さてはて、どうなることやら。
ディナイアルを纏ってから、俺はゆっくりとアリーナのステージに降り立った。
あまり前の方には行かず、今はまだ端の方にいる。
「……………」
試しに掌を動かしてみたり、足を動かしてみる。
「……問題は無い……か?」
勉強不足だから、これが好調なのか不調なのかよく分からない。
エラーの類が出ていないから、大丈夫だとは思うが。
『千夏ちゃん。問題は無い?』
あ、芳美さんから通信が来た。
「俺的には」
『それで充分よ。まずは軽く動いてみて』
「了解」
周囲を見渡すと、いつもならば訓練生で賑わっているステージには誰もいなかった。
俺の為にどいてくれたと言っていたっけ。
(早く終わらせてしまおう)
こっちの都合で貴重な時間を譲ってもらったんだ。
ぐずぐずはしていられない。
ふと、観客席にいる訓練生達がこっちを見ているのが見えた。
ひそひそと話している者もいれば、こっちをジッと見ている者もいる。
ジッと見ているのは、前に俺の事を見ていた水色の髪の少女だ。
(これがハイパーセンサーの恩恵ってヤツか)
凄いな……望遠鏡いらずだ。
(……庶民的な感想しか出ない自分が情けない)
……って、こうしている場合じゃない。
早く試運転を済ませなくては。
「まずは……」
動きやすいように、ステージの中央付近まで歩いていく。
機会特有の音と地面を踏みしめる音が響き渡る。
まるで自分の身体じゃないようだ。
「歩行は問題無い……か」
思ったよりもスムーズに歩ける。
もうちょっと、よちよち歩きをしてしまうかもと思ってしまったが、そうでもなかったようだ。
『す……凄いわね……』
え? 何が?
『普通、初心者がISに初めて乗った場合、たどたどしくゆっくりと歩くのがやっとなのに……』
そうなのか。
まぁ、絶対にディナイアルのお陰だけどな。
中央につくと、ステージの壁にハッチの様な物があるのが見えた。
「芳美さん。あの壁にあるハッチはなんですか?」
『あれはね、回避訓練をする際に砲台がせり出して、そこから砲弾が発射されるようになっているの。勿論、危険が無い程度にね』
「ふ~ん……」
砲弾……ね。
『他にもマシンガンやレールガンなんかも発射出来るけど……って、どうしたの?』
「いえね、それって今も使えるのかなと思いまして」
『使おうと思えば使えるけど……え?まさか……』
急ぐ必要は何処にもない。
だが、ちんたらする理由も無い。
ならば、選択肢は一つだろう。
「お願いします。その砲弾、撃ってくれませんか?」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
皆がアリーナのステージでISを使った訓練をしている最中、いきなり、少しの間だけどくように言われた。
最初は訳が分からなかったが、少ししてからその理由が判明した。
「あれは……」
ピットから出てきたのは、全身装甲の真っ黒なISだった。
一部に暗い金色のパーツが使われていて、高級感が出ている。
しかも、肩や膝などにクリアパーツと思われる部分が見えた。
灰色になっているが、いずれはあそこに光が宿るのかもしれない。
(あんなパーツが使われているISなんて…始めて見た…)
その姿は、まるでロボットアニメに登場するライバル機のように見えた。
「何よあれ……もしかして専用機?」
「誰が乗ってるの?」
「多分あの子じゃない? ほら、この間来た……」
「あぁ……千冬様の妹って言う白髪の子?」
「確か名前は……織斑千夏……だったっけ?」
あの子が……。
そう言えば、後頭部から白い髪が出ていて、鮮やかに靡いている。
「はん! 有名人の家族はなんでも優遇されるって?」
「なんかムカつく。あたし達よりも訓練時間が少ない癖に、もう専用機を貰っちゃって……」
「しかも、その試運転の為にこっちの訓練を中止させられるなんてね」
「どっかで落とし前を付けさせて貰わないと気が済まないわね」
またか……。
ここには『女性権利団体』の幹部を親に持つ子達もいる。
親のコネでここに来て、大した実力も無いのに自分が一番偉いように振る舞っている。
(……私も人の事は言えないけど)
実の姉が暗部の当主を務めていて、しかも今はロシアの国家代表になっている。
私自身も、殆ど家のコネで入ったに等しい。
(あの子は……どう思ってるのかな?)
何回か話してみようと思った事はあったけど、タイミングが合わなかったり、緊張して近づけなかったりして、結局は一度も話せていない。
「もう行くわよ。見ていても不快な気分になるだけだし」
「「は~い」」
もう行くんだ……。
「更識さんも行くわよ」
「私は……もうちょっとここにいる…」
「あっそ。随分と物好きなのね」
「ロシア代表の妹様は余裕があっていいわね~」
私だって好きでお姉ちゃんの妹に生まれた訳じゃない……!
そんな風に言われるのは心外だ。
とか、反論をしたかったが、そんな度胸は私には無いし、その前に彼女達は行ってしまった。
よく見てみると、私の他にもちらほらと残っている子達はいる。
多分、『織斑千冬の妹』の実力を見てみたいんだろう。
「え……? 冗談じゃないですよ? ……はい……はい。けど、俺のような素人が少しでも早く上達するためには、これぐらいの荒療治は必須だと思いますが?」
なんか一人で話しているけど、通信越しで松川さんと話しているんだろうか?
一体何をする気だろう?
「……溜息をつかれるような事をしました? ……あ、結局はいいんですね。ありがとうございます」
許可されたんだ。
本気で何をする気?
彼女の動きを見逃さないように凝視していると、ステージの壁がせりあがって、そこから回避訓練用の砲台が出てきた。
「あ……」
そうか、回避をしながらISに慣れる気なんだ。
でも、最初からそんな事をするなんて……やっぱり、ブリュンヒルデの妹は伊達じゃないって事なのかな?
大きな爆音と共に黒光りする砲弾が発射されて、そのまま彼女に向かっていった。
彼女は棒立ちしていて、動く気配が無い。
「危ない!!」
思わず叫んでしまったが、私が叫ばなくても誰かが叫んだだろう。
だが、その心配は杞憂だったと、次の瞬間に思い知らされた。
何故なら……。
「フンッ!!!」
彼女は、その場で綺麗な回し蹴りで砲弾を破壊したのだから。
「「「「「はぁぁっ!?」」」」」
な……何を考えてるの!?
本当なら避けるべきところを、よりにもよって蹴りで破壊するなんて!
他の場所からも砲台が現れて、次々と彼女……いや、千夏さんに向かって撃ち始めた。
「肘打ち」
また壊された。
「裏拳」
また。
「正拳」
流れるような連撃で次々と砲弾を破壊していった。
その動きは、間違いなく武道の達人の動きだった。
(あんな動き……お姉ちゃんやお父さんでも出来るかどうか……)
聞いた話では、彼女は武道の経験なんてものは無くて、今までは普通に暮らしていたらしい。
そんな少女があれ程の動きをする。
才能が開花でもしたんだろうか?
「ふっ……!」
右の飛び膝蹴りで砲弾を破壊したかと思えば、そのまま空中に浮遊したまま左の回し蹴りで壊した。
その後も、彼女は止むことのない砲撃を一回も避けることなく破壊し続けた。
そんな事が30分ほど続いた時だった。
「え?」
いきなり、彼女の機体が眩しく光り出す。
これは……まさか……
「
そして、光が止み…そこに現れたのは……
「おぉ~……」
機体に設置されたクリアパーツが紫に怪しく光っていて、装甲の金色の部分がより眩しくなっている姿だった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
(全然駄目だ……)
次々と放たれる砲弾を破壊しながら、俺は理想と現実の違いを身を持って噛み締めていた。
頭の中にはどのように拳や蹴りを放てばいいのか分かっているのに、実際にやってみると想像よりもずっと駄目駄目だった。
(正拳突きも回し蹴りも、もっと鋭く、早く打てた筈だ。全ての攻撃に全くキレが無い。これではディナイアルの能力を十全に引き出せない)
やはり、数日間程度のトレーニングでは、付け焼刃にしかならないか。
少し時期尚早だったかもしれない。
(いや……これは言い訳だな。遅かれ早かれ、ディナイアルに乗る事にはなるんだ。今更そんな事を言っても何も始まらない)
兎に角今は、目の前の砲弾を壊す事に専念しよう。
余計な事は考えず、唯只管に体を動かせ。
(そう言えば……)
チラッと、視界の端に表示されている時間を見た。
【残り時間 5分42秒】
ふむ……。
これがゼロになれば、少しはマシになるのかな?
いやいや、余計な事は考えないと、さっき言ったばかりじゃん。
速攻で破るなよ。
可能な限り無心になって体を動かし続けた。
砕かれた砲弾の破片が散らばり、周囲に落ちる。
(少しギアを上げるか……)
ディナイアルに無理をさせるようで気が引けるが、今はコイツの限界を知りたい。
拳を握りしめて足を踏みしめると、俺の身体……いや、ディナイアルが光り出した。
(あ……?)
もしかして、時間がゼロになったのか?
なんて呑気な事を考えていると、光が収束した。
光が消えると、目の前に現在の状況が表示された。
(これは……)
くすんでいた金色のパーツは綺麗な黄金に光り輝き、両肩と両肘、両膝に設置されたクリアパーツが紫色に光っている。
「これが……ディナイアルの本当の姿か……」
黒と金のアクセント。
実に俺好みだ。
どうやら、この紫のクリアパーツには本体とは別にエネルギーが溜め込んであるよう で、この機体が凄くエネルギー効率がいい機体である事を思わせる。
なんせ、手の部分にあるビームソード以外にエネルギーを使う攻撃なんて無いしな。
『無事に一次移行したみたいね』
「はい」
『全く……砲弾を迎撃して体を動かしたい、なんて言い出した時はどうなるかと思ったけど、問題が無くて良かったわ』
「御心配とご迷惑をおかけしました」
『気にしなくてもいいわ。子供は大人に迷惑をかけてなんぼなんだから』
まるで姉さんのような事を言う人だな。
きっと、現役時代も気が合ったに違いない。
「ん?」
これはなんだ?
『どうしたの?』
「いや……」
さっきまでは表示されていなかったものが、目の前に映されている。
(【アシムレイトシステム】に【バーニングバーストシステム】?)
見た感じ、この二つのシステムは連動しているようで、片方が発動すればもう片方も自動的に発動するようだ。
「あの……なんか、聞いた事の無いシステムが表示されてるんですけど……」
『どんなの?』
「えっと……」
取り敢えず、見たまんまの事を言ってみた。
『聞いただけじゃ分からないわね。発動は出来る?』
「いつでも」
『じゃあ、試しにやってみてくれる?』
「了解です」
頭の中で『発動しろ』と念じてみる。
すると、何かがカチリと動く感覚がし、機体全体が唸りを上げだす。
「おぉ?」
次の瞬間、機体の各所から蒼い炎が噴出した。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「炎が……」
一次移行して、少しだけジッとしたかと思ったら、いきなり両肩と両腕から青い炎が出てきて、ゆらゆらと揺れている。
機体の周りは気温が上がっているのか、蜃気楼が出来ている。
「見て! 髪が!」
他の子が指差した所を見ると、後頭部からはみ出ている真っ白な髪が機体と同様に蒼い炎に包まれて、まるで本物の髪の毛のように靡いている。
しかも、包まれている髪自体は全く燃えていない。
まるで、炎のウィッグのようだ。
「綺麗……」
その姿は、それ自体が一つの芸術作品のように美しかった。
けど、私はそれ以上の感想を抱いた。
「カッコいい……」
炎を操るIS自体は珍しくは無いが、蒼い炎は非常に珍しい。
正しく、私が頭の中に描いたダークヒーローそのものだ。
私がその姿に夢中になっていると、砲台が引っ込んで、ミサイル台が幾つも出てきた。
そして、複数のミサイル台が一斉に火を噴いた。
「……!」
沢山のミサイルが彼女に迫る。
千夏さんはそれを見て、腰を低くしてから一気に加速した。
「早い!?」
凄い加速……。
まさか、
一瞬でミサイルまで近づき、炎を纏った拳でミサイルを破壊した。
同じように、炎を纏った蹴りで傍まで迫ったミサイルをまた破壊。
「凄い……」
さっきよりも明らかに動きがいい。
まるで、彼女の体とISが一つになったかのように。
生身の体のように一つ一つの動きが滑らかだった。
「あ……!」
不意を突いたかのように、全周囲からミサイルが迫ってきた。
私なら、まずは上方に避けて、それから一基ずつ破壊する。
それがセオリーだろう。
だけど、彼女は私の予想をとんでもない形で裏切った。
千夏さんは右足を後ろにやって、そのままその場でジャンプした。
「次元覇王流……」
そして、右足を開いたまま超高速で回転した。
すると、その周囲に凄まじいまでの竜巻が発生する。
「旋風竜巻蹴り!!!」
その衝撃波は全てのミサイルを破壊しつくし、更にはステージの地面すらも大きく抉った。
竜巻が消え去って、彼女は静かに地面に降り立った。
そこはまるで、ドリルによって掘られたかのように螺旋状になっていた。
「あれは……必殺技……?」
凄い……凄い! 凄い! 凄い!
あんなの始めて見た! アニメの主人公みたい!
「うん……!」
勇気を出して、あの子と話してみよう……!
私と同じような境遇の女の子、織斑千夏。
彼女の話を聞いてみたい……!
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ふぅ~…」
試運転が終わってピットに帰ると、芳美さんがこっちにやって来た。
「大丈夫だった?」
「それ、貴女が言います?」
「えっと……ははは……」
最後の全方位ミサイル。
どう考えたって態とやっただろう。
「でも、最後にやったあの技……あれは何? 随分と凄かったけど…」
「俺にもよく分からないんですよね。自然と体が動いたと言うか……」
「次元覇王流って言っていたわね。あれがディナイアルに秘められた力……いや、拳法なのかしら?」
「でしょうね」
他にも色々とあるようだけど、それは実際に使ってみないと何とも言えない。
「炎は引っ込んだようね」
「あれは俺の意思でなんとでもなりますから」
「無手の代わりに、それを補うシステムが内蔵されていたって訳ね。それなら無手であるが故の攻撃力不足を補う事も出来るわ」
それだけじゃないけどな。
確かにバーニングバーストシステムも凄いが、もっと凄いと感じたのは、もう一つの『アシムレイトシステム』のほうだ。
これを考えた奴は、間違いなく超天才か大馬鹿野郎のどっちかだな。
「システムの概要は後で説明しますから、まずはディナイアルを取ってもいいですか?」
「あ!? ああ……いいわよ」
「どうもです」
この人……半ば忘れかけてたな?
確か、頭の中で解除するイメージをすればよかったんだったな?
「お?」
ディナイアルが量子化して、俺の身体が外に出た。
「改めて、お疲れ様。初めてのISはどうだった?」
「そうですね。不思議な感じがしました。自分の身体なのに自分の身体じゃない……って言えば分かりますかね?」
「実に的を得てるわね。ま、ISは自分の体の延長線上にある物って認識していればいいわよ」
「わかりました……ん?」
あれ? 俺の腕に真っ黒で金の装飾が施された腕輪の様な物が装着されている。
こんな洒落た物を持っていたかな?
「成る程ね。これがディナイアルの待機形態か」
「待機形態……」
「そ。これで名実共にディナイアルは千夏ちゃんの専用機になったのよ」
なんか色々と複雑な気分だが、気にしても仕方ないか。
「今日はこれで終わりにしましょうか。奥の更衣室にドリンクとかタオルとか用意しておいたから、遠慮無く使っていいわよ」
「恩に着ます」
ニッコリ笑顔で返してくれた芳美さんを背中に、俺は更衣室に行く事にした。
まずはシャワーだな。
今気づいたが、かなりの汗をかいている。
このままじゃ着替えられない。
疲れた体を一刻も早く癒す為に更衣室に急ぐが、そこで意外な出会いがあるとは…この時の俺は全く予想だにしていなかった。
その出会いが、俺の運命を大きく変えていくことになるのも知らずに……。
一見するとチートですが、ちゃんと代償もあります。
じゃないと、釣り合いませんからね。