この世界のどこかを目指して-ソードアート・オンライン- 作:清水 悠燈
『ソードアート・オンライン』。
それは全世界のゲーマー達を熱くした最高傑作のゲーム。
VRという新たな技術を組み込んだ誰も見たことのないMMORPGだ。
体が感じる五感全てをゲームの世界にリンクさせる"フルダイブ"と呼ばれる技術と、それを可能にするゲームハード"ナーヴギア"によって、世界のゲーマー達に夢を見させた。
だが、そんな評価も発売されるまで。
ナーヴギアを用いてフルダイブするための合言葉『リンク・スタート』と呟いて、ソードアート・オンラインの世界に飛び込んだ約1万人ものプレイヤーたちが、製作者茅場晶彦によって"クリアするまで脱出不可能"なデスゲームに囚われるまでだった。
嘘だと余裕ぶる者。運営に怒りを叫ぶ者。泣き叫ぶ者。そんなプレイヤー達に構わず無情にもデスゲームは始まる。
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「ははっ……何かの冗談だろ……?」
茅場晶彦による『正式な』チュートリアルを聞いたある1人のプレイヤー、ヤシロは乾いた笑みを浮かべた。
高校生にも関わらず、バイトを勤しんでまで手に入れたナーヴギアとソードアート・オンラインに囚われる?
そんな馬鹿な話あってたまるか。
でも、本当に出られないのなら……
「か、帰りたい…… 嫌だ……」
HP全損=現実での死だなんて、嫌だ。
まだ高校生になったばかりで人生これからなのに。
こんなことになるならSAOなんてやるんじゃなかった。
「そうだ……! あいつは……? あいつのとこに行かないと……!」
思い出す。
このゲームを始めるきっかけになったのはある友人の誘いがあったからだ。
行かなきゃ……彼女のところに……
彼女と出会ったのは中学3年生の頃だった。
出会った当初はお互いあまり興味を持っていなかったが、ある日の休み時間に少し目に入った彼女のスマートフォンの画面が、自分がドハマリしているゲームと同じだったから、声をかけてみた。
そこから席が近いこともあって、ずっと話すようになり、色々なゲームについて語り合ったりもした。
そんな話題のひとつにこのソードアート・オンラインがあった。
ゲームの世界に入り込めるなんて夢見たい!なんて話から、2人で一緒にやろう!となり今に至る。
「どこだ……! どこにいる……!?」
見た目は茅場晶彦によって現実世界と同じになっている。
うるさい広場を見渡して彼女を探す。
キャラクターの名前もわからないし、本当にログインしたかもわかっていない。
けれど、探さなければという使命感が俺を掻き立てる。
だが……
見つからないまま、1ヶ月が経った……
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「ヤシロ、何ボーッとしてんだよ。また彼女の事でも考えてんのか? どうせログインしてねぇって」
第1層のフィールドで片手剣 《アニールブレード》を装備した友人、ツカサが心配そうに俺を見て言った。
確かに彼女と出会えないまま1ヶ月も過ぎて不安がピークに達している。
けれど、見つからないものは見つからないのだ。
そう心に留めてフィールドに出たものの……
「ごめん。俺、ダメダメだよ……」
「気にすんな! 初心者だったらそんなもんだよ」
黒髪が少し長めに伸びている俺と違って、明るい茶髪を短めに切りそろえているツカサは元βテスターだ。
元βテスターは約1000人だけが選ばれ、公式に発売される前にテスターとしてβテストに参加していた人を指す。
彼らはしっかりと"ソードスキル"の扱い方をマスターしているので、俺はレクチャーを受けている。いわゆるツカサの弟子みたいなものだ。
今は始まりの街を出てすぐのフィールドにいるイノシシ型モンスター相手にソードスキルの練習をしている。
「いや、もっとイメージを大切に。 ほら、得意だろ? 独りで夜な夜な……」
「わかったから! そういうネタは求めてねぇよ!」
「ちぇっ! しけてやがんの。……いや、そうじゃない。もっと手首捻って腰落として」
「だぁー! そんなに細かくやる必要あるのかこれ!」
「馬鹿言え。当たり前だのクラッカーだっての」
「所々ネタ挟まないと死ぬのかお前は……っと!」
たわいもない会話をしていると、目の前にリポップしたイノシシが表れたので指南された通り手首を捻り腰を落として、片手剣突進系ソードスキル"レイジスパイク"を発動させた。
ツカサと同じ《アニールブレード》が光を帯び、俺の身体が前方、イノシシの方へ向かって突進する。
そのままイノシシの体を真っ二つに切り裂いてストップ。
イノシシは断末魔上げてポリゴンの破片となって爆散した。
「まぁ、上出来って言っといてやるよ」
「どーもどーも」
ツカサはこう言っているが、彼の使う"レイジスパイク"の威力と速度はこんなものではなかった。
まだまだ修行が足りないな、と思いながら空を仰ぐ。
「このゲーム、本当にクリアできるのかな?」
「まぁ、出来るんじゃね? 10年はかかりそうだな! ケッケッケッ」
「よく笑って言えるよ……」
「これくらい気楽にやらねぇとやっていけねぇっての」
ツカサの笑顔はとても眩しく見えた。
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あれからまた数ヶ月が過ぎた。
浮遊城アインクラッドの攻略もとてつもない速度で進んでいる。
俺は攻略組ではなかったが、自分のやり方で片手剣スキルを鍛えている。
ツカサは第10層攻略の時から俺と別行動になり、今は精鋭ギルド《血盟騎士団》のメンバーとして最前線で戦っているらしい。
探していたはずの彼女の事はもうほとんど忘れていた……
「ハァァッ!」
第50層迷宮区。
攻略組はボス部屋の近くまでマッピングしたらしいが、俺は入口付近のモンスター相手に戦っていた。
片手剣4連撃ソードスキル"ホリゾンタル・スクエア"で亜人型モンスターを討伐した所で今日は切り上げた。
帰り道、よく見る白を基調とした制服に身を包む血盟騎士団のメンバーが5人ほどで迷宮区に入っていったのを見たが、その時は何も気に止めなかった。
「片手剣の熟練度976っと……もう少しでカンストかな」
宿屋の一室で自らのステータスを確認して就寝しようとした時、いきなりツカサからのダイレクトメッセージが届いた。
『これから第50層のボス攻略が始まるらしい。この機会にお前も参加してみたらどうだ? 熟練度も攻略組と張り合えるレベルになってるだろ?』
またこれだ。
49層の時も、48層のときもボス攻略に参加しないかと誘われた。
なぜツカサがこれほどまでしつこく攻略に参加させようとするのかは謎だが、参加する気など微塵もない。
『今回も参加するつもりはない。片手剣の熟練度は今日で976になった。報告はそれくらい。攻略がんばれよ』
そう返信して眠りについた。
翌朝、俺の宿泊している宿に血盟騎士団のメンバーが訪れてきた。
「こんな朝っぱらから何の用だ? 言っとくが、俺は攻略組には入らないぞ」
目の前にいたまだ若い男に冷たく言い放つ。
だが、男は目を伏せて悲しそうに呟いた。
「そうではありません。ひとつ報告がありまして……ツカサさんが第50層のボス戦でHPを全損させ……アインクラッドから永久退場……しました……」
男が堪えられずに涙と一緒に嗚咽を漏らした。
こいつは今なんと言ったか?
ツカサが……死んだ……?
馬鹿言え。ツカサは攻略組でもトップを争う実力者だ!
そんな簡単に死ぬわけがない。
俺は気づかないうちに男の胸ぐらを掴んでいた。
「ざけたこと抜かすんじゃけぇよ……! ツカサが死んだ……? そんな冗談、俺に言うんじゃねぇッ!」
怒りをぶつける相手を間違っているのはわかっている。
それでも耐えられなかった。
流石の血盟騎士団の男も理不尽な怒りに怒りを隠しきれなかったようだ。
「冗談な訳ないだろ!? いつこうなってもおかしくないってことくらい、ここの迷宮区に挑める実力があるならわかるだろ! ツカサさんが認めるくらい強いのに攻略に参加しない臆病者にそんなこと言う資格なんてない!!」
男は俺の腕を思い切り振り払って出ていった。
何も言い返せなかった……
全て男の言う通りだ。
ボス攻略戦に参加できる実力は充分にある。
それでも参加しなかったのは、どこかで死ぬのを怖がっていたからだ。
彼の言った臆病者は的を射ていたのだ。
途端に悔しくなる。
力の持ち腐れとは自分のような人間のことを言うのか。
その日は1日中宿屋に引きこもった。
翌日、大勢の死者を出した50層のボス攻略は達成されていたらしいので、第51層が解放されているのでそこのフィールドに向かった。
ソロにはギリギリのラインのモンスター相手に、何かが抜け落ちて空っぽなまま剣を振り続ける。
防具が鎖で出来ているので比較的動きやすいのだが、防御力に欠けるので回避は重要だ。
「これもツカサに教えてもらったこと……」
呟きながらハチ型モンスターの攻撃を回避して3連撃ソードスキル"シャープネイル"を叩き込む。
第50層の迷宮区にあったトレジャーボックスから手に入れた今の武器 《エングレイブ・ザ・ソード》の攻撃力もあってか、ハチ型モンスターは一瞬にして爆散した。
安全マージンを一切とっていない無茶なレベリング。
ひとつのミスで死んでしまうような場所にいる。
「お前の言う事、ちゃんと聞けなかった俺の罪だ……ここで死んでも構わない……」
また呟きながら剣を振るう。
きっと今のレベルは攻略組の主力メンバーよりも高いだろう。
それでも、まだ足りない。
気づかないうちにフィールドの奥地まで来ていたらしい。
面倒くさいがマップを見ながら帰らなくてはならないようだ。
リポップしたモンスター達を狩っていて気付かなかったらしい。
目の前に現れた巨大な影。
「名前に固有名詞……フィールドボスか……」
巨大なプラント型モンスターは口のような部分から溶解液を垂らしながら触手である蔓を振り回している。
当然ながら、ソロで食える相手ではない。
だが、絶望はなかった。
やっと逝けると思ってしまったからだ。
「まあ……なんでもいいや……」
呟いて《エングレイブ・ザ・ソード》を左腰の鞘から音高く引き抜いて、構える。
左腕を前に、右腕を畳んで頭の横に。
《エングレイブ・ザ・ソード》が真紅のライトエフェクトを纏って輝く。
「ラストバトルだ……行くぞ……バケモノォォォォッ!」
渾身の一撃、片手剣重単発ソードスキル"ヴォーパル・ストライク"はフィールドボスの蔓と爆発音を響かせながら激突した。