専門用語のオンパレードになるかもしれませんが…。
次の日。
俺はベットの上でスマホを弄っていた。
昨日、夜中にナースセンターで聞いた事を調べる為だ。
「漢字がよく分からないから、まずは適当に検索してみるか」
取り敢えず『こうがんせい』と入力する。
すると……。
「うわ……」
平仮名で検索したせいか、かなりの検索結果が出てしまった。
何処から調べるべきか……。
「時間はあるんだ。虱潰しに調べるしかないな」
指を動かしながら調べていく。
しかし……これ程の代物を作ってしまうなんて、あの束さんは何者なんだ?
見た感じは普通の学生に見えたけど……髪の色以外は。
そんな、どうでもいい事を考えながら見ていくと、ふと、気になる文字を見つけた。
『性分化の異常、特に半陰陽について』
……読んでみるか。
『中腎の近辺に形成された性腺の原基は胎児6~7周になると皮質(後の卵巣)と髄質(後の睾丸)の区別が明確化していく。即ち、この頃の時期の胎児は雄雌両方の性格を兼ね備えており、ここから男児へ、或いは女児へとの性の分化が始まるのである』
うん。全く分からん。
その後も染色体やホルモンに関する記述ばかりが延々と続いていく。
なんか疲れそうだったので、一気に読み飛ばしていく。
すると、終わりの方にこんな記述があった。
『ミュラー管から卵子・子宮などへの分化や女性の外陰の形成は、卵巣やホルモンの影響無しで起こる。言い変えれば、性腺からの刺激が無い場合には、全ての個体は女性型の内外性器になるように定められているのである』
……もうちょっと分かりやすい情報は無いのか?
そう思って一旦戻ってから調べ直していると、次に『男性仮性半陰陽』という項目があった。
「ここはどうだ…?」
画面をタップして文字を読む。
『男性仮性半陰陽とは性腺は睾丸のみを有しているが、内性器及び外性器が男性化せずに、女性化または男女中間型を指し示すものを言う。染色体は46XYである』
染色体46XY……。
これって、あの時に看護婦たちが言っていた言葉だよな…?
確か、俺の体は本来卵巣があるべき場所に睾丸があるって…。
いつの間にか夢中になって文字を読んでいて、次のページを読む。
『ジハイドロテストステロンの受容体の異常には完全型睾丸性女性化症候群と、不完全型睾丸性女性化症候群に分けられている』
遂に見つけた。
ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
ただ前に突き進むのみだ。
『完全性睾丸性女性化症候群とは、睾丸を有してはいるが、腹腔内にある事が多くて、外表は完全に女性である為、新生児期に気付かれる事は滅多に無く、その全てが女児として育てられている。子宮は無くて、膣は盲端になっている。通常は思春期になっても無月経で、陰毛が薄いなどで発見される』
ああ……なんか、自分の未来を読まれているかのような気分だ…。
つまり、これから先も俺には生理は無くて、しかもパイパンが確定しているって訳か。
「もうちょっと見てみるか…」
『本症例は全て女性として育てられるべきであり、大陰茎の中に睾丸が触れる際には、新生児期ヘルニアなどと診断される事もあり、去勢した方が良い』
去勢って……。
俺は動物じゃないっつーの。
次に俺は『臨床遺伝医学Ⅱ ~染色体異常症候群~』という記述を見つけた。
『【症状】性腺の性は男性、即ち精巣であるが、外性器を始めとした身体的性が女性型や男女中間型である性分化異常は、男性仮性半陰陽と呼称されており、睾丸性女性化症候群はその一型である。外性器が女性型である為、女性としての教育を受けて、搾乳児期には鼠径部の腫瘍(精巣)を主訴に、思春期には原発性無月経を主訴に医師に訪れる事が多い。思春期には乳房の発育を認め、脂肪の分布など全身の体型は女性型である。腋下や恥毛は疎らであるか、全く欠如している。膣は短く盲端に終わっており、普通は性腺の他には内性器は認められない』
つまり、俺は子供を残すことも出来ず、子供を宿すことも出来ない…って事か。
孕ませることも孕むことも出来ないって…。
俺は本当に『生物』と言ってもいいのか…?
歪にも程があるだろ…。
『【頻度】完全型は20000から62400新生児男児に一人と言われている』
あの看護婦、思いっきり間違えてるじゃないか。
何が『5000分の1、或いは2000分の1』だよ。
本当は二万から六万二千四百分の一の確率じゃないのさ。
『【成立機構】胎生期の性の分化は、その遺伝的性に関わらず本来女性の方向に向かうようになっており、女性生殖器の分化の抑制と男性化には、精巣あるいはその胎生期分泌物
が必須となっている』
そこまで見て、俺は読むのをやめた。
純粋に精神的に疲れたというのもあるが、それ以上に、ここから先を読んでしまえば自分が自分でなくなってしまったと認めざる負えないような気がしなのだ。
「ふぅ……」
スマホをポフ…とベットの上に放り投げる。
体は女で、染色体は男。
「俺は……一体なんなんだ……」
思わず呟くが、それに応えてくれる存在はいない。
窓を見ると、そこにはガラスに反射して俺の顔が映っている。
俺から見ても、間違いなく美少女だ。
これが実は男だなんて、どこの誰が信じるだろうか。
なんて考えても仕方ないんだけど。
さっきの記述に書いてあるように、今のこの状況を受け入れるしかないだろう。
それがきっと一番全てを穏便に済ませる一番の方法だ。
もうすぐお昼だが、それまではせめて夢の中で微睡もう。
そう思って目を瞑ると、病室の扉がいきなり開かれた。
「む? もしかして寝ようとしていたのか?」
「千冬さん……」
そこには、私服を着た千冬さんと束さん、それに小さな男の子と女の子がいた。
「大丈夫です。目を瞑っていただけですから」
「そうか……。無理はするなよ」
「分かっています」
妹が事故に遭って心配になるのは分かるが、少々心配性すぎやしないか?
「千夏姉!!」
「千夏!!」
「ん?」
男の子と女の子がこっちにやって来た。
ちょっと泣きそうになってないかい?
「だ……大丈夫!? 痛くない!?」
「すまない!! 私のせいで…」
「え……えっと……」
いきなり謝られてもな…。
「こら! 二人共! ここは病院なんだぞ! 静かにしないか!」
「「ご……ごめんなさい……」」
「そういうちーちゃんも充分に五月蠅いよ?」
「何か言ったか?」
「……なんでもないです」
……コントか?
「あ……すまん。騒がしくしてしまったな」
「いえいえ。お構いなく」
俺は気にはしないけど、エチケットは守った方がいいだろうな。
ここが個室だから良かったけど、もしも他の患者さんと一緒の病室だった場合は間違いなく怒られるから。
「もしかして……この二人が……?」
「ああ。お前の双子の弟の一夏と……」
「私の妹の箒ちゃんだよ!」
やっぱりか。
でも、どんな風に接したらいいのかさっぱり分からん。
少なくとも、他人行儀な態度はしない方がいいだろうな。
「えっと……元気?」
「「うん!」」
でしょうね。
子供は元気でなんぼだし。
あ、今は俺も子供か。
一夏とか言う子は活発な感じ。
なんとなく将来的に女たらしになりそうだ。
箒という子の方は、釣り目で男勝りな感じだ。
でも、間違いなく美少女ではあるだろう。
ポニーテールが良く似合っている。
「千夏……本当に大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫だよ……えっと……箒……ちゃん」
しかし、箒ってなんとも奇抜な名前だな。
束も負けないぐらいに奇抜だけど。
あのご両親はどんな意味を込めて、この二人にこんな名前を付けたのだろうか。
「今日はどうしたんですか?」
「今回はお前の着替えを持ってくるついでに、この二人を連れてこようと思ってな」
「やっと許可が下りたんだよ~。なっちゃんの怪我の回復が幾ら早くても、暫くは絶対安静だって言われてたからね~」
そう。
俺の怪我は自分でもおかしいと思うぐらいに回復が早い。
う~む……もしや、俺は異能生存体だったりするんだろうか?
確率的にも有り得そうで、なんとも言えない。
「着替えはこの棚に入れておくぞ」
「はい」
ベットの近くには、着替えなどを入れられるクローゼットの様な物がある。
そこを開けて千冬さんが紙袋に入れてきた着替えを中に入れてくれた。
「なっちゃん。暇してない?」
「大丈夫です。これのお陰で」
スマホを持って見せる。
ほんと、助かりまくりですよ。
「そっか。態々作った甲斐があったよ」
……本気でこの人って何者?
どう考えても、一介の学生に造れる代物じゃないぞ。
「俺! 千夏姉と色々と話したいことがあったんだ!」
「わ……私も話したいぞ!」
「静かに頼むよ」
それから、やって来た四人と様々な事を話した。
と言っても、向こうが一方的に話してばっかりだったけど。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
あれから早くも半年以上が経過した。
入院生活は順調に続き、何事も無く怪我は治っていった。
その間も千冬さんを初めとした四人は暇さえあればお見舞いに来てくれた。
時折、篠ノ之夫妻も来てくれて、四人のブレーキになってくれた。
そして、遂に退院の時がやって来た。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
病院服から私服(白い子供用のロングTシャツと緑のロングスカート)を着て、千冬さんに手を引かれている。
俺達の前には主治医の先生と看護婦さんが数名並んでいた。
「今迄お世話になりました」
「とんでもない。こっちこそ、力不足で申し訳なかったよ」
そう言われて、俺はなんて反応しろと?
「しかし……」
ん? こっちを見てどうした?
「こちらの想像を遥かに超える程の回復力だったな…。まさか、僅か半年でここまで治癒するとは思わなかったよ…」
まだ頭や腕に包帯が巻かれた状態ではあるが、自分の足で歩けるようにはなった。
しかし、食事に関してはかなり気を使わせてしまった。
なんせ、俺は味覚が無い。
だから、病院側も比較的俺に負担が無いような食事(スープ系とか)を出してくれた。
それでも味が無いのは同じなんだけどね。
「先生、本当にありがとうございました」
「いえいえ。私の方こそ、力不足で申し訳ございませんでした」
先生と千冬さんが同時に頭を下げる。
その光景はなんとも奇妙なものだった。
「そちらのご家庭の事情は篠ノ之さんに聞きました。いつでも……とは流石にいきませんが、何かあれば遠慮無く来てください」
「はい。是非ともそうさせて貰います」
最後に互いに挨拶に挨拶をしてから、病院を後にした。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
篠ノ之夫妻が病院の前で車で待っていてくれて、それに乗って俺がこれから住む家に移動した。
窓から見る風景はどれも見たことが無いものばかりで、改めてここが自分の知らない世界だと実感させられた。
リアクション自体は殆どしなかったけど。
車に揺られながら、俺は今更な疑問を感じた。
(今の俺の……いや、織斑姉弟の両親はどうしたんだ?)
娘が事故で入院したというのに、全く見舞いに来なかった。
別にそれに関して何かを思っている訳ではないが、普通に気になった。
何も知らない無垢な子供ならば、ここで無遠慮に聞いたりするんだろうが、俺の精神は完全な大人。
空気を読んでやるのも大人の務めだ。
(下手に聞いて嫌な空気になるのも嫌だしな)
空気読み人知らずになるのは御免だしな。
ボケーっとそんな事を考えていると、車が止まった。
「ついたよ」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ここが……」
ようやく織斑家に到着。
家自体は子供三人で住むにはかなり大きくて、二階建てになっていた。
「送ってくれてありがとうございました」
「なに、困った時はお互い様だ。こちらも束や箒が普段から世話になっているしね」
「そうよ。助け合っていきましょう」
「はい……」
……今時のご時世には珍しいぐらいに、いい人達だな。
いい親に恵まれてるんだな、あの姉妹は。
「我々はもう行くが、困ったことがあればいつでも来なさい」
「千夏ちゃんもね」
「わかりました」
それだけを話して、車は去って行った。
「では、入ろうか」
「ええ…………」
「どうした?」
「いや……なんと言えばいいのか分からなくて……」
確かにここは『織斑千夏の生家』なのかもしれないが、俺という存在にとっては違う。
だから、この場合は何と言えばいいのか分からない。
「……お前の事に関しては、予め聞かされている」
「え?」
「お前が味覚、嗅覚、触覚を失った挙句、記憶喪失になっている事も……な」
「マジですか……」
流石に先生が話したのか。
って言うか、今の俺って記憶喪失って事になってるのかよ。
「でもな、お前がどんな事になっていても、言うべき言葉は一つだ」
「一つ……?」
なんじゃそりゃ。
「ただいま……だ」
やっぱ……そうなるか。
それが正しいよな……。
「そう……ですね」
俺は千冬さんの方を向いて、その目を見ながら言った。
「えっと…………ただいま」
「おかえり……千夏」
こうして、俺は第二の人生における家に初めて入るのであった。
ここで俺はどんな人生を歩むのだろうか?
それは誰にも解らない。
序盤の説明は自分にもサッパリです。
資料と睨めっこしながら書いたので…。