セラフィムの学園   作:とんこつラーメン

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明日から8月ですね。

まず間違いなく、今月以上に気温は上昇するでしょう。

ですから、皆さんも夏風邪や熱中症にならないように気を付けながらお過ごしください。

水分補給をちゃんとして、汗を掻いたら着替える。

冷房をつけたまま寝たりしない。

これ、マジで大事です。

塩分補給もお忘れなく。









第29話 マリオネット

 実技試験の準備をするために、俺達は更衣室へと入る。

 

 中では既に多くの受験生達が着替えを始めていて、俺達が使うロッカーがあるかどうか心配になってくる。

 

「お二人とも、あそこが空いてますわ」

 

 オルコットさんが指差した場所には、確かに見計らったかのように三人分のロッカーが空いていた。

 こんな事ってあるんだな……。

 

 迷っている暇はないため、俺達は遠慮無く空いているロッカーへと足を向ける。

 

 ロッカーの中に荷物を置いてから着替え始める。

 すると、オルコットさんがこっちを見ているのを感じた。

 

「……なんだ?」

「あ……いえ。失礼しました。会見を見て専用機を持っていらっしゃることは承知していましたけど、まさかISスーツも専用の物を所持しているとは……」

「……そうか」

 

 そんなに珍しい事なんだろうか?

 訓練所の女の子たちは、注文さえすれば専用機を持っていなくてもオーダーメイドのISスーツを購入出来ると言っていたが。

 

 因みに、俺は制服の下に最初からISスーツを着て来ている。

 だって、これなら制服を脱ぐだけでいいし、前にも言ったかもしれないが、訓練をしていた時にもこうしていた。

 もう習慣のようになっている。

 

「そういうオルコットさんも専用のスーツを着ているんだな」

「勿論ですわ。なんせ、私はイギリスの代表こ『では、受験番号が早い方から順に実技試験を開始します』あら、急がないといけませんわ」

 

 聞けなかった。

 ま、別にいいか。

 

「私達も行こうか」

「だな」

 

 いつの間にか簪も着替え終えてるし…。

 

「……………」

「簪?」

「どうしましたの?」

 

さっきからずっと俺達の胸ばっかり見てるけど……。

 

「この世は……無常だ……」

「「は?」」

 

 いきなり何を言い出すんだ?この子は……。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ISスーツに着替えた俺達は、即席で造られたと思わしき簡易ハンガーへと向かった。

 『簡易』と言ったが、その作りは訓練所のハンガーと比べても遜色無い出来だ。

 

 端の方には固定された日本産の第2世代型量産型IS『打鉄』が何体か置かれていた。

 多分、IS学園の方から搬入したんだろう。

 あそこは確か、ラファール・リヴァイヴと打鉄が配備してあった筈だから。

 

 ハンガー内には俺達の他にも何人も受験生が待機していて、いつでも出られるようにしている。

 

 よく見ると、ハンガーの柱には『1』と書かれてあった。

 多分、ここの他にも簡易ハンガーが幾つもあって、そこでも同時進行で実技試験を行っているんだろう。

 そうでもしないと、いつになっても終わりそうにないもんな。

 でも……。

 

「気のせいでしょうか? 係の方々が妙に浮き足立っているような気が……」

「うん。私もそう感じた」

「二人もか」

「千夏さんも?」

「あぁ」

 

 慌てているというか、なんというか……。

 少なくとも、これは普通じゃない。

 

「千夏か?」

「「「え?」」」

 

 俺の名前を呼ぶ、この声は……

 

「姉さん」

 

 普段はあまり見ない、黒いスーツ姿の千冬姉さんがいた。

 うん、キャリアウーマンって感じ。

 

「更識も久し振りだな」

「あ……はい」

 

 簪も俺を通じて姉さんとは何回か話したことがある。

 そのいずれも緊張しまくっていたけど。

 彼女からすれば、姉さんは天の上の人なのかもしれない。

 

「そしてお前は……」

「わ……私はイギリスから来ました、セシリア・オルコットと申します!」

 

 お~お。

 面白いぐらいに緊張してますな。

 本当に笑ったりはしないけど。

 

「そうか。こうして千夏達と一緒にいるということは、二人とはここで知り合ったのか?」

「はい」

「色々と癖が強い妹だが、仲良くしてやってくれ」

「そ…それは勿論!」

 

 いい笑顔ですね。

 完全に教師じゃなくて姉としての言葉だな。

 

「それで、いきなりどうしたんだ。今は姉さんも忙しいんじゃ……」

「そうだった。実はな……」

 

 姉さんが話そうとしたとき、後ろから係員と思わしき人が慌てた様子で走ってきた。

 

「ここにいましたか。織斑先生」

「どうした?」

「山田先生がお呼びです。早く来てほしいと」

「分かった。……済まない。もう行かなくては…」

「気にしないでくれ。こうして少しだけでも話せてよかったと思うから」

「私もだ。ではな。三人とも頑張れよ」

 

 そう行ってこの場を去ろうとした姉さんだっがた、去り際に俺の耳に小さな声で囁いた。

 

「……家に帰ってから大事な話がある」

「え?」

 

 大事な話?

 何のことか、皆目見当がつかん…。

 なんて考えていたら、もう姉さんはいなくなっていた。

 

「初めて本物にお会いしましたわ…」

「気持ちは分かる」

 

 そっか。

 俺は見慣れているから気にしないが、世間的には姉さんは超有名人だった。

 

「二人とも。まだまだ俺達の出番は先みたいだし、少し休んでいよう」

「それがいいですわね」

「賛成」

 

 ハンガーには何個かベンチが置いてあって、そこでは自分の番を待っている子達が話に花を咲かせている。

 よく緊張しないな…。

 いや、あれは空元気か?

 

 俺達も彼女達にならってベンチに並んで座ることにした。

 すると、急に軽い眠気が襲ってきた。

 

「ふわぁ~……」

「千夏?」

「眠いのですか?」

「そうみたいだ…。ちゃんと寝たつもりだったけど……」

「なら、少しだけ仮眠すれば?」

「それがいいですわ。ちょうどいい時間になったら起こしますから」

「そうさせてもらおうかな……」

 

 こんな状態じゃ、自分のスペックをフルに発揮できない。

 そんなのは、態々貴重な時間を作って来てくれた試験官の人達に失礼だ。

 

「じゃあ……たの…む……」

 

 ゆっくりと目を瞑り、背もたれに体を預けた。

 俺の意識が真っ暗になって、眠気に覆われていく。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 

 目を開けると、そこは見た事のない部屋だった。

 まるで、どこぞのアパートの一室。

 二人分の椅子とテーブルが一つ。

 それ以外には何も無い。

 

「ここは……?」

 

 俺はさっきまで試験会場のハンガーにいた筈。

 それなのに……。

 

「よう」

「!?」

 

 いきなり声がする。

 すると、さっきまで誰も座っていなかった向かい側の椅子に、見た事のある人物が腰を掛けていた。

 

「お前は……」

「久し振りだな」

 

 緑のフードを被った謎の青年。

 俺がディナイアルに初めて乗った時に夢の中であった人物だ。

 

「なんで……」

 

 確か、あの時が会うのは最初で最後だと言っていた。

なのに……

 

「俺だって、本当はもうお前と会うつもりは無かったさ。けどな、今のお前は見てられないんだよ」

「はい?」

 

 こいつは……何を言っている?

 

「……何を言っているのか分からないって顔だな」

「あぁ……」

 

 お見通しですか。

 

「やっぱり……お前は順調に『侵食』されてるみたいだな…」

「侵食?」

 

 一体何に?

 

「ま、お前みたいな鈍感野郎には直に言わないと分からないだろうな」

「……………」

 

 何を言うつもりだよ…。

 

「お前、自分がおかしいって思わないのか?」

「おかしい? 俺が?」

「そうだ。今まで自分がどんな目に遭ってきたのか、思い出してみろ」

「今まで……」

 

 そう言われても……。

 ディナイアルに乗って訓練をして、山本さんやピーノと出会って…それで……

 

「お前……強姦されたんだぞ? しかも、一回や二回じゃねぇ」

「あ………」

 

 そう…だった……。

 俺は……あの親子に……。

 なんで思い出さなかったんだ?

 

「本当なら、PTSDになって精神疾患、いや、下手をすれば精神崩壊してもおかしくねぇ。最悪の場合、狂人になって壊れるか、自殺をしたかもしれない。恐怖に慄きながら暮らして、男性恐怖症なったって不思議じゃない。それなのにお前は……」

 

 俺は……。

 

「あんな目に遭ったって言うのに、一日経てば…いや、下手をすれば数時間でもう立ち直ってやがる。どう考えたっておかしいだろう?」

「お…れは……」

 

 どうして俺は………。

 

「しかも、あいつ等に対して憎悪の感情すらも抱いて無いように見えた。最初は抱いていたかもしれないが、今はどうだ?」

「……………」

「あいつ等が逮捕されたって聞いた時も、お前はそんなに心が揺れていなかった。普通なら、安心するとか、自分の手で罰を与えられなかったとか、そんな事を考えるんじゃないのか?」

「う……ん……」

「ついでに言えばな、嗅覚を取り戻したとはいえ、お前はまだ味覚と触覚を失ったままなんだぞ?それなのに、お前はなんにも無いように普通に生活している」

「それは……単純に慣れたから…」

「いくら慣れても、あそこまで違和感無く健常者と暮らせるかよ」

 

 確かに……そうかもしれない…。

 けど……それは……。

 

「それは…『家族や友達がいたから』…とか腑抜けたことを抜かすつもりじゃねぇだろうな?」

「!!!」

 

 心を読まれた?

 

「分かりすいんだよ。お前は」

「マジか……」

 

 ポーカーフェイスは上手だと思っていたんだけどな…。

 

「確かに、傍にいる奴らの影響は強いだろう。それでも、これはあまりにも異常だ」

 

 ……冷静になると、全く反論出来ない…。

 

「けど、侵食って……」

「今のお前は、『あいつ等』のいいように心を造り変えられてる(・・・・・・・)んだよ」

「あいつ等…? それに、造り変えられてるって……」

「わかんねぇか? あの時…お前に語りかけてきた、ガキのような二つの声だよ」

「あれか……」

 

 オリジナルの織斑千夏を殺した……あの……!

 

「どんな酷い目に遭っても、お前の心はすぐに正常な状態…デフォルトに強制的に戻される(・・・・)。あいつ等の目的に、余計な感情は不要だからな」

 「も……戻される……?」

 

 俺の心は……『奴等』に操られてるのか…?

 

「今のお前は『強くなる』事にご執心の筈だ。違うか?」

「うぐ……」

 

 バレてる……。

 

「それが奴等の狙いだ。余計な事を考えず、とことんまでお前を強者にしようとする」

「なんで……?」

「さぁな。それが分かれば苦労しねぇよ」

 

 この様子……本当に知らない、いや…分からないようだな。

 

「でも、ムカつくことに、だからこそお前は今こうしていられるんだよな…」

「お前……」

 

 唇を噛み締めて、苦しそうにしている…。

 彼のこんな顔を見るのは……なんだか嫌だな…。

 

「もしも、あいつ等の精神改変が無かったら、とっくにお前は終わってただろうし……。くそっ……! 皮肉ってもんじゃねぇぞ…!」

 

 ……情けない…。

 俺は結局、とことんまで誰かの人形なのか……。

 

「はぁ……仕方ない。本当はしたくなかったが、背に腹は代えられねぇ…か」

 

 な……なんだ?

 急に彼がこっちに来たぞ?

 

「最初に謝っておく。悪いな」

「へ? ……むぐっ……」

 

 いきなり『あごクイ』をされたかと思ったら彼にキスされた。

 

「…………」

 

 あまりにも急なことに、頭が真っ白になった……。

 

「……っ」

 

 我に返った俺は、急いで彼を突き放した。

 

「何をするんだ、いきなり」

「だから、さっき『悪い』って言ったじゃねぇか」

「いきなりキスをするなんて、誰が予想するか」

 

 はぁ……俺ってどうしてこうも無防備なんだ……。

 

「泣くなよ」

「泣いてない」

「ほんと……面倒くせぇ……」

 

 どの口が言うか。

 

「お前に俺の『因子』を植え付けた」

「因子?」

「これで、いざという時に備えられる」

「備える?」

 

 また訳の分からないことを……。

 

「『あいつ等』の前では、ブリュンヒルデも天災兎も無力に等しいからな。こうして『裏』から手を回すしかない」

「裏って……」

 

 頭が混乱して、ついていけないんですけど……。

 

「もう用は終わりだ。そろそろ戻れ」

「戻れって言われても……」

 

 どうやって戻れと?

 

「喝っ!」

「うっ!?」

 

 首の辺りに衝撃が……。

 当身ってやつか…。

 

「ジュンヤ」

 

 え?

 

「俺の事は『ジュンヤ』と呼べ」

 

 ジュンヤ……。

 

 彼の名前を心の中で呟きながら、再び俺の意識は真っ黒になった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「……なつ!」

 

 ん……?

 

「千夏!!」

「んん……?」

 

 目を開けると、目の前には簪の顔。

 そして、周りは見慣れた簡易ハンガー。

 

「目が覚めた?」

「あ…あぁ……」

 

 そうか……仮眠してたんだっけ。

 

「あれ?オルコットさんは?」

「彼女なら、出番になったから行った」

「そっか……」

 

 悪いことをしたかな…。

 

「千夏…なんだか魘されてたけど、嫌な夢でも見たの?」

「夢……」

 

 そういえば、なんか大事な『夢』を見ていたような気が……。

 なんだっけ?

 

「まぁ…いいか」

 

 忘れるようなら、案外どーでもいいことなのかもしれない。

 

「もうどれぐらい進んだ?」

「結構終わってる。私はまだだけど、千夏はもうすぐかもしれない」

 

 どうやら、かなりの時間を寝てたみたいだな。

 お蔭でスッキリしたけど。

 

『受験番号172番。織斑千夏さん。これより実技試験を開始します。速やかに第4ハンガーまでお越しください』

 

 出番か。

 でも、第4ハンガー?

 ここじゃないのか?

 

「どうやら、ステージが空いたら、誰でもいいから早くやってしまおうって考えたみたい。実際、オルコットさんもさっき第2ハンガーに行ったし」

「なるほどな」

 

 それだけ急いでいるってことなんだろう。

 なら、俺も早くしなくちゃな。

 

「じゃあ、行ってくる」

「うん。頑張ってね」

 

 簪に見送られながら、俺は第4ハンガーへと向かった。

 

 移動の際、俺に対する視線が凄かった。

 

 久し振りに視線が痛かった…。

 

 さて、どんな人が試験官なのかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いくら大事な話をしても、忘れたら意味が無い。

ここら辺は双子そっくりなのかもしれません。

ま、もう暫くは『嵐の前の静けさ』を楽しんでもらいましょうか。

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