セラフィムの学園   作:とんこつラーメン

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ビックリした? ねぇ、ビックリした?

まさかの連載再開だよ。






セラフィムの果実
第32話 新たな門出


 寒かった冬から、暖かな陽気に移り変わった春。

 俺と弟である一夏は、IS操縦者を養成する育成機関『IS学園』へと入学した。

 

 春休みの間は、その殆どが一夏の勉強で潰れてしまった。

 一度スイッチが入ればスラスラと覚えていくのだが、そこに到達するまでが大変だ。

 だから、こいつに勉強を教えるだけで本当に一苦労だった。

 幾ら私が異常者とは言え、そこら辺は健常者と同じ感覚だから。

 

 で、無事に入学式を終えた俺達はと言うと、案内に従ってこれから自分達が一年間通う事になる教室にいた。

 既に全員が着席していて、後は担任が来るのを待つばかりとなっている。

 

「ち……千夏姉……」

「不安そうな顔でこっちを見るな。ちゃんと前を向いていろ」

「でもさ……」

 

 この学園で唯一の男子である一夏の存在は相当に珍しいようで、クラスの殆どの女子達が一夏の事をさっきからチラチラと見ていた。

 本当はここに、もう一人の男子がいるんだがな。

 俺の場合は見た目の性別は完全に女だから、カウントはされないか?

 

 そんな、少しだけザワついている教室の中で、ほんの数名だけ沈黙を守っている者達がいる。

 まずは俺。一夏のお蔭で俺に向かう視線は殆ど無いので、街中と比べて実に快適だ。

 出来ればもう二度とサングラスは掛けたくない。

 最近はサングラスに加えてマスクもつけないといけなくなってきたからな。

 

 二人目は、窓側の一番前の席に座っている黒髪ポニーテールの女子。

 なんて特徴だけを言えば意味不明だが、簡単に言ってしまえば成長した箒だ。

 

(まさか、彼女がここに入学してくるとは思わなかったな)

 

 いや、これも例の保護プログラムとやらのせいか?

 だとすれば、箒もここでは肩身が狭いかもしれない。

 なんとか話が出来ればいいのだが。

 

 三人目は、俺がいる席の一番後ろにいるセシリア。

 前に一緒のクラスになれればいいと思っていたが、まさか本当に一緒になれるとは。

 俺の事を見た時のセシリアは実に嬉しそうにしていたな。

 少しだけ残念なのは、簪が別のクラスになってしまった事か。

 彼女のクラスは四組らしく、ここからでは少し遠い。

 せめて一組か二組ならば、すぐに会いに行けるのだが。

 でも、こればっかりは仕方がない。素直に諦めて、来年一緒のクラスになれるように祈ろう。

 

 試しに少しだけ後ろを見ると、眩しい笑顔でこっちに手を振るセシリアの顔が。

 まぁ、高校入学時に既に顔見知りがいるのは普通に大きいアドバンテージだ。

 

 四人目は、これまた窓際の真ん中辺りの席に座っている独特の雰囲気を醸し出している女子で、何故か袖が長くなって手が見えない。

 さっきからずっと菓子を食べているが、いいんだろうか?

 

(問題は、ここの担任が誰になるかだな)

 

 親しみやすい先生だと、こっちも多少は助かるのだが。

 これもまた運頼みになってしまうな。

 

 暇なので、今度は箒の方を見てみることに。

 すると、彼女は驚いた表情をした直後にそっぽを向いてしまった。

 流石に年月が経ち過ぎてしまったか。

 無理もない。箒と最後に分かれた時は、まだ俺の髪は黒かったからな。

 今のように白くなってしまっては、俺の事なんて分かる筈もないか。

 

 

「な……なぁ……千夏姉……」

「今度はどうした」

「やっぱさ……一番最初は自己紹介とかすんのかな……」

「多分な」

「俺、頭が真っ白で何言っていいか分かんねぇよ……」

 

 そこまで追い詰められてるのか、こいつは。

 女所帯に男一人では精神的にも辛いのかもしれないが、こればかりは耐えてもらうしかない。

 とはいえ、ここで突き放すのも姉としてどうだろうか。

 

「別に難しい事じゃないだろう。普通に名前と趣味か特技を言って、その後に『よろしくお願いします』って言え。後はすぐに座れば大丈夫だろう」

「そ……そんなんでいいのかな……」

「今から会社の面接があるわけじゃないんだし、最初は無難でいいんだよ。これから嫌でも皆と顔を合わせて生活していくんだし。後の事はそれから考えればいい」

「そんなもんなのか……?」

「そんなもんだ。中学の時と一緒だよ」

 

 実際、中学入学時だって似たようなもんだった。

 あれからすぐに打ち解けて、友達が沢山出来ていったからな、一夏は。

 無駄にコミュ力が高いのがお前の数少ない特技だろうが。

 

「名前と特技と趣味……」

 

 一夏は頭の中で自己紹介の模擬練習を始めたようだ。

 その様子を後ろからのんびりと眺めていると、徐に教室の扉が開いた。

 

「皆さん、おはようございます! ちゃんと全員揃ってますね~!」

 

 これは驚いた。

 まさか、実技試験の時に戦った山田さんが一組の担任だったとは。

 あの人なら俺も抵抗なく話しかけられる。

 

「私は、この一組の副担任になる『山田真耶』と言います。これから一年間、よろしくお願いしますね」

 

 担任じゃなくて副担任だった。

 まぁ、俺にとってはどうでもいい事だ。

 彼女がここにいるだけで俺的には一安心できたから。

 

(しっかし、見事に誰も返事しなかったな……)

 

 いや、俺もしなかったんだけどな。

 このシ~ンとした状況で一人だけ声を出す度胸なんて俺には無い。

 あの会見を経験して、少しは成長したと思ってたんだがな。

 どうやら、それは俺の思い過ごしだったらしい。

 

(あ、目があった)

 

 ここで何の反応もしないのは可哀想なので、ちゃんと出来ているかどうかは分からないが、取り敢えず笑顔でも浮かべてみる。

 表情筋が仕事を放棄した俺の顔では、確実に硬い表情になっているだろうが。

 

「千夏さん……」

 

 俺の事を覚えていたのか。これまた予想外。

 

「では、今から皆さんに自己紹介をして貰います。出席番号順でお願いしますね」

 

 沈みかけた顔が元に戻り、山田先生は先生らしく教室を見渡して自己紹介をするように言ってきた。

 言われた通り、名前が『あ』から始まる子から自己紹介をし始めた。

 俺と一夏は揃って『お』なので、すぐに順番が回ってくる。

 別に俺は大丈夫だが、問題は一夏だ。

 さっきからずっとブツブツと何かを言い続けている。

 

「織斑くん? 織斑一夏くん? 聞こえてますか?」

「…………………」

 

 聞こえてない。全く聞こえてない。

 完全に自分の世界に入り込んでいる。

 はぁ……仕方がない。

 

「正気に戻れ。この馬鹿者が」

「ぐえっ!?」

 

 机の上に置いてある教科書の角で軽く一夏の頭をドつく。

 ちょっと鈍い音がしたが、気にする程でもないだろう。

 

「ち……千夏姉?」

「自己紹介。番が回ってきてるぞ」

「マジでっ!?」

 

 慌てて立ち上がる一夏だったが、その様子が面白かったのか、女子達がクスクスと笑っていた。

 

「弟がご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いえ、助かりました。ありがとうございます、千夏さん」

 

 先生に名前で呼ばれるってアリなのか?

 いや、同じクラスに双子である俺と一夏を一緒にしている時点で相当に異常だから、この程度の事はIS学園では日常茶飯事なのかもしれない。

 

「千夏って呼ばれてたわよね……あの子……」

「やっぱり、あの記者会見の子だったんだ……」

「最初は何かの見間違えか、そっくりさんかと思ったけど……」

 

 ヤバい。山田先生の発言で俺にも注目が集まりだした。

 一夏の自己紹介で中和できればいいのだが。

 

「えっと……織斑一夏と言います。家事全般が得意です。これからよろしくお願いします」

 

 無難。絵に描いたように無難。

 自分で言っておきながらなんだが、まさかここまで無難に攻めてくるとは思わなんだ。

 もうちょっとひと工夫とかすればいいのに。

 そんな事を考えている間に、一夏は速やかに着席した。

 その顔は、まるでダンジョン攻略を達成した冒険者のような顔になっている。

 あの程度の事で、何故にそこまで誇らしげになれる?

 

「それじゃあ、次は千夏さん。お願いできますか?」

「分かりました」

 

 山田先生に促されて立ち上がる。

 その瞬間、凄まじい速度で箒がこっちを振り向いた。

 後ろからはセシリアの視線も感じる。

 二人はどうして俺の事を凝視する?

 

「皆さんも既に承知の通り、IS委員会代表IS操縦者の織斑千夏と言います。委員会代表なんて肩書を持ってはいますが、実際にISに触れたのは今から一年前ぐらいになります。私自身はまだまだ頭の上に卵の殻を被った嘴の黄色いヒヨコです。故に、これから皆さんと一緒に少しでも研鑽していければ重畳の至りです。これから一年間、どうかよろしくお願いします」

 

 ここまで言ってから、俺は席に座った。

 ちゃんと一人称は『私』に出来たから、自分的には上出来だと思う。

 

「「「「おぉ~……」」」」

 

 周囲から拍手をされたが、そんなに感心する事か?

 これぐらい、誰でも出来るだろうに。

 

「流石千夏姉……場馴れしてるぜ……。もしかして、台本でもあったのか?」

「いや。即席で思いついたが?」

「俺の双子の姉が想像以上に凄かった件」

 

 別に俺は凄くない。

 本当に凄い人ってのは千冬ねえさんや山本さんや組長さん。

 もしくはピーノみたいな人間のことを指すんだよ。

 

「千夏さん……凄いです……」

 

 山田先生。仮にも教師である貴女まで感心してどうするんですか。

 

「先程から気になっていたのですが、どうして俺だけ名前呼びなんですか?」

「それはですね……」

「名字が同じでは紛らわしいからだ」

 

 ここで再び開かれる教室の扉。

 入ってきたのは忘れようもない女性。

 黒いスーツを見事に着こなしている我等が姉である織斑千冬だ。

 

「普通ならしないのだが、今回ばかりは特別に名前呼びにする事にした」

「よろしいので?」

「構わん。寧ろ、望むところだ」

 

 今、なんて言った?

 

「ち……千冬姉……」

 

 あ。その呼び方は今は拙いかも。

 

「織斑……」

 

 姉さんがその手に持った出席簿を大きく振りかぶって、そのまま一夏の脳天に勢いよく落とした。

 とてもいい音が教室中に響いたとだけ明記しておこう。

 

「プライベートならいざ知らず、学園では私の事は『織斑先生』と呼べ。分かったか」

「痛ぇ……」

「返事は?」

「了解デス……」

「千夏もいいな?」

「承知してますよ。織斑先生」

「うむ」

 

 私もこれからは発言に気を付けなければ。

 まだ頭にタンコブは作りたくない。

 

「織斑先生。もう会議は終了したんですか?」

「あぁ。山田先生、クラスへの挨拶を任せてしまって悪かったな」

「これぐらいならいつでもしますよ。なんたって副担任ですから。それに、千夏さんがフォローしてくれましたし」

「そうか。千夏、よくやってくれた」

「それ程でも」

 

 しれっと俺の頭を撫でた事は深く追求しない方がいいと、俺の中の何かが告げている為、ここは何も言わない事にする。

 

 教壇に移動した姉さんは、まるで学園ドラマに登場する女教師のように両手をついて、体を前のめりにする。

 

「私が一組の担任である織斑千冬だ。お前達ひよっこをこの一年で使い物にするのが私達の仕事となる。私だけでなく、先生達の話は全てよく聞いて、理解し糧にしろ。出来ない者には、ちゃんと出来るようになるまで指導をしてやる。別に私達の言う事に逆らうなとは言わないが、その時はそれ相応の覚悟をしておくように」

 

 なんと言う発言か。

 高校教師と言うよりは、まるで訓練学校の教官だな。

 いや、姉さんは過去に一度だけ教官経験があるんだった。

 つまり、姉さんは教官先生となるわけか。

 いいな……教官先生。語呂がよくていい響きだ。

 

 姉さんの発言後、急に女子達が落ち着きを無くし始める。

 この予兆は……。

 

「一夏」

「合点承知」

 

 こんな事もあろうかと、俺達は予め通販で買った高性能耳栓を装備して事態に備えた。

 

「――――――――――――――――――――――!!!!!」

 

 まだ触角は戻ってないから、直に肌で感じてはいないが、それでも座っているイスと机が振動で揺れている。

 それだけでも相当に凄い声なのが窺い知れる。

 この時ばかりは、自分の感覚器官が無くてよかったと思う。

 

 どうしてここまで興奮出来るのか。

 全くもって理解に苦しむ。

 姉さんが凄い人物なのは理解出来るが、ここまで声を荒げるような事か?

 

 暫くして振動が収まると、俺達はそっと耳栓を外した。

 よかった。教室はちゃんと静かな空間に戻っている。

 

「「ふぅ……」」

 

 あの数秒だけでかなり無駄に疲れた気がする。

 恐るべきは女子高生のパワーか。

 

(表向きは俺も女子高生だった)

 

 いや、俺にあそこまでのパワーは出せない。

 やっぱり現役女子高生は怖い。

 

「そういや、さっきあの二人、千冬様と親しげに話してなかった?」

「織斑君に至っては『千冬姉』って呼んでたし……」

「それじゃあ、あの二人って千冬様と姉弟ってこと?」

「羨ましいなぁ~……」

 

 こんな事で羨ましがられても困るんだが。

 にしても、早くも俺達の関係がバレてしまったか。

 遅かれ早かれ判明するんだし、俺としては一向に構わないのだが。

 って言うか、前に会見で似たような事を言った記憶がある。

 

「「あ」」

 

 ここで終了のチャイムが鳴った。

 まだ自己紹介が終わってないが、いいのだろうか。

 

「チャイムが鳴ったか。これでSHRは終了とする。まだ自己紹介が途中だったが、後はそれぞれに済ませておけ」

 

 それでいいのか先生。

 

「お前達にはこれからの半月でISの基礎知識を学んで貰う予定だ。その後に実習が控えているわけだが、その基本動作も同じ様に半月でマスターして貰う。分かったな返事をするように」

「「「「「はい!!!」」」」」

 

 ここは一応、俺も返事をしておいた。

 一人ぐらいしなくても問題なさそうだが、姉さんの場合だと声を聞き分ける可能性があるからな。

 

 こうして、俺と一夏のIS学園での生活がスタートするのであった。

 

 

 

 

 




約二年振りの更新ですよ。
 
まさか、こんな作品を待っている人がいるとは思わなかったので、本気でビックリです。

本当に気紛れなのですが、これからもこんな事が続いていくかもです。

次回は千夏と箒の再会。

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