専用機はもう少し……かな?
鈴が中国に戻ってから、千夏姉の様子は驚く程に変化した。
まず、髪がとうとう真っ白になってしまった。
千夏姉と鈴が凄く仲が良かったのは知っていたが、俺や弾が想像している以上に千夏姉はショックだったようだ。
少なくとも、親友以上の関係だったことは確実だろう。
そんな存在がいきなりいなくなってしまったんだ。
千夏姉の心に絶大なダメージを与えてしまったのかもしれない。
この事に少しも悪意が存在しないのが一番質が悪い。
今回の事は誰も悪くない。
だけど、千夏姉は自分の事をまた攻めるんだろう。
そんな姿を見るのは、何よりも辛かった。
そして、表情が今まで以上に難くなってしまった。
今までも無表情ではあったが、それでもほんの僅かに感情の機微を感じるとることが出来た。
あくまで俺から見て…だけどな。
今も、千夏姉は俺の目の前で他の女子と話しているが、その目は虚ろなままで、顔も凄く難く感じる。
まるで、幼い頃に事故に遭ってしまって、意識が回復した直後のようだ。
本当ならば、家に籠って心を落ち着かせたいだろうに。
千夏姉は今までの日常を演じて、他の皆を心配させないようにしている。
いつもは無表情でクールだけど、本当の千夏姉はとても優しい女の子だ。
そんな少女が、『仮面』を被って必死に『いつもの自分』を演じている。
「それでね、そいつがまた馬鹿でさ~」
「そうか。お前も大変だな」
「さっすが千夏ちゃん! わかってるぅ~!」
千夏姉の髪が完全に白くなっても、クラスの皆は変わらず接してくれた。
俺程ではないかもしれないが、皆も千夏姉が無理をしていることには気が付いていたのかもしれない。
だから、敢えて髪や鈴の話題には触れないように努めてくれている。
「はぁ……情けねぇな……」
俺が千夏姉を守るって誓ったのに、実際はこの有様だ。
どうして千夏姉ばかりがこんな目に会わなくちゃいけないんだ……。
「よっ、一夏」
「弾……」
俺の親友がいつもと同じ感じでやって来た。
だが、その顔は真剣になっている。
「お前さ、自分が千夏の事を守れてないって思ってないか?」
「え?」
心を読まれた?
弾は読心術の使い手なのか?
「ばーか。お前の顔は分かりやすいんだよ。千夏とは違った意味でな」
「どう言う事だよ?」
「千夏は普段が無表情だから、ちょっとした変化が読み取りやすいけど、お前の場合はその時の心境がもろに顔に出てるんだよ」
「マジで?」
「おお、マジだ」
知らなかった……。
自分が千夏姉とは違ってポーカーフェイスが苦手なのは知っていたが、そこまでだったなんてな……。
道理で千夏姉にも千冬姉にもババ抜きで勝てない筈だ。
「俺が思うにな、千夏はお前がいるからギリギリのところで頑張れるんだと思うぞ」
「俺がいるから……?」
「そうだ。千夏の心が想像以上に脆いのは俺だってそれなりに理解してるつもりだ。そんなアイツが親友と別れた挙句に髪が真っ白になっても、ああして『日常』を演じられるのは、まだ弟であるお前が傍にいるからだ」
「…………」
いつもの飄々とした弾とは違い、今日のこいつはなんだか大人びて見えた。
「お前の存在が、千夏にとって最後の砦になってるんだよ。そんな千夏の心が完全に壊れるとしたら、それは……」
「俺すらもいなくなって、本当の意味で『独りぼっち』になった時か……」
「その通り。だから、何があってもお前だけは千夏の傍にいてやれ。そこから少しづつ回復していけばいいんじゃないか?」
「そう……だな。そうだよな!」
もうすぐ千冬姉だって帰ってくる。
そうしたら、千夏姉だって元気になるだろう。
「ははは……弾はスゲェなぁ~……。俺じゃ、そんな考えには全然至らなかった。知らないうちに俺は千夏姉の力になっていたんだな…」
「あたりめーだろ。伊達に一年以上、お前等姉弟と顔つき合わせてねぇよ」
「くせーセリフ」
「言うなよ! 俺だって言ってて恥ずかしいんだから!」
「なら言わなきゃいいじゃん」
「それを言っちまったらおしまいだろ!?」
ははは……やっと俺も笑うことが出来た。
よし、千夏姉が『日常』を過ごそうとするなら、俺も頑張って千夏姉の『日常』に合わせよう!
それが、今の俺に出来る事だ!
「また男子達が馬鹿騒ぎしてる」
「もうすぐ三年生だってのに、ちっとも成長してないわね~」
うぐ……! 中々にキツイ一言…!
「言われてるぞ、バカな男子」
「いや、それはお前だから」
「何言ってるんだ。二人セットだろ」
「「うそっ!?」」
千夏姉に止めを刺された…。
相変わらず、ナイフの如き鋭い言葉だぜ……。
「はは……言われちまったな」
「でも、千夏姉らしいよ」
「だな。あれでこそって感じだ」
千夏姉はまた女子達と話し出した。
何を話しているのかは、よく聞こえないけど。
「ま、白髪の千夏も魅力的だけどな」
「あ? 千夏姉は渡さねぇぞ?」
俺の目が黒いうちは、千夏姉が誰かと付き合うとか認めるか!
千冬姉だって同じ事を言うに決まっている!
「そいつは聞き捨てならねぇぞ? 織斑」
「そうだぜ。千夏ちゃんは俺等のアイドルなんだからな」
「お前等もかよ!?」
千夏姉が美少女なのは認めるけど、クラスの男子全員が狙ってたのかよ!?
「言っとくが、先輩、後輩に関わらず、千夏ちゃんを狙ってる奴は多いぞ」
「マジでっ!?」
そんなにモテてたのかよ!?
久し振りに皆と思いっきり笑った気がした。
俺も千夏姉も、色んな奴等に支えられてるんだな……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
二年の三学期にもなれば、受験という単語を聞くようになる。
普通は三年生になってからだと思われるが、実際はこんな感じだ。
こう言うのは、早めに準備するに越したことはない。
実際、前世の中学時代もこんな感じだった。
あの時はドタバタと大変だった。
そして、今世においては、受験と同時に女子限定でやるべきことがあった。
それは……。
「今日の5・6時間目は体育館でISの適性検査だって」
「遂にこの時が来たわね~」
「私はどれぐらいのランクだろう?」
「普通はCからDぐらいらしいけど」
彼女達が言っている通り、ISの簡易適性検査だ。
ISが世界的に普及してから、無料で出来る一般向けの適性検査や、こうして受検が近づいた中学生に向けて各中学校で検査をしたりする。
これで、もしも高い適性が出た場合、ISの専門学校とも言うべきIS学園への推薦が貰えたり、各企業等から勧誘があったりする。
ま、俺には全く持って関係無いから、その手の事は全然調べようとは思わなかったけどな。
だって、俺は『男』だから、動かせるわけがない。
最初から結末は決まっているのだ。
それでも、受けなくてはいけないのは変わらないから、ちゃんと受けはするけど。
そんな訳で、女子はこうして更衣室で体操服に着替えて(理由は不明)体育館に行き、男子は教室で自習。
俺も自習が良かったよ。
だって、事実上の自由時間じゃないか。
俺なら絶対に寝る。
「「「「「…………」」」」」
そして、さっきからずっと女子達の目線が痛い。
痛覚は無いのに、視線が突き刺さる感覚はある。
俺は構わずに制服を脱いで下着姿になり、下から体操服を着る。
もうこの作業にも慣れたもんだ。
男なのにブラとかを着ける事に慣れるって……。
「……なんだ?」
「「「「「いいなぁ~……」」」」」
「なにが?」
皆は俺の胸の辺りをジッと見続ける。
人の胸を凝視すんな。
「千夏ちゃんって本当に中学生?」
「スタイルはもう高校生……いや、大学生顔負けでしょ」
「うんうん」
「それは言い過ぎだ」
今の俺は間違いなく(肉体的には)立派な中学生だ。
「ほら、早く着替えないと、先生に叱られるぞ」
「「「「「は~い」」」」」
俺はお前等の保護者じゃないぞ。
呆れながら、俺は体操服の上を着て、ジャージに袖を通した。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「時は来た」
「時は動き出す」
「まずは『資格』を与えよう」
「選ばれし者に『最高の資格』を与えよう」
「ここから始まる」
「全てが始まる」
「誰も止められない」
「神にも、悪魔にも、『彼女』にも」
「「この流れは絶対に止められない」」
「『試練』の果てに『聖堂』へ至る」
「『苦難』の先に『栄光』がある」
「だから」
「決して」
「「諦めないで」」
「彼は『戦士』」
「彼女は『闘士』」
「「それは最初から定められた事」」
「さぁ」
「今こそが」
「「運命の時だ」」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
体育館には簡易的は検査装置がいつの間にか設置してあって、その周りには白衣やスーツを着た人達が並んでいる。
あ、よく見たら先生も何人かいる。
装置は端末らしき装置の他に、全身が入る程の筒状の装置があった。
多分、あそこに入って検査をするんだろう。
ま、気楽にいこう。
結果は最初から確定しているのだから。
俺達は既に並んで座っている、他のクラスの隣に並んで座った。
「なんか緊張するね~…」
「うん……。適性が無かったらどうしよう……」
「アンタ、IS学園に行きたがってたっけ?」
「まぁね」
IS学園の倍率は100倍と聞いている。
受験するだけでも相当な難易度だ。
勿論、俺は受けるつもりはない。
俺は一夏と一緒に藍越学園を受験しようと思っている。
家からはそれ程遠くはないし、そこなら楽に合格出来る自信がある。
一夏も、俺が勉強を見てやれば大丈夫だろう。
残りのクラスがやって来て、俺達の隣に座った。
全てのクラスが揃ったところで、係の人から説明が始まった。
半ば流しながら聞いていると、ふと、鈴の事を思い出してしまった。
(アイツも……適性検査を受けたんだろうか……)
鈴は運動神経がいいし、何よりも努力家だ。
アイツならばきっと、優秀なIS乗りになるだろう。
(その姿を見る事は……多分、無いだろうけどな)
少しだけボーっとしていると、いつの間にか検査が始まっていた。
端のクラスから順々に検査をしていっている。
俺の番までは結構掛かりそうだ。
しかも、検査自体は10数秒で終わるようだし。
この時間は暇な時間になりそうだ。
俺としては大歓迎だが。
そんな風に呆けていると、俺の前の女子の検査の番が来た。
「んじゃ、行ってくるね!」
「頑張ってね!」
何を頑張れと?
若者特有の可笑しな会話を聞きながら、検査の様子を見る。
「結果が出ました」
やっぱり早いな。
「ISランクは……Dです」
「了解」
「あぁ~……」
端末の前にいる人が結果を報告して、その隣にいるスーツの女性が手にしている紙に検査結果を記入している。
今時、アナログだな。
いや、今だからこそアナログな方法を取っているのか?
ハッキング対策とか?
結果が出た女子は落胆した様子で列に戻ってきた。
「次の人、お願いします」
遂に俺の番か。
「はい」
一応、返事をしてから装置の前に向かう。
「千夏ちゃんの番だわ……」
「どうなるんだろう…?」
「ヤバい……私の方がドキドキしてる……」
なんでやねん。
「えっと……出席番号25番、織斑千夏さん…ね。ん? 織斑?」
この反応……なんとなく、次の言葉が予想出来る。
「この学校にブリュンヒルデの妹と弟が在籍してるって聞いたけど、貴女がその妹さん?」
「その『ブリュンヒルデ』と言うのが千冬姉さんの事を指しているのならば、俺の事でしょうね」
ブリュンヒルデって確か、モンドグロッソ優勝者の称号だろ?
なんで名前で呼ばないんだ?
意味不明なんだが。
「お姉さんとは違って髪が真っ白なのね」
「それ、検査と関係あります?」
俺は早く検査を終わらせて教室に戻りたいんだ。
こんな無駄話をするために来たんじゃない。
「そ……それもそうね。ごめんなさい」
「じゃあ、検査を始めます。あの筒状の装置の中に入ってください」
「わかりました」
俺は指示されたように、先程見た筒状の装置に入った。
「彼女の妹ならば、いい結果を期待出来そうね」
「そうですね」
期待してるところ悪いが、俺には適正自体が存在しないんだ。
ランク以前の問題なんだよ。
装置の中に赤外線と思わしき赤い線が出現し、俺の身体を頭の上から爪先まで通過していった。
(こんなんで検査出来るのか)
あくまで『簡易検査』だしな。
「こ……これは……!?」
「どうしたの?」
「これを見てください!!」
俺が適正ゼロで驚いてるんだな?
そりゃそっか。
織斑千冬の妹(仮)の適性が無いなんて知ったら、普通の人達は驚くだろうな。
「嘘……でしょ?」
「間違いありません……装置は正常に機能してます…」
バグじゃないぞ。
今、目の前にある結果が事実だぞ。
「あ……もう出ていいわよ」
「はい」
遠慮なく、俺は装置から出た。
そのまま列に戻ろうとすると、係の人に止められてしまった。
「ちょっと待って」
「はい?」
「この後、少しだけ残ってくれるかしら?」
なんで?
別に何にもなかっただろ?
もしかして、俺の適性が無いのが信じられなくて、もう一回だけ再検査でもするのか?
訳が分からないまま、俺は列に戻ろうとした。
その時、係の人が思わず呟いた一言が俺の耳に聞こえた。
「まさか……Sランクだなんて……」
「いくら血縁者だとしても、信じられないわね……」
………なんだって?
俺が……Sランク?
そんな馬鹿な……。
(どう言う事だ? ISは見た目が『女』ならば、誰でも動かせるのか?)
生物学上は間違いなく『男』だが、見た目と書類上は『女』だ。
けど、間違いって可能性もあるしな……。
完全に予想外の出来事に、俺の頭は全員の検査が終わるまでずっとグルグルしていた。
案の定のSランク。
オリ主の定番ですね。