セラフィムの学園   作:とんこつラーメン

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第38話 それでも世界は回る

 イタリア下院 モンテチトーリオ宮

 

 建物の中から、一人の男性がガードマンと思しき連中と共に出てきた。

 その中の一人は何故かカメラを構えている。

 

「終身議員には大統領に仲介をお願いしよう。あの方は人望が厚いからな」

「人望ならば貴方にも十分にお有りですよ」

「ワシのはただビビらせているだけさ。人望なんて言葉とはほど遠い」

「そうでしょうか?」

「そうさ。金や力で脅迫するだけでは政治は成り立たない。無論、その逆も然りだ」

 

 そんな会話をしている彼等の元に、一人の女が近づいてきた。

 身なりは整っていたが、サングラスをしている辺り、かなり怪しい。

 彼女に気が付いた警備員の一人が前に出て静止させようとする。

 

「おい! それ以上こちらに近づこうとするな!」

 

 だが、女はそんな忠告を当然のように無視。

 バッグの中から拳銃を取り出して、警備員を射殺。

 そのまま、銃口を男の方にも向けた。

 

 銃声に反応したガードマンが彼の体を覆うようにして地面に押し付けて守る。

 その間に他のガードマンが銃を使って応戦。

 運悪く脳天を一撃で撃ち抜かれた女は、そのまま即死。

 静かになった所で、ガードマンと男はゆっくりと起き上がった。

 

「大丈夫でしたか? 首相」

「なんとかな。助かった」

 

 服に付いた汚れを軽く落としながら、自然に横たわる女の死体を見る。

 

「犯人はどうした?」

「射殺しました」

「おい。さっきの映像はちゃんと撮ってたか?」

「バッチリです」

 

 それを聞いた首相は嬉しそうにニヤリと笑う。

 

「なら、その映像を昼のニュースのトップに流せ。勿論、北の良識層に訴えるような演出でな」

「了解しました」

 

 その後、やっと車に乗り込む事が出来た首相は、車内で初老の女性と話し合っていた。

 

「首相。さっきの女の身元は割れましたか?」

「なんでも。北部解放なんとかとかいう右翼の文派のようだ」

「発表では『女性権利団体』の仕業ですね?」

「当然、そのように報道される。こんな時には便利な呼び方だよ」

「例の『亡霊』に罪をなすり付けなくてもよろしいので?」

「構わん。連中は公には存在しない者達だ」

「だからこそ、奴等を表舞台に引きずり出すチャンスなのでは?」

「何事にも時期というものがある。いずれ必ずや叩き潰すとしても、それは今ではない」

「……分かりました」

「この世界の真実とは往々にして人間の手によって生み出される。残念な事だがな」

 

 車が信号で止まる。

 普通なら危険かもしれないが、ちゃんと周りには護衛の車両もついているので、一応は安全だ。

 

「ところでモニカ。最近の女性権利団体の連中はどうしている?」

「思想や方針などで派閥間の対立が起きている模様です」

「そうか。丁度いい機会だ。ここで一気に攻勢に出ろ」

「了解」

「マスコミなどに潜伏しているシンパも一斉検挙しろ。遠慮無く、囮情報をばら撒いてやれ」

 

 信号が青になり、車が再び走り出す。

 

「今はまだよくても、このまま野放しの状態が危険であることには違いないのだからな」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 今日の授業が終了し、皆はそれぞれの放課後を満喫しようとする。

 なんて言っても、入学二日目でそこまでやる事が無いのが実状で、大体の連中は他のクラスに行ったり、そのまま寮に帰ったりしている。

 少なからず教室に残っている者もいるようだが、それはまだ少数だ。

 これが一年の終わり頃とかになると、皆が普通に放課後を教室で過ごしているのだろう。

 

 因みに、昼食は何事も無く過ぎていった。

 別に上級生に絡まれたりとかは一切無かった事を明記しておく。

 

「疲れた~……主に精神の方が」

「まだ二日目だぞ。もう弱音か?」

「そんな事を言われても……」

 

 机に体を預けながら弱っている一夏を横目に、俺は鞄に教科書を積み込みながら立ち上がる。

 あれから色々と考えたが、特に今日の予定が思いつかなかったので、無難に図書室にでも行って勉強をしようと思う。

 

「何をしている一夏。とっとと行くぞ」

「おっと。そうだった」

 

 いきなり箒がやってきて、一夏に何かを促している。

 この二人は何か用事があるのだろうか。

 

「そうだ。よかったら千夏姉も一緒に行かないか?」

「どこに。何をしに? ちゃんと説明しろ」

「実は、今から私と一夏とで部活の見学に行こうと思うんだ。千夏も行かないか?」

 

 そんなの聞いてないぞ。完全に初耳だ。

 

「部活か……」

 

 中学の時は結局、なんの部活にも入れず仕舞いだったからな。

 いい機会だし、何かチャレンジしてみるのもアリかもな。

 

「そうだな。どうせやる事も無いし、俺も一緒に行こうか」

「「やった!」」

 

 そこまで喜ぶような事か?

 

「どうせなら、セシリアと本音も一緒に……」

 

 と思い振り返ったら、もうそこには二人がいた。

 全く分からなかった……。

 

「非常に有難いのですが、今から祖国に報告をしなくてはいけませんの。申し訳ありません……」

「そうか。代表候補生も大変だな」

 

 俺も一応は委員会代表なんて肩書を持っているから、定期的に報告などをしなくてはいけないのだろうか?

 特にそう言った話は聞いてないが。

 

「私はね~。生徒会室に行かないといけないんだ~。ごめんね~」

「「「生徒会室……」」」

 

 よりにもよって、本音が生徒会室にだと?

 彼女とは最も縁遠いと思われる場所に、一体何の用が?

 

「私ね、生徒会の役員になったんだよ~」

 

 マジか。それでいいのか生徒会。

 

「い……一応聞くけど、役職は……?」

「書記だよ~」

「「「書記……」」」

 

 本音には悪いが、会議などで本音がホワイトボードに字を書いている姿が全く想像できない……。

 

「が……頑張れ」

「応援してる……ぞ?」

 

 二人共、完全に気休めだな。

 

「あまり迷惑を掛けるなよ」

「は~い」

 

 よろしい。根は真面目だから大丈夫だろう。

 

「千夏姉のオカンスキル再び……か」

「何か言ったか?」

「いや何も」

 

 もしも余計な事を言ったら、その顔面に疾風正拳突きをお見舞いするぞ。

 

「オカンスキルとはなんだ?」

「そのまんまの意味だよ。千夏姉って家では殆ど無敵でさ、料理以外の家事の殆どを仕切ってるせいか、千冬姉ですら敵わないんだ」

「それ程か……」

「だから、家事をしている時の千夏姉には絶対に逆らわない方がいいぞ」

「わ……分かった……気を付けておこう……」

 

 さっきからコソコソ話をしているが、俺には丸聞こえだからな。

 他の感覚が無いお蔭で、聴力はかなり凄い事になってるんだ。

 俺の耳は三千里だ。舐めるなよ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 本音、セシリアの二人と別れた俺達は、そのまま部活棟がある場所に歩いていく。

 学園全体の見取り図ならば、パンフレットに書かれていた物を既に暗記済みだ。

 だから、迷わず進む事が出来る。

 

「確か、こっちだった筈だ」

「スゲ~……千夏姉、よく覚えてるな~」

「逆に、なんでお前は覚えてない?」

「え? あはは~……」

 

 笑って誤魔化すな。

 一夏にだってちゃんとパンフレットは渡っているだろうに。

 こいつの事だから、読んでいない可能性が非常に高いが。

 

 相変わらずの一夏に安心したような、呆れたような。

 そんな気持ちで渡り廊下を歩いていると、向こう側から完全に予期していない人物がやって来た。

 

「あれ、千夏?」

「ピ……ピーノ?」

 

 な……なんで彼がIS学園にいる?

 しかも、作業服っぽいのを着て。

 

「ピノッキオさん? え? なんで?」

「一夏も久し振り。ニュース見たよ。大変だったみたいだね」

「はは……お恥ずかしい限りです」

 

 ピーノがこの場にいることに驚いて、頭が混乱している。

 男二人が仲良さげに話してる光景が自然すぎているとか、ツッコみ所はあるのに。

 

「こ……この人が例の『ピノッキオ』さんか……?」

「あれ? 知らない子がいるね。二人の知り合い?」

「あ。コイツは……」

「自己紹介ぐらい自分で出来る」

 

 ワザとらしく一回咳払いをしてから、箒はピーノと向き合った。

 

「篠ノ之箒……といいます。よろしくお願いします」

「僕はピノッキオ。別にふざけているわけじゃなくて、これが本名なんだ」

「そ……そうですか」

 

 流石の箒も、明らかに年上な異性に対して、ちゃんと敬語を使っている。

 剣道をしているだけあって、礼儀はちゃんと弁えているからな。

 

「にしても、篠ノ之か……」

「私の苗字が何か?」

「いやね。もしかして、君って篠ノ之博士の家族か何か?」

「ね……姉さんを知っているのですか?」

「姉さん? そっか、君はあの人の妹なのか」

 

 この口ぶり。ピーノはどこかで束さんと出会っているのか?

 

「実はさ、前に一度だけ彼女と話した事があって。それで気になったんだ」

「あの姉さんが他人と話した……?」

 

 そんな反応になるよな。誰だってそうなる。俺だってそうなる。

 あの他人を完全に見下す人が、身内以外の人間と普通に話すなんて。

 俺からしても安易に信じられない。

 

「その……どんな様子でした?」

「本人は普通を装っていたけど、僕にはなんだか疲れて見えたかな」

「疲れていた?」

「体じゃなくて心がね。とても消耗しているように感じたよ。あくまで僕の推察なんだけど」

「あの人が……疲れて……」

 

 俺から見て、箒は束さんの事を根っこでは嫌っていないように思う。

 ただ、どう接していいか分からないだけなんじゃないだろうか。

 

「と……ところで、なんでピノッキオさんはここにいるんですか?」

「そんなの決まってるよ。千夏を護衛する為さ」

「ですよね~。でも、よくIS学園に入れましたね?」

「君と違って、僕はISを動かせないからね。だから、ちょっと裏技を使って潜り込んだんだ」

「裏技?」

 

 なんとなく予想は出来るが、一応は聞いておくか。

 

「僕の養父とここの理事長が昔馴染みだったみたいでね。彼のコネで表向きは用務員として働くことになったんだ」

「成る程……」

「だが、用務員って大変じゃないのか?」

「やる事は多いけど、僕は別に苦にはならないよ。どうやら、僕はこういった体を動かす仕事とは相性がいいみたいなんだ」

「そうなのか」

「昔、半年ぐらい知人のワイン園で剪定とかして働いていたことがあってさ。意外なほどに馴染んでいて、自分でもびっくりしたよ」

 

 ワイン園って事は畑作業か。

 言われてみれば、意外と似合っているかもしれない。

 

「へぇ~。凄いっすね。ワインとか飲むんですか?」

「少しね。でも、僕のように煙草を吸う人間にはワインの味が分からないって言われた事があってね。それ以来、ワインはあまり飲まないようにしてる」

 

 酒だけじゃなくて煙草も吸うのか。

 やはり、ピーノは成人男性だったんだな。

 

「お……大人っすね……」

「大人だからね」

 

 今思い出したが、前に乗せて貰ったピーノの車の灰皿には、少しも煙草の吸殻が無かったな。

 もしかして、まだ未成年である俺の事を気遣ってくれたんだろうか。

 

「用務員に成りすましてまで千夏姉の護衛をするなんて、ピノッキオさんって自分の仕事に誇りを持ってるんですね」

「誇り……か。そんな大層なものじゃないさ。単純におじさんの命令だからってのもあるし、それに……」

 

 いきなりピーノが俺の頬に手を当てて、そっと優しく撫で始めた。

 別に不快ではなかったので、そのまま放っておいた。

 

「自分でも理由は分からないけど、僕は千夏が悲しむ姿を見たくない。実に自分勝手な理由さ」

「ピーノ……」

 

 反射的にピーノの手を自分の手で包み込む。

 彼の手の方が大きいから、パッと見は添えているだけだが。

 

「ピノッキオさん……」

「なんだい?」

「今日から『お義兄さん』って呼んでもいいですか?」

「なんで?」

「いや……なんとなく将来を見据えて」

 

 こいつはいきなり何を言い出す?

 

「そういえば、千夏達は今からどこに?」

「俺達は部活の見学に行く所さ」

「そっか。あまり遅くならないようにね」

「分かってる」

「それじゃあ、僕はここで。まだ仕事が残ってるから」

「いってらっしゃい」

 

 ピーノが軽く手を振ってから去っていく。

 手と頬に残った彼の温もりが少し寂しい。

 

「な……なんだ今のは……! まるで恋人同士みたいだったじゃないか……」

「だろ? 俺から見ても、かなりお似合いのカップルだと思うんだよ」

「こ……これは由々しき事態だ……! 後でセシリアと簪にも報告しなくては……!」

 

 なんで報告する必要がある?

 

「ピノッキオさんがいること、千冬姉も知ってるのかな……」

「多分、知ってるだろう。教師として、それ系の情報はすぐに知らされるだろうしな」

 

 そうじゃないと、いざという時に大変だしな。

 

「さて、俺達もそろそろ行くか。部活が終わってしまっては意味がないしな」

「そうだな。箒、呆けてないで行こうぜ」

「あ……あぁ……」

 

 箒、声が震えてるぞ。

 

 意外な出会いによって地味にテンションが上がったまま、俺達は改めて部活の見学に行くことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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