と言っても、ラストの方にだけですけど。
第1話 見知らぬ場所
さっき慌てた様子で部屋を出て行った看護婦が白衣を着た男性、多分は医者の先生だろう……を連れて戻ってきた。
二人共凄く驚いた感じで、俺の事を見た途端に、まるで信じられないものを見るような目で見やがった。
ちょっと失礼じゃない?
「し……信じられん……! 2週間近くも意識不明になっていて…意識が回復するのは絶望的だったと言うのに……」
2週間も気を失っていたんかい。
まぁ……文字通りメッタ刺しにされたからな。
生きてるだけ儲けものだと思った方が建設的か。
「相田君! もうこの子のご家族には連絡したのか!?」
「は…はい! さっき秋月さんが連絡してました!」
家族?
俺の両親はとっくに死んでるし、兄弟は一人もいなかった筈だけど?
あ、もしかして親戚とかかな?
でも、ここ最近は碌に連絡とかしてない……。
「あ……あの……」
「な……なにかね?」
あれ? 俺の声ってこんなにも高かったっけ?
しかも、心なしか幼女みたいな感じがしたような……。
「鏡はありますか?」
「か……鏡?」
「はい」
取り敢えず、今の自分の状態を知りたい。
小さく見えた手とか、何処に包帯が巻かれているとか気になるし。
「あるかね?」
「えっと……あった!」
ダメ元で言ってみたら本当にあったよ…。
看護婦さんがナース服のポケットから手鏡を出してくれたが、なんでそんな物を持ってるの?
少なくとも、看護には必要ないだろう。
「も……持てる?」
「大丈夫です」
包帯が巻かれているせいか、少し起き上がりにくかったが、なんとかして起き上がった。
「うんしょ……っと」
「なっ……!?」
え? なんでそんなに先生は目を見開いてるの?
「い……痛くは無いのかい?」
「何がですか?」
「体がだよ」
「全然」
そういや、素人目に見ても絶対に重症な怪我を負ったにも拘らず
現代の医療はここまで進化したのか。凄いもんだ。
「あの……鏡」
「あ! ……はい」
少し持ちにくかったが、両手で保持してなんとか持つことが出来た。
って……やっぱり手が小さくなってるし。
そっと鏡で自分の顔を見てみる。
するとそこには……。
「……は?」
とても可愛らしい幼い女の子の顔が映っていた。
包帯が巻かれていて、顔の半分以上が隠れているが、それでも顔つきで性別が女で年の 頃が4~5歳ぐらいだと分かる。
黒くて長い髪が包帯の隙間から流れるように出ている。
まさか、何かのジョークアイテムか?
流石にありのままを受け入れることが出来なかった俺は、試しに口や目を動かしてみる。
そうしたら、鏡に映った女の子も鏡越しに動いた。
「マジか……」
どうやら、本当に鏡に写った少女……いや、幼女か。
彼女は今の俺の姿そのもののようだ。
一体何がどうしてこうなったのか。
最低な形で死んだと思ったら、いきなり美幼女になってました。
なにこれ? 黒の組織に妖しい薬でも飲まされたか?
「どうしたんだい?」
「いえ……なんでもないです。あ、鏡、ありがとうございます」
「どういたしまして」
拙い動きで鏡を返す。
腕がプルプルしてしまったが、落とさずに返すことが出来た。
「あの……ここは?」
「ここは見ての通りの病院だよ」
まぁ、それは流石に分かる。
「あ……あの……あのストーカーはどうなりましたか?」
「ストーカー?」
「はい。俺にいきなり襲い掛かって来て、そしてこの腹を包丁で刺しまくって……」
「……どうやら、まだ記憶が混濁しているようだ」
記憶が混濁?
「覚えていないかもしれないが、君は車に轢かれたんだ。お友達や弟さんを庇ってね」
「はい?」
車に轢かれただって?
しかも…友達はともかく、弟を庇って?
「い…いや、俺には弟なんて……」
「まずは落ち着くといい。君はまだ目が覚めたばかりなんだからね」
全然話が通じていない。
俺が大怪我したのは分かったが、その経緯が殆ど不明だ。
いきなり『君は車に轢かれました~』とか言われても、そう簡単に納得は出来ないだろう。
なぜなら、その記憶が無いのだから。
これじゃあ、まるで二次創作物によくある転生ってやつみたいじゃ……。
(……転生?)
いやいやいや。
そんな非科学的な事が起こる訳が無い。
それだったら、何か特殊な薬で幼女にされた挙句、記憶を弄られたとかって言われた方がまだマシだ。
「……ん?」
今の状況を色々と考察していると、ふと視界の端に花瓶が見えた。
花瓶にはちゃんといくつかの花が活けられている。
こういった病室にはある意味お約束な光景だ。
「花瓶……」
「ああ。これ? 私達がここに置いたの。貴女が目を覚ました時に少しでも和むといいな~って思って」
「はぁ……」
それに関しては素直に嬉しいが、なんで今まで気が付かなかった?
花瓶は引き出しの上に置かれていて、こんな至近距離にあれば花の香りとかで気が付きそうなものだが……。
「これ……造花ですか?」
「ううん。ちゃんとした生花よ。なんで?」
「いやだって……
「「え?」」
俺だっておかしいとは思うよ?
けど、実際に匂わない。
「…………」
なんか先生が急に真剣な顔になった。
あれ? なんかマズイ事を言った?
「あらら……」
「え? え?」
看護婦さんが傍にあったティッシュ箱からティッシュを一枚出して、俺の鼻を拭った。
「先生……」
「うむ。まだ鼻血が出るとはな。これは時間が掛かりそうだ」
鼻血が出たのか?
本気で分からなかった…。
「あ~……口にまで入っちゃって…」
「マジですか」
血が口に入るとか嫌だな~。
だって、血って不味いじゃん。
「ん?」
「またどうかしたの?」
「その……血が口に入ったんですよね?」
「そうよ」
「えっと……
「「……っ!?」」
今度は二人揃って険しい顔に。
知らず知らずのうちに地雷踏みまくってる?
「ど……どうしたんですか?」
「いや……大丈夫だよ。ちょっと検査しておこうか」
「はい……」
怪我人が目を覚ましたんだから検査するのは当然だけど、先生がする検査はちょっと違った。
包帯から少しはみ出ている肌を軽く抓って『痛くないかい?』とか聞いてきたり、花瓶に入っている花を一輪取ってから、俺に鼻に軽く近づけて『匂いはする?』とか言ってきたり、看護婦さんが何故か持っていた医療用の喉飴を俺に舐めさせて『味はする?』って尋ねてきたり。
ま、ここまで来たら凡人の俺にもなんとなく分かってきたけどね。
多分……今の俺は五感の内の三つ……『味覚』と『触覚』と『嗅覚』が失われた状態なんだと思う。
だから、全身を大怪我していても全然『痛くないし』、花が近くにあっても全く『香りを感じない』、血が口に中に入っても『味を認識出来ない』。
……どう考えたって、これって怪我の後遺症だよな…。
色々と考えているうちに検査は終わり、再びベットに寝てから先生達は病室を後にした。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
病室の扉が静かに閉められる。
その途端に主治医は大きな溜息を吐いた。
「あれだけ重傷だったんだ。ある程度の後遺症は覚悟していたが……」
「まさか……味覚と触覚と嗅覚が無くなるなんて……」
彼女が病院に運ばれて来た時、全身が血に染まっていて、誰もが最悪の状態を覚悟した。
普通なら確実に致命傷、それが幼い少女ならば猶更だ。
だが、医師として目の前で失われつつある命を無視できない。
彼女の姉と弟が必死に懇願してきたのも後押しになった。
『お願いします!!! あいつを……私の妹を助けてください!!!』
涙と鼻水を流しながら必死に頼む彼女を姿を見て動かなかったら、それはもう人間ではない。
その姿を見て、病院内にいた医師達は想いを一つにして幼い命を救う為に手術を行った。
手術は20時間以上にも及ぶ大手術で、なんとかして命を繋ぐ事には成功した。
だが、彼女は目を覚まさなかった。
まるで眠っているかのような穏やかな顔でベットに横になり続けていた。
彼女の姉とその友は毎日病室に訪れて見舞った。
その姿がとても悲痛で、見ている方が辛い程だった。
手術が終了して約2週間。
誰もがこのまま植物状態が続くと思った……その時だった。
ある日突然、彼女が奇跡的に目を覚ました。
驚愕と共に歓喜に振るえた医師は、急いで彼女の元に向かった。
だが、そこで待ち受けていたのは……意識の回復と引き換えに五感の内の三感を失った彼女だった。
「どう説明しろと言うんだ……」
「やっぱり…そのまま言うしかない…ですよね…」
彼は再び溜息を吐く。
「しかも、彼女の様子は……」
「ああ……。どうもおかしかった」
記憶が混濁していると言ったが、それにしてはハッキリとした話し方だった。
しかも、家族の事を覚えていないような言葉…。
「記憶喪失……か」
神は一体どれだけの物を彼女から奪えば気が済むのか。
幼い少女には余りにも過酷な現実だった。
「けど、一番の問題は……」
「今になって判明した、あの子が元々持っている症例……だな」
「それが一番深刻ですよね……」
今度は二人揃って溜息を吐いた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
病室に一人になってから、俺は改めて冷静に考えてみた。
まず、死んだと思ったらいきなり病院にいて、しかも姿が幼女になっていて、更には全く知らない家族の話。
………もうこれ、転生で確定じゃないか?
非常に信じられないが、そうでなければ説明がつかない。
俺の姿が変わったり、突然病院にいたりするだけなら科学的な説明は出来る……と信じたい。
でも、そこに見知らぬ家族の話が出てくればどうだろう?
少なくとも、サブカルチャーに詳しい人間ならば、速攻でこの結論に辿り着くだろう。
俺もこのクチだが、だからと言って簡単に納得は出来ない。
だから、これはあくまで仮の結論だ。
「しっかし……」
目の前に手をやって動かしてみる。
包帯だらけで凄く痛々しいが、全く痛くない。
「痛覚が無いってこんな感覚なんだ……」
なんとも不思議な感じだ。
これに加えて、味覚と嗅覚も無くなっている。
視覚と聴覚が失われなくて良かったと思うべきか。
それとも、三つも感覚を失って嘆くべきか。
それが問題だ。
しかし、それ以上に不思議に思っていることがある。
それは……。
「なんにも……
これだけの事が一度に起きていると言うのに、俺はさっきからずっと落ち着いている。
いや、落ち着いていると言うよりは……
「何の感情も……湧き起らない」
そう、この状況に対する『喜び』も『怒り』も『哀しみ』も『楽しみ』も感じない。
まるで、『感情』というものが欠如したかのように。
「ま、これは精神的な問題だろうけど」
多分は一時的な症状だろう。
何時かは元に戻るさ。
これがアニメや漫画、ラノベとかだったら何か強い出来事とかで感情が蘇ったりするけど。
俺の場合はどうなるのかな?
そんな事を考えていると、病室の扉が『バンッ!』という音と共に勢いよく開かれた。
大して驚かずに入口の方を見ると、そこには紺色のセーラー服を着た二人組がいた。
片方は黒髪で、もう片方は紫の髪。
(なんだ? この二人は…)
二人共必死の形相で、息を切らせている。
何処から走ってきたのかは知らないが、全力疾走してきたのは明確だ。
「ち…ち…ち…ち…」
こっちを見た途端、その瞳に涙が溜まっていく。
そして……。
「千夏ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「なっちゃん~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
いきなり飛び込んできた。
「やっと……やっと気が付いたんだな!!! 千夏~~~~!!!」
「本当に……本当によがっだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
流石に俺の体に抱き着こうとはしなかったが、それでも今にもそれに近い行動をしようとしている。
この反応からして、この二人組こそが先生の言っていた『家族』だと推測出来るが、今の俺の『姉』になるんだろうか?
見た感じ、俺が庇ったとされる『弟』はいないようだ。
「あ……あの……」
「なんだ!? 喉でも乾いたか!?」
「よし! この束さんがすぐに買ってきて…」
「いや、そうじゃなくて」
取り敢えずは落ち着いて欲しい。
「非常に言いにくいのですが………お二人は誰ですか?」
「「…………え?」」
うん、なんとなく、そんな反応はするだろうなって思ってました。
「は……ははは……。起きて早々にそんな冗談を言うなんて、千夏はお茶目だなぁ~」
「なっちゃんってば、もしかして寝ぼけてるのかな~?」
「別に冗談じゃないし、寝ぼけてもいません」
「「…………」」
あぁ~…遂に固まってしまった。
好奇心に負けて思わず聞いてしまったが、不味かったか?
「何を言っている!! 私だ!! お前の姉である織斑千冬だ!!」
「なっちゃんのお友達の箒ちゃんのお姉ちゃんの篠ノ之束だよ!! 忘れちゃったの!?」
痛々しい叫びが室内に響き渡るが、それでも何にも感じない。
精々『五月蠅いなぁ~』ぐらいしか思わない。
その後も二人は俺に叫び続けて、それは騒ぎに気が付いて駆けつけた看護婦さんが来るまで続いた。
やっと千冬と束が登場。
でも、まだまだISのアの字も登場していない…。