「ギギ…」
力なく地上に堕ちたガーゴイルを冷たく何の感情の無い瞳で見下ろしたグレイがカタナを逆手に歩きよる。
もはやガーゴイルに抵抗する力は無いのは見てとれる。
「お前が人間の言葉を話せたなら大天使や神の事を尋問するところなのだが…お前は運が良かったな。苦しまずに逝かせてやるから天獄に帰ったら神に伝えとけ。必ずてめえ等を殺すとグエッ!?」
「ちょっと待ってください。」
ディヴァが歩を進めるグレイのローブの裾を引っ張り首がしまった。何をしやがる!せっかくの雰囲気を台無しにしたディヴァに文句を言おうとしたがグレイは言葉を飲み込んだ。
ガーゴイルを前にしても鞘から抜くことの無かった神剣天壌乃剣(セレスティアルソード)を彼女が抜き放っていたのだ。
真夜中の深い森の中にあっても色褪せること無い輝きを放つその神剣は、より一層の神気を纏っていた。
ディヴァはガーゴイルの前に立つと何か小さくボソボソと呟き、セレスティアルソードを両手で頭上に掲げた。
するとセレスティアルソードの輝きの光度が増した。まるで白い闇とも言う程強い光は辺りの風景さえも姿形を消し去るように侵食していく。
手で自身の眼を守りながら何とか眼を凝らして様子を伺うグレイが見たものは、セレスティアルソードの光がガーゴイルの黒い光をまるで食べているかのように侵食していくその姿だった。
しばらくしてようやく光が治(おさま)りどうにか視力が回復した時には既にディヴァはセレスティアルソードを鞘に納めていて、横たわるガーゴイル…だった青年の隣りに座り彼の右手を両手で握り締めていた。
「…ディヴァちゃん…僕は…」
「ごめんなさい。ごめんなさい…」
呻き声のように発する青年にディヴァは謝っていた。
「苦しくありませんか?痛くはありませんか?ごめんなさい…私には貴方を救うことが…」
「僕の名はアカーネル、ディヴァちゃんに看取って貰えただけで幸せだよ。だから笑って」
「アカーネルさん貴方の事は忘れませんからね。」
そう言って女神のような笑顔で微笑んだディヴァに満足したかのようにアカーネルと名乗った青年の瞳から光が消え去った。
そんな青年の天に帰る魂を見てるかのように空を見上げたディヴァは
「アカーネルさん、あなたの来世(みらい)に幸(ハレルヤ)あれ」
そう言って祈りを捧げていた。
「ディヴァ…」
肩を落とすディヴァに優しく手をかけて語りかけたグレイの手に自分の手を合わせディヴァは微笑んで応えた。
「私は大丈夫です。もうずっと永いこと見てきた光景ですから。」
「長いこと?お前は天使(ばけもの)を見るのは初めてじゃないんだな。ディヴァ、お前はいったい何者なんだ?」
「グレイはガーゴイル(あれ)を悪魔ではなく天使と呼ぶのですね。彼らに面識があるのですか?」
「…」
「答えませんか…まぁ良いです。この神剣(こ)は私のお父様が唯一遺していった物…言わば忘れ形見のようなものなんです。父は私にこう言いました。この神剣(こ)は邪を打ち消し闇を切り裂きそして魔を討つと。やがて来るであろう宇宙の災厄…悪魔王(サタン)を唯一討てる破邪の神剣なのだと。そして父はこうも言いました。私の歌には信仰心を失い人類が無くしてしまった筈の光属性が含まれているのだと。私は世界中で神への愛を歌うことで少しずつ大気に満ちて来ている魔障となった精霊の浄化と、無くしてしまった信仰心を人に伝えることで人々の心に満ちている悲しみや絶望と言った負の感情を振り払い世界に光属性を高め悪魔王(サタン)の復活を阻止したいのです。そして同時に万一復活してしまった時の為に天壌乃剣(セレスティアルソード)の真の使い手を探しているのです。」
「悪魔王(サタン)か…案外もう復活しているかもしれないぜ?」
「え?」
「いや、なんでもない。それより悪魔王(サタン)の復活阻止なんて大それたことを人の身で出来るかどうかはさて置いたとして、神の教えを説いたり瘴気を浄化しているお前をどうして天使供(やつら)は狙うんだ?普通なら手を貸すことはあっても狙うってのは変じゃないか?」
「そんなの私に分かるわけないじゃないですか。天使供(ほんにんたち)に聞いてくださいよ。」
「だが…そんな大変なこと1人で本当にできるのか?亡くなったお父上だってお前が幸せに生きることを望んでいるんじゃないのか?」
「え?お父様は死んでいませんよ?ある日突然居なくなってしまっただけです。おおかた迷い子にでもなっているのかも知れませんね。あの人1人じゃ何もできない人ですから。」
「は?迷い子?普通探さないか?」
「探してますよ?ある意味世界を旅している一番の目的ですし。それにもう1人じゃありません。貴方がいるじゃないですか。」
「何でオレが数に入っているんだよ。オレにも目的があると言っただろ。」
「言いましたね。しかしグレイはどこに天使がいるか知っているのですか?私といれば彼らの方からやってくるじゃないですか。」
プリプリと頬を膨らますディヴァ。確かにそれもそうかと1人納得するグレイは少し考えてから重い口調で話しだす。
「オレは1人が性に合ってるんだがな…良いぜ、ディヴァお前のボディーガードを引き受けてやろう。」
「え?」
「お前は天使供(やつら)に狙われている。オレは天使供(やつら)を殲滅したい。お前といれば天使供(やつら)の方からやってくるからな。お前とオレは完全に利害が一致しているわけだ。もっともお前の目的とは真逆だがな。」
「ちょっと…本当に私を餌にする気ですか?」
「ハハ、まぁそんなとこだ。」
「もう…はっ!もしかして本当に報酬として私の肢体(からだ)を求めるつもりですねこの鬼畜は!!言っておきますが私はチョロい女じゃないですからね?ちゃんと段階を踏んで…そうですね最初は手を繋ぐところからです。」
「だから何でそんな話しになるんだよ!!」
ディヴァは自身の身体を抱くようにしてやはり頬を膨らましていた。そんな姿に思わず吹き出したグレイは、自分が数年ぶりに笑ったことにこの時はまだ気付かない。
ひとしきり笑ったグレイは辺りが薄く色付き始めたことに気付く。深い森の中にあっても木々の隙間から朝日が昇るのが分かる。
夜明けがきたのだ。
大きく息を吸ったグレイは
「契約成立だ。」
そう言って右手を差し出し握手を求めた。ディヴァは一瞬だけ驚きの表情を見せたがすぐに女神の如き笑顔で握手を交わす。
こうしてグレイと歌姫(ディヴァ)は共に旅をすることとなった。
〜なろうで連載中の小説です。
よろしければ読んでくださいね