艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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さっき推薦欄を確認したら推薦を一件頂いていて飛び上がる程驚きました。
推薦を頂くのが夢だったので本当に嬉しかったです。ハローハロー様ありがとうございました。

完結まで精一杯頑張っていきますので、どうか皆様これからもよろしくお願いいたします


幕間 夢の話

 

 慰霊式を終えて数日後、石壁は自分の目で基地の復興具合を確かめるべくショートランド泊地を歩き回っていた。

 

 大勢の命が失われた一方で、石壁達が守り抜いた命も存在するのだと確かめるように。

 

「石壁提督!おはようございます!」

「提督!お元気そうでなによりです!」

「基地司令殿!こちらは異常ありません!」

 

 そんな石壁の気持ちを知ってか知らずか、彼と顔を合わせた妖精達や艦娘達は皆笑顔で声をかけてくれる。石壁にとってはその些細な日常が何よりも愛おしかった。

 

「石壁提督。『私たち』はこれからも石壁提督と一緒に戦います」

「もう声は出せませんが『誰一人』この結末を後悔しておりません。我々の心は一つです」

「どうかお心を安らかに、自分の信じる道を進んでください」

 

 そして、報告書では『喪われた』とされていた艦娘達も、鈴谷と熊野のように『託されている』事が殆どであった。

 

 鈴谷の中に熊野を見て取れた石壁である。誰一人として見逃す筈が無い。託して逝った『彼女達』の残滓をしっかりと感じ取って『全員』の心を感じていった。

 

 命の在り方を自ら定める事が出来る彼女達にとって、肉体的な死というのは一つの契機に過ぎないのだ。

 

「……いなくなっても、そこに『いる』……『そういうもの』なのか」

 

 石壁もまた武蔵から『託された』身だ。艦娘という存在について、また少し分かって来たような気がした。

 

 ***

 

 

 そんなこんなで一通り泊地を歩いていた石壁は、最後に工廠に辿り着いていた。

 

「あれ?提督?どうかしました?」

 

 工廠の扉を潜ると、そこでは機械油で汚れた作業服の明石が額の汗を拭っていた。

 普段の艦娘用セーラー服を着ていない為、一見するとただの整備士にしか見えない。

 

「いや、散歩がてら視察にね。ついでに工廠の様子でも見てみたくて」

「なるほど、ではこちらへどうぞ」

 

 その言葉に心底嬉しそうな笑みを浮かべた明石は、工廠の隅のベンチへと石壁を案内した。

 

「作業中に側に行くと危険ですから、ここから説明させてもらいますね」

 

 二人が隣り合って座ると、明石はそこから工廠のあちらこちらを指さしながら説明を始めた。

 

「むこうの壁際が従来兵器の製造ラインで、前回使い切った特殊三式弾を増産しています。中央の大型生産設備を挟んで反対側が新兵器の研究ライン。新しい対深海棲艦用の武装や道具を開発中です」

「なるほどねえ」

 

 説明通りの順番に目をやる石壁であったが、ふと彼は隣の明石自身へ目をやった。

 

「特殊三式弾は今回のロットから構造が改善され、火力がより強力にーー」

 

 明石は石壁に工廠の説明を出来るのが心底楽しいらしく、額にジワリと浮かぶ汗も気にせず話し続けていた。頬を機械油で汚しながらも、その顔は溌溂と輝いており、石壁にはとても美しいモノに思えた。

 

 無論石壁はすぐに説明へと意識を戻したのだが、執務の疲れもあってかすぐにまた意識が散漫になっていく。その上、段々語るのが楽しくなってきた明石の説明は、石壁の知識と意識を置き去りにする専門的なモノへと変化してしまう。当然の帰結として、石壁はうつらうつらと首を揺すり始めつつあった。所謂『船をこぐ』という奴である。

 

「ふぅ……あっつ……」

 

 石壁のそんな様子に気付かず説明を続けていく明石は、文字通り熱くなってしまっている事で、意識せず作業服の胸元をパタパタと動かして服の隙間の空気を入れ替えていた。

 

 熱を逃がすために作業服の胸元が大きめに開かれていた事もあり、女性らしい香りと、汗の匂い……そして作業服の機械油の匂いが混ざり合って石壁の周りを強く漂う。普段の明石ならば汗の匂いに気を使っているが、無意識の行動であった故に気が付かない。そして石壁自身も眠りかけている為、何も言わない。

 

(あれーーこの匂いーー)

「あれがーーでーーがーー」

 

 明石の香りに包まれ、夢現の石壁が感じた感情はーー

 

(どこか……で……)

 

 ーー懐かしさであった。

 

 その正体にたどり着く前に、石壁の意識は闇に落ちた。

 

 ***

 

「ケンジ!ケンジってば!」

「あ、あれ?」

 

 ふと石壁が気がつくと、そこは昔彼が住んでいた場所……少年時代の『我が家』であった。

 

「ほら、そんな所で寝てると風邪ひくわよ」

「ね、姉さん?なんで??」

 

 目をゴシゴシと擦る。そこには、もう既にこの世にいない筈の姉が立っていた。

 

「なんでって、アンタが私の作業を見ながら寝ちゃったんでしょうが」

「……あ」

 

 そこは自宅の裏庭、姉が機械いじりに使っていた彼女の研究所(ラボラトリー)であった。彼女は小学校の高学年になるにつれ、様々なジャンク品をごみ捨て場から引っ張ってきては、分解し、組み直し、新しい何かを作る事を繰り返していた。

 

 中学生になってからは段々と組み立てる物品は大きなモノになっていき、今は廃車のジャンクを組み合わせてバイクを作っているらしかった。

 

 石壁は、姉が作業服を油まみれにしながら何かを作っている姿が好きであった。廃材から新しい何かを作る事そのものが魔法のようであり楽しく……そして、そんな魔法を心底楽しそうに行う姉の笑顔が好きであった。

 

「ほら。ホットミルク、のむ?」

 

 丁度休憩の為に入れてきたホットミルクの入ったマグカップを差し出され、石壁は思わずそれを受け取った。石壁が寝落ちするといつもこうして、彼女は二人分の飲み物を準備してくれていたのだ。

 

 姉は頬にオイルの汚れを残したまま、作業服姿でマグカップを口元にもっていく。目の前で美味しそうにミルクを飲む姉の姿を見て、石壁はゆっくりと、マグカップを口元にやった。

 

「……おいしい」

 

 あの時と同じ、暖かくて甘い、ホットミルクの味。石壁はデジャブを感じる、これは、過去に実際に経験した記憶であった。

 

(ああそうか……夢か……)

 

 石壁は、正解に思い至る。これは夢、既に終わってしまった、帰らざる過去の一時なのだ。

 

「そっか……」

「……どうかしたの?ケンジ?」

 

 石壁は……否、少年は、手元のマグカップを寂しげに見つめる。

 

「……ううん、なんでもないよ。姉さん」

 

 少年は夢と知りつつも、姉を心配させたくなくて、そう言って笑った。

 

「……よし、ケンジ、こっち乗って」

「……へ?」

 

 姉は少年の手を引っ張ると、今しがた修理していたバイクのサイドカーへと押し込んだ。

 

「ね、姉さん?」

 

 少年の言葉を無視して、少女はバイクへすらりと跨るとキーを回した。

 

 途端に鋼鉄の巨獣は目を覚まし、獰猛な唸り声を上げ始める。

 

「よし、じゃあ試運転いくわよ」

「え!?」

「しっかり捕まってなさい!」

「ちょ!?まーー」

 

 少年をサイドカー乗せたまま、バイクは走り出した。

 

 ***

 

「どう!気持ち良いでしょ!」

 

 高速で走るバイクのハンドルを握る笑顔の姉の姿に、少年は悲鳴をあげる。

 

「ね、姉さん!?アンタまだ16じゃなかった!?どうやってバイクの操縦なんか覚えたの!?」

「あー?そんなの勘よ勘!」

「無免許運転!?」

「チッチッチッ、ちゃあんと免許はあるのよ!『小型特殊自動車』のだけどね!このバイクは分類上小型特殊自動車だからセーフなの!」

 

 あまり知られていないがサイドカー側にも原動力が搭載されているバイクは、分類上小型特殊自動車となり普通免許並びに小型特殊自動車免許で乗ることが出来るのだ。小型特殊自動車だけなら16歳で取得出来るため可能な裏技であった。

 

「車検は!?これ手作りでしょ!?」

「……風が気持ちいいわね!」

「姉さん!?」

 

 少年の問をガン無視してバイクは走る。懐かしい町並みの中を走り抜けていく。当然最初は面食らったが、やがて別の思いが胸中を占めていく。

 

(……ああ、僕の故郷だ)

 

 少年は高速で過ぎ去る風景の一つ一つに溢れ出る憧憬に、涙が出そうになってしまう。夢とはいえ、確かにそこに故郷があるのだ。この反応も仕方がないだろう。

 

「はい到着、と」

 

 やがてバイクは少年がよく遊んだ公園で停車した。姉は先にひょいとバイクから降りると2つ並んだブランコの一つに座り、こいこいと弟へ手を振る。

 

「ほら、こっち座んなさい」

「う、うん」

 

 促されて、少年は姉の隣のブランコに座る。油の匂いと、汗の匂いと、少女特有の香りが混ざった……懐かしい姉の匂いがした。明石に感じた懐かしさは、これであったのだ。

 

「ねえケンジ」

「なに?姉さん」

 

 少年の隣でブランコを漕ぐ少女は、夕日にそまる街を見ながら笑う。

 

「私、将来はメカニックになりたいの」

「メカニック……」

 

 弟へむけ、少女は笑顔を向ける。

 

「ええ、ケンジが驚くような機械をたーっくさん作るのよ!エジソンみたいに、世界の歴史に私の名前を残すの!」

「あはは、いくらなんでも相手が大き過ぎない?」

 

 姉の大き過ぎる目標に、軽く笑って応じる少年。少女はそんな弟の疑問を全く気にせず続ける。

 

「夢は大き過ぎる位が丁度良いのよ!その方が追いかけ甲斐があるじゃない!」

 

 少女はそう言ってブランコから飛ぶと、少年の数メートル先へ着地して振り返った。

 

「私の夢は今話したとおりだけど……ケンジにはさ、将来の夢ってある?」

「夢?」

 

 少年は、呆けたように繰り返す。

 

「そ、夢。何かない?」

「……夢、かあ」

 

 実際に『ここ』にいた時、自分はどんな夢を語ったのか思い出せなかった。故に少年は、否、石壁は思ったままを口に出す。

 

「……世界平和、かな」

「……あはは!何よそれ!私の夢よりよっぽど大きいじゃない!」

 

 石壁の言葉に少女は楽しげに笑うと、夕日の方へ顔を向ける。石壁に背中を向けて、少女は続ける。

 

「うん……でも……私はケンジのその夢好きよ」

「……姉さん?」

 

 その言葉は、今までの姉らしくない、何か大きな思いが籠もっているように感じられた。

 

「叶っても、叶わなくても、夢は夢。追い求める事を止めたら……それこそ『夢のまた夢』で全部終わっちゃうもの」

「姉さん?まって……どこに行くの?」

 

 少女は、夕日に向けて歩を進めていく。石壁もまたブランコから立ち上がり、少女の後を追おうとする。

 

「あれ……?」

 

 だが石壁が歩を進めても、姉との距離が縮まらない。むしろ、その後ろ姿がどんどんと離れていく。

 

「姉さん……?姉さんちょっと待って……」

「だからね、ケンジにはその大きな夢を追いかけて欲しいのよ」

 

 少女は、弟の声に耳を貸す事なく歩いていく。揺らめく夕日に向かう彼女の姿は、段々と朧げになり始めていた。

 

「待って!!姉さん待って……置いて行かないで……ッ!!姉さん……ッ!!」

 

 石壁は必死になって姉に手を伸ばす。だがどれだけ必死に走っても、離れていく背中に追いつく事は出来なかった。

 

「姉さん!!姉さん待ってくれ!!」

「もしも、誰かに自分の夢を否定されたり、笑われたりしても、胸をはって自分の夢を誇ればいいの。そしてそのままーー」

 

 泣きながら手を伸ばす石壁へ向け、少女は振り向く。あの日見た、強い笑みで。

 

「ーー夢へ向かって、真っ直ぐ進むのよ!ケンジ!」

 

 少女の笑みが、光に包まれて消えた。

 

 ***

 

「……あ、夢?」

 

 ふと気がつくと、石壁は工廠の隅のベンチで寝ていた。どうやら明石の話を聞く内に、眠ってしまったらしかった。

 

「あ、目が覚めたんですね。丁度良かった」

 

 明石は石壁が目を覚ましたのに気がつくと、両手にマグカップを持って近寄ってくる。

 

「はい、どうぞ。ホットミルクです」

 

 笑顔で差し出されたそれを、寝ぼけ眼で石壁は受け取る。

 

「ああ、ありがとうーー」

 

 まだ半分寝ている石壁は、明石の機械油がしみついた作業服の匂いに……懐かしい姉の匂いに記憶を想起されてしまった。それが故にーー

 

「ーー姉さん」

 

 ーーほんわかと気が抜けた、少年らしさを残した笑みで、そう明石に言ってしまったのであった。

 

「ーーーー」

 

 明石は、今まで見た事のない表情を浮かべている石壁に、目を皿の様にして固まってしまった。

 

「……はっ!?」

 

 そこでようやく完全に目が覚めた石壁は、今時分が口走った内容に気がついて絶句する。

 

「あ!?ち、ちが!?これは!?」

 

 顔を真っ赤にしてあたふたする石壁を見て、明石は段々にやぁ〜っという猫の様な笑みを浮かべていく。

 

「提督〜〜?もう一回姉さんって言ってもらえますか?ほら、もう一回!」

 

 明石は石壁の隣に座ると、肩に手を回してニヤニヤと笑いながら石壁をからかう。

 

「いやいやいや!?寝ぼけてただけだから!!艦娘を姉扱いする程、僕シスコンじゃないから!!」

「いいんですよ提督?明石姉さんって呼んでも!」

 

 二人がそう言った瞬間、ガシャーンっと何かが落下する。思わずそちらに視線をやると、新城の艦娘の山城が、艤装を地面に落下させて固まっている。

 

「こ、こ……」

 

 山城はぷるぷると震えながら明石を指差すと。

 

「この泥棒あねこ!!石壁は私達扶桑型3姉妹の弟よ!!」

「なにその新しい呼び方!?小野妹子の誤字みたいになってるぞ!?」

「残念ですが提督は明石型の弟の明石壁になりましたので!」

「字面だけだとこっちも型と壁の書き間違いじゃねえか!?無理やりにも程があるわ!!」

 

 石壁の肩に手を回してふふんと得意げな顔をする明石をみて、山城は反対側から近づくと石壁をひっぱる。

 

「離れなさいよ!!」

「いーやーでーすー」

「ちょッ!?まっ!?いででで!?」

 

 手加減されているとはいえ、艦娘の間でひっぱり合いをされる石壁はたまったものではない。

 

「私が先に姉さんって呼ばれたんだから私が姉よ!」

「呼ばせたの間違いでは?私は何も言わなくても呼ばれましたよ?」

「じゃあ貴方も私の妹にするわよ!これで全部解決ね!」

「なにその斬新な脅し文句」

 

 流石に引っ張り合いは不味いと思ったのかすぐに綱引きは終わったが、石壁の頭の上で本人の意志ガン無視で討論が続行される。周辺の妖精さん達はその光景に吹き出しながら、触らぬ神になんとやらと仕事に戻っていく。おおブッタよ、寝ているのですか?

 

(……天国の姉さん。僕を元気づけようと夢に出てきてくれてありがとうございます。お陰で元気になりました。でもどうか次はーー)

 

 グワングワンと揺すられて、視界が真っ白になりだした石壁は天国の姉の顔を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

(ーー血の繋がらない姉二人を、止めてください)

 

 

 

 

 

 

 石壁が意識を失う寸前、綺麗な花畑の向こうに見えた幻覚の姉は「知らんがな」とでも言いたげに、苦笑しながら首を横に振ったのであった。

 

 

 




関係ないけど執筆中予測変換君がしょっちゅうブランコをブラコンに変換しようとして困りました()

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