セラフィムの学園   作:とんこつラーメン

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今回、千夏にいいことが二つおきます。

一つは前回を読んだ方にはお分かりだと思います。

では、もう一つは……?







第18話 一長一短

 ディナイアルの試運転を終えて、俺は更衣室に直行した。

 

「うん……」

 

 試しに顔を触ってみると、汗がべっとりと着いていた。

 

「思った以上に汗かいたな……」

 

 これは、早く着替えないと匂ってしまうな。

 実際に結構汗臭くなってるし……。

 

「ん?」

 

 あれ?今……なんて思った?

 汗臭くなってる(・・・・・・・)

 

「まさか……」

 

 そんな馬鹿なと思いつつも、汗が付いた手に鼻を当ててみる。

 すると、間違いなく自分の体から汗の匂いがした。

 

「……匂う……汗の匂いがする…!」

 

 ど……どう言う事だ?

 俺の……俺の……。

 

「嗅覚が……戻っている……?」

 

 バッとロッカーに顔を近づけてみる。

 俺の鼻孔には金属特有の何とも言えない匂いがした。

 

「なん……で……?」

 

 どうして……どうしていきなり……?

 本気で意味が解らない……。

 

「あ……シャワーを浴びないと……」

 

 眼前の現実が信じられず、茫然としながらも、荷物からバスタオルセット一式を取り出してシャワー室へと足を運んだ。

 置いてある籠にISスーツを脱いでから置いて、個室になっているシャワールームに入った。

 程よく熱い湯が俺の身体を濡らしていく。

 シャワーを浴びながら、自分に体に起きた出来事を冷静に考えてみた。

 

「理由は不明だが……俺の嗅覚が元に戻っている……」

 

 匂いが嗅げるようになった今、全ての『香り』が新鮮だ。

 今浴びている湯の匂いすらも鼻孔を刺激する。

 

「…………」

 

 目の前にある簡易棚にシャンプーが置かれているのが見えた。

 それを自分の手に出して、嗅いでみる。

 

「強い……けど……」

 

 あ……やばい、泣く……。

 

「いい香りがするよぉ……」

 

 これが……『匂い』なんだ……。

 思わずその場に座り込んで、少しの間、そこで泣き続けてた。

 俺の掌の中では、お湯に溶けたシャンプーが泡立っていた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ふぅ……」

 

 一しきり泣いてから、俺はシャワーを出た。

 綺麗になった自分の体からは先程までの汗臭さは無くなっていて、その代わりに清潔な香り(?)がした。

 

 ISスーツは適当に水洗いした。

 本格的に洗うのは家に帰ってからでいいだろう。

 明日はISには乗らないと思うし、着るのはジャージとかでもいいと思う。

 

 体をちゃんと拭いた後、バスタオルで体を覆って、他のタオルで髪を拭きながら更衣室へと戻ると、なにやら人影が見えた。

 

「えぇっ!?」

 

 そこには、さっきの水色髪の少女がいた。

 こっちを見てすっごい驚いてるけど。

 

「君は……」

「わ……私の事はいいから! まずは服を着て!」

「あ……あぁ……」

 

 怒られた。なんで?

 

「お……女の子なんだから、体を大事にして!」

「いや……同性(本当は違うけど)なんだから、別に気にしなくても……」

「それでも!」

「は……はい……」

 

 最初見た時は大人しそうに見えたんだが、意外とハッキリと言う子なんだな。

 自分の荷物が入っているロッカーを開けて、カバンの中から着替えを出した。

 

「あ……!」

 

 彼女は顔を真っ赤にして向こうを向いた。

 なんでかと思ったら、今の俺は下着をつける為にバスタオルを取って裸体を晒している。

 

「貴女には羞恥心が無いの!?」

「ちゃんとあるよ」

 

 でも、不思議と気にはしないんだよな。

 前も一夏に間違って裸を見られたことがあったけど、悲鳴の一つも挙げなかったし。

 

「ま、いっか」

 

 とっとと着替えよう。

 そんな訳で、そそくさとお着替え完了。

 

「着たぞ」

「ほ……ホント?」

「いや、信じろよ」

 

 こんな事で嘘を言う訳がないだろうに。

 彼女は恐る恐るこっちを向いた。

 

「ほっ……」

 

 一息つくなよ。

 

「それで? 君は誰だ? なんでここに?」

「え……えっと……」

 

 そこで急に言葉に詰まるか。

 さっきまでの饒舌っぷりは何処に行った?

 

「わ……私は……更識簪……って言います」

「ふむ。更識簪ね。俺は織斑千n「知ってる」……そうか」

 

 そう言えば、皆の前で自己紹介して、彼女もその場にいたっけ。

 にしても変わった名前だな。

 勿論、いい意味で。

 

「さっきの動き……見てました」

「そうか」

 

そう言えば、観客席でこっちを見てたな。

 

「と…とても凄かったです!滑らかな動きで、次々と砲弾を破壊して……」

 

 興奮しながら話す更識さん。

 そこまで高揚することか?

 

「最後のヤツが一番カッコよかった! あれは何…?」

「何と言われてもな……」

 

 無意識のうちに技が出たと言うか……。

 やり方自体は頭の中にあるんだが、それを実際に出来るかどうかは別問題だ。

 技を繰り出した俺自身も、今だに信じられないしな。

 

「まるで格闘ゲームの主人公みたいだった!」

「あのカラーでは、どっちかと言えばライバルキャラかラスボスだよな……」

 

 全身真っ黒な格ゲーの主人公なんてそうそういないだろう。

 

「更識さ「名前で呼んで欲しい」……簪はゲームをするんだな」

「うん。私の趣味の一つ」

「そうか」

 

 今時の女子にしては珍しいな。

 少なくとも、クラスメイトの女子達はゲームとかはあまりしない。

 鈴はよくしていたけど。

 

「あ…あの……専用機の名前…聞いてもいい?」

「ディナイアルだ」

「ディナイアル……」

 

 意味を知ったら驚くかもしれないな。

 なんせ、「否定」に「拒絶」に「克己」だもんな。

 負の感情だらけだ。

 

 まるで恋する乙女のような表情でディナイアルの事を呟く彼女を見ていると、更衣室の扉が開いた。

 

「千夏ちゃん、もう着替えた?」

「あ、芳美さん」

「あ……」

 

 いきなり簪の動きが止まった。

 芳美さんに緊張してる?

 

「俺なら着替え終わりました」

「そう。なら、そろそろ帰ろうか?」

「分かりました。……そう言う事だから、俺は先に失礼する。またな、簪」

「うん……またね……その……織斑さn「俺も名前でいいよ」……え?」

 

 俺だけが名前呼びなのは普通に嫌だからな。

 

「ち……千夏……」

「うん。じゃあな」

 

 俺は簪に手を振って、更衣室を出た。

 久し振りにいい出会いだったな……。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 織斑さん…じゃなかった、千夏が去っていった後、私は一人でその場に佇んでいた。

 

「き……緊張した……」

 

 この訓練所で色んな意味で有名な彼女と話す事に、私は必要以上に緊張していた。

 だって、傍から見ていると、凄く怖そうに見えたから。

 

「でも……」

 

 実際は全然怖くなんかなかった。

 と言うよりも、ちょっと間が抜けているような印象すらも受けた。

 だって、出会い頭にバスタオル姿だなんて…。

 

「あれには本気でびっくりした……」

 

 思わず大声で叫んでしまったが、嫌な印象を植え付けたりしなかったかな?

 間近で見た千夏は、遠くで見るよりも綺麗な女の子だった。

 少しだけつりあがっている目に、美しく煌く腰の辺りまで伸びた白髪。

 嫉妬するのも馬鹿々々しくなる程の美貌。

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が零れるレベルの美少女。

 あんな子が代表候補生とかになったら、凄く人気が出るんだろうな…。

 

「また……お話できるかな……」

 

 お姉ちゃんとも『あの子』とも『あの子の姉』とも違うタイプの女の子。

 いつの間にか千夏の事で頭が一杯になっているのに気が付いたのは、帰路についている途中の事だった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 バーニングバーストシステム。

 ディナイアルの各部に設置されたクリアパーツ内に蓄積されているエネルギーを全面開放する事によって、一時的に機体性能を大きくアップさせて、最大で3倍近くにまで上昇する。

 発動の際はクリアパーツが光を放ち、後頭部からは髪の毛に酷似したエネルギーの束が出現。

 更には肩や腕等から炎のように余剰エネルギーが噴出。

 

「……てな感じです」

「成る程ね。アシムレイトについては何か分かった?」

「いえ……それについてはまだ……発動はしてるんですけど……」

 

 帰りの車の中、俺は助手席に座って運転をしている芳美さんにディナイアルに搭載されたシステムの事を報告していた。

 と言っても、流石にアシムレイトについては伏せたが。

 だって、あれは色んな意味で秘匿した方がいいと判断したから。

 もしも知られたら、間違いなくディナイアルは没収されてしまうと思う。

 

「まだまだディナイアルについては解析が必要になりそうね」

「すいません……」

「謝る必要は無いって。これも何回言ったかしら」

 

 さぁ?

 

「そう言えば、いつの間に更識さんと仲良くなったの?」

「いえ、簪と話したのは今日が初めてですよ」

「え?そうなの?てっきり、もう友達になっているとばかり…」

 

 友達?

 俺と簪が友達?

 

「そうか……俺と簪は友達なのか……」

「自覚無かったの?」

「ええ……」

「その割には楽しそうにしていたけど?」

「はぁ……」

 

 全然分からなかった…。

 思ったよりも自然と話せた気はするが…。

 

「あ、芳美さんに報告する事があるんだった」

「なに?」

「実は……なんでか嗅覚が戻ってました」

「はぁっ!?」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 家につくと、一夏がいつものように出迎えてくれた。

 

「松川さん。いつもありがとうございます」

「いいのいいの。こうして移動中に千夏ちゃんとお話するの面白いもの」

 

 俺のような無表情人間と話して何が楽しいのやら。

 そうそう。

 家に到着する直前に芳美さんにこんな事を言われた。

 

『多分、君の嗅覚が回復したのはディナイアルのお陰だと思う。噂だけど、一部のISには持ち主の身体状態を万全に維持しようとする機能があるらしいわ。多分、ディナイアルにもそれが搭載されていて、一次移行した際に千夏ちゃんの身体を少しでも回復させようとしたんじゃないかしら。だから、この事は千冬には話しても、一夏君とかには絶対に話しちゃ駄目よ。もしも話したら、芋づる式に貴女の体の事がバレちゃうからね』

 

 ちゃんと気を付けないとな。

 俺の場合は口が堅いから大丈夫だと思うが。

 

「あ、そうだ。松川さんも一緒に食べていきませんか?」

「嬉しい申し出だけど遠慮するわ。まだまだ仕事があるから」

「そうですか」

「それじゃあね。ゆっくり休むのよ」

「はい。今日もありがとうございました」

 

 芳美さんは手を振りながら車で去っていった。

 

「じゃあ、早速飯にしようぜ。もう準備は出来てるんだ」

「そうか」

 

 一夏の料理……か。

 今までは分からなかったが、どんな匂いがするんだろうな。

 これで味覚も戻っていれば最高だったんだが。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 自室に戻って部屋着に着替えた後、リビングに戻ってテーブルに着いた。

 

「おぉ~……」

 

 近づいただけでも凄くいい匂いがした。

 食欲がそそられるとは、こういう事か。

 

「さぁ、早く食べようぜ」

「あぁ」

 

 それじゃあ、手を合わせて。

 

「「いただきます」」

 

 今日はハンバーグか。

 随分と凝った料理を作ったもんだ。

 

 箸で一つまみして……パクリ。

 その瞬間……。

 

『『それ』はもういらない』

『だから消しちゃおう!』

 

 訓練所で見た夢がいきなりフラッシュバックした。

 もう一人の『俺』……いや、本当の『織斑千夏』が爆散した光景を思い出してしまった。

 その時は感じなかった筈の血生臭さも、なんでか鼻孔に甦った。

 

「!!!」

 

 思わず口を押えてしまった。

 

「ど……どうしたんだ? 口に合わなかったか?」

「いや……大丈夫だ……」

 

 飲み込め……飲み込め……!

 ゴ……ゴクン……。

 

「お……美味しいよ……流石は一夏だな」

「そ……そうか? あまり無理すんなよ?」

「分かっている」

 

 なんでだ……!

 今まではどうも無かったのに……。

 嗅覚を取り戻したことが原因なのか……?

 

(なまじ中途半端に感覚が戻ったから、逆に食事に対する抵抗感が出来てしまったのか……?)

 

 まさか……ここでこんな弊害が出るなんて……。

 どうして、こうも上手くいかないんだ……。

 

 それからも、なんとか無心になりながら食事を続けた。

 これからは、この感じにも慣れないとな…。

 

 全てを食べ終えてから、俺は先に風呂に入らせて貰った。

 試運転で疲れていたと言う事もあったが、今回はそれ以上の理由があった。

 もう……限界だったんだ。

 

 急いで服を脱いで浴室に入る。

 入った直後に床に座り込んで、そして……。

 

「うぉぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………!」

 

 胃の中のものを全て嘔吐してしまった。

 全てが吐き出されて胃液だけになっても、俺の吐き気は止まらなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 吐き出したものをお湯で徹底的に排水溝に流して、ようやく落ち着いた。

 浴室についている曇った鏡を見てみると、涙と涎が流れていた。

 

「ゴメン……ゴメン……一夏……」

 

 食事を作ってくれた一夏に対して、申し訳なさで一杯になった。

 久し振りに自分の事が死ぬほど情けなくなった。

 

「クソ……なんで俺はこうも……」

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「千夏姉……」

 

 帰ってきた直後は凄く元気そうに…いや、嬉しそうにしていた。

 何があったのかは知らないが、あんな千夏姉は始めて見た。

 本人は気が付いていないだろうが、少しだけ笑っていた。

 

「笑った千夏姉……可愛かったな……」

 

 双子の姉だと分かっていても、そう思わせる程の魅力が千夏姉にはあった。

 けど……。

 

「どうしたんだろうな……一体……」

 

 夕食の時から様子がおかしくなった。

 顔色が悪くなって……口を押えて風呂場に行って……。

 

「ハンバーグ……生焼けだったかな?」

 

 少なくとも、俺が食ったやつは大丈夫だったし、ちゃんと千夏姉のやつも確認したんだけどな。

 

「向こうで何かあったのか?」

 

 仮に何かあっても、機密の関係で容易には話せないらしいけど。

 

「風呂上がりに飲み物でも用意しておくか……」

 

 今の俺に出来る事と言えば、こんな風に千夏姉のことを支えるだけだ。

 微々たるものかもしれないが、千夏姉の為ならどんなに小さなことでもしてあげたい。

 これは家族として……姉弟として当たり前の事だよな?

 そう自分に言い聞かせて、冷蔵庫から麦茶を取り出して用意した。

 

 そう言えば、見た事の無い腕輪をしていたな。

 あれは何なんだろうか?

 訓練所とやらで貰ったのか?

 ま、凄く似合っていたからいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千夏、嗅覚が回復するの巻。

でも、却って辛くなるという悪循環。

せめて味覚も復活すれば違うんでしょうけどね……って、これはフラグかな?

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