艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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幕間 猪と大馬鹿者 上

 

 

 伊能獅子雄と石壁堅持、一見して水と油のような対極的な性質の二人が如何にして出会い、終生の友となったのか。それを語るにはまず、伊能が歩んできた道について触れていく必要がある。

 

 彼が陸軍へと入隊したのは18歳の頃、憲兵への配属を望んで陸軍憲兵学校の扉を叩いたのが始まりであった。狭き門である一般公募を正面から突破し、凡そ1年で憲兵上等兵過程を修了、無事に入隊する事が出来た。成績は優秀であり、大勢の仲間に囲まれ、儀仗兵的な業務の多い憲兵抜刀隊の仕事は大層格好が良いと良い事ずくめの日々だ。極々短い期間であったが、この時の伊能獅子雄は正しく順風満帆、人生の絶頂期であったと言えるだろう。

 

 だが、その幸福も長くは続かなかった。彼が着任したのとほぼ時を同じくして深海大戦が勃発、大日本帝国は国土を焦土化させながら絶望的な抵抗を続ける事となったのである。

 

 不幸中の幸いは伊能が当時新兵であり、尚且つ儀仗兵的意味合いの強かった憲兵抜刀隊所属であった事だろう。重要人物や施設の警護を行う為に後方の任務へと回され、大戦序盤の破滅的な消耗戦から離れる事が出来たのである。

 

 それから数年の間に大日本帝国は沿岸部を全て喪失し少しずつ内陸部へと追い込まれていった。戦局の悪化と共に少しずつ伊能の同期達も減っていく。彼等が居る場所が戦いに巻き込まれる事も増えていったからだ。

 

 この間に伊能が生き残れたのは、彼自身の有能さに依る所もあるが、最大の原因は彼が新兵器艦娘の提督適正者であったことだろう。

 

 来たる反攻作戦に備えて伊能達艦娘保持者は温存されていたのだ。しかも、本質的に輸送船団である伊能艦隊は後方任務が主であったのも大きい。

 

 だが遂に、来るべき時が来てしまう。限界まで後退し続けた結果最早後背地は無いに等しく、大日本帝国は一縷の望みにかけて新兵器艦娘を全て戦線に投入、同時に陸海空の残存通常戦力を結集し戦局の打開を図った。

 

 ここに深海大戦前半のターニングポイントとなる一大決戦、世に言う本土奪回作戦が発動されたのである。

 

 

 ***

 

 

 その第一段階、内陸部から海岸線への電撃的打通攻撃は、敵上陸部隊の大戦力を食い破る事を目的としていた。

 

 作戦は単純だ。海岸線に陣取る深海棲艦攻撃部隊主力、その正面から艦娘を中心とした主力部隊が攻撃を開始して敵を引き付ける。その間に手薄となった敵の両翼を陸軍が食い破り、3方向から敵に圧力を掛ける。後は半包囲の状態から敵を磨り潰すだけである。

 

 余りにも力づくの作戦であり、無茶だという意見はあった。だが、長引く戦いで物資は底をつく寸前であり彼等にはもう後がなかったのである。引くも地獄、進むも地獄ならば、天祐を信じて前へ進むしか道はない。それが彼等の結論であった。

 

 かくして、地獄の釜の蓋が開く。8年にも渡る深海大戦の中で、最も凄惨とまで言われた戦いが始まった。

 

 戦場の中央、艦娘と深海棲艦が正面から衝突する主戦場はこの世の地獄と化した。

 

 両軍の艦載機が入り乱れ、打ち上がる対空砲が大空に花開く。

 

 鉄火は雨となり降り注ぎ、轟雷が大気を震わせ、天地は鳴動する。

 

 血と、鉄と、肉と、鉛が、大地を埋め尽くす。

 

 数分前までそこに居た誰かは数秒後には居なくなり。

 

 数年間苦楽を共にした人々が、部隊ごと消え失せた。

 

 殺して、死んで、壊して、壊されて。

 

 消して、消されて、滅ぼして、滅ぼされて。

 

 極まった破壊の暴風がせめぎ合い荒れ狂う。

 

 人間達は、艦娘という武力をまだ上手く使いこなせず。

 

 深海棲艦達は、初めて相対する対等の敵を前にして決定打を欠いた。

 

 かくして戦場は拮抗する。終わらぬ地獄は無限の命を引きずり込む破滅の大渦となったのだ。

 

「……まずい、このままでは主力部隊が壊滅する」

 

 戦場を迂回突撃して敵主力の側方へと回り込んだ陸軍将兵は、中央の戦場が拮抗しているのを見てそう呟いた。

 

「伊達大佐……ここで戦力を消耗し過ぎれば、本土奪回作戦は完全に破綻します」

 

 士官の一人がそう言うと、伊達と呼ばれた男は苦虫を嚙み潰したような顔で頷く。

 

「やむを得ない……本来ならば側面を脅かすだけの予定だったが、作戦を変更する……ッ!総員攻撃用意だ……ッ!!」

 

 伝令と共に兵士たちに緊張が走る。陸軍一般兵士が深海棲艦達に対して取り得る攻撃手段は、この時代一つしか無かったからだ。

 

 即ち、突撃による肉弾攻撃である。

 

「聞いたな皆……!やるしかない!!総員戦闘用意!!ここで押し負ければ日本は終わりだ!!我々はこれより敵拠点に側面より切り込み、攻略軍本隊の攻撃を補助する!!」

 

 憲兵抜刀隊を率いる上官が、部下へと声を張り上げる。

 

「輜重隊員も突撃に加われ!伊能、お前もだ!!艦娘保持者は搭乗して構わん!!」

「了解……ッ!」

「了解したであります!」

 

 そこに、若き日の伊能もまた、居た。

 

「……行くぞ、ここが命の賭け時だ」 

 

 そして、彼等は走り出す。

 

「憲兵抜刀隊!!前進せよ!!」

 

「「「「おおおおおぉぉぉ!!!!」」」」

 

 地獄へとーー

 

 ***

 

 走り続けた。走って、走って、走り続けた。

 

 切り続けた。切って、切って、切り続けた。

 

 前へ進んだ。前へ、前へ、前へ……

 

 ふと振り向いたとき、後ろには誰も居なかった。

 

 敵も、味方も、誰も居なかったのだ。

 

「誰か……誰か返事をしろ!!」

 

 男は独り、戦場を歩き回る。

 

「本田……!富永……!松田……!高田……!」

 

 血を吐くように、男は声を張り上げる。一人一人、共に戦ってきた戦友達の名を呼びながら。

 

「誰か生きていないのか……!!」

 

 瓦礫となった街を往く彼の声に、答える者は居ない。

 

 男と苦楽を共にした戦友達は、誰も残って居なかった……

 

 ***

 

 本土奪回作戦は成功した。数多くの命と引き換えに日本列島から深海棲艦達は叩き出されたのだ。

 

 敵主力を撃滅した大日本帝国は余勢にかって拡大作戦を開始。間髪を入れぬ追撃によって戦場は日本近海から南洋諸島へと移り、陸軍軍人の多くは退役、予備役となり日常へと返っていく事となる。

 

 そして、伊能もまた次なる道を選ぶ時が来る。

 

「伊能大尉、海軍へ行ってみないか」

「は……?海軍、ですか」

 

 伊達大佐の執務室へと呼び出された伊能は、突然の言葉に訝しげな顔をする。

 

「うむ。知っての通り本土奪回作戦が終わり戦線が南方へと移った事で我々の仕事は大きく減った。一方で海軍の仕事は増える一方だ。戦争が始まってもう5年……拡大する戦線を支えながらシーレーンを防衛し物資を運び続ける中で、海軍の戦力は払底に近くなっている」

 

 当初南方へと急拡大した戦線は、鉄底海峡攻略失敗と、深海棲艦の逆撃により急停止した。それから2年、攻めるに攻めきれず、守るに守りきれず、ショートランド周辺は一進一退を繰り返しながら戦争は停滞していた。

 

「大本営は長引く戦争に勝つために抜本的な戦争計画の見直しを決めた。それが今回の中長期的な戦力の育成……もっと具体的に言うならば艦娘を指揮する提督の育成になる。その為に日本全土から提督適性をもつ人間を探し出し海軍に抱え込むつもりのようだな」

 

 伊達はそう言いながら、手元の命令書へと目をやる。そこには海軍へと艦娘保持者を出向させるよう命令が書かれていた。

 

「……つまり、自分はそれに選ばれたという事でしょうか」

 

 伊能の脳裏に生贄という単語が浮かぶ。今現在、陸軍と海軍の仲ははっきり言って良くない。海軍の急拡大に伴って大幅に人員を削減された陸軍は、その多くが露頭に迷う事となる。幸いにして復興景気の中で再就職先は多かったが、必死に戦った末に捨てられたという恨み辛みを持つ者は多かった。そんな中で海軍への出向など喜ぶ者は殆ど居ない。

 

「いや、まだ選んだ訳ではないから別に断ってくれても構わんぞ。上には睨まれるだろうが、そこは俺がなんとかしてやる。ソレぐらいの政治力はあるからな」

 

 だが、伊能の想像と違って伊達はキッパリとそう言い切った。この伊達という男はやると言ったら絶対にやる男だ。義理堅く、人情に厚い一本筋の通った頑固者。それ故に多くの部下から慕われている。

 

「では何故自分を呼び出したのですか」

「それはな、これがお前にとって案外良い機会になるのではないかと思ったからだ」

 

 伊達は命令書を机の上に置くと、真っ直ぐ伊能へと向き直る。

 

「伊能、はっきり言って今のお前は死人と同じだ」

 

 その指摘に、伊能は一瞬息が詰まった。

 

「あの戦い以降、お前は周りとの間に壁を作っている。大勢の戦友を失って、背骨がへし折れていると言えば良いか。兎にも角にも覇気がない。死んだ戦友への弔いの為だけに戦場に立ち、義務感を杖にして動いているだけだ。軍人としてそれが悪いとは言わん。だが、この戦いが終わった時……一人の人間としてお前の中に何が残ると言うのだ?俺はそれが心配でならん」

 

 伊達は心配そうな顔で伊能を見つめる。それは上官としてではなく、一人の人間としての伊達の思いであった。

 

「だからこそ、一度場所を移ってみるのも良いのではないかと思ったのだ。幸いにして提督候補の人間は士官学校へと一度集めて数年間教育をしてくれるからな。同じ窯の飯を食う間柄であれば自然と新しい仲間が出来るかもしれん。どうしても無理だったならそれでも構わん。その時はなんとかして陸軍へ引っ張り戻してやる。だから、海軍へ行ってみないか?」

 

 伊能は、数秒間考え込んだ後、伊達へと敬礼を返した。

 

「伊能獅子雄大尉、海軍出向の任、謹んで拝命致します」

 

 かくして、伊能は海軍士官学校へと出向する事となった。そしてこの選択が、彼の運命を大きく変える事となる。

 

 

 ***

 

 

 海軍士官学校へと出向した伊能であったが、それから一年弱の間、伊達の思いとは裏腹に彼は孤立する事になった。

 

 士官学校へ集められた人間の多くは、深海対戦勃発中は幼く徴兵から逃れた若者であった。故に平均して数年、場合によっては十年近く年齢に差があった。それに加えて既に修羅場を何度も乗り越えてきた伊能には、常態であっても抜き身の刃の如き迫力がある。羊の群れに一匹狼を放り込むようなもので、如何ともし難い近寄り難さがあったのだ。

 

 そして何より、彼は「提督」としては落ちこぼれであったのが致命的であった。あきつ丸とまるゆ以外の艦娘を建造出来なかった彼は、模擬戦闘訓練での成績が致命的に悪かった。我武者羅に突っ込み敵を突き崩す戦い方は、一度間合いが見切られてしまうと釣瓶打ちの的にならざるを得ない。

 

 友と呼べる相手は居らず、模擬戦にも勝てず、孤立を深め、それでもなんとか現状を打開せんと彼は我武者羅に走り続けた。

 

 伊能が石壁と出会ったのは、そんな八方塞がりの最中であった。

 

 一年の間に幾つかある士官学校をたらい回しにされ、とある学校へと辿り着いた伊能は、自室でとある青年から話しかけられた。

 

「あの、貴方が伊能さんでしょうか」

「……む?ああ、俺が伊能だが、貴様は……」

 

 第一印象は、冴えない小男というのが正直な感想であった。軍人とは思えない程の貧弱な体躯と、覇気の足りない弱々しい言葉。大凡戦闘とは無縁でありそうな、平々凡々とした青年であった。いや、まだ少年と言っても良いかもしれない。それぐらい、伊能にとって見れば子供であった。

 

「僕は石壁堅持といいます。貴方とバディを組むことになりました。これからよろしくお願いします伊能さん」

 

 そう言って、石壁が頭を下げる。遠巻きにしてロクに挨拶もしてこない相手も多いのに、石壁は迷わず自分へと声をかけてきた。それに若干驚きつつも伊能は言葉を返す。

 

「……ああ、短い付き合いになるかもしれんが、よろしく頼む」

「……え?」

「いや、なんでもない。伊能で良い、さんは要らん」

「分かりました」

 

 それから当たり障りのない自己紹介を終えて、その日の会話は終わった。後に終生の友となる二人の出会いは、極めてあっさりとしていた。

 

 ***

 

 それからあっという間に一ヶ月が過ぎる。その間伊能の石壁への対応はかなりそっけないものであったが、石壁はそれを気にする事無くあれやこれやとやって来たばかりの伊能の世話を焼いていた。

 

 伊能は万事において大雑把で細かいことを気にしない人間であった。竹を割った様な性格で、思ったことはハッキリ言う。故に伊能は周りに敵を作りやすい。

 

 石壁はその逆で、小さい事に良く気がつく人間だ。万事において協調性があり、とにかく仲間を作るのが上手い。いや、上手くなっていったというのが正しい。

 

 伊能が誰かと衝突すれば、すぐに石壁がそれを調停するようになったからだ。それまではどちらかと言えばその協調性を「波風を立てない事」に使っていた石壁は、伊能という外的要因によって埋もれていた調停の才能を開花させ始めていた。人を見る目があり、落としどころを見つけ、それを両者に飲み込ませる才。後年大いに活かされる事になる彼の才覚、その一端が見え始めていた。

 

 どうせすぐに近寄らなくなるだろうと高を括っていた石壁のそんな姿に、伊能は困惑した。何故そこまでしてくれるのかと問えば、石壁は仲間なんだから当然だろとだけ返した。それが本気なのか、あるいは建前なのか、伊能には判断がつかなかった。戦火の中で作られた心の壁はまだ高く、伊能は心底から相手を信じられなかったのだ。

 

 だが、石壁が徹頭徹尾本気なのだと理解するのは、それからすぐの事であった。

 

 伊能がやって来てから初となる模擬戦闘。事件はその時に起こった。

 

 ***

 

 戦闘についての相談は殆どしなかった。する必要性も感じていなかった。どのみち突っ込んで戦う以外の事が出来ないからだ。

 

「俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。どうせ俺は一つの戦い方しか出来ないからな」

「……分かったよ。伊能がどういう戦い方をするのか僕も見てみたいし、今回はそれでいこう」

 

 それだけ決めて、模擬戦は始まった。

 

『行くぞあきつ丸……突貫!!』

「了解であります!!」

 

 あきつ丸が水上をかける。通常の航行速度よりも早く、早く、疾風のように真っ直ぐ突っ込む。

 

 それしか出来ないから。それしか知らないから。我武者羅に突き進んだ。

 

『……っ!?伊能、お前……っ!!』

 

 その様をみて、石壁が何かを叫ぶ。だが、伊能には聞こえない。否、聞くつもりがなかった。

 

 凄まじい火力が伊能へと集中する。瞬発力に任せてそれを掻い潜り、一波、二波と集中する砲撃をすり抜けていく。

 

(俺にはこれしかない……だから前へ、少しでも前へ……そしてーー)

 

 ただ前へ、少しでも前へ。それだけを考えて前へ突き進みーー

 

(ーーあいつらの所へ)

 

 ーー今一歩が届かず、被弾して果てた。

 

 ***

 

 それから、模擬戦はあっという間に終わった。いつもと同じように、伊能は負けた。石壁との関係もここで終わるだろうとうっすらと考えながらドックに立っていると、そこへ石壁が駆け込んできた。

 

「伊能……っ!!」

「……ああ、石壁か。すまんがアレしか俺にはーー」

 

 出来ない、その言葉は続けられなかった。

 

「この……大馬鹿野郎が……ッ!!!」

「……ッ!?」

 

 石壁が伊能をぶん殴ったからだ。駆け寄ってきた勢いのまま放たれた拳は伊能の頬を打ち抜き、彼は地面へ倒れ込んだ。伊能が状況を理解するよりも早く、石壁は彼の胸倉を掴むと自分の方へ引っ張って顔を正面へと向かせた。

 

「貴様!?伊能殿に何をするでありますか!!」

「『なにをする』?それはこっちのセリフだ!!伊能、お前何をやっている!!どうしてあんな事をするんだ……ッ!!」

 

 伊能と同じくドックに控えていたあきつ丸が駆け寄ってくるが、石壁はそんなもの知ったことかと叫ぶ。伊能は、ただ事ではない石壁の剣幕に、出会ってから初めて気圧されていた。

 

「どうしてだと……?最初から言っていただろう、俺は一つしか戦い方を知らんとーー」

「僕が言っているのはそんな小さい事じゃない!!伊能お前はさっきーー」

 

 石壁は、怒りを込めて叫んだ。

 

「ーー自分が『死ぬ為』に突っ込んでいただけだろうが……ッ!!お前の自殺に、仲間を、艦娘達を付き合わせるつもりか……ッ!!」

 

 伊能は、石壁のその言葉に目を見開いた。心が真っ白になったかのように、思考が停止してしまった。

 

「お前は一体何処を見ているんだ!!誰を見ているんだ!!さっきのお前は何も見ちゃ居なかった。心此処に在らずで、今側に居る人たちすら見ず、此処に居ない誰かの所へ走ろうとしていた!!アレは勝つための『決死』じゃない。死ぬ為の『逃避』だ!!お前の自殺に、仲間を巻き込むな!!」

 

 伊能は何も言えなかった。胸倉を掴まれたまま、呆然としていた。石壁に言われた言葉が、どうしようもなく真実だったからだ。誰にも言わなかった、否、気がついてすら居なかった自らの本音である。

 

(ああ、そうか。俺は死にたかったのだ。仲間と共に、あの時、あの場所で)

 

 伊能はただ、その事実を受け止める事しか出来なかった。

 

「貴様、言わせておけば!!貴様に伊能殿の何が分かる!!何も知らない部外者が……知ったような口をきくな!!」

「ぐっ……!?」

「石壁提督!!」

 

 あきつ丸は伊能から石壁を引き剥がすと、片腕で胸倉を掴んで持ち上げた。艦娘の力は人のそれとは全く違う。いとも簡単に石壁の足は地から離れた。あきつ丸がその気に慣れば一瞬で殺されても可笑しくない。だが、石壁は怯まない。駆け寄ろうとした鳳翔を手で制し、あきつ丸を睨む。

 

「知るか!!知って欲しい事が有るなら伝えろよ!!反論が有るなら言えよ!!誰も相手の過去なんて知らないんだ!!僕が知っているのは今此処に居る伊能だけだ!!それに、僕は部外者じゃない!!」

 

 石壁は、叫んだ。

 

「今の僕は伊能のバディだ!!仲間が自殺しようとしたら怒るのは当たり前だろうが!!」

 

 どこまでも、石壁は本気だった。本気で、伊能を相棒として見ている。一緒に戦場に立つ仲間だと思っているのだ。だから石壁は怒った。仲間を死なせない為に。伊能の自暴自棄を怒ったのだ。

 

 初めて出会った時からずっと、石壁は戦友として真っ直ぐに伊能に向き合っていたのだ。伊能はそれにようやく気がついた。否、今までは自分の殻に籠もり、相手を見ようとすらしていなかったのだ。その単純な事実が、伊能の心の壁を砕いた。石壁の事を十歳近くも年下の子供と思っていたが、自分はそれよりも尚、どうしようもない程にガキだったのだ。石壁が怒るのは、当然だと思った。

 

「あきつ丸、手を離せ」

「伊能殿……しかし……」

「良いから手を離せ」

 

 伊能は立ち上がるとあきつ丸から石壁を開放させて向き直り

 

「……すまなかった。もう、あんな事はしない。約束する」

 

 石壁へと、頭を下げた。そうすべきだと思ったから、伊能は心底から非を詫びた。

 

「……約束するなら、もう良い。僕も殴って悪かった」

 

 伊能が本気だと分かったので、石壁もまた謝罪を受け入れ頭を下げる。そこで二人の間では決着がついた。周囲でそれを見ていた同期達は、一触即発の事態が終わったのだと知りホッとした空気が流れる。

 

 だが、それはそれとして、起こした揉め事の責任は受けねばならないのが軍隊である。喧嘩に気がついた教官や憲兵達が怒声を上げた。

 

「何をしている貴様ら!!」

「軍人が喧嘩などしてどうする馬鹿共が!!」

「この場の全員を懲罰房に叩き込め!!」

「え!?私達関係ないんですが!?」

「見ていただけの連中も同罪だバカモン!!軍隊は連帯責任だ!!懲罰房へ連行しろ!!」

 

 かくして、その場に居た同期達は全員揃って営倉へと送られたのであった。

 

 普通なら同期との間が険悪になりそうな事態であったが、石壁の人徳か、あるいは二人のやり取りに思う所があったのか、それとも伊能が迷惑をかけた同期達に一人一人頭を下げて謝罪したのが良かったのか。この一件を切っ掛けとして同期達は伊能を仲間として受け入れた。周囲との不和が原因であちこちをたらい回しにされていた伊能は、以後卒業までこの士官学校で時を過ごす事になったのである。

 

「ふう、漸く営倉を出られたな」

「……なぁ、石壁」

「なんだよ伊能」

「少し、身の上話をしてもいいかーーーー」

 

 伊能と石壁の関係はこうして始まった。ようやくバディとしての一歩を踏み出した彼等の前に次の転機が訪れるのはそれから約一年後、士官学校二年目が後半戦に入った頃であったーー

 

 

 




石壁君こぼれ話
 伊能の仲間が全滅した町は実は石壁君の故郷だった場所だったりします。伊能達が次の戦場へと向かった後、亡骸は集められて岩倉牧師達の手で供養されました。

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