艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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そろそろ幕間も終わります


幕間 帝国の激震

 

「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます」

 

 その日、日本中の放送媒体から、一斉にニュースが流れた。

 

「昨日未明、石壁堅持海軍中将率いるソロモン諸島方面軍が、鉄底海峡攻略作戦を成功しました」

 

 ニュースを聞いていた人々は、その言葉に耳を疑った。

 

「繰り返します。石壁堅持海軍中将率いるソロモン諸島方面軍が、鉄底海峡攻略作戦を成功しました」

 

 あるものは歓喜し、あるものは疑い、あるものは呆然とその言葉を飲み込んでいく。

 

「これにより深海大戦勃発以降、停滞していた戦線が動くことになると予想されます」

 

 騒めきが日本中で広がっていく。

 

「詳しい状況が入り次第続報を出しますが……っと、すいません、今続報が入りました」

 

 画面の向こうが俄かに騒がしくなる。

 

「……戦闘中の記録映像が回って来たそうです。番組内容を変更して、これから記録映像を流していきます」

 

 そういって、画面が切り替わった。

 

「こちらはショートランド泊地の援兵壕になります。我々撮影クルーは石壁提督の許可を得てここで撮影を行っております」

 

 画面から聞こえてくるのは、とある白人男性の声であった。

 

「見てください。あの深海棲艦の数を……大地を埋め尽くす程の深海棲艦の津波を、石壁提督指揮下の防衛線が受け止めております」

 

 大地を埋め尽くす莫大な深海棲艦。その衝撃は凄まじいものであった。本土奪還作戦が終わって以降、本土の人々から戦いの記憶は薄れつつあった。

 

 だが、今も戦いは終わっていないのだと。否、あの当時を遥かに上回る規模の戦いが今も続いているのだという事実が、嫌が応にでも伝わってくる映像であった。

 

「推定ではありますが……泊地に押しよせた深海棲艦の総数は1万強、泊地を半包囲するように数千隻の深海棲艦が展開しています」

 

 1万と数千隻。現実離れし過ぎたその数に、深海棲艦に詳しい人間は眩暈を感じざるを得ない。

 

「昨晩から始まった戦闘はすでに10時間近く継続しています。まもなく夜が明ける時間です」

 

 画面の向こう、水平線から朝日が昇り始める。

 

 次の瞬間、朝日できらめく世界の中に、人影が一つ飛び出していく。

 

 なんだ?あれはなんだ??聴衆がそう感じた次の瞬間。

 

 ーー画面の中心に、世界最強の大戦艦が出現したのであった。

 

 ***

 

 

 帝都の中枢、皇居の一室で、とある老齢の男性が椅子に座していた。彼の傍では直立不動の軍人が、報告書を読み上げていた。

 

「……以上が、鉄底海峡攻略戦の概要です。それに対して世論の反応は極めて激しいモノになっております」

 

 放送テロとでも呼ぶべき、余りにも衝撃的過ぎる戦闘映像の漏出は、世論を混乱の坩堝へと叩き込んでいた。戦場が遠のき対岸の火事となり果てていた戦いが、いきなり全ての国民の元に帰って来たのである。混乱しない方がおかしかった。

 

「恐らくですが……前回の情報戦と合わせて考えれば、石壁提督は真向から大本営に噛みつくつもりです。自らの功績を隠されないように。国民に最前線の現状を見せつける為に……そして、大本営への警告の為に……今回の放送テロを画策したのだと思われます……しかも協力しているのが『あの』英国です。いざとなれば外国への伝手もあるのだと知らしめる意図も見てとれます」

 

 客観的に見て、石壁は大本営と全面的に戦うつもりにしか見えなかった。それだけの決意を、あの放送から感じてしまう。

 

「ご苦労……さがってよい……」

「はっ……ッ!」

 

 全てを聞き終わり、軍人を下がらせた男性は、物憂げに窓の外を見上げた。

 

「……このままでは……国が割れる」

 

 男性は、傍に控えている侍従長へと声をかける。

 

「石壁提督と直接話せる機会を作って欲しい。名目は……そうだな。彼に相応しい勲章を与えよう。帝都に招聘してくれ」

「はい。承知致しました」

 

 侍従長が一礼して部屋を出ると、男性は深く椅子に腰かけてため息を吐く。

 

「……東郷提督のような不幸を……父上の失敗を繰り返す訳にはいかぬ」

 

 男性は部屋の隅の白黒写真へと目をやる。そこには少年時代の彼とその父、そして、一人の男性が写っていた。

 

 少年と共に写る人々は、世に先帝陛下といわれる男性と、第二次世界大戦当時の首相である東郷 忠(とうごう ただし)提督であった。

 

「もし貴方が生きていたら……今の日本を見て一体なんと言うのでしょうね」

 

 ぽつりと零れたその言葉を聞く人は誰も居なかった

 

 ***

 

 在日オーストラリア大使館、の執務室にて、一人の男が喝采を叫んだ。

 

「ははは……おいおいやりやがったよコイツ!」

 

 駐日オーストラリア大使にして、オーストラリア亡命政府長官、ジョージ・マッケンジーは抑えきれない興奮に震える。

 

「鉄底海峡が失われた今、オーストラリア開放は目前だ……俺たちの故郷が……もうすぐ……」

 

 10年にも渡って帰ることが出来なかった故郷への郷愁が、彼の胸を揺さぶる。

 

 帰れる。生まれ育ったあの国へ。そう思うと、思わず彼の瞳から涙が流れ落ちた。メガネを外して目元を抑えるジョージへ、彼の秘書官であるトーマスが話しかける。

 

「そうですね……でも、取り戻された祖国が私達の手に戻ってくる事は……恐らく……」

 

 大日本帝国は南へ南へと拡大していく中で、旧ASEAN諸国を始めとした東南アジア諸国の領土も併呑していったが、未だにその領土は全て大日本帝国の支配下にあった。

 

 現地の旧国民が殆ど残っていない事や、現地へと日本人を移民させ入植を行っている事などから、大日本帝国がそれらの国家を元々の形へ戻すというのは考えがたい事であった。仮に独立するにしても大日本帝国の保護国や衛星国として紐付きになることは避けられないであろう。

 

「深海棲艦に制圧されたままに比べたら、だいぶマシなんでしょうけど……やっぱり……」

 

 トーマスは己の考えが大分甘いものである事は重々承知していた。理性的に考えて、これだけ多くの血を支払って手に入れた国土をそう簡単に手放す筈が無いのだから。

 

「……もう一度、『オーストラリア』という国に帰りたいです」

 

 だが、それでも……と考えてしまうのは避けられなかった。俺たちの祖国を返してくれ、そう願うことを、一体誰が責められようか。

 

「……なあトーマス」

 

 涙で少し汚れたメガネを手元で拭きながら、ジョージがトーマスに声をかける。

 

「戦わずに手に入れる家畜の安寧と、戦って手に入れる幾許かの栄誉……お前さんはどっちが好きだ?」

「へ?」

 

 トーマスは彼の問にしばらく考え込んだ後、答える。

 

「……栄誉、ですかね。誇りで飯は食えませんけど……誇りの為に生きなければ男ではないと思います」

「……そうか」

 

 ジョージはその言葉を聞いて笑みを浮かべると、拭き終わったメガネを掛け直し、立ち上がった。

 

「トーマス、大至急オーストラリア亡命政府の支援団体にアポイントメントをとってくれ。俺は俺の伝で動く」

「は、はい!?急にどうしたんですか!?」

 

 歩き出したジョージへとトーマスが問いかけると、彼はふてぶてしい笑みを浮かべて言った。

 

「お前さん今言ったろ?戦わなきゃ、男じゃないって」

 

 トーマスが扉を開く。

 

「国盗りだ。トーマス。俺たちの祖国を取り戻すんだ」

 

 10年前に止まった彼らの時間が動き出す。

 

 ***

 

 滋賀県某所、新城家邸宅にて。

 

「はは、ついにやっちゃったねえ彼。とんでもない事になるよこれは」

「……笑い事ではありません」

 

 新城家のリビングにて、とある青年が当主である新城忠道に笑いかけていた。

 

「下手をしなくても国家が割れかねません……」

「これで割れちゃったらもう仕方ないんじゃないかな。いい加減、色々と限界だったしね」

 

 青年は、笑いを引っ込めて真面目な顔になる。

 

「場合によっては、君と僕が動かなくてはならなくなる。心底面倒臭いけど、税金で生きている以上責任はとらなくちゃね」

「殿下」

 

 忠道が青年を止める。

 

「貴方は生きねばなりません。腹を切るのは我々年寄りの仕事です」

「……君もそこまで年寄りじゃないと思うけどね」

「そういう話ではございません」

 

 はぁ……と忠道がため息を吐く。

 

「……しかし、彼が英雄か」

 

 ぽつりと青年が呟く。

 

「……似合わないなあ」

 

 そういって青年は、作り笑いではない笑みを浮かべるのであった。

 

 

 ***

 

 

 帝都東京、海軍省、徳素大将の執務室にて。

 

「馬鹿な……」

 

 執務室の主である徳素は、両手にもって広げていた朝刊を握りつぶしながら、呻くように呟いた。

 

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な……ッ!!」

 

 ワナワナと震えながら朝刊を破り捨て、徳本は叫んだ。

 

「こんな馬鹿な事があるかあああああああああ!!!」

 

 破り捨てられた朝刊の欠片が宙を舞う。かろうじて判読可能な見出しにはこう記載があった。

 

『ソロモンの石壁、鉄底海峡を攻略!!オーストラリア開放は目前か!!』

 

「ありえん……ありえんぞ……なぜ死なん!!石壁!!なぜ、貴様は死なんのだ!!」

 

 湧き上がる憎悪のままに徳素は叫ぶ。だが、いくら現実を否定した所で石壁は生きているのだ。

 

 いままで徳素は多くの敵を闇に葬ってきた。徳素は軍人として無能で、人として有害で、不道徳の極みの様な毒物だ。だが、政治闘争にかけては並ぶものがない超一流の人物である。そんな彼が潰すと決めた相手を仕損じた事は、今まで一度もなかった。

 

 だが、その徳素の講じた策を一つ残らず叩き潰して石壁は生き残った。否、生き残ってしまった。

 

「まずい、まずいぞ……こ、このままでは……」

 

 徳素からすれば、絶体絶命の危機に何度も追いやってしまった相手が、運命を覆し生き残る大英雄であったと証明されたのだ。そんな相手が自分に対して如何なる感情を向けるかが分からない程、彼は人の心に疎くはない。

 

「ぜ、絶対に報復される……!!」

 

 即ち、報復は不可避であると彼は結論付けた。たった一鎮守府のみで鉄底海峡を打ち破るような英雄達の憎悪が、己へと帰ってくるのだ。徳素の背筋に冷たいものが走る。

 

「どんな手で来る……どうやって……儂を殺しにくる……」

 

 現実的に考えて自分が負けるというのはありえない。だが、石壁は既に二度「ありえない」を乗り越えているのである。そんな化物を相手にすれば、火傷では済まない可能性が非常に高いと徳素は考えた。

 

「……いや、難しく考えるな。下手に複雑な策にすれば破綻の可能性はそれだけ高まる」

 

 そういって心を無理やり落ち着かせた徳素は、とある命令書をとりだす。

 

「殺される前に、儂が貴様を殺してやる」

 

 徳素は、狂気にとりつかれた瞳で笑みを浮かべて、命令書に己の名前を記入した。

 

「これで、これで死なぬ筈がない、死なぬ筈が!必ず死ぬ筈だ、人間ならば!」

 

 石壁への死刑執行命令書に記名したつもりの徳素であった。だが、この命令書が彼の、そして大日本帝国そのものの運命を決定づける事になる。

 

「今度こそ貴様を殺してやる!!」

 

 運命の歯車は回る。物語は再び動き出すのだ。

 

 




ちょっとだけ補足説明
展開的に書きませんでしたが、流された映像はジョン達の発言が抜かれて後入れで補足説明が入れられています。
ジョン達の発言以外の戦場の音声と拾った無線音がほぼノーカットで入っていたと思っていただければ大丈夫です

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