これが一番ですね。
蒼い炎を纏う鋼鉄の拳が空を裂き、脚が火花を散らす。
千夏とセシリアの攻防は未だに続いてはいるが、双方共に有効打を与えられずにいた。
自分の最も得意とする距離である超接近戦にて拳や蹴りを繰り出している千夏だが、それをセシリアはギリギリの所で回避し続けている。
ほんの僅かな隙を狙い、セシリアもなんとかレーザーライフルで攻撃に転じようとするが、千夏の類まれなる反射速度にて避けられる。
一見すると、このまま試合は終わらないのではなかろうかと思わせるが、実際には極僅かずつではあるが、ダメージは入っている。
このダメージは本当に微々たるもので、千夏の炎やセシリアのレーザーの余波で受けたものばかり。
時間にして数分間の激闘ではあるが、当の本人達にはその数分間がまるで数時間や数日にも思われる程に時間の感覚が狂い始めていた。
「はっ!」
「くっ!」
今もまた、千夏の蹴りがセシリアによって避けられたが、その火の粉によってブルー・ティアーズにのSEを僅かに減らす。
(このままではキリが無い……! どこかで決定的な一撃を叩き込まなくては、
珍しく千夏は焦っていた。
短期決戦で決着が着くとは思ってはいなかったが、想像以上に試合が長引いた事に。
(流石は千夏さん……! 先程からずっと己の最も得意とする距離でのみ戦い、私の距離に持ち込ませないようにしている! しかも、知らず知らずのうちに
焦っているのはセシリアも同様で、今まで幾多の相手を倒してきた愛機の切り札が完全に封じられ、いつまで経っても流れを己に向けられない事に。
ブルー・ティアーズにはビット兵器と呼称される脳波でコントロールできる誘導兵器が存在しているのだが、セシリアはビットを動かしている間は身動きが取れなくなってしまうという弱点を抱えている。
もし仮にこの状況でビットを射出すれば、動けなくなったセシリアは即座に千夏の餌食となってしまうだろう。
故に、彼女はビットを使いたくても使えない状況に立たされていた。
この激しい攻防戦は、アリーナにいる全ての人間の視線を釘付けにしていた。
野次馬根性で見に来た観客席にいる生徒達。
千夏の事が気になってやって来た楯無と虚。
そして、各ピット内にいる彼女達の事も。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「拙いな……」
「「「え?」」」
それは、千冬が何気なく零した一言が切っ掛けだった。
静まり返ったピット内に、その言葉は確かな形となって響いた。
「拙いって……なんでだよ?」
「先程から千夏の方が優勢に見えますが……」
「お前達にはそう見えるだろうな。だが、実際にはそうではない」
腕組みをしたまま真剣な顔でモニターを見続ける千冬を見て、思わず全員が唾を飲む。
「山田先生。試合が始まってからどれぐらいの時間が経過した?」
「えっと……約15分ぐらいです」
「そうか……もう半分を切ったのか……」
「「「半分?」」」
一体何が半分なのか。
事情を知らない一夏達にはさっぱりだった。
「千夏には、アスリートとして致命的な弱点が存在している」
「じゃ……弱点?」
「なんだよ弱点って……」
「千夏は、IS操縦者として体力が足りなさすぎる」
「体力が足りない?」
「そうだ。訓練の最中に気が付いた事らしいが、千夏はその身体能力に比べ、体力が余りにも少なすぎた。恐らく、これまでずっと運動らしい運動をしてこなかった事が原因だろうが……」
それを聞いて、一夏はバツが悪そうに顔を下に向けた。
千夏から運動する機会を奪ったのは自分だと思ったから。
自分が部活を始めてしまったから、千夏の成長を阻害してしまった、と。
「さっき半分って言ってましたけど、まさかなっちーって……」
「お前の考えている通りだ、布仏。ISのサポートを受けていても、千夏が全力で戦える時間は30分が限界だ」
「もしも、それが過ぎたら……」
「その瞬間に負ける……とまではいかないが、極端に動きが悪くなるだろう。そうなれば千夏の敗北は確定と言ってもいい」
「そんな……」
タイムリミットは30分。
15分経過したと言っていたから、残り時間は大体15分ぐらい。
それが、千夏にとっての残された時間だった。
「……………………」
先程から会話に参加していないピノッキオは、ずっとモニターに嚙り付いている。
言葉で語っても意味が無いと言うように。
「ん……?」
「どうした?」
「どうやら、試合が動くようだよ」
「なに?」
彼の言葉に反応して、全員の視線が再びモニターに向く。
モニターに注目した彼女達が見たものは……。
「な……なにっ!?」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「なっ……!?」
装甲に覆われた仮面の下で、千夏は目を見開き驚愕した。
彼女の放った拳が、あろうことかセシリアの持つレーザーライフルの銃身にて防がれたのだ。
しかも、ただ防いだだけではない。そこからセシリアはまるで棍を操るかのように銃身を振り回し、華麗な動きで千夏の事を受け流し始めたのだ。
(これは……まさか合気道の応用っ!?)
さっき以上に焦りを隠せない千夏を余所に、セシリア自身も己がした事に驚いていた。
セシリアは基本的に物事を計算で考える癖がある。
その直角的な思考は、脳内に構築された幾多のパターンとなって記憶されていて、それを駆使して試合に臨むことが多い。
今回も先程までそうしていたのだが、計算以上の実力を誇る千夏の動きに対し、生まれて初めてセシリアは
全てを数学的に考える少女が、初めて直感と本能で動いたのだ。
その結果が、ライフルを振り回し棒術のように操る事だった。
「そこっ!」
「ちっ!」
しかも、その滑らかな動きから流水のように放たれる銃撃は、今まで以上に精密さを誇る。
だが、その攻撃が却って千夏に冷静さを取り戻させた。
(流石はイギリスの代表候補生なだけはある……! こっちももうなりふり構ってはいられないか!)
ここで千夏も拘りを捨て、己の持つ全てで挑む事にした。
「はぁぁっ!!」
「そこですわ!」
激しい金属音がアリーナに木霊する。
よく見ると、ディナイアルの手首の部分から紫のビームの刃が伸びていた。
「ビームソード……。そんな物を隠し持っていたんですのね……」
「一応な。だが、こうして手首から伸びている以上、射程距離に対した差は無い」
「そうですわ……ね!」
千夏の腕を弾き、銃身を使った棒術にて攻勢に出る。
もう素人には目視することすらも困難になる程に速い攻防戦に発展していた。
まるで、格闘漫画やアニメの戦闘シーンが実際に目の前で繰り広げられているような、そんな非現実感を彼女達を覆う。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
横薙ぎに払うかのようにビームソードで斬りかかる。
だが、ここで千夏は致命的なミスを犯してしまう。
待ってましたと言わんばかりに、セシリアは銃身を敢えて斜めに構えてビームソードの斬撃を受け入れた。
勿論、その一撃は銃身を易々と斬り裂き、その先端が遠くに飛んでいく。
そこで初めて、千夏は己の過ちに気が付いた。
「しまっ……!」
「そこぉぉぉぉぉぉっ!!」
まるで竹槍のように鋭くなったライフルを千夏の腹部に突き刺し、そのままゼロ距離で発射。
青い軌跡を残しながら、千夏はそのまま吹き飛ばされてしまった。
千夏のミス。それはセシリアの銃に近接攻撃力を与えたばかりか、至近距離で銃撃出来る程の丁度いい長さにしてしまった事。
これで、近距離での主導権が千夏の絶対ではなくなった。
「くそっ……!」
(ここで流れをこっちに向けなくては! 更に追撃を!!)
セシリアはティアーズに搭載されている二基のミサイルビットを発射。
これは通常のビットとは違いミサイルタイプなので、自身の動きは関係無く発射可能だ。
(ミサイル! これだけは何としても直撃を避けなくては!)
飛ばされながらも千夏の視線は対戦者から逸らしておらず、その目はしっかりと自分に向かって飛んでくるミサイルを捉えていた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
あろうことか、千夏は飛ばされながら機体のブースターを全開にして、無理矢理に近い形で体勢を変えて、そこから体全体を高速回転させる。
次元覇王流 旋風竜巻蹴り
嘗て、初訓練にて全方位ミサイルを全て撃破してみせた大技を使用し、その衝撃波でミサイルビットを迎撃、そのままの勢いで上空まで昇っていった。
(なんという技……! ミサイルを破壊しながら窮地を脱し、しかも……)
ステージの一番上まで行くと、大きく足を振りかぶり、そこから凄まじい速度で急降下しながらの飛び蹴りを放つ。
(そのまま攻撃態勢に移行した!)
次元覇王流
全身に蒼炎を纏いながら繰り出される蹴りは、まさに巨大な『槍』を彷彿とさせる姿だった。
眼にも止まらぬ速度で迫ってくる蹴りは、疲弊した今のセシリアは回避不可能。
だが、それでいい。それでいいのだとセシリアは心の中でほくそ笑む。
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「がはぁっ!?」
千夏の渾身の一撃が腹部に直撃し、そのままの勢いで地面に落下していく。
だが、その落下していく僅かな時間の中でセシリアは躊躇いなく動いた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「くっ……!」
楔を打つかのように、ティアーズ唯一の近接武装であるショートブレード『インターセプター』を脚部に突き刺し、震える両腕を抑えながら、短くなったスターライトMk-Ⅲの標準を千夏に合わせる。
だが、その銃身には今までには無かった物が装着されていた。
(な……なんだアレはっ!?)
それは、本来ならば個別に敵を狙う筈の4基のビットだった。
それらが全てライフルの銃身に固定され、今にも発射されようとしている。
(これならば……少しは不足している攻撃力を補える筈!!)
装着者であるセシリア自身も、ブルー・ティアーズの攻撃力が他のISと比べて低い事は自覚していた。
普段の彼女ならばそんな事は気にしないし、それを補う方法なんて思いつこうともしない筈。
だが、今回の試合はそんな甘い事を言えるような戦いではない。
相手は間違いなく、今までで戦ってきた中で最強の相手。
今までのプライドや趣味嗜好の全てをかなぐり捨てないと勝利は不可能。
その答えが、この一点集中攻撃だった。
(収束砲! そんな事を思い付くとはな! だが、俺だって負けられない!!)
ここまで来たらもう小細工は無意味と考えた千夏は、更に速度を上げて地面に向かう。
数瞬の後、二人の体はステージの地面に激突し、それと同時に青白い閃光が二人を包み込んだ。
施設全体を大きな地響きが覆い尽くし、土煙でステージが遮られ、二人がどうなったか分からなくなってしまった。
・・・・・
・・・・
・・・
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・
ステージ内蔵の排煙装置にて土煙が早々に無くなった後に見えたのは、満身創痍となった状態で倒れている千夏とセシリアの姿だった。
ディナイアルの脚部にはインターセプターが突き刺さったままで、セシリアもまた己の武器であるレーザーライフルを手放していた。
ISがまだ解除されていない事から判断するに、まだSE自体は残っているようだ。
「お……れは……」
「ハァ……ハァ……」
二人共、なんとか起き上がろうとしているが、体が言う事を聞いてくれないようだ。
震えまくる体に鞭を打ち、何度も立ち上がろうと試みるが、すぐに地面に倒れ伏してしまう。
何回かそれを繰り返して、ようやく二人は立つ事に成功する。
だが、お世辞にも試合が続行できるような状態には見えなかった。
「千夏……さん……」
「セシリア……」
全身はボロボロになりながらも、その目線だけは決して逸らさない。
それが彼女達の流儀なのだろう。
「貴女の勝ち……ですわ……」
「あぁ……そして…君の負けだ……」
操縦者、機体共に限界が来てしまったのか、ブルー・ティアーズが解除されると同時にセシリアが倒れそうになる。
それを最後の力を振り絞って駆け出した千夏が支える。
「と言っても……こっちもギリギリだったけどな……」
目の前に表示されている『残り時間』と残りSEを確認する。
「試合時間……29分59秒……SEは残り1……か」
確認を終えると、自分の役目を終えたかのようにディナイアルも待機形態に戻って生身の千夏が姿を現す。
「たった今……こっちのSEも尽きた……」
セシリアを抱きしめたまま、千夏はその場に座り込んだ。
その直後、試合終了を告げるブザーが鳴った。
セシリア強化?
いえいえ、この作品ではこれがデフォです。
千夏は僅差の勝利でした。