セラフィムの学園   作:とんこつラーメン

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一見すると平気そうにしている千夏ですが、実は密かに心は疲弊しているのです。

その様子は明確な形で現れていきます。







第10話 二回目の別れ

 姉さんがドイツに再び行ってしまった次の日。

 

 俺はいつものように朝起きて、いつものようにリビングへと向かう。

 そこには既に一夏が起きていて、朝食の準備をしていた。

 

「あ、千夏姉。おはよう」

「あぁ、おはよう」

 

 目を擦りながらテーブルに着くと、俺はほぼ日課になりつつある新聞の黙読をする。

 

(別にこれと言った気になる記事は無いな)

 

 こうして新聞などを読んでいると、つくづく自分が転生したのだと実感させられる。

 前世において見知っている企業や政治家、芸能人などの名前が全く無いのだ。

 似たような名前ならば有るが、あくまで似ているだけであって、本人ではない。

 

「ん?」

 

 ふと、自分の視界に白い糸の様な物が映った。

 反射的に触ってみると、何かに引っかかったように途中で止まった。

 

「これは……」

「どうした? 千夏姉」

「いや……ちょっとな」

 

 まさか……これは……

 丁度、味噌汁を運んできた一夏に聞いてみる事にした。

 

「一夏。少しいいか?」

「なんだ?」

「これ……なんだと思う?」

 

 俺は掴んでいる白い糸らしきものを見せてみた。

 

「え? これって……白髪か?」

「やはりそう思うか……」

 

 よもや、この歳(肉体年齢的な意味で)で白髪とはな。

 そんなにもストレスを感じていたんだろうか?

 そんな実感は全く無いんだが……。

 

「はぁ……若白髪とか、冗談じゃないぞ……」

「一本ぐらいなら問題無いんじゃないか?」

「それもそうか」

 

 てなわけで、俺は躊躇することなく白髪を抜いた。

 

「千夏姉……女の子として、迷いも無く髪を抜くのはどうかと思うぞ……」

「そうか?」

 

 そう言われてもな、何回も言うようだが、俺は身も心もまごう事無く『男』なのだ。

 白髪なんて生えたのは、前世と今世含めても生まれて初めてだけどな。

 記念として取って置こうか?

 

「ほら、早く食べようぜ」

「だな」

 

 いつも食事を用意してくれている一夏には悪いが、俺は味を感じない。

 もしかしたら、この食事自体も俺にとってはストレスなのかもしれない。

 かといって、食事をしないとか残すなんてのは論外だけどな。

 俺が我慢さえすれば全て解決する話だ。

 

「それじゃあ……」

「「いただきます」」

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 初白髪が見つかってから二週間後。

 俺は白髪が見つかった事を軽視したのを少しだけ後悔した。

 何故なら……。

 

「はぁ……」

 

 俺の黒かった髪が10分の1程、白く染まっていたからだ。

 

 朝起きて、前と同じように視界に白い髪が入ったのだが、今回は明らかに白い髪の量が違った。

 少なくとも、前髪の右半分は真っ白になっていた。

 

 自分の手鏡(一応、身だしなみの為に持っている)で自分の顔を見た時は、黒い髪の中に混じっている白い髪に違和感を感じた。

 どう見てもこれは変だ。

 

 これを見た一夏も……。

 

「ち…千夏姉っ!? その髪はどうしたんだ!?」

 

 滅茶苦茶、動揺していた。

 

「俺にも分からん。起きたらこうなっていた」

「マジかよ……。昨日までは何にもなかったよな?」

「ああ。今までにも一本や二本位は白髪はあったが、一気にここまで白くなったのは初めてだな」

「なんで、そんなにも冷静なんだよ……」

「ここで慌てても仕方が無いしな」

「そりゃ、そうだけど……」

 

 今から髪を黒く染めるわけにもいかず、それ以前に道具が無い。

 結局、その日はそのまま学校に行った。

 

 勿論、鈴や弾を始めとしたクラスメイトには一夏と同様に驚かれた。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから一か月後。

 俺の白髪は更に進行した。

 

「ち……千夏っ!? なんなのよ、その髪は!?」

「さぁ?」

「さぁ?……じゃないわよ! アンタの髪、白と黒の縞縞模様になってるじゃない!!」

 

 そう、まるで俺の髪はシマウマのように白と黒が入り混じったような感じになっていたのだ。

 

「おい一夏。これは流石に洒落になってないぞ。マジでどうなってんだ?」

「俺にも分からないんだよ……。くそっ……! なんで千夏姉の髪が……」

 

 俺にも予想は出来るが、正解は導き出せない。

 自分でも正確な原因は分からないから。

 いや、自分だからこそ分からないのか?

 

「取り敢えず、学校に着いたら保健室に連れて行った方がいいぞ」

「そうだな。千夏姉もそれでいいか?」

「ああ。俺も気になるしな」

 

 本当はちゃんとした病院に行った方がいいんだろうが、今の俺達には保護者がいない。

 未成年だけで病院に行くのは、色々とヤバいだろう。

 

 もしも、これが小学生ならばいじめ等に発展したかもしれないが、中学生ともなればそうはならないようだ。

 寧ろ……。

 

「これもこれで…また、なんとも……」

「もしかして、千夏ちゃんって『猫』の怪異?」

「じゃあ、近いうちに猫耳の千夏ちゃんが出現するの!?」

「なにそれ可愛い」

 

 なんて言われた。

 猫の怪異ってなんだ?

 

 学校についた直後、俺は一夏と一緒に保健室へと向かった。

 鈴と弾には先生にその旨を伝えてもらう伝言役を頼んだ。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「ストレスね」

 

 保健室に行き、室内にいる先生に事情を話した瞬間、開口一番にそう言われた。

 

「ス……ストレスですか?」

「ええ。私も専門家じゃないから、ちゃんとした事は分からないけど、その若さで白髪になる理由なんてストレス以外には考えられないわ」

「そう……ですか……」

 

 やっぱり、ストレスだったか。

 

「本当はキチンとした病院……精神科とかに行くべきなんだろうけど……」

「今は……」

「うん。そっちの事情は担任の先生から聞かされてるわ。だから、今出来る事をするしかないわね」

「今出来る事?」

「日頃からストレスを感じさせないようにする事。でも、これが一番難しいのよね…」

 

 そりゃそうだ。

 何がストレスなのかは本人しか分からない。

 特に俺の場合は、自分がいつストレスを感じたのかすらも分からないから、もっと厄介だ。

 

「…………」

「一夏?」

 

 さっきから黙ってしまって、どうしたんだ?

 

(千夏姉のストレスって、絶対に誘拐されたことが原因だ……! その上、千冬姉もドイツに行っちまって……千夏姉は優しいから、それすらも自分のせいだと思い込んでいるに違いない……! どんなに体を鍛えて、剣の腕を上げても、千夏姉の心までは守れないのか……! クソッ……!)

 

 一夏はさっきから何かに苦しんでいるかのような表情で俯いている。

 その拳は強く握られていて、僅かに震えていた。

 

「とにかく、何か困ったことがあったり、悩みがあった時はここに来なさい。話し相手ぐらいにはなれると思うから」

「ありがとうございます」

 

 それだけでも大分違うと思う。

 話す事があるかどうかは別にして。

 

「ほら、そろそろ教室に行きなさい。途中からでも授業は受けるべきだわ」

「そうですね。一夏……行くぞ」

「分かった……」

 

 なんか、俺よりも一夏のほうがカウンセリングが必要なんじゃないか?

 そんな風に思いながら、俺は一夏と一緒に教室に向かった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 俺の髪の毛の変化は、当然のように千冬姉さんにも伝えられた。

 

 事情を話して一夏は部活を休み、俺と一緒に家に帰った。

 その後、国際電話を通じてドイツにいる千冬姉さんと話すことにした。

 

『そうか……千夏がそんな事に……』

「ゴメン……千冬姉……。俺……全然、千夏姉の事を守れてない……」

『いや、お前は悪くない。普段は無表情である千夏がストレスを感じているなんて、普通は予想がつかないさ。多分、私が傍にいても無力だっただろう』

「千冬姉……」

 

 少しだけだけど、受話器越しに声が聞こえるから、なんとなく会話の内容は聞き取れる。

 

『それで、千夏はどんな様子だ?』

「いつもと同じだよ。髪の色が変わっても、何にも感じてないみたいだ」

『やはりか……』

 

 だって、別に髪の色が変わっても死ぬわけじゃないし。

 ならば、悲観するだけ馬鹿々々しい。

 

『千夏と変わってくれるか?』

「わかったよ」

 

 一夏が俺に受話器を渡してくる。

 

「もしもし?」

『千夏か?』

「うん」

『その……なんて言ったらいいか分からないが、あまり気に病むなよ?』

「当然だ。俺は別に気にしてない」

『それが一番心配なんだがな……』

 

 何故に?

 

『とにかく、何かあれば遠慮せずに一夏や鈴などに相談しろ。私と話したくなれば、こうして電話をしてきてもいい。出来ればこっちが夜の時が好ましいがな』

「了解。是非ともそうさせて貰うよ」

 

 その機会は限りなく少ないと思うけどな。

 電話代がかかるとあれなので、その後は少しだけ話して電話を切った。

 

「ふぅ……」

 

 久し振りに話したお陰か、少しだけ気が楽になった気がする。

 あくまで『気がする』だけだけどな。

 

「千冬姉はなんて?」

「何かあれば遠慮せずに皆に相談しろってさ」

「千冬姉らしいな」

「だな」

 

遠くにいても、過保護な所は変わらないな。

 

「でも、千冬姉の言う通りだぜ。困ったことがあれば俺に言ってくれよな。どんな事でも力になるからさ」

「すまな……いや、ありがとう…一夏」

「い……いや……その……家族として当然だし……」

 

 どうして、そこで照れる?

 

 それから、俺の白髪の進行は止まったが、元に戻る事は無かった。

 中学一年の後半は、白黒の髪の状態で過ごす事になった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから月日が経ち、俺達は中学二年になった。

 進級しても腐れ縁は変わらなかったが、学年が変わった直後ぐらいから、鈴の様子がおかしかった。

 

 いつも溜息を吐き、休み時間などもどこかボーっとしているような感じだし。

 放課後も俺や弾、部活が無い時は一夏も誘って達で遊ぼうと誘ってくる。

 まるで、家に帰りたくないと言っているように。

 

 それは、二年になって数か月経った今も同様で、今日も鈴はどこか上の空だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 放課後。

 俺は鈴と二人で帰路についていた。

 

 一夏は今日も部活で、弾は家の用事でいち早く帰った。

 そんな訳で、今日は珍しく鈴と二人っきりだ。

 

「千夏のその髪も、もう完全に見慣れちゃったわね」

「そうだな。俺ももう慣れた」

 

 周囲の連中も、何も言わなくなった。

 

 あれからも保健室の先生や千冬姉さんと話したり、一夏達と一緒に過ごした結果かもしれない。

 

「本当なら染めた方がいいんだろうけど、校則でそれは駄目だし……」

「俺だけが例外になるわけにはいかないしな」

 

 ま、別に気にしてないんだけど。

 ……これはもう何回言った?

 

「はぁ……」

 

 また溜息か。

 今日でもう10回以上ついてるぞ。

 

「ねぇ……千夏」

「なんだ?」

「今日……アンタんちに泊ってもいい?」

「なに?」

 

 いきなりどうした?

 

「駄目……かしら?」

「俺は構わないが……一夏がどうか……」

 

 俺は携帯を取り出して、一夏にかけてみる。

 

『もしもし?』

「俺だ」

『千夏姉? どうしたんだ?』

「実はな……」

 

 俺は一夏に鈴が今日、家に泊まりたいと言い出した事を伝えた。

 

「俺としては一向に構わないんだが、お前の意見も聞こうと思ってな」

『成る程な。俺も別にいいぜ。でも、ちゃんと鈴の親に許可を取った方が…』

「それは俺から聞いてみる。部活中に悪かったな」

『気にすんなよ。じゃあな』

「ああ」

 

 通話が切れて、携帯をポケットにしまった。

 

「鈴、この事はちゃんと親に「別にいいわよ! あんな人達に言わなくて!」…鈴?」

 

 鈴が叫ぶのはいつもの事だが、今回のはまるで激情をはらんでいるように聞こえた。

 今の俺には出来ないことをした鈴が少しだけ羨ましかった。

 

「……一体どうした? 何かあったのか?」

「……うん。ちょっとね……」

 

 いつも活発な鈴が、ここまで沈んだ表情を見せるのは本当に珍しい。

 だが、あまり深く聞くのは躊躇われる。

 

「別に嫌ならば言わなくても「ううん。ちゃんと言う。千夏には聞いて欲しいから」…」

 

 そう言うと、鈴はポツポツと話し出した。

 

「最近ね……親の仲が急に悪くなってさ……家に居づらいんだ……」

「成る程な……」

 

 両親がそうなれば、子供としては嫌だろうな。

 今の俺には親なんていないから、よくは分からんけど。

 

「原因は分かるのか?」

「多分……ISが普及し始めてから世間に広まった『女尊男卑』が原因だと思う。そんな話をしてたのを聞いたから……」

「そうか……」

 

 それは根が深いな……。

 もっと他の事が原因ならば俺でも相談に乗れたかもしれないが、これは少し難しそうだ。

 少しでも恩を返せれば…と思ったんだがな。

 

「しかも……もしかしたら、あたし……中国に帰る羽目になるかも……」

「なん……だと……?」

 

 鈴が……中国に帰る……?

 

「…………」

「このままだと、両親が離婚しそうで、お母さんとお父さんのどっちと一緒に行っても中国に戻るかもしれないの……」

 

 そんな……鈴が……いなくなる……?

 

「だから…「嫌だ……」……え?」

「俺は……鈴がいなくなるのは嫌だ……」

「千夏……」

 

 今ならば断言できる。

俺にとって鈴は確実に親友以上の存在になっている。

傍にいるのが当たり前で、一緒にいても飽きなくて……。

 

「あたしだって……嫌に決まってるじゃない……」

 

 鈴は泣きながら俺に抱き着いてきた。

 俺も彼女の事をそっと抱きしめた。

 

「あたしは千夏の事が好き……。それは例えどこに行っても絶対に変わらないから……」

「あぁ……分かってる……」

 

 彼女の一途さは俺が一番よく分かっている。

 

「ひくっ……ひくっ……千夏ぅぅぅ~……」

「鈴……」

 

 俺達は少しだけそのまま抱き合っていた。

 俺達がいる道が人通りが少ないのが幸いして、誰にも見られなかった。

 

 少ししてから、俺達は家へと向かった。

 家にいる間、鈴は先程までの暗い表情は無く、いつものように明るかった。

 だが、それが空元気なのはどう見ても明らかだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二学期に入る直前、本人の危惧通り、鈴は中国に戻る事になった。

 

 鈴の両親は離婚して、彼女は母親についていくことにしたらしい。

 

 空港での去り際、俺と鈴は再び抱き合い、彼女は今までで一番の号泣を見せた。

 

 その日、俺も転生して二回目の涙を流した。

 

 一夏と弾も涙を流したが、俺達は互いに抱き合っていたせいか、それには気が付かなかった。

 

 そして、鈴との別れは、俺にとって想像以上の精神的な負荷を与える事になった。

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 鈴が転校……いや、中国に戻った次の日。

 

 俺はベットから起きるのが初めて億劫に感じた。

 

「んん……」

 

 なんとか精神を振り絞って起き上がり、ベットから降りる。

 

「朝……か」

 

 今日からはもう鈴はいない。

 そう思うと、なんだか心にぽっかりと穴が開いたような気分になった。

 虚無感とでも言えばいいのだろうか?

 とにかく、体にあまり力が入らない。

 歩くだけで、かなりキツイ。

 

 ドアに向かって歩いていくと、部屋に置いてある姿見に写った自分が見えた。

 

「あぁ……そうか。当然だよな……」

 

 分かっていた。

 自分でも、鈴がいなくなったことが、今までで最大級のストレスになった事を。

 だから、この『姿』は、ある意味当然の結果だった。

 

「俺の髪が……完全に真っ白になっている……」

 

 昨日までは白と黒が混じった髪だったが、今の俺は完全な白髪。

 何処にも黒い髪の痕跡は無かった。

 

「……どこまで俺は変われば気が済むんだ…」

 

 もう、どこにも織斑千夏の名残は無かった。

 

「一夏が見たら、どんな反応をするかな……」

 

 きっと、凄くショックを受けるだろう。

 その顔を見るのはとても辛いが、それも俺の『罰』だ。

 

『本当の織斑千夏』を消して、自分が成り代わってしまった事も、体にこんな障害を抱えさせてしまった事も、彼女の体を汚してしまった事も、黒く美しい髪を真っ白にしてしまった事も……その全てが俺の『罪』だ。

だから、俺は背負い続けよう。どこまでも。

でも………。

 

「やっぱり……お前に会いたいよ……鈴……」

 

 今度は涙を流さなかった。

 その事が、とても空しく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今度は髪が真っ白になっちゃいました。

次はどうなってしまうでしょう?

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