その代わり、久し振りに彼が登場します。
ついでに彼女も本格的に登場。
千夏達が寮の自室にて寛いでいる頃、IS学園の理事長室では、ある話がされていた。
「では、そのように」
『まだまだ未熟な愚息だが、よろしく頼む』
『お前さんなら安心して任せられるってもんだ。轡木』
高級そうな机に座っているのは、普段は用務員として振る舞っているが、その真の正体は学園の本当の理事長を務めている『轡木十蔵』という老人の男性。
見た目に反して、彼の実力は千冬すらも易々と上回る。
いつもは彼の妻が表向きの理事長を務めていたりする。
彼がモニター越しに話しているのは、例のIS委員会のトップであるクリスティアーノと、IS委員会日本支部の新支部長に就任した東友会の組長だ。
『ピノッキオ。分かっているとは思うが、お前の使命を忘れるなよ』
「了解です。おじさん」
『なぁに。ピーノなら問題ねぇだろうよ。千夏の嬢ちゃんとは仲がいいみたいだしな』
「普通だと思いますけど」
『そう思ってんのは当事者達だけだろうよ』
「はぁ……」
そして、机の前に立ちモニターの向こうにいる二人と話しているのは、千夏の護衛役を任せられた青年ピノッキオだった。
いつも通りの表情を浮かべ、楽な姿勢で立っている。
「彼には織斑千夏さんの護衛として滞在して貰いますが、表向き彼には私の手伝いと言う事で、一緒に用務員をして貰う事になります。いいですか?」
『構わない。ピノッキオにもいい経験になるだろう』
「父親をしていますね」
『……そうであろうと努力はしているつもりだがな』
どうやら、クリスティアーノにも彼なりの悩みがあるようだ。
養父の意外な一面を見たピノッキオだったが、表面上はいつもと変わらない顔をしている。
「ピノッキオ君もそれで構わないですかな?」
「はい。別に雑用は嫌いじゃないし、用務員ならある程度の自由がきくから」
「よく分かっていらっしゃる。お若いのに見事なものだ」
ピノッキオはどう見ても十代後半から二十代前半と言った感じの青年だが、これまでの人生で積み重ねてきた経験は巷にいる裏の大人達にも引けを取らない。
その過程で色々な知識が身に付くのも、ある意味で必然だった。
『では、これにて失礼する』
『そんじゃぁな。いつか暇な時にでも、一緒に酒でも飲もうや』
「いいですね。覚えておきましょう。では、ごきげんよう」
通信が切れて、この場には轡木とピノッキオのみ。
「ところで、君は織斑千夏さんとは親しい間柄なんですか?」
「普通よりも少し多く話す程度ですよ。僕と彼女の関係はあくまで『護る者』と『護られる者』です」
「ふふふ……お若いですね」
「………?」
「いえ、こちらの話です。君には早速、明日から仕事をして貰いましょうか」
「分かりました」
「では、今から軽く学園の案内をしましょうか。その後に君の仕事着をお渡ししましょう」
轡木とピノッキオは一緒に理事長室を後にし、そのままゆっくりと学園内を回っていった。
その際、生徒達にピノッキオの姿を見られ、それでまた騒ぎになるのだが、それはまた別のお話。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
同時刻。生徒会室。
「ふぅ……」
「お疲れ様です。お嬢様」
水色の髪をもつ少女が机に座って書類を見て、もう一人の眼鏡を掛けた三つ編みの少女が紅茶を出していた。
リボンの色が千夏達とは違っていて、水色の彼女は二年生、三つ編みの少女が三年生であることを示している。
水色の彼女の名は『更識楯無』
千夏の親友の一人である簪の実の姉であり、IS学園の生徒会長。
更には、ロシアの国家代表であると同時に、暗部の家系である『更識家』の現当主と、実に多彩な肩書を持つ少女だったりする。
三つ編み眼鏡の彼女は『布仏虚』
千夏の新しい友達でありルームメイトでもある本音の実姉であり、楯無の従者も務めている。
本来の役目は影からのサポートなのだが、最近ではお小言が段々と増えてきているようだ。
「読まなきゃいけないと分かっていても、かなり辛いわね……」
「無理もありません。私も資料に軽く目を通した時は、本当に殺意が沸きましたから」
「私もよ」
楯無の目の前にあるのは新入生達のデータが記載されている資料の数々。
データ化すれば手っ取り早いのだが、その場合は別の危険性も伴ってくるので、こうしてアナログな方法を取っている。
「あの新しい支部長になった東友会の組長さん。凄い迫力だったわね」
「ですが、前のアイツに比べれば、かなりの人格者です」
「そうね。ヤクザだからと言って差別はしたくないし。あれは確実に孫とかに好かれているタイプのおじいちゃんよ」
年齢にそぐわぬ皺だらけの顔だったが、そのプレッシャーは未だに健在だった。
「彼からの依頼で、例の織斑姉弟の護衛をする事になったけど……」
「不服ですか?」
「まさか。弟君の方は知らないけど、姉の千夏ちゃんは簪ちゃんの親友なのよ? 同じ姉として、守ってあげたいと思うじゃない」
「そうですね。私も同感です」
互いに姉であるが故に、千夏には不思議なシンパシーを感じている二人。
だが、彼女達を突き動かしているのは、それだけではない。
「織斑千夏ちゃん。この子だけは絶対に守ってあげなきゃ。ううん。守ってあげたい」
「彼女は……大人達の悪意によって人生を歪められてますからね……」
資料には変わり詳しい事が書かれているようだ。
千夏のこれまでの経歴。そして、今までどんな目に遭ってきたかも。
だが流石に、睾丸性女性化症候群については記載されていない様子。
束の隠蔽技術の賜物である。
「直に話した事はないけど、前に遠目で観察した事があるから分かる」
急に楯無の拳が震えだし、その内にある怒りをそのままぶつけるように強く机に叩きつけた。
「あの子は! 千夏ちゃんはどこにでもいる普通の女の子だった! 誰にでも優しくて、可愛い物が大好きな、ごく普通の女の子だったのよ!!」
千夏のされてきた事と、以前に見た千夏の顔を思い出して、思わず涙が込み上げてくる。
「なのになんで……どうして千夏ちゃんを傷つけるの!! 彼女が一体何をしたっていうのよ!!」
「お嬢様……」
楯無の慟哭だけが生徒会室に響く。
ここは防音加工が施されている為、外には漏れていない。
「虚ちゃん」
「はい」
「さっきも言ったけど、千夏ちゃんは絶対に守るわよ。体だけじゃない。その心も」
「当然です。報告によれば、本音と千夏さんが同室になったようですし」
「そう……。別に何かしたわけじゃないのに、望外の幸運ね」
「ですね。きっと本音ならば、千夏さんの心の癒しになってくれるでしょうから」
「ついでに、本音ちゃんを通じて生徒会室にも誘いやすくなるしね」
「では……?」
「うん。近い内に接触はしなくちゃいけないと思う。簪ちゃんの事でお礼も言いたいし」
「そうですね」
この姉妹にも、あまり人には言えない事情を抱えていたりする。
図らずも、その解決に一役買っている千夏だった。
「一応言っておきますが、ちゃんと織斑一夏君の方も護衛しなくてはいけませんよ?」
「わ……分かってるってば……」
なんて言っているが、実は少しだけ忘れかけていたりする。
この少女、どこか抜けている所があるようだ。
「そう言えば、今日付けで今まで千夏さんの護衛をしていた人が用務員として勤務するそうです」
「知ってる。例の彼……ピノッキオでしょ」
「ご存じで?」
「裏の人間で彼を知らない奴はいないでしょうね。イタリアンマフィアであるクリスティアーノの秘蔵っ子であり、凄腕の暗殺者」
「写真を見る限りでは、彼も普通の青年のように見えますが……」
「人は見かけに寄らないって事よ」
「それは私達にも当てはまりますね」
「確かに」
少しだけ平常心が戻ったようで、二人は一緒に笑い合った。
その光景だけを見れば、二人も普通の女子高生だ。
「いつか、ピノッキオ君とも会って話さないと。出会い頭に襲われたりしたら堪らないわ」
「それが賢明ですね」
ピノッキオの経歴を知り、その腕前が凄まじいからこそ、可能な限り話し合いで解決したい。
余計な被害を避けようとするのは当然だった。
「にしても千夏ちゃんって、すっごい美人よね~……」
「お嬢様?」
「え? いやいやいや、流石に妹の親友に手を出そうとは思ってないわよ?」
「どうだか……」
自身の従者から怪しむ目で見られタジタジになる生徒会長様であった。
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・・・・
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・・
・
因みに、今回ずっと出番が無かった千夏はと言うと……?
「あむ♡ ポロポリポリポリポリ……」
「まるで鉛筆削りみたいに食べるんだな」
本音の希望で、彼女のお菓子であるポッキーを食べさせていた。
なんでこうなったかは、本人にもよく分かっていないが、一つだけ確かな事があった。
(こうして菓子を食べている本音って可愛いな……)
千夏が無自覚の内に本音に惹かれつつある事だった。
と言っても、これは恋愛関係の『惹かれる』ではなく、あくまでもマスコット的な物を見る目での『可愛い』だった。今は。
この関係が一歩でも近づけば、またもや新たなライバルが出現するかもしれない。
そうなれば、またもや千夏の周りが修羅場と化し、一夏の気苦労が増えるだろう。
出来れば、彼の健康面も護衛してくると助かる。
こうして、誰もが浮足立っていた新入生達のIS学園一日目は過ぎていった。
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・・・・
・・・
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・
「長かった」
「本当に長かった」
「でも、やっと
「やっと
「ここから」
「ここから」
「「時代が動き出す」」
「ここまで来れば」
「後は楽」
「「
「介入は簡単」
「かんたんカンタン!」
「愚かな兎は動けない」
「誰にも止められない」
「「『
「試練は恐怖と絶望の中で始まり」
「試練は流される血で終わる」
「『
「『
「それがいい」
「生きる価値も無い」
「存在する価値も無い」
「生まれてくる価値も無い」
「「薄汚い蛆虫でも、試練の生贄ぐらいにはなる」」
「感謝しろ」
「感謝しろ」
「「お前に『価値』をくれてやる」」
「精々、無様に役に立て」
「お前にはそれがお似合いだ」
「どれを使う?」
「兎の人形は嫌だ!」
「ならば、アレを使おう」
「そうしよう! そうしよう!」
「「さぁ、出番だ」」
「だ………だず……ぐぇでぇ…………じぃ……にぃだぁ……ぐ……ないぃ………」
ピノッキオ再登場。
そして、楯無フラグが立ちました。
ついでに不穏なフラグも……。