まぁ…無理も無いですけど。
実は、大島の最後については色んなパターンを考えているのですが、今回はその中でも一番インパクトが強いのを採用しようと思います。
その際、大島には自分の命を引き換えに千夏にとんでもないものを遺して貰う事になりますが。
ま、大丈夫でしょう。
「あの男~!!! よくもなっちゃんを!!! 絶対に許さない!!!!」
自身の移動式研究所(仮)にて、激しく激昂する束。
それもその筈。
彼女は今、密かに見張っていた千夏に起きた悲劇をモニター越しに目撃したのだ。
「あの大島とか言う奴……私がこの手で殺して……!」
もう既に千夏達を誘拐した連中を手に掛けた束にとって、殺人に対する拒否感は無かった。
だが、それでも無意識のうちに手は震えていた。
「なっちゃんの優しさに付け込んで、やりたい放題しやがって!! ああ~もう! よっちゃんも何してるのさ!! あんな奴にいいように利用されちゃって!!」
よっちゃんとは、千夏の専属コーチをしている松川芳美の事を指している。
彼女は千冬を通じて芳美とも知り合っていて、当初は毛嫌いをしていたが、時間が経つごとに自然と仲良くなっていて、気が付けば芳美の事を渾名で呼ぶようになっていた。
「もうすぐちーちゃんがドイツから帰ってくる。そうすれば幾らでも……」
千冬の帰国まで残り数日。
そうすれば千夏を助ける事が出来る。
そう思っている束だったが……。
『あはははは!』
『あはははは!』
「な……なにっ!? って言うか誰っ!?」
いきなり聞こえてきた二つの声に驚きを隠せない束。
思わず立ち上がって周りを見渡すが、彼女の周囲には誰もいない。
『ダメダメ!』
『ムダムダ!』
『『そんな事はさせないよ!』』
「それはどう言う事!?」
普段は飄々としている束が、その顔を怒りに歪ませている。
今にも声の主に噛みつきそうな勢いだ。
『天災では彼女は救えない!』
『戦乙女では彼は救えない!』
『『そもそも、誰にもあの子は救えない!』』
「そんな事ない!!!」
自分達の想いを全否定するかのような声。
今は言い返す事しか出来ない束だったが、それでも黙って聞く事だけは出来なかった。
『これは彼の罪!』
『これは彼女の罰!』
『『だからこそ試練を与えた!!』』
「試練……? 友達とお別れして! 男達に強姦されて!! こんなのが試練だって言うの!?」
『そうそう!』
『うんうん!』
気が付けば唇の端を歯で切っていて、血がうっすらと流れている。
悔しさの余り、自分を傷つけてしまったのだ。
「君達が誰かは知らないけど、なんでなっちゃんがこんな目に遭わなくちゃいけないの!! あの子は何も悪くないじゃない!!」
『本当にそうかな?』
『そうかな?そうかな?』
「え……?」
思わせぶりな言い方に呆けてしまった束。
さっきまでの怒りが一瞬だけ収まってしまった。
「な……何を知ってるの!?」
『『さぁ?』』
「おちょくるな!!」
『『クスクス……』』
いつもは他人を馬鹿にしている束が、完全に弄ばれている。
だが、その事実よりも声が言っていることの方が許せなかった。
『これからも【試練】は続く』
「なんだって!?」
『どっちみち、僕達が君達を妨害するけど』
「妨害……?」
ハッとした束は、徐にコンソールを操作して研究所内を調べてみる。
すると、ある異常が発生していた。
「う……嘘……? 移動不可能……?」
本来ならば、何処にでもすぐに移動が出来る束のお手製の移動式研究所が、完全に移動不可能な状態になっているのだ。
『これで釘付け!』
『お前は釘付け!』
『『因みに、ここからも出られないから!! お前だけで移動しようとしても意味無いよ!!』』
確認してみると、研究所のコントロールが一部奪われていて、出入り口の開閉機能が機能しなくなっていた。
「………本当に…お前達はなんなのさ?何が目的でなっちゃんにこんな事を……」
『織斑千夏は『選ばれし者!』』
『『皇』になる『資格』を持つ者!』
「皇……?」
どこまでも抽象的な言葉に、束の頭は珍しく混乱していた。
『お前はここで見てればいい』
『自分の無力さを噛み締めればいい』
『『お前にはそれがお似合いだ!』』
「黙れっ!!!!!」
『あははははは……』
『あははははは……』
我慢の限界に達した束が大きく叫ぶと、声は静かに消えていった。
力弱く項垂れながら椅子に座り直す束。
その顔からはいつもの元気は失われていた。
「ごめん……ごめんね……なっちゃん……」
嘗てと同じように、ここにはいない千夏に対して謝罪の言葉を紡ぐ事しか出来ない束だった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
大島に強姦を受けてから数日。
俺を脅していたから、毎日のように凌辱を受けるとばかり思っていたが、なんでかアイツはあの日以来、俺の事を犯そうとはしなかった。
だが、それが逆に俺に言い知れない恐怖を与えていた。
少し前ならばこんな事は無かったのに、精神的に不安定になっている時にあんな目に遭ったせいか、一人でいる時は恐怖で体が震えるようになっていた。
不幸中の幸いなのが、誰かが一緒にいる時は震えが止まる事だ。
自分の知り合い達がいると言う事が、無意識のうちに俺の心に安心感を与えているのかもしれない。
だから、学校や訓練所では辛うじて正気を保っていられた。
そうした日が少しだけ続いた日、待ちに待った日がやって来た。
千冬姉さんが日本に帰ってきたのだ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「はぁっ!!」
訓練用アリーナのステージにて、千夏の駆るディナイアルが疾駆する。
相変わらず無手ではあるが、その拳の攻撃力は訓練生の誰もが知っている為、決して油断などはしない。
「うんうん。今日もいい感じね」
千夏に起きた事を知らず、同時にその心境も知らないや芳美は、笑顔で頷いていた。
山本とも既に話していて、彼からも千夏の事を任されたのだ。
「精が出ているな。芳美」
「そうね~。どこまで強くなるのかしらね……あの子は……って!?」
突然した声に慌てて振り向くと、そこにいたのは……
「ち……千冬っ!?」
「ああ。たった今帰ってきた」
「もう~! 帰国の日が決まっていたなら、ちゃんと教えてよ~! そうしたら、千夏ちゃんと一緒に空港に迎えに行ったのに!」
「はは……済まない。ちょっと驚かそうと思ってな」
「ったく……貴女の冗談は洒落にならないのよ」
などと言いながらも、芳美の顔は笑顔になっている。
なんだかんだ言いながらも、友が帰ってきたのが嬉しいのだ。
「支部の方には?」
「もう顔を出してきた。あの支部長には珍しく、軽く言葉を交わした程度で済んだがな」
「そう……」
長い事、あの男の元で秘書をやらされてきた身としては、彼が簡単に千冬を解放した事が気になっていた。
だが、今はその事を心の奥にしまっておく事にした。
「で? 元日本代表様から見て、千夏ちゃんはどう?」
「そうだな……。あの黒い全身装甲が千夏か?」
「ええ」
改めてステージ内の千夏を見る千冬。
その目は真剣そのものだった。
「少しだけ荒く感じるが、この訓練所の中では一番強いだろうな」
「やっぱりそう思う?」
「お前も?」
「うん。千夏ちゃんは本当に凄い子よ。こっちが教える事をあっという間に吸収していく。もう既
「もうか……」
動きから見て、千夏がずば抜けているのは理解していたが、それでも驚いてしまう。
瞬時加速は代表候補生レベルが習得可能な技だからだ。
一朝一夕では習得は難しいだろう。
「ところで、何故千夏は武器を使わない?」
「使わないんじゃなくて、使えないのよ」
「は?」
「千夏ちゃんに与えられた専用機『ディナイアル』は徒手空拳で戦うことが前提の機体なの」
「なんだと!? 支部長は確か、ドイツから譲渡されたと言っていたが、そんな機体をドイツが作ったのか!?」
「そこら辺は不明。私も独自に調査してるんだけど……」
あくまでもドイツはディナイアルを『譲渡』しただけであって、制作をしたわけではない。
未だにディナイアルの製作者は謎に包まれていた。
「でも、大丈夫よ。ちゃんと機体は解析はしてるし、無手でも大丈夫なような機能も搭載されてるし」
「機能?」
「そう。ほら……見て」
二人の視線がディナイアルに集中すると、機体の各部から蒼い炎が吹き出た。
「あれは……!」
「バーニングバーストシステム。機体内部にあるエネルギーを全面開放して、機体の性能を一時的に向上させるシステムよ。それの副次的効果として、あんな風に炎が吹き出るの」
「性能強化に加えて、視覚による相手に対するプレッシャーも与えられる…か」
「そうね。あれが発動すれば、千夏ちゃんの勝利はほぼ確定同然なのよ」
ディナイアルの炎を纏った拳が相手に迫り、その腹部に直撃する。
その一撃でSEが付き、模擬戦が終了した。
「凄いな……」
「あの炎を纏った一撃は、殆どが一撃必殺に等しいの。拳も蹴りも威力が大幅に上がるから」
「そして、それを使いこなす千夏の実力……か」
「そう言う事。ウチの支部長は委員会代表として、最終的にはモンドグロッソに出場させる気みたいだけど。このままだと、本当に優勝しちゃうかもね?」
「あの座はそう簡単に辿り着ける場所じゃないさ」
「貴女が言うと重みが違うわね」
幾ら『妹』とは言え、真剣勝負の場では身内贔屓はしない。
それが千冬と言う女だった。
「あ、戻ってくるわよ」
「こうして顔を見るのは一年半振りか……」
そうして話しているうちに、ディナイアルが二人のいるピットに降り立った。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ふぅ……」
模擬戦が終了し、ピットに戻ってきてからディナイアルを解除する。
すると、奥から見覚えのある姿が二つやって来た。
「お疲れさま、千夏ちゃん。はい、タオル」
「あ……ありがとうございます」
個人的に模擬戦は好きだ。
何故なら、戦っている最中は嫌な事や余計な事を忘れる事が出来るから。
「強くなったな、千夏」
「ね……姉さん?」
な……なんでここに?
って言うか、いつこっちに戻って来たんだ?
「着いたのはついさっきらしいわよ。彼女なりのサプライズなんですって」
「姉さん……」
柄にもない事を……でも……。
「よかったよ。無事に帰ってきてくれて」
「私はそんなに軟ではないつもりだが?」
「それでも…さ。家族を心配するのは当然だろう?」
あぁ……もう限界だ。
「姉さん……」
「ち……千夏っ!?」
今の俺は猛烈に…姉さんに抱き着きたくて仕方が無い。
と言う訳で……むぎゅ。
「おかえり……千冬姉さん」
「ただいま……千夏」
やっぱり安心するな……姉さんは。
そして、これが姉さんの匂いか……いい匂いだ。
「え~……ごほん! 姉妹で仲良く帰国を祝うのはいいけど、私を除け者にしないでほしいなぁ~?」
「「あ……」」
しまった……芳美さんがいる事をすっかり忘れていた。
「そう言えば千夏。その髪は……」
「これは……」
姉さんにはまだ知らせていなかったな。
なんて説明する?
「いや、言わなくてもいい」
「けど……」
「いくら姉妹とは言え、お前のプライベートな問題にまでズケズケと入り込もうとは思わない。お前が自分から話すと言うのであれば別になってくるがな」
「そうか……」
こっちの事は御見通しって訳か。
本当にこの人には敵わないな。
「いつか話せる日が来たらちゃんと話す。約束する」
「ああ。その日を待っているぞ」
ちゃんと心の整理が出来たらな。
何時になるかは分からないが、いつか絶対に話そう。
「そうだ、千夏ちゃん。貴女に渡す物があるんだった」
「なんですか?」
「これよ!」
そう言って芳美さんが近くにあった紙袋から出したのは、一着のISスーツだった。
「これって……」
「ずっと前に注文していた、千夏ちゃん専用のISスーツ! 今日やっと届いたの!」
「おぉ~……」
これが……。
ディナイアルのパーソナルカラーに合わせたのか、全体的に真っ黒で、腕回りや足回りなどの淵に当たる部分が金色で装飾されていた。
そして、へそに当たる部分にはディナイアルのクリアパーツを彷彿とさせる紫の六角形の模様があった。
「なかなかにいいデザインじゃないか」
「俺もそう思うよ。うん、気に入った」
こんな感想を抱く日がこようとはな。
俺も密かにファッションに目覚めつつあるということか?
「今日はもう終わりだから、今度からこれを着てくるといいわ」
「分かりました。これ…本当にありがとうございます」
「いいのよ別に。私も楽しんでやってるし」
「そうなのか?」
「ええ。自分の後輩となる子達を指導するのって思いのほか楽しくて。千夏ちゃんがIS学園に行っても、ここでコーチを続けようかしら?」
「案外それが合っているのかもな。お前に教えてもらえば、いい操縦者がこれからも誕生していくだろう」
「そうだといいわね」
そうか……俺にとって、芳美さんは先輩にあたるのか。
すっかり忘れていた。
「そうだ。千夏…お前に話さなくてはいけない事があるんだ」
「なにかな?」
「実はな……今度から、IS学園で教鞭をとることになった」
……………は?
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
帰りの車。
俺は助手席に座って千冬姉さんの運転を横目で見ている。
今日は姉さんが帰国した日ということもあって、芳美さんが気を利かせてくれて、姉さんの車で帰る事にした。
というか、車をいつ購入したとか、いつ運転免許を取得したとか、ツッコミ所は満載だが、ここでは敢えて言わない方がいいと思う。
「にしても、なんで教師なんか?」
「支部長が言ってきたんだ。『君ほどの実力者ならば、きっといい生徒達を排出してくれるに違いない』とな」
「なんて勝手な……」
「言うな。今更だ」
あ……姉さんも半ば、諦めの境地にいるのね。
「けど、教員免許は……」
「いつの間にか用意してあった。多分、最初から行かせる気だったんだろうな」
あの親子はどこまで……。
「あまり口に出しては言えない方法で無理矢理用意したんだろうな。どうやら、とことんまで私の事を利用するつもりらしい」
「姉さん……」
気が重いな……俺達が……いや、俺がちゃんと一夏を守って誘拐なんてされなければ、こんな事には……。
「これからは、ISの操縦よりも仕事をしながら教師としての勉強をしなければな」
「頑張れ、姉さん」
「お前もな」
人生これ勉強なり……か。
「それよりも、お前は大丈夫なのか?」
「え?」
「あの支部長は悪い意味でかなり有名だからな。何かされてないか?」
「……………」
言えるわけない。
言えるわけないじゃないか……。
大島に強姦された挙句、脅しまで掛けられているなんて……。
「千夏?」
「あ……あぁ……俺なら大丈夫だよ。心配ないさ。芳美さんもついてるし」
「そうか……そうだな」
よし、なんとか誤魔化せたか?
(あの表情……どう見ても何か隠してるな。しかも、相当に深刻な事と見た。多分、私や芳美にも相談できない程のなにか……)
はぁ……また思い出してしまった。
ま、今は姉さんがいるから体は震えないけど。
「千夏。何かあればいつでもすぐに相談しろ。別に私じゃなくてもいい、芳美や一夏。他にも同じ訓練生達やクラスメイトでもいい。とにかく、あまり一人で抱え込むな。いいな?」
「うん……わかったよ」
そう簡単に相談出来れば、苦労はしないのだがな……。
それからも、姉さんとぽつぽつと話しながら、車は自宅へと進んでいった。
家に帰ると、一夏も驚きまくっていた。
どうやら、一夏も姉さんの帰国時期は知らされていなかったようだな。
その日の夜は久し振りに家族団欒の食事となった。
嗅覚を取り戻した直後は食事が辛く感じていたが、今はもう慣れてしまい、以前と同じように食べられるようになった。
食事の後に姉さんに言われたのだが、一夏には姉さんがIS学園の教師になる事は伏せていてほしいとの事だった。
多分、一夏にはISとは無縁の人生を送って欲しいと願う姉さんの優しさだろう。
それに関しては俺も同感だから、内緒にする事にした。
その日の晩は、なんでか猛烈に人肌が恋しくなってしまい、姉さんにお願いして一緒に寝させて貰った。
千冬姉さんの顔を見ながら寝たお陰か、久し振りに心地よく眠る事が出来た。
飴と鞭。
当然、飴の後は……?