入れてくれるやつもいないんだよな。
アスナはいいよな。
「キリトくんキリトくん!私、スカウトされたんだよ!最近できた"血盟騎士団"ってギルドなんだけどね。団長のヒースクリフって人が君には素質がある、僕と契約して団員にならないかって言ってくれて。白い猫みたいなテイムモンスターをいつも抱いてる変な人なんだけど、それでも嬉しかったんだー。噂に流されないで私のことを見てくれる人が居てくれたんだって。入団?もちろんしたよ。これであの人たちから足抜け出来るわ」
そう言って小躍りしていたんだよな。
でもそんな事はまったくなく、ボス部屋に俺と一緒に引きずられていったんだが。
ギルド団長のヒースクリフにはその事を知らされていたらしく、ハイライトの消えた目でドナドナされる俺等へ笑顔で手を振っていたっけ。
ところであの白い猫?
あれって俺の索敵スキルだとプレイヤーっぽい反応だったけど何なんだ?
まぁテイムモンスターなんて見たことなかったから、ああいうものなのかも知れないけど。
俺は今、11層まで降りてきていている。
最前線に近いところでは心が休まらないんだよな。
攻略組やそれに近しい連中は全員俺の事を知っているし。
あいつらは俺のことをレベルが超高くて、プレイヤースキルも神がかってると思い込んでるんだろうけど。
実際はまったく逆で、レベルなんて他の攻略組とどっこいだろうし、プレイヤースキルも普通なんだよな。
ラストアタックとかで出るレアアイテムは、A-01達が使わない装備ならタダで貰えるので装備品は整っているけど、攻略自体には参加していないしな。(他の人達のボス討伐戦には当然ハブられてます)
だから、普通のザコ敵をソロでえっちらおっちら倒してると
「英雄様、何そんなに手こずってるんですかーボスみたいに瞬殺してみせてくださいよ」
「バーカ、英雄様は俺等には手の内見せないんだよ」
なんて揶揄られたり、酷い時はあからさまに敵を横取りされたりされたりもするんだ。
そんな毎日に俺は疲れてしまった。
癒やされたい。
この11層は比較的癒し系な動物モンスターが多くて疲れた時はよく来てるんだ。
あー、このうり坊可愛いなぁー、(ナデナデナデナデ)
ダメージ蓄積されたら怒りマックスで超強化イノシシになるけど、攻撃さえしなきゃ安全なノンアクティブだ。
こうして可愛いモンスターをナデナデしていると荒んだ心が癒やされるよ。
最近は1層にサーカス団とかができてるらしいけど、
俺が行くと他のやつらにあからさまに嫌がられるからなぁ。
なかなか行く機会がないんだよな。
それにああいうところに一人で行くってのも寂しいものがあるしな。
アスナ?コンサートもあるらしいから行こうって一度誘ったらキモオタを見るような目をされた。解せぬ。
うーんそれにしても、なんだかこう、今日は誰かから見られているような気がするんだよな。
でも索敵スキルには反応してないから敵意は無いんだろうけど。
不思議に思いながらナデナデしていると、森の奥から女の子の悲鳴が聞こえた。
「なんだ!」と俺は悲鳴の聞こえた方へと注意を向ける。
するとタイミングを測ったかのように「可愛いサチちゃんが敵に襲われてる!」と男性の声が聞こえてきた。
可愛いという単語におもわず体が動いて声が聞こえた方に走り出す。
「俺は他の敵と戦ってるから助けられない!」「俺も他の敵を牽制しているから無理だー」「俺は昔膝に矢を受けてしまってな!」「えっと俺は…とにかく誰かサチちゃんを助けてくれー」
森の奥から助けを呼ぶ悲痛な叫びが聞こえてくる。
これはマズいと急いで森の中を進むと、凶暴なモンスターたちを押さえてる男たちと、うり坊に攻撃されている黒髪の女の子が居た。
その子は片手剣と盾を持ってペシペシっと可愛く攻撃してくるうり坊相手に「いやー、こわいー」と何故か棒読みに聞こえる叫びを上げている。
なんとか間に合ったか。
うり坊は、まだダメージ蓄積されてないし、凶暴化する前で助かった。
「今助けるぞ!早く逃げろ!」
「はい。スイッチ」
女の子は巧みにシールドバッシュのソードスキルを当ててうり坊をスタンさせ、俺はそこに全力のソードスキルで凶暴化する前にうり坊のライフを削りきった。
ふぅ、このうり坊は可愛くて最初は攻撃力も低いけど、凶暴化すると手がつけられないからな。
こうやって一気に倒さないと厄介なんだよ。
「あのー、危ない所をありがとうございました」
振り返ると女の子がおずおずと俺の服の裾をつまみお礼を言ってきている。
黒髪のセミロングで右目の下に泣きほくろがあり、その目には薄っすらと涙がたまっていて、正直に言おう。かなり可愛い。
勝ち気なアスナとは正反対で何処か儚げであり、幸薄気な雰囲気がなんだか守ってやりたいってそんな気にさせる。
そんな彼女が俺の服をつまみ、そしてそそそっと近寄り、「私…本当に怖かったです」と俺の胸に顔を埋める。
なんだこれは、夢か?夢なのか?
「私、サチって言います。どうか私のことをこれからも守ってください」
そういって少し頬を赤くして上目遣いに俺のことを見上げてくる。
なんだこれは。よく観察すると彼女の背は俺と同じぐらいで、今は膝を屈めて目線を下げているようだ。
可愛い、確かに可愛いけど、なんだこれは?
「いや、俺は…そんな…成り行きでだな」
急に彼女に迫られて狼狽えていたら。
「このゲーム世界も決して悪いもんじゃないさ」
ふと、誰かの声が聞こえた。
「ゲーム世界は悪いもんじゃないかも知れない、でも自分が嫌いだ」
俺の真後ろから俺の声音を真似した誰かの声が聞こえる。
「ゲームを悪く嫌なものだと捉えているのは君の心だ」
また違う方から別の男の声がする。
いつの間にか先程まで凶暴なモンスター相手に戦っていた4人の男たちが俺の周りに居て次々と話していく。
「ゲームを真実と置き換えている君の心さ」
「ゲームを見る角度、置き換える場所、これらが少し違うだけで心の中は大きく変わるよ」
「真実は人の数だけ存在する」
「だが君の真実は一つだ。狭量な世界観で作られ自分を守るために変更された情報。歪められた真実だ」
「まぁ人一人が持てる真実なんて小さいものさ」
「だけど人はその小さなものさしでしか物事を測れないさ」
「与えられた他人の真実でしか物を見ようとしない」
「晴れの日は気分良く」「雨の日は憂鬱」「と、教えられたらそう思い込んでしまう」
「雨の日だって楽しいことはあるのに」
「受け取り方一つでまるで別物になってしまう脆弱なものだ人の中の真実とはな」
「人間の真実とはその程度の物さ。だからこそより深い真実を知りたくなるね」
「ただ、お前は人に好かれることに慣れていないだけだ」
「だからそうやって人の顔色ばかり伺う必要なんてないんだよ」
なんだか訳がわからない。
「でも、みんな俺のことが嫌いなじゃないのか?」
4人のうち、俺の後ろに立った一人がやはり俺の声音を真似して喋る。
「君は馬鹿かい。君が一人でそう思い込んでいるだけだろう」
「でも、俺は俺が嫌いなんだ」
「自分を嫌いな人は他人を好きに、信頼するようになれないよ」
「俺は卑怯で、臆病で、ずるくて弱虫で」
「自分がわかれば優しく出来るだろう」
「俺は俺が嫌いだ。…でも好きになれるかも知れない」
「俺はここに居てもいいのかも知れない」
「そうだ。俺は俺でしか無い。俺は俺だ。俺でしか無い」
「俺はここにいたい!」
「俺はここにいていいんだ!」
そう叫んだ俺の代弁者?はスッと離れ、そして4人はパチパチパチパチと拍手をする。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
俺が無言で立っているとずっと「おめでとう」といいながら拍手を続ける。
「…ありがとう」
しょうがなく俺がそう答えたら
「父にありがとう。母にさようなら。そして全てのチルドレンにおめでとう!」
そう叫んで、そして一仕事終えたと言うように4人と女の子は肩を叩きあって喜んでいる。
「ようやく君も吹っ切れたな。そうだ、俺達は仲間だ」
一人の同い年ぐらいの男が前に出て手を差し出してくる。
俺はつられて握手をしてしまった。
「俺達は月夜の黒豹団。リーダーのケイタだ、よろしくな」
「俺はテツオ!筋肉担当だ!」「キング・ダッカーさ」「俺はササマルだ!」「サチです。末永くよろしくおねがいします」
おいそこ、最期のサチ。なんで三つ指付いてるんだ!
そしてケイタは何気ない動作でスッと俺にギルド加盟要請を送ってきた。
俺はそれを見て慌てて
「おい、今あったばかりの、おっ俺にっそんな気軽にいいのか!」
と思わずキョドってしまった。
「大丈夫、難しいことは筋トレした後に考えようぜ」テツオがポージングをしながら笑顔で答える。
「俺の名前はキリトだ!このゲームをやってるならこの名前の意味分かるだろう!」
その屈託のない笑顔に何も分かってないくせにと思わず声を荒げてしまう。
すると
「知ってるさ、黒の剣士キリト。先程の剣戟、スピード、そしてその格好。噂でしか知らなかったけどね」
ケイタは落ち着いた顔で言う。
「でも、噂通りなら俺達を助けようとはしないだろ。噂なんて当てにならんってことだよな」
ニコニコとした笑顔を浮かべるササマルは馴れ馴れしそうに俺の肩を抱いてくる。
「それに人見知りのサチちゃんがあれだけ気に入ってるんだ。ちくしょう羨ましいぜ」
ダッカーが悔しそうに言うが、それでも何処か嬉しそうだ。
言われたサチは顔を赤くしてモジモジしている。
「俺達は楽しめればそれでいいんだ。だから気楽に付き合ってくれないか?」
いつも毛嫌いされている俺は、そのケイタの言葉に何故か泣けてきて、そしてギルドへと加盟した。
そして俺は前線から退き、彼らと行動をともにすることにした。
彼らはリアルでの友達同士でこのゲームに巻き込まれたらしい。
最近までは始まりの街に籠もっていたけど、これじゃ駄目だと一念発起して戦いだした駆け出しプレイヤーらしい。
11層にいた時はランス使いのサチが片手剣へと装備変更するために訓練に来ていたそうだ。
リーダーのケイタは棍使い。テツオは脳筋らしくメイスや斧を主武装にしたタンク兼アタッカー。
ササマルはランスを使っているし、ダッカーは剣を持ってはいるがどちらかというと距離を開けて戦う遊撃手だ。
なのでサチが片手剣と盾を持てば確かにバランスが良くなるだろう。
ケイタは片手剣が使える人がいないので、俺にサチを指導して欲しいと頼んできた。
サチも俺から教わるのが嬉しいと言ってきたので、俺はちょっと照れつつも指導をすることにした。
サチは戦闘のセンスは微妙だが、それでも真面目で教えたことを何度も反復して吸収していく。
そして見た目に反して意外に胆力があり、怖気づいたりせず敵へと向かっていく。
この分だと結構早く使いこなせるようになるな。
あれ?出会ったときうり坊相手に怖がってなかったっけ?そういえばあのときスイッチするとき凄い自然だった気が。
なんかおかしい気がしないでもないが気のせいだろう。
あんな素直で優しく真面目なサチがね…。
2人で訓練する関係、必然的に二人っきりになることが多くなり。
俺とサチの関係はどんどん近くなっていった。
今ではリアルでの話をしたりするまでに。
おそらく、俺はいつの間にかサチに惹かれていたんだろう。
そしてある夜。
「キリトさん…少しいいですか」
今日はもう寝よう、そう考えて寝間着へと着替えてベットに横たわっていると。
ガチャガチャガチンっとドアが開かれ、サチが顔を出した。
あれ?確か鍵かけてたような?解錠スキルを使えるのってダッカーだけだったはずだよな?
頭の中が疑問符でいっぱいになって返事が返せない俺に、了承と取ったサチがスススっと入ってきて。
そしてするりと布団の中に潜り込んできた。
「ありがとうございます、キリトさん」
「いや、俺はいいとも悪いとも「なんだか私、怖いんです」
俺の言葉を遮って、サチが抱きついてくる。
「なんだか、このまま私達現実に戻れないでここで死んでいくんじゃないかって」
サチは胸に顔を埋め、震えていた。
いくら順調に見えても、彼女もまだ俺と同じ子供だ。
不安に思っても仕方ないか。
「いや、そんなことはない。ゲームってのは攻略されるものだ。それに俺も君も、そう簡単にやられるほど弱くないよ」
そうやって俺は彼女に安心するように言うと、
サチは目に涙を溜め、俺の顔を覗き込んできた。
「キリトさんは…私を守ってくれますか?私のナイト様になってくれますか」
その表情はとても綺麗で、窓から入ってくる月の光に照らされて神秘的にも思えてきて。
更にムーディーなBGMが何処からか流れてきて。
いつの間にか彼女の装備が全て外れていて…………致してしまいました。
翌朝。朝チュンを迎えた俺とサチが部屋から出ると。
ケイタたち4人は血の涙を流しながら、「やぁおはよう。どうしたんだ2人とも」と何も気付いていない風を装っていた。
血の涙って、そんなエフェクトあったんですね。流石茅場さん。
そんな訳で、俺とサチは結婚をすることになりました。
何しろ、何かある度に、下腹部を手で撫でながら、「ねぇキリトさん、そろそろね」とか「うっなんだか気分が…つわりでしょうか」とか言われてね。
逃げられないんですよ本当に。
既成事実って怖いですね。
ちなみに毎晩騎乗位で絞られています。
鍵?そんなもん何故かいつも開いてるんですよ。
サチが入ってくる時にたまにダッカーらしき人影が見えるのは気のせいだろうか。
でもなんだかんだ受け入れつつ、俺は彼らと一緒にいる。
可愛い恋人と愉快な仲間たち。
今まで欲しかった、そして手に入れることができなかったものがここにはあるんだ。
それは幸せといってもいいんじゃないだろうか。
いやこれが幸せでないなら何が幸せなんだろう。
そう俺は考えながら、今日も森のなかでみんなとレベル上げをしていた。
すると茂みから可愛い子犬が出てきた。
あれ?こいつって?
「どうしたキリの字ー?」
茂みの前で座り込んだ俺にダッカーがおどけながら聞いてきます。
俺は出てきた子犬の前に座り込んでそいつをよく見る。
たしかこいつ…えっと名前は。
ファニードックと表示されている名前を見てようやく思い出した。
こいつは【テイム】スキルがないプレイヤーでもテイムが出来て、育てると【テイム】スキルが生えるレア中のレアモンスターだ。
「おい、みんな見てくれ!レアモンスターだ!」
俺は子犬を抱きかかえてみんなに見せました。
すると、
「ゲッ!!犬!」
「ヤバイ!そいつはヤバイよキリトさん!」
「サチちゃんこっち来ちゃ駄目だ!」
となぜだかみんなが慌てだした。
「いやいや、こいつノンアクティブでよっぽどじゃなきゃアクティブ化されないから大丈夫だよ」
そう伝えた所で、子犬が俺の腕から飛び出し、トトトッと走り出し、その先にいたサチの足元に擦り寄りました。
サチは、その子犬へと視線を移し。
そしていつもの儚くも綺麗な笑みを、邪悪な笑みへと歪め、
「このクソ犬があああああ」
そう叫び、子犬を踏み潰しました。
そしてストレージから取り出した剣で、
「死ねええええええええええ!犬ぅぅぅぅ!!!!!」
何度も何度も何度も何度も何度も切り刻みました。
その速度、俺の目でも捉えきれないような速度で。
ソードスキルでもないのに何でそんな速さでふれるのか。
いや、なんだこの豹変は!
「犬!犬!犬!犬!!!!!私の全てを奪っていったクソ犬がアアア!!!!!」
狂乱するサチを前にして俺は固まったままで、
ケイタ達4人がサチを抑えて、そして落ち着くまでただただ呆然と眺めているだけだった。
「ごめんね、サチちゃん、犬がトラウマでね。特に子犬は駄目なんだよ」
ケイタがジュースを俺に差し出しながらあやまってくる。
「いつか伝えようとしてたんだけど機会がなくてね」
他の3人はサチを落ち着かせに行ってるんだろう、ここにはいない。
彼女はあの後、我に返り、泣きそうな顔で俺を見てから自室へと逃げていった。
「どういうことなんだ?一体サチに何があったんだ?」
俺はケイタに聞いたが
「それはサチちゃん本人の問題だからね。俺が勝手に言っていいことじゃない。でも君ならサチちゃんは話してくれると思うよ。でも、覚えておいてくれ」
ケイタは今までにないぐらい真面目な顔で忠告してきた。
「サチちゃんは本当に良い子だ。そして、重い過去を持ってる。それを聞くからには覚悟をしてくれ。それを聞いて彼女を突き放すようなことはしないと」
「もしサチちゃんを泣かせたら…その時はキリト、俺達が許さないぞ」
いつの間にか、3人が戻ってきて、そして真剣な顔で立っていた。
サチに一体何があったのか。
あそこまで取り乱すんだ、きっと本当に辛い事があったんだろう。
だが俺はそんな事でサチを見捨てたりはしない。
確かにサチには押し倒されて流されて来たが、それでもサチを愛しく思う気持ちは本当だ。
俺は彼らに力強く頷くと、サチの部屋へと入った。
部屋には鍵がかけられておらず、中ではサチがベットへと腰掛けて外を眺めていた。
外にはあの夜と同じく、月が光を照らしていた。
「キリトさん、どうぞ、ここに座ってください」
俺は促されるままに彼女の隣へと座った。
「私、昔、大事な人をなくしたんです」
彼女は月を眺めながら話しだした。
「大事な、本当に大事な人でした。あの人は私の全てだって、そう言えるほど大事だったんです」
そう語る彼女の顔はとても儚げで、今にも消えてしまいそうな表情だ。
「でも、あの人の誕生日を祝ったあの日に、あれはやってきました」
「あれって」
「『狗神』…そう呼ばれているそうです。子犬の形をした悪魔。いえ、死神ですね。それが私と大事な人の命を奪っていったんです」
子犬の形?狗神?良く分からないが
「お伽噺みたいですよね?でも本当のことなんです。私はその日から、14年間、その狗神の行方を探しています」
「探して…どうするんだ?」
「さぁ、多分復讐したいんだと思います。でも私には力がない。ケイタさん達はそんな私を支えてくれるって言ってくれていますが、それでもアレに対抗できるかどうか…」
そしてサチは俺の手を取り、
「お願いします。もしゲームからリアルに戻った後も、私を支えてください。少しでもいいですから力を貸して頂けないでしょうか?」
祈るように頼み込んできた。
狗神、大事な人が殺された、そして復讐。
あまりにも現実離れしていて混乱しそうだ。
でも彼女は泣いている、今泣いているんだ。
そんな泣いている女の子一人助けられないで何が男だ。
惚れた女は何があっても守り抜く、それが男ってものだろう。
そう思ったらもう何も難しいことを考える必要はなくなった。
ただ守ればいい。
「俺は守るよ。君を。例えその狗神って奴が来ても俺は君を守る」
俺はサチを強く抱きしめながら、そう決心した。
サチのステータス欄には【誘惑】スキルがひっそりと発動していました。
というわけでみんなのアイドル薄幸のサチちゃん登場です。
がんばれキリトさん!狗神をやっつけろ!