こんな篠ノ之箒ちゃんはいかがですか? 作:妖精絶対許さんマン
アズレンにはまってしまいました。
――――――その日は雨だった。ことわざに『雨降って地固まる』という言葉がある。ある意味、運命的な日だったのかも知れない。
「・・・・・・・・・・」
その日、私は傘を持ってくるのを忘れていた。天気予報でも一日中雨だと言うのにすっかり失念していた。
「・・・・・・はぁ」
雨の勢いは弱まるどころか強くなっている。護衛兼監視の黒服の中で比較的年齢が近い女性に電話をかけ、迎えを頼んだ。
「あれ、篠原さん?まだいたんだ」
傘を持った夫が教室に入ってきた。何か忘れ物をしたのだろう。夫は自分の机からノートを取り出すと、鞄に直した。
「篠原さんは帰らないの?」
「・・・・・・傘を忘れた」
無視するのも気が引けるため、聞かれたことに答えた。
「ふーん、そっか」
夫はそう言って私の前の席に座った。
「・・・・・・どうして私の前に座る」
「どうしてって、話をするのに横で話すのも変だろ?話すなら話し相手の顔をしっかりと見ないと」
「・・・・・・私はお前と話すことなど無い」
「篠原さんに無くても俺にはあるんだよ」
早く迎えが来ないだろうか。私は今までの人生で迎えを心待ちにしたのはこの時が初めてだ。
「どうして――――――お前は私に話しかけてくるんだ」
私は窓の外を見ながら聞いてしまった。聞くつもりなど無かった、聞きたくもなかった。だが、聞いてしまった。
「――――――私は周りから浮いている。なのに何故、お前は私に構う。何故、私に話しかける?」
夫は後頭部に手を回して、背もたれにもたれ掛かりながら天井を見上げていた。
「――――――特に理由はないかな。俺が篠原さんと仲良くなりたいと思ったから、篠原さんに話しかけ続けただけだし」
「理由がない・・・・・・だと?」
「うん、理由はない。・・・・・・敢えて理由をつけるなら、篠原さんと似た雰囲気の子を知ってるから・・・・・・かな」
夫は何かを思い出すように目蓋を閉じた。
「そんな理由で・・・・・・そんな理由で私に関わってきたのか!?」
私は机を叩き、立ち上がった。腹が立った。私のことを何も知らないくせに、私のことを
「私のことを何も知らない人間が勝手なことを言うな!!」
今思えば、何て自分勝手な子供だったんだろう。とんだシンデレラコンプレックスだ。自分から進んで知ってもらうことをせずに、何が『何も知らない人間』だ。
「――――――ならさ、これから知ってくように努力すれば良くない?」
「――――――」
夫は無邪気に笑いながら、そう言った。その笑顔には一切の悪意も、何の打算も無い――――――笑顔だった。今まで夫がしたような笑顔をしてくれた人はいなかった。政府の役人は姉の機嫌を損なわせないようにおべっかを使い、転校先の教師も誰一人として私と目を合わせようとしなかった。
「篠原さんと『友達』になれるまで、俺は諦めないから」
『友達』――――――私には縁遠い言葉だ。友達と言えたのも一夏だけだった。だからこそ――――――夫が言った一言がとても甘美に聞こえた。
「――――――お前と仲良くするつもりは無い」
私には『友達』がどう言ったものかわからない。だから私は――――――
「――――――だが、『知り合い』にならなっても構わない」
――――――最大限の譲歩をすることにした。たぶん、この時点で私は夫に少しばかり心を開いていたのだろう。
「―――――うん。それでも一歩前進した」
夫はそう言うと立ち上がった。
「なら、もう一回自己紹介しよっか。転入してきた時はクラス全員にしてたし。今回は三神佑樹と篠原箒としての挨拶を」
夫は手を出してくる。
「三神佑樹です。これからよろしくお願いします」
「・・・・・・篠原箒だ。よろしく頼む」
私は夫の手を握った。・・・・・・誰かと握手をしたのはこの時が初めてだった。
「あっ・・・・・・晴れてきた」
話し込んでいると、いつの間にか雨は止んでいた。雲の隙間から太陽の光が見えている。
「じゃあ、俺は帰るね。篠原さんも雨が降る前に帰った方がいいよ?」
夫は傘と鞄を持って教室から出ていった。夫は何と言うか、引き際を察するのに長けている。
「・・・・・・・・・・」
私は鞄から携帯電話を取り出して、迎えを頼んだ黒服の女性に電話をかけた。・・・・・・何となく、この時は歩いて帰りたい気分になったからだ。私の胸の内は未だに曇ってはいるが、少しだけ、ほんの少しだけ晴れた気がした。
―――――――――――――――――――――――
ピロピロ!ピロピロ!
「んぅ・・・・・・・」
朝。私は携帯電話の着信音で目が覚めた。夫の体を跨ぐように腕を伸ばして、携帯電話を取り電話に出る。
「・・・・・・もしもし?」
『あ、箒?私だけど。もう、起きてる?』
電話をかけてきたのは親友の鷹月静寐だ。
「・・・・・・今、何時?」
『何時って、もう七時半よ?』
「七時半・・・・・・?」
未だ完全覚醒していない頭で静寐の言葉を反芻する。そして、私の頭は完全に覚醒した。
「・・・・・・えっ!?もう七時半!?」
『もしかして・・・・・・今まで寝てたの?』
「う、うん!すぐに用意するから!!」
『ゆっくりでいいよー』
電話が切れた。
「起きて佑樹!!」
佑樹の体を揺すり、起こす。
「・・・・・・なに?」
「もう七時半なの!!私はお弁当の用意してくるから佑樹は唯を起こしてきて!!」
私は髪留めで学生時代よりいっそう長くなった髪を結う。懐かしきポニーテールだ。この髪は私の自慢だったりする。最後に髪を切ったのはもう、何年も前だ。