心の底から安心した……。
いつも傍にある物がいきなり無くなると、急に不安になりますよね。
「始まった」
「始まった!始まった!」
「彼が」
「彼女が」
「「『否定』と出会った」」
「後悔しても」
「もう遅い」
「君の伝説が」
「君の神話が」
「「遂に産声を上げる」」
「楽しみだ」
「楽しみ!楽しみ!」
「愚かな『兎』には止められない」
「愚かな『戦乙女』にも止められない」
「「さぁ!その蒼い炎で未来を照らせ!」」
「そして、戦いの果てに」
「至るだろう」
「「『黒騎士』へと」」
「次なる世代」
「新たなる世代」
「「そこが、君の生きる場所だ」」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「うぅ……?」
眩しさが目に刺さり、意識が浮上する。
「あ! 目が覚めた?」
視界に写ったのは、心配そうにこっちを見つめる芳美さんと、先程見た更衣室の天井だった。
「はい……なんとか……」
起き上がると、俺は自分が更衣室のベンチに寝かされているのが分かった。
「びっくりしたわよ、いきなり倒れるんだもの」
「すいません……」
「謝る必要は無いわ」
ニコニコしながら、こっちの唇に人差し指を当てた。
「あの……あれからどれぐらい経ったんですか?」
「大丈夫。貴女が気を失ってから10分ぐらいしか経ってないわ」
「そうですか……」
よかった。
長時間気絶していて、一夏に心配とかかけたくなかったからな。
「ねぇ、あの時…貴女がディナイアルに触れた瞬間、一体何があったの?」
「……俺にもちゃんとしたことは分からないんですけど」
「分かる範囲でいいわ」
「分かりました」
と言っても、感覚的な事しか話せないけど。
「ディナイアルに触れた瞬間、俺の頭の中にいきなり、幾つもの情報が流れ込んできたんです」
「そう……」
芳美さんは顎に手を当てて考える仕草をした。
「それは多分、ISの機体情報が流れてきたんだわ。その現象は訓練機でも発生するけど、それで気絶するとか聞いた事ないわ。どんな情報が流れてきたの?」
「色んな格闘技についてでした。空手や柔道、レスリングやボクシング。他にはムエタイに功夫、それからマーシャルアーツもありました」
「……よく知ってるわね…」
「名称も一緒に流れてきましたから」
その前から知ってはいたけどね、名前だけは。
「後、聞いた事ない格闘技の情報が最後に流れ込んできましたね」
「どんなの?」
「確か……次元覇王流……だった筈です」
「次元覇王流? 聞いた感じではどこかの流派みたいだけど、そんな中二病全開な流派なんて聞いたことも無いし……」
「俺もです。なんなんでしょう?」
「私にもサッパリ。詳しくはあの機体を整備した人間に聞くしかないわね」
「ですね」
ここであれこれと考えるよりも、その方が確実だ。
「とにかく、今日は早く帰って休んだ方がいいわ」
「そうします」
俺は芳美さんに体を支えられながら、訓練所を後にした。
途中で自販機でドリンクを買って貰った。
俺は味が分からないので、ミネラルウォーターにして貰った。
それから、芳美さんの車で家まで送ってもらった。
家につくと、遅くなった俺の事を心配したのか、玄関で待っていてくれた。
その際に芳美さんが俺達に謝罪してくれたが、俺は勿論、一夏も許してくれた。
きっと、一目で芳美さんの人柄を分かったのか、結構フランクに話していた。
因みに、今後は放課後に芳美さんが迎えに来てくれることになった。
俺としては大歓迎だ。
少なくとも、あの大島さんよりはずっととマシだから。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
次の日の放課後。
芳美さんが約束通りに学校まで迎えに来てくれた。
「今日からが本番だな」
「頑張れよ、千夏姉」
「ああ。行ってくる」
「松川さんによろしくな」
「ん」
さてと、じゃあ行くとしますかね。
「なんの会話なのか、さっぱりわからねぇ……」
「いずれ分かる。気にするな、弾」
「へいへい」
それがいつになるかは未定だがな。
精々、首を長くして待っていてくれ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
訓練所に行くと、俺は早々と更衣室へと向かい、そこで芳美さんから俺の分のISスーツを手渡された。
「これは?」
「注文したスーツが届くまでの代用品って所かしら。ここではこれを着るようにしてね」
「わかりました」
「そのスーツね、結構性能いいのよ。代表候補生の子達とかは服の下に着たりしてるし、そのままシャワーを浴びても問題無いし」
「ISスーツ万能説。まるで水着みたいなのに」
「そこには同感。最初は誰もが呆れたり、羞恥心に悶えたりするもの」
「姉さんも?」
「うん。顔を真っ赤にしながら『なんでこんなデザインなんだ!』って叫んでたし」
あの気丈な姉さんが赤面か。
ちょっと見てみたいかも。
「サイズはちゃんと合うはずよ。向こうを向いているから、試しに着てみて」
「はい」
芳美さんが後ろを向いて、俺は服を脱いでISスーツに着替えた。
基本的には学校指定の水着と同じ感覚で着れたが、どうも違和感がある。
それは多分、今から水場に行くわけでもないのに、こんなにも露出の多い格好をしているからだろう。
とは言っても、今の俺に羞恥心なんてモノがあるかどうかは微妙だが。
「もういい?」
「はい、どうぞ」
「どれどれ……?」
彼女がこっちを向いての最初の一言は……。
「あら! 凄く似合ってるじゃない!」
だった。
そうか? 自分では見えないからよく分からないけど。
「千夏ちゃんのそんな姿を見ると、千冬と初めて会った頃を思い出すわね」
「それ、本人の前で言ったら絶対に殺されますよ」
「ちゅ……注意するわ」
それがいい。
あの人って冗談が通じない事があるから。
「そ……そうだ。そのスーツは防弾機能や防刃機能にも優れているの。至近距離で拳銃の直撃を受けても穴一つ開かないわよ。流石に衝撃はあるけど」
「でも、露出度高いから意味無いですよね」
「言わないで……」
あ、この人も自覚してるのね。
「と……とにかく、着替えたのなら皆の所に行きましょうか」
「皆?」
「ここで訓練している訓練生の子達の所。まずは挨拶をしないとね」
「そうか……」
ここでの俺はまごう事無き新人。
挨拶するのは当然の事だ。
そんな訳で、俺は芳美さんと共にここにあるアリーナへと向かった。
ここって、想像以上に大きいんだよな……。
外から見たら分かりにくいけど。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
アリーナに向かうと、そこでISを纏って訓練をしている者、端の方で柔軟をしている者、その全てがこちらに注目した。
「全員集合!」
コーチらしきジャージを着た女性が大きな声を上げて、全員を一か所に集合させた。
「私達も行くわよ」
「了解」
皆が並んでいる場所に向かうと、その視線がこっちに集中した。
ここには十数名ぐらいいて、興味深そうに俺の事を見ている。
気持ちは分かるが、俺だけじゃなくて芳美さんの方も見て欲しい。
「今日からここに新しい訓練生が加わることになった。では、芳美さん。お願いします」
「はい」
芳美さんが前に出て、俺の背中を押した。
その途端、訓練生の子達がひそひそと話し出した。
「芳美さんって……もしかして?」
「うん。千冬様と代表の座を争ったって言う、元日本代表候補生の松川芳美さんよ」
「そんな大物がどうしてここに?」
「隣にいる白い髪の女の子が関係してるのかな?」
聞こえてるぞ~。
「こらそこ! 静かにする!」
ほら、注意された。
「え~……私は松川芳美。一応、貴女達の先輩ってことになるのかしら」
でしょうね。
「今日から私は、この子の専属コーチになってここに通う事になるから、よろしくね」
「「「「「はい!」」」」」
いい返事だこと。
「じゃあ、貴女も挨拶して」
「それはいいですが、どこまで話せば?」
ここにいる子達にはどこまで言っていいのか分からない。
そんな気持ちを込めて芳美さんの方を向くと、彼女がそっと耳打ちしてくれた。
「一応、貴女が委員会代表だって事は伏せた方がいいわね。私が適当に話すから、千夏ちゃんも適当に自己紹介してくれればいいわ」
「了解」
ここは一つ、転校生にでもなった気持ちで行きますか。
「皆さん初めまして。俺の名前は織斑千夏と言います。これからここで一緒に訓練をする事になります。迷惑をかける事も多々あると思いますが、どうかよろしくお願いします」
定型文にのっとり、適当に言ってみた。
これで良かったか?
「お……織斑?」
「それって……」
案の定、俺の苗字に注目したか。
「皆ももう気が付いたと思うけど、この千夏ちゃんは千冬の実の妹よ。この間の適性検査で高いランクが検出されて、彼女自身の自己防衛の為にここで訓練する事になったの。どこで情報が洩れているか分からないし、何も知らないまま高い適性を持っていれば、一体どうなるか……君達も分かるよね?」
「「「「「……………」」」」」
全員が一気に沈黙する。
ここの子達は、多少なりとも裏の事も分かっているのかもしれない。
ま、実際に一回、俺は誘拐されたしね。
だからこそ、ここで俺は強くなる。
もう、無力な子供の時間は終わりだ。
「ん?」
訓練生達の一人……水色の特徴的な髪色の眼鏡を掛けた少女が、食い入るようにこっちをジッと見ている。
(なんだ……? まるで嫉妬の様な、哀れみの様な……そんな感じで見られている気がする)
まぁ、こんな視線を一々気にしていたら、これからやってられない。
「ま、とにかく今日から千夏ちゃん共々よろしく!」
芳美さんの言葉に合わせてお辞儀をする。
「では、訓練再開!」
「「「「「はい!」」」」」
トレーナーさんの大声に合わせて、皆は再び散り散りになった。
この場には取り残された俺と芳美さんのみ。
「今日は初日だから、ISには乗らなくて、基本的な身体能力テストみたいなことをしましょうか?」
「身体能力ですか?」
「そ。まずは君の基礎能力を知らないと訓練のしようが無いし」
「ごもっとも」
俺は自分の身体能力を測る為に、トレーニングルームに行くことになった。
どんな事をするんだろうか?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は現在、トレーニングルームにてルームランナーで走っている。
もうどれぐらい経っただろうか?
数時間なような気もするし、数分な気もする。
「大丈夫~?」
「は……い……」
まだいける……!
「無理は禁物よ?」
「わかっていま……」
あ、こけた。
「あ~……」
倒れたまま、俺は流れに沿ったままルームランナーから落ちた。
「はぁ……はぁ……」
「はい」
「どうも……」
なんとか体を上げて、芳美さんが出してくれたスポドリを手に取った。
味を感じなくても、この状況での水分は非常に有難い。
「スタミナは普通よりは少し下って感じかしら?」
「そう……です…か……」
「今までスポーツとかってした事ある?」
「小さな頃に剣道をしたことがあるけど……」
息が整い始めた。
少しだけ楽になった。
「少しだけ……ね。それ以降は?」
「全く。ずっと家事ばかりしてました」
「そう……」
実に今更ながら、自分の体力の無さを実感した。
これはこれからが大変そうだ。
「少し休憩してから、次に行きましょうか?」
「は……い……」
そのまま寝っ転がって、俺は体を休める事にした。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「次は、千夏ちゃんの腕力や脚力を見てみようか?」
「具体的には何を?」
「そこにあるサンドバックに向かって、全力で殴りかかってみて」
そう言って、芳美さんは少し離れた所にある真っ赤なサンドバックを指差した。
「『全力』ですか?」
「そ、全力」
全力……ね。
まさか、こんな形で今の自分の『全力』を出す機会が来るとは。
因果なものだ。
俺はサンドバックの前まで行き、『頭の中』に思い浮かんだ構えを構えた。
「あれ? 千夏ちゃんって格闘技の心得があるの?」
「いえ、ありませんけど」
「その割には、その構えがかなり『さま』になってるけど……」
そうなのか?
適当に構えただけなんだけど。
「もしかして、ディナイアルに触れた際に流れたって言う格闘技の情報に関係が…?」
ブツブツとなんか言ってますね。
「あの……いいですか?」
「あ、いいわよ」
「それでは……いきます」
拳を思いっきり握りしめて、足を踏みしめて、右腕全体に力を込めて……。
「はっ!!!」
撃つべし。
拳がサンドバックの中心に直撃し、凄まじい炸裂音が鳴った。
そのままサンドバックは吹っ飛んで、壁にぶつかってめり込んでしまった。
「な……な……な……」
これが今の俺の『全力』か。
痛覚が無くなって力のリミッターが無くなっているに等しい影響がこれか。
明らかに、俺の細腕で出せるパワーじゃないな。
「なんなの!? その馬鹿力は!?」
「それは……」
なんて説明する?
ちゃんと白状するか?
「スタミナは無いのに、パワーだけは常人を遥かに凌駕しているなんて……どんなカラクリ?」
スタミナと無痛症は関係無いしな。
「って! その手!」
「ん?」
手がどうかしたのか? って……。
「血が……」
俺の拳の皮が破れて、そこから血が出ていた。
全く気が付かなかったな。
痛覚が無いから仕方ないけど。
「もう~! 拳が破ける程のパワーって…どうなってるのよ!?」
なんて言いながらも、テキパキと俺の手に応急処置を施して、テーピングを巻いてくれた。
「話してくれる? その有り得ない程のパワーはなんなの?」
……もう隠せそうにないな。
「これは周囲には隠していることなんで、内緒にしてくれると助かります」
「それは一夏君にも黙っている事?」
「はい……」
心苦しいけどな。
でも、千冬姉さんと一緒に決めた事だから。
「分かったわ。私の心の中に秘めておくことにする」
「感謝します」
それから、自分の体に起きていることについて話した。
と言っても、話したのは感覚器官を失った事だけで、それ以外の事……睾丸性女性化症候群については黙っておいた。
流石にこれは絶対に話せない。
俺自身も墓まで持って行くと決意してるから。
「幼い時に交通事故に遭って、その時の怪我で感覚が……ね」
「はい」
「確かに、痛覚が無くなる事によって本来セーブされている力が解放されるって聞いた事はあるけど、まさか本当だったなんて……」
「正直、俺自身もびっくりしてます。全力を出したのって、これが初めてですから」
「そうなの?」
「ええ。そもそも、その機会自体がありませんでしたし」
振るおうとも思わなかったしな。
「そ……それもそうね。普通に学生生活をしていて、こんなパワーを発揮する機会なんてないわよね……」
「はい。それよりも……」
あれ……どうしよう?
「あのサンドバック……大丈夫ですか?」
「あれぐらいなら問題無いわよ。流石に壊す事は無かったけど、似たような事は千冬も毎回してたし」
「うわぁ……」
何をしてるかな……我等が姉様は。
「次の日には元に戻ってるわよ。主に金の力で」
「金の力って……」
これが委員会の力か。
多分違うと思うけど。
「次……どうします?」
「そうね……少なくとも、筋力関係は規格外だって分かったから、スタミナ関係をもうちょっと測りましょうか?」
「分かりました」
壁にめり込んだサンドバックを背景に、俺は学校でもよくやるような身体測定をこなしていった。
反覆横跳びとか垂直飛びとか。
他には上体反らしに長座体前屈。
他にも色々。
その結果として分かった事は……。
「パワー以外は比較的普通ね。スタミナは一般的な女子中学生と同じぐらいだし、体は少し柔らかい方かな? でも、垂直飛びは凄かったわね。脚力も尋常じゃないレベルになってる証拠ね」
足の筋力を使うからな。
う~む、ワイヤーアクションいらずのこの体。
その気になれば、生身で特撮のような事が出来るかもしれない。
「あと、貴女の規格外のパワーに体の方が耐えきれてない感じがしたわ。これからは、柔軟さとスタミナを鍛えながら、体も丈夫にしていかないとね。そうじゃないと、自分のパワーで自分が傷つくなんて、本末転倒な事になってしまうし」
「やる事は……山積みですね……はぁ……はぁ……」
「でも、目標があるのはいい事よ」
「それは……はぁ……はぁ……分かります」
具体的にやる事があると、モチベーションの維持にも繋がるしな。
俺としてもありがたい事だ。
「今日はもうこれぐらいにしておきましょうか?千夏ちゃんも疲れたでしょう?」
「はい……。出来ればスッキリしたいですね……」
「シャワー室を使ってもいいわよ。今なら誰も使ってないと思うし」
「わかりました……」
遠慮なくシャワー室を使わせて貰って、全身の汗を流した。
ちゃんとISスーツは脱いだからな?
着たままじゃちゃんと汗は流せないし。
シャワーの後に着替えて、その日は少しだけ早めに帰宅した。
家に帰ると、夕食と風呂の後に速攻でベットイン。
久方振りに爆睡させて貰ったよ。
余談だが、トレーニングルームの壁とサンドバックは、本当に次の日には元通りになっていた。
これはもう、ある種の超常現象じゃないだろうか?
今回、ちょっとだけ原作キャラが出ましたけど、分かりました?
場所が場所なだけに、これから原作よりも早めに絡ませたいなと思っている、今日この頃だったりします。