偶にはこんなのもいいですよね。
それは、ふとした一言から始まった。
その日も俺は放課後にピーノと一緒に訓練所に行き、いつものように訓練をこなした。
で、予定にあったトレーニングメニューを終えた俺は、シャワー室にて汗を流している。
シャワー室には他にも別の娘たちが一緒にいて、俺の隣でシャワーを浴びている。
因みに、俺の左隣には簪がいる。
「ふぅ~……スッキリするな…」
「…………」
なんか…急に静かになったんだが……。
「ねぇ……千夏ちゃんって私たちと同い年よね?」
「そうだが……それがどうした?」
「いや……」
「なんていうか……」
仕切り越しに俺の胸を凝視する彼女達。
今更見られても別に恥ずかしくは無い。
特に女性には見られても全く平気になっている。
「「「「大きいわよね~…」」」」
「胸か」
確かに、俺の胸は女子中学生にしては大きい方だと思う。
これは姉譲りなんだろうか?
千冬姉さんもバストは大きい方だったしな。
「で? なんで簪は鼻血を出した状態で固まっている?」
「ち……千夏の裸体……」
……君はもうちょっとまともな女の子だと信じていたんだがな……。
「はっ!? 思わず見とれてしまった……」
「「「「気持ち分かるわ~」」」」
「分からなくていい」
全員同時に頷くな。
「肌も綺麗だし、スタイルも抜群だし…」
「この髪だって超サラッサラだしね~」
「ほんと……女として完璧よね~」
残念だが俺は男です。
見た目は完全な女性だけどな。
「ね……ねぇ……千夏……」
「ん? 今度はどうした?」
「次の日曜って……空いてる?」
「日曜か……」
基本的に休日は家にいることが多い。
というのも、俺は友達と遊びに行くことが皆無に等しいからだ。
鈴がいたころは定期的に外で遊んでもいたんだが、彼女が中国に帰って以降は殆どの休日は家に籠っているな。
ま、単純に疲れを癒すっていう目的もあるんだがな。
「別に予定は無い」
俺的には土日の内の片方が潰れても気にしない。
よっぽどの事がない限りは土曜で大抵の疲れは癒えるしな。
「じゃ……じゃあさ……今度の日曜に一緒に遊びに行かない?」
「俺とか?」
「ダメ……?」
そんな雨の中に捨てられた子犬のような顔をしないでくれ。
流石に罪悪感で胃に穴が開く。
「おぉ~! 簪ちゃんが千夏ちゃんをデートに誘った!!」
「デ……デート!?」
いや…デートって…。
それはちょっと違うだろう。
「で? 千夏ちゃんのお返事は?」
「別にいいぞ。どうせ家にいたって暇なだけだし」
「よかったじゃない!」
「うん……♡」
休日に遊びに行く程度でなんでそんなに嬉しそうなんだ?
「じゃあ、千夏ちゃんを完璧にコーディネイトしなくちゃね!」
「は? 何故に?」
「だって千夏ちゃん。またボーイッシュな服で行こうとするでしょ?」
「それしか私服は無いからな」
俺にスカートは似合わんだろう。
それ以前に苦手だし。
スカートなんて制服だけで十分だ。
「やっぱり……」
「こんなに可愛いのに絶対に勿体ないよ!」
「いい? 千夏ちゃんは磨けば光る『ダイヤの原石』なんだよ!?」
「なんじゃそりゃ」
いくら磨いても俺は俺だろうに。
「そんな訳だから、日曜を楽しみにしててね!」
「うん……」
これから俺はどうなるんだ?
下手したら、俺は彼女達の着せ替え人形になるな。
……嫌な気分はしないがな。
因みに、このことをピーノに話したら、二つ返事でOKサインを貰った。
彼が言うには、『偶にはそんな息抜きも必要だよ』とのことだ。
山本さんや芳美さんも同意見らしい。
その後、俺は土曜日に呼び出されて、彼女達に『コーディネイト』された。
ある意味、訓練以上に疲れた日だった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
そして、日曜になった。
俺は訓練所から少し離れた場所にあるショッピングモールの中にある噴水広場で簪を待っている。
約束をした日に、ここで待ち合わせをしようと約束したのだ。
今の俺の恰好は、紺色のフレアワンピースの上に水色のチューブトップを着ていて、黒いブーツを履いている。
そして、なんでか髪型はツインテールに纏められた。
鏡でこの姿を見たときは、本気で映っている人間が俺なのか疑ってしまった。
化ければ化けるものだ。
馬子にも衣装とはこのことだな。
余談だが、この恰好を男性陣(一夏とピーノと山本さん)に見せた時……
『ち……千夏姉……めっちゃ可愛い……』
『うん。凄く似合ってるよ』
『千夏ちゃんにはこれぐらいの恰好が一番だな』
……と、三者三様の反応を見せてくれた。
因みに千冬姉さんと芳美さんは……
『……なんで、姉妹で結婚出来ないのだろうな……』
『予想通り! 千夏ちゃんはカッコいいよりも可愛い恰好の方が似合うわね!』
姉さんの目が妙に黄昏ていたのが印象的だった。
「おい……あの子……」
「どっかのモデルかな? 超可愛いんだけど」
「お前声かけろよ」
「いやいやいや! 幾らなんでも高嶺の花すぎるから!」
通り過ぎる人達が俺の事をジロジロと見てきて、正直ウザい。
俺の何が珍しいのか。
「ち……千夏……」
「ん?」
ボーっとしていたら、いつの間にか簪が来ていた。
彼女は白いワンピースに薄手の青いカーディガンを着て、なんとも爽やかな感じだった。
俺よりもずっと可愛いんじゃないか?
「待った?」
「大丈夫だ。俺も今来たばかりだからな」
……あれ?
なんでデートのお約束な会話をしてるんだ?
「千夏……」
「なんだ?」
「可愛い……♡」
お前もか。
「そのセリフは、そのままこっちに返すよ」
「え……えぇ!?」
簪の顔が赤くなってしまった。
けど、年相応でいいと思う。
「じゃあ、早速行くか?」
「うん!」
って、簪はどこに行く予定なんだろうか?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
千夏と簪が合流した頃。
ショッピングモール内にある喫茶店に、ピノッキオと山本がいた。
目的は勿論、千夏の護衛の為だ。
彼らがいる場所からは二人がいる噴水広場が一望できる。
「どうやら、無事に会えたようだな」
「ですね」
「にしても……」
「ん?」
山本はピノッキオの顔を見て少しだけニヤッと笑った。
「お前は千夏ちゃんの恰好を見て、何か思わなかったのか?」
「そうですね。少しだけ『ドキッ』ってしましたかね」
「そうかそうか」
まるで手のかかる弟を見る兄貴のような表情を見せる山本。
今まで裏社会で生きてきたピノッキオに、少しでも人間らしい生活を送ってほしいと思っているのだ。
「俺は、お前と千夏ちゃんは結構お似合いのカップルだと思うけどな」
「いえ、僕の彼女では住んでいる世界が違います。あの子には明るい場所を歩いてほしい……」
「ピーノ……」
それは、護衛としてでなく一人の人間としての言葉だった。
そして、ピノッキオが誰よりも千夏の事を大事に思っている証拠でもあった。
そして、二人は気が付いてはいないが、彼らのテーブルから少し離れた場所には……
「か……簪ちゃんがあんなにも楽しそうに……」
簪によく似た少女がにやけながら簪と千夏の事を見ていた。
「やっぱり……私じゃ……」
そっと呟いた彼女の顔は憂いに満ちていた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ショッピングモールの中を簪と一緒に歩き回る。
まずはウィンドウショッピングでもするんだろうか?
「まずはどこ行くんだ?」
「あそこ……」
「あそこ?」
簪が指差したのは、そこそこに大きなゲームショップだった。
どうやら、ゲーム専門店のようだ。
「変かな……?」
「気にするな。趣味は人それぞれだ」
そんな訳で、一緒にゲームショップに入店。
「おぉ~……」
あ、簪の目がキラキラ輝いてる。
店内を見て回るだけで簪のテンションはどんどん上がっていく。
「あ! このシリーズ…もう最新作が発売されてたんだ。それにこっちのヤツは初回限定生産の……」
どうやら、かなり楽しんでいるようだな。
さっきからずっと鼻息が荒い。
「あ……ごめんなさい。私ばかりがはしゃいじゃって…」
「別にいいよ。一喜一憂する簪を見ているのは純粋に楽しい」
「もう……♡」
俺もゲームは嫌いじゃないしな。
最近はあまりする機会は無いが。
「そ……そういえば、千夏の趣味ってなんなの?」
「俺か? そうだな……」
改めてそう聞かれると、俺の趣味ってなんだろうな?
う~ん……。
「編み物?」
「え?」
小学生からの延長で、気が付けば編み物をしている自分がいたりする。
少し前には自分専用の道具を買ったりもしたしな。
「どんなのが作れるの?」
「結構色々と出来るぞ。セーターにニットキャップ。手袋にマフラーも作ったな」
前に一夏や千冬姉さんに渡したら、すごく喜んでくれたっけ。
一夏は今でも寒い日は俺の作ったマフラーや手袋を使ってくれるし。
「凄い……千夏って女子力が高いんだね」
「そうだろうか?」
編み物は出来るが、それだけだしな。
家事は普通に出来るけど。
料理以外は。
結局、ゲームショップでは何も買わずに店を後にしたが、それでも簪は十分に満足したようだ。
そして、次に行った場所は……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「我が生涯に一片の悔い無し」
猫カフェだ。
これは俺のリクエストで、実は一度でいいから行ってみたかったのだ。
俺は寝転がった状態で白や黒、ぶち柄に縞模様といった、様々な超絶可愛い子猫たちを体に乗せている。
子猫たちの感触は感じないが、そんなの関係ない。
可愛いは正義だ。
「あぁ……モフモフだ…。まさに至福の時……」
機会があれば、また来たいな…。
(私的には……子猫たちと戯れる千夏の方がずっと可愛いよ……♡)
簪は離れた場所にある椅子に座ってこっちをジッと見ている。
なんでも、彼女は幼い頃から軽い猫アレルギーらしく、触りたくても触れないらしい。猫自体は好きらしいが。
だからこそ、ああして離れた場所で猫たちを愛でているんだろう。
ふむ……少し悪い事をしてしまったか。
って、今携帯で写真撮ったな。
まぁ、いいだろう。
普段ならば一言物申すところだが、今の俺は非常に気分がいい。
なんでも許しそうだ。
「千夏って動物が好きなの?」
「動物というよりは、可愛いものが好きだ」
これはあまり人には話さないのだが、実は俺の部屋にはお気に入りのぬいぐるみが沢山あったりする。
と言っても、全部を一個一個買っていったら金額が凄いことになるので、その殆どが ゲーセンにあるUFOキャッチャーで手に入れた。
最初は苦戦したが、コツさえ掴んでしまえばこっちのもので、今ではかなりの腕になったと自負している。
「またまた千夏の意外な一面を発見……」
今日の簪は本当によく喋るな。
いい傾向だとは思うがな。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
子猫たちをたっぷりとモフモフした俺は、簪を連れてゲーセンに来ていた。
本当は来る予定ではなかったらしいが、ふと目についたので試しに寄ってみた。
「簪はこういった場所にはよく来るのか?」
「ううん。来たいとは思ったことはあるけど、緊張して……」
「あぁ~……」
ゲーセンは男がたむろしている印象が強いからな。
簪のような気弱な女の子には少々敷居が高いだろう。
「今日は俺がいるから大丈夫だ」
「うん……♡」
嬉しそうに微笑んだ後、俺の手を掴んできた。
なんでか指を絡ませて。
「千夏は来たことあるの?」
「ここには無いが、学校の近くにあるゲーセンなら何回も」
主にぬいぐるみ目的だがな。
「お? あれは……」
少し離れた先には大量のぬいぐるみが入っているUFOキャッチャーが。
これは是非ともしなくては。
「あれやるの?」
「ああ」
「でも大丈夫? UFOキャッチャーは別名『貯金箱』って言われてるんだよ?」
「大丈夫だ。問題ない」
「それフラグ……」
フラグとはなんぞや?
意気揚々とUFOキャッチャーの筐体まで行って、迷わず100円を投入。
「まぁ見ていろ」
「う……うん」
まずは……真ん中付近にいる猫ちゃんからだ。
「こうして……ここは……」
精神を集中させて……。
「よし」
掴んだ。
後はこのまま……。
「あ!」
簪の叫びと共に、猫ちゃんのぬいぐるみが回収口に落ちてきた。
「よし。まずは一匹」
「す……凄いね……。まさか一発で取っちゃうなんて…」
「次だ」
同じ調子で次々とぬいぐるみをゲットしていく。
すると、周囲の連中がこっちに注目しだした。
「おい……あれって……」
「間違いない! 色んな場所のUFOキャッチャーを制覇してきた『黒髪の君』改め…『白髪の君』だ!」
「は……白髪の君?」
なんか騒がしいけど、気にせず救出作戦継続だ。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!! マジで凄えぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「次々と取っていくぜ……」
「まさに店側泣かせだな」
「あの可愛さで、あれほどの腕を持つとかって…反則だろ」
はいはい。
見るのは勝手だけど、静かにしようね。
そんな感じで、気が付けば俺と簪の周りには人だかりが出来ていた。
だが、簪は特に緊張している様子もなく、寧ろ楽しそうに笑っていた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
UFOキャッチャーに夢中になっているうちに、いつの間にか夕方になっていた。
俺の手には大量のぬいぐるみが入っている紙袋がある。
「済まなかった。あまりにも夢中になりすぎた」
「ううん。大丈夫。私も楽しかったし、それに……」
「ん?」
「千夏が色んな人に凄いって思われてることが嬉しかったから……」
「簪……」
そ……そんな顔も出来るんだな。
ちょっと顔が熱くなる。
「そ……そろそろ帰るか?」
「そ……そうだね。もう暗くなりそうだし……」
会話が少なくなった状態でとぼとぼと歩くが、不思議と足取りは軽い。
「じゃ……じゃあ、私はここで……」
「うん」
駅についてから、構内に入っていこうとするが、その途中でこっちを振り向いた。
「千夏!」
「どうした?」
「今日はとっても楽しかった! ありがとう!」
「こちらこそ。今日は誘ってくれてありがとう。俺も楽しかったよ」
「それじゃ……また!」
「あぁ、またな」
簪は走って行ってしまった。
あんな大声を出せたんだな。
意外だけど、悪くない。
周りの人たちに滅茶苦茶見られるのがネックだが。
「……俺も行くか」
俺も来るときに自分が降りたバス停まで向かって歩いた。
また俺の部屋がぬいぐるみで一杯になるな…。
一夏が見たらなんて反応をするだろうか?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「何事もなくてよかったですね」
「だな。二人とも、いい息抜きになったようでなりよりだ」
遠くから密かに二人を見守っていたピノッキオと山本は、安堵の息を吐いた。
「今日一日だけで色んな千夏を見た気がします」
「確かにな。表情が少ない子だとは思っていたが、結構色んな顔を見せる子だったんだな」
「えぇ……」
バス停に歩いていく千夏を見るピノッキオの目は、今までの暗殺者としての目ではなくて、まるで愛しい少女を見るような目だった。
「惚れたか?」
「さぁ、どうでしょうね」
「否定はしないんだな」
「…………」
気まずくなったのか、急に黙ってしまったピノッキオ。
沈黙は肯定と同義である。
「……闇に生きるお前と、今まで茨の道を歩いてきた千夏ちゃん。いい組み合わせだと思うんだがな」
「それ、今朝も言ってませんでしたか?」
「そうだったか?」
「健忘症ですか?」
「アホ」
まるで本当の兄弟のように話している二人の遥か後方では、簪によく似た少女が悲しそうに佇んでいた。
「簪ちゃんのあんな顔……初めて見た……。それに……」
少女は昔の簪を思い出しながら、先ほどまでの簪と照らし合わせる。
「簪ちゃんがあんな大声を出すなんて……」
彼女が今まで一度も聞いたことのない簪の声。
それを目の当たりにして、ショックを隠せないでいた。
「織斑千夏……あの子なら簪ちゃんを……」
自分では出来なかったことを易々と成し遂げた千夏を見て、彼女の心は何とも言えない気持ちで満ちていた。
この日は、様々な人々にとって忘れられない日となった。
いつかはしたかったデート(?)回。
ピノッキオと簪とで迷ったんですが、今回は簪と行ってもらいました。
彼とはこれからも沢山機会はありますから……私の予定では。