艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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前回に引き続いての過去編です。

仮にも艦これと名前が付いて居るのに前回も今回も艦娘が一人も出てきません。

なんなら女性すら一人も出てきません……艦これ?


幕間 野郎だらけの学生旅行 前編

 これは新城達がショートランド泊地に援軍にやって来てから、飛行場姫との決戦までの間の会話である。

 

 石壁の執務室に併設された上級将兵用待機室にて、石壁、伊能、新城、ジャンゴという士官学校同期の桜が茶飲み話に興じていた。来たるべき大敵との決戦に向け、最早恒例となった連日連夜の突貫工事(デスマーチ)。尻どころか全身に火がつくが如き狂瀾怒濤の日々の中で、本当に僅かではあったが、石壁を始めとした士官学校同期組が暇を重ねる事が出来たのである。

 

「しかし……思えば遠い所にきたもんだよねえ……」

「はは、年寄くさいぞ石壁」

 

 石壁のしみじみとした言い草に、新城が突っ込む。

 

「でもよジョジョ。ブラザーの言いたい事も少しはわかるゼ。オイラ達ほんの一年前どころか数か月前まで、本土で士官学校生だったんだからな!」

「それが今では俺達全員本土の遥か南の泊地所属、一人に至っては既に中将様だ。任官一年目で4階級特進した挙句に方面軍最高司令官になった男なんてのは後にも先にも恐らく石壁だけになるだろう。良かったな石壁」

「うるさいわイノシシ!僕だってこんな無茶苦茶やりたくなかったよ!」

 

 ジャンゴと伊能の言葉に石壁が突っ込む。和気藹々としたそれは、士官学校時代(あの頃)と変わらないモノで、それが何故か無性に楽しかった。

 

 全員立場が変わり、背負うモノが増え、見える景色が大きく変わっても……それでも変わらない何かがあるのだと感じられた。何もかもが変わらざるを得ない戦争という異常の中で、それが何よりも嬉しかった。

 

「……こうして4人だけで馬鹿やっていると、琵琶湖沿いの新城の家に行った日の事を思い出すね」

 

 ぽつりと石壁が呟く。それを聞いた一同は、各々が同意するように頷いた。

 

「ああ……士官学校の休みに、ウチに招待したんだったな」

「あれは確か……去年の八月だったか?」

「最高にエキサイティングな夏だったな!」

 

 口々に思い出話に興じる一同は、遥か過去に思える最後の学生旅行の事を思い出すのであった。

 

 *** 

 

 石壁達が南方へ送られる半年と少し前、士官学校の休みを利用して彼等は旅行を企画した。

 

 当初は初期艦達も連れていく予定であったが、まだ提督候補生でしかない為石壁達は艦娘を連れ歩く事が出来ずご破算となり、結果として野郎四人のむさ苦しい旅となってしまった。

 

 ならいっその事、と新城は自宅へ皆を招待し、石壁達は新城の実家へと集まる事になったのである。

 

 そしてこの日、準備があると先に帰った新城とジャンゴに遅れる形で、石壁と伊能は列車を乗り付いで近畿地方の滋賀()にやってきていた。駅を降りるとその周辺には多くの高層ビルが立ち並び、復興した沿岸部の都市部と遜色のない活況を呈していた。

 

「久しぶりに来たけどやっぱり人が多いね」

「そうだな、流石は副首都(・・・)といった所か」

 

 深海大戦勃発の結果、沿岸部が軒並み主戦場となった。その為首都機能が内陸部に分散移転された結果の変化である。

 

「深海大戦勃発前は、副首都じゃなかったよね」

「ああそうだ……そうなのだが……」

 

 伊能がその当時のゴタゴタを思い出して苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

「どうしたんだ?」

「いや……俺が覚えている限りではあるが……深海大戦の勃発の10年近く前から散々、首都機能の帝都への一極集中はダメだと言われていたのだがな……結局事が起こるまで遅々として機能移転が進まなかったのだ……」

 

 伊能はその時の政府の対応を思い出して眉間の皺を濃くしていく。

 

「『今まで大丈夫だったのだから変える必要はない』『税金の無駄だ』という保守的(事無かれ)議員連中の声が大きく、移転の動きは遅々として進まなかった。結局歴代政権は自分の代でそれを変えるリスクを避け、機能は帝都に集まったまま……案の定この戦争で殆ど全部焼かれてしまったのだ……」

 

 伊能は大戦勃発当時20歳であった。当時小学生であった石壁と違い世の中の動きというものを見つめる能力が既にあった。故に政治的職務の怠慢が如何なる災害をこの国に齎したかの実例を目の前で嫌という程見せられたのである。

 

「思い出しても当時の対応は泥縄過ぎていっそ笑えてくる……深海棲艦の首都攻撃時に主要閣僚が一挙に壊滅。偶然首都を留守にしていた農林大臣(・・・・)が臨時に内閣総理大臣になったんだ」

 

 頭が誰でもこの国は動くが、それでも頭が無ければ国を動かす事が出来ない。他に選択肢が無かったと言えばそれまでだが、それしか選択肢が無くなった時点で失態の域を超えていた。そして、選択肢が無くなるという事はーー

 

「後はそのままなるようになるを体現するが如く事態は動いた……事態に対応できる法令がなく、閣僚無きが故に立法もなく、前例無きが故に経験もなく、首都機能が移転できなかったが故に人員も足りず……辛うじて組織的統制を維持していた帝国軍が事態収拾に動かざるを得なくなった。死文化し、放置されていた過去の法律が引っ張り出され、70年ぶりに大本営が設置されたのだ」

 

 --それが毒になると分かっていても、飲まざるを得なくなるという事だ。

 

「後はそのまま……大日本帝国は第二次世界大戦前まで先祖返りして現在に至るという訳だ」

「あの頃、そんな事があったんだ……」

 

 その頃の石壁といえば、ただ日々を生きるだけで精一杯であった。避難した先で孤児院に拾ってもらえなければ、とっくの昔に死んでいただろう。

 

「……すまん、折角の旅行だというのにつまらん話をしたな」

 

 ガラでもない話をしたことを恥じて伊能が詫びると、石壁は気にすんなと笑う。

 

「しっかし……新城の奴どこに居るんだ?迎えに来るって言ってたのにねえ」

 

 石壁がロータリーを見渡していると、石壁たちが居た側とは正反対の場所に停車していた車が動いた。

 

「……まさかとは思うが、あれか?」

 

 伊能はロータリーを回ってこちら側へと向かってくる車を見て信じがたい思いに眉を顰める。

 

「……どうやら、そうらしいね」

 

 石壁も同様に信じられない思いで段々とこちらに迫ってくる車を見つめていた。車は石壁たちの目の前に、やたらと長い車体側面を向けて停車した。

 

 それは自家用車というにはあまりにも長すぎた。

 大きく

 長い

 黒塗りで

 そして高級車すぎた。

 それはまさにお金持ちの車(黒塗りの高級車)だった

 

「これってあれだよね……リムジン?」

「多分な。俺もそんなに詳しくはない」

 

 石壁がどうすればいいのかわからず固まっていると、召使いらしき男性が近寄ってきて二人に声をかける。

 

「失礼いたします。私は新城家に仕えている斉藤と申します。どうぞお車へ、定道様がお待ちです」

「は、はい」

「では荷物を頼む」

 

 斉藤は二人の荷物を受け取ると、車の扉を開いた。極めて小市民である石壁はその対応に恐縮しきりであり、大変へっぴり腰な乗車であった。逆に伊能はどうしてそこまで堂々と出来るのか不思議になるほど泰然と荷物を預け、まるで慣れ親しんだ愛車の如く自然に乗り込でいく。その対比に斉藤は微笑ましいモノを感じながらドアを閉じた。

 

「想像通りの反応ありがとう二人共」

 

 二人が席につくと、その対面に椅子をこちらに向けて座る新城がいた。彼はカジュアルでありながら高級感のある私服を上品に着崩しており、良家のご子息という存在をこの上なく体現していた。成金の見せつける豪華さではなく、血に染み付いた自然な高貴さを醸し出していると言えばいいだろうか。

 

「……」

「いや見違えたぞ。似合っているではないか」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で硬直する石壁と、全く動じない楽しげな伊能。想像どおりにすぎる二人の反応を見ていて、ついに新城は吹き出した。

 

「ぷくくっ……はははは!その反応が見たかったんだ」

 

 途端に高貴さが消え失せ、いつもの新城になる。そこでようやく石壁は肩の力を抜く。

 

「はぁ……寿命が縮むかと思ったよ……新城の家って、とんでもなくリッチなんだね」

 

 石壁はまだ若干肩身が狭そうではあるが、椅子の背もたれに体を預けた。

 

(あ……この椅子めっちゃ座り心地いい……)

 

 自室の●トリで買ってきた歳末処分特価2980円のソファが拷問具の出来損ないに思える様な座り心地であった。その極上の座り心地に、石壁はもしもこの車が廃車になったら椅子だけ引っ剥がして部屋に置きたいなと現実逃避気味に考えた。

 

「ああ、必要がないから黙っていたが、うちはここら一体の大地主だったからな」

 

 この世界は大日本帝国が継続した世界線であり、戦後のGHQによる農地改革(という名の土地の再分配)は行われなかった。そのため先祖伝来の大地主はだいたいそのまま地主である。

 

「……なるほど、深海大戦勃発後の内陸地の地価高騰で、そのまま農地は黄金の稲穂に満たされたというわけか」

「ご名答」

 

 伊能の言葉に新城は頷く。

 

「海岸線の重工業地帯が失われた結果、喪失された資産額は文字通り天文学的な数字になった。結果として多くの企業が文字通り消滅し、破産と統廃合によって業界が再編されていったと聞いている」

「ああそのとおり。結果として、再度沿岸部を取り戻した後も、内陸地に工場や本社を移したまま沿岸部に出てこなくなった企業も多いんだ。私の実家が持っている土地価格は、高止まりしているわけさ」

 

 もう一度深海棲艦に海岸線を奪われれば、物理的にも経済的にも会社が吹き飛びかねないのだ。内陸部から再進出に二の足を踏む会社は多い。そういった会社はそのまま軸足を内陸地へ置いているわけである。新城の家は、そういった企業に土地を貸す事で莫大な利益を得ているのである。卑近な例でいえば東京23区のうち何区か丸々保有して貸し付けていると考えるとわかりやすいかもしれない。

 

「……まあそのお陰で、『戦争で流れた血で金のなる木を育てている』なんて後ろ指さされる事もあるんだけどな」

 

 新城の顔が少し陰る。完全に偶然とは言え、戦火で何もかも失った人々からすれば、新城の家は戦争で大きな利益を得ているのだ。恨み辛みの感情を向けられるのも致し方ない部分がある。

 

「まあ、人の運命なんて明日でさえどうなるか分からないんだから。今が幸せなら素直に運が良かったんだって喜んでおけばいいんじゃない?」

 

 石壁は、二転三転する己の人生を振り返りつつ軽い口調でそう言った。悩んだ所で今の不幸はどうにもならないし、過去は変えられない。理不尽に流され続けたが故に辿り着いた、石壁なりの答えであった。

 

「……そうだな」

 

 石壁のその朴訥とした言葉に、車内の空気がふっと緩む。

 

(今が幸せなら素直に喜ぶ……か)

 

 名家の出だけあって人の汚い部分を沢山見てきた新城は、どうしても人に襟元を開くというのが苦手であった。友から嫉妬の感情を向けられる程、辛いものはない。

 

(ならば、私は本当にどこまでも幸せ者だな)

 

 故にこそ、新城は石壁達を友と呼ぶ事が出来る己の幸運に感謝した。日々を全力で楽しむジャンゴ、どんな相手であれ自分を貫く強い伊能、そして、どこまでも朴訥とした優しい石壁。己を新城家の嫡男ではなく、ただの新城定道として見てくれる友の存在は、彼にとって何物にも変えがたい生涯の宝であった。

 

「……定道様、到着致しました」

 

 暫しそうやって語らっていると、やがて一行を乗せたリムジンは、とある邸宅へと辿り着いたのであった。

 

 ***

 

 新城の家は一言でいうと、リフォームされた武家屋敷というのが一番しっくりくるかもしれない。広い土地を塀で囲まれた和風の邸宅で、敷地内に大きな日本庭園が広がっていた。

 

「〜〜♪」

 

 『和風のお屋敷』という概念をこれ以上ないほど具現化した家であった。が、今はその和風らしさは完全に吹き飛んでしまっている。

 

「よーし、良い感じだぜえ。ほらよ」

「うむ。ありがとう」

「HAHAHA気にすんな!どんどん食えYO!」

「うむ」

 

 なぜかって?そんな日本庭園の端っこでアロハシャツきて大量の肉をガンガンバーベキューで焼いてる黒人が居るからである。和のテイストぶち壊しであった。

 

「うむ。美味いな」

「だろ?ジョジョの親父さんは話が分かるな!もっと食え食え」

「うむ」

 

 ジャンゴが焼いた肉をもりもりと食うのは、おそらく50歳以上であろう壮年の男性であった。白髪をきっちりとオールバックで纏めた、端正な顔立ちの彼は、その立ち振る舞いからして上流階級の人間であろうというのがひと目でわかる人間であった。どことなく、新城と似ており、彼が歳を経て威厳を備えればこうなるのであろうなというのが感じ取れた。

 

 ……だが、その威厳もジャンゴに合わせてアロハシャツ姿でもぐもぐ肉を食うトンチンカンな状態のせいでどこかに吹っ飛んでしまっていた。

 

「ただいま、父さん」

「おかえり」

「ジョジョ!イノシシ!ブラザー!待ってたぜ!」

 

 新城の言葉に反応して新城の父とジャンゴが言葉を返す。新城の父は、あまり感情を見せない仏頂面であったが、その言葉には息子とその友人への優しさが籠もっているように石壁には感じられた。

 

「えっと、初めまして。石壁堅持です。この度はお世話になります。これ、つまらないものですが」

「伊能獅子雄という。世話になる」

 

 小市民らしくぺこぺこ頭をさげてそっとお土産を手渡す石壁と、軽く頭を下げて最低限の礼で済ませる伊能。新城の父は石壁から手土産を受け取ると二人へむけて口を開く。

 

「ご丁寧にありがとう。私は定道の父、新城忠道だ。石壁君、伊能君、歓迎しよう」

 

 ともすれば不機嫌なのではと考えてしまいそうな仏頂面のまま、彼はそう言うとお土産を側に控えていた斉藤へと手渡す。

 

「斉藤、頼む」

「はい、承知致しました旦那様」

 

 それだけでどうしてほしいのか察したらしい斉藤は、お土産を丁寧に持つと、石壁達を誘導しはじめる。

 

「では皆様、お荷物を部屋に置いた後、お食事に致しましょう」

「美味い肉を沢山焼いておくから早く来いよ!」

「……う、確かに美味しそう」

 

 肉を網で焼くという、原始的ながら暴力的な旨さの塊。それが放つ野性味溢れる芳香が、石壁達の腹を急速に空かせていく。

 

「うむ、彼が焼いた肉は、美味い」

 

 新城の父はそういうと、椅子に腰掛けて食事の続きに戻る。

 

「早くこないと、私が全部食べてしまうぞ?」

 

 冗談だと知りつつも、仏頂面で冗談っぽさがゼロの彼がそういうと本気で全部食べきってしまいそうに思えてくる。

 

「……急いで荷物を置いてこよう!」

「はい、ではこちらへ」

 

 石壁の言葉に斉藤は楽しそうに笑うと、皆を部屋へと案内したのであった。

 

 ***

 

 ジャンゴが焼いた肉はそれは大量であった。だが、なんだかんだ言って働き盛り食い盛りの軍人4人である。その大量の肉は残らず彼らの胃に収まったのであった。

 

「いやー……美味しかったねえ……」

 

 石壁は新城の家の居間に寝っ転がってお腹をさすっていた。広々とした畳敷きの居間は、冷房が効いており極楽のようであった。

 

「まったくだな。肉も良い肉ばかりだったぞ」

 

 伊能は寝っ転がりはしないが、ソファに腰掛けてくつろいでいる。

 

「ああ、普段軍で出てくる肉とは値段が桁違いだからな。いくらかは想像に任せるが」

 

 新城は伊能とは別のソファに身を任せている。 

 

「肉も良かったが、オイラの腕も良いだろ?」

 

 ジャンゴはいつもどおりの輝く笑みでサムズアップする。それに皆一様に頷く。

 

「ジャンゴが焼いたならどんな肉でも美味しいだろうね」

「どちらかというと、このメンバーなら、かもしれんがな」

「それは言えているな。何度も食べたはずなのに、今日食べた肉が今までで一番美味しかったよ」

「確かに、オイラもそう思うぜ」

 

 気の合う仲間で集まって、肉をやいて食うのだ。これで不味い訳がない。

 

 しばしそうやって語らっていると、BGMがわりにつけていたテレビからニュースが流れ始める。

 

『今年もここ靖国神社には大勢の人が集まっております』 

「……ああ、そういえば今日は終戦記念日だったっけ」

 

 テレビのアナウンサーの言葉に、石壁はその事を思い出した。テレビの画面では靖国神社で献花を行う首相を映している。

 

『本日9月2日は終戦記念日……日本がポツダム宣言を受諾した日です。これより首相による献花が行われます。戦後靖国神社には、太平洋戦争で失われた敵味方全ての将兵、民間人を弔う慰霊碑が建てられました。以後歴代の首相は全て、毎年この日に献花を行っています』

 

 テレビの画面で首相が献花を終える。

 

『……黙祷』

 

 その瞬間、全ての音が世界から消える。一年を通して、おそらくこの国が最も静謐に包まれる一瞬が過ぎていく。

 

「……」

 

 石壁達もまた、沈黙に包まれる。靖国神社(あそこ)に祀られているのは、最早過去の人間だけではない。今現在も続く戦いの中で倒れた兵士たちが眠る場所であり……そして、明日の自分たちが眠るかもしれない場所なのである。他人事と笑い飛ばせるような人間は、此処には居ない。居る筈が、ない。

 

 そして、黙祷が終わる。

 

「ふぅ……茶化すつもりはないけど、オイラはこの空気やっぱり苦手だぜ」

 

 黙祷が終わると真っ先にジャンゴが姿勢を崩し、パタパタと団扇で顔を仰ぐ。その良い意味で空気を読まない行動に、その場の全員が笑みを浮かべる。

 

「はは、ではいっそ皆で鎮魂歌でも歌おうか?私はそれも悪くないと思うよ」

「そういうのは肌にあわん。強い曲調の方が良いだろう」

「じゃあいっそデスメタルでも歌う?」

「HAHAHA!ソイツは良いな!余りに最高過ぎて地獄がライブ会場になっちまうぜ!」

 

 そうやって軽口を叩いている間に、画面では黙祷を終えた首相が壇上に立っていた。

 

『先の大戦の折、米国という超大国を前に我々を導き、平和を見ること無く散っていた首相がおりました。彼の名は東郷 忠(とうごう ただし)。日本海海戦の英雄東郷平八郎提督の息子である彼は父に勝るとも劣らぬ神算鬼謀をもって米国相手に戦い続けました』

 

 石壁達はTVから流れるナレーションをBGMにアイスコーヒーを飲んでいる。

 

『彼は講和条約を目前とした8月15日に連合艦隊司令長官として大和に座乗して沖縄に停泊中でありました。ですが、突如として発生した謎の爆沈に巻き込まれ、彼は大勢の将校と共に海の底へと沈んでいきました。時を同じくして至るところで艦艇が同時多発的に爆発、轟沈した為、テロ、或いは連合国の破壊工作であったと言われていますが、その原因は未だにわかっておりません』

 

「……終戦まであと1ヶ月もなかったのに、無念だっただろうね」

 

 石壁は、卓上にコーヒーを置くと、ポツリと呟く。

 

「……軍人など、いつ死ぬか分からんのだ。致し方あるまい」

 

 元陸軍兵士として、本土開放戦時にはあきつ丸と共に従軍していた伊能。彼はコーヒーの苦味とは別の苦渋に眉間の皺を濃くさせながら、画面を見つめていた。

 

『彼が残してくれた大日本帝国は、深海大戦という人類未曾有の危機の中にあっても滅びること無く残っております。我々は、彼の遺志を継ぎ、この国を護っていかねばなりません。死んでいった兵士たちの献身に報いる為に、戦い続けましょう。勝利の日まで』

 

 首相の言葉が終わると、拍手の音が溢れた。戦時下の首相の言葉としては、極めて無難な演説であった。

 

「東郷提督の遺志……か」

 

 新城がポツリと呟く。

 

「どうかしたのかYO?ジョジョ?」

 

 ジャンゴがそう問うと、新城は口を開く。

 

「……いや、私の祖父はこの東郷提督の側近だったらしくてね」

「え?新城のお爺さんが?」

 

 石壁が驚いたように新城の方をむく。

 

「ああ。さっき言ってただろ?副首相が後を継いだって」

「あの副首相がお爺さん!?」

 

 石壁は衝撃のあまり叫ぶ。世界は狭いとかそんな次元ではない。

 

「記録にも残っているから調べれば分かるけど……そうだな、ちょっと待っていろよ」

 

 新城はそういって立ち上がると、本棚から一冊のアルバムを引っこ抜いて持ってくる。

 

「ええっと……ああ、このページだな」

 

 開かれたページには、白黒の写真が収められていた。三人の青年が肩を組んで立っている。

 

「こっちが若い頃の東郷提督、こっちがウチの爺様」

 

 中央の青年に肩をだかれ、笑顔で写真に映る二人の青年がいた。右側の男性の顔は教科書でみた東郷提督の面影がたしかにあった。そして左側の青年は兄弟だと言われたら納得しそうな程新城に似ている。

 

「へえー、これは凄いね」

「なるほど、確かに東郷提督のようだな」

「ジョジョのジーサン、ジョジョにソックリだな!」

 

 三人でアルバムを見ていると、突如として伊能が固まった。

 

「そういえば、この真ん中の……男……は……っ!?」

 

 伊能は珍しく驚愕したように目を見開く。

 

「ど、どうしたんだ?」

「どうしたブラザー?」

 

 石壁達が伊能へ顔を向けると、伊能はゴクリと唾を飲みながら呟いた。

 

「……陛下だ」

「へ?」

 

 伊能は驚かされた腹いせか、若干恨めしげに新城へ目をやる。

 

「真ん中のお方……既にお隠れになられたこの国で最も尊き血筋のお方だ……だろう、新城」

「はぁ!?」

「ワッザ!?」

 

 心底驚いた顔で写真に向き直る二人、じっと見続けると、確かに、面影がある。歴史の教科書で見た、先の時代の天皇の顔に。

 

「ご名答」

 

 新城の楽しげな回答の直後、リビングは驚愕の叫びに包まれた。

 

 ***

 

「はぁ……お、驚いた……」

 

 石壁は、おっかなびっくりという形容詞通りの動きでそっとアルバムを閉じる。

 

 この世界の日本は大日本帝国を継承した日本である。故に皇室は未だに現人神として扱われている。史実から更に70年、積み重ねた歴史の長さもあって、その権威は史実現代日本とは比べ物にならない。

 

 例え写真であれ、公の場で陛下を粗末に扱おうものなら二度と表を歩けなくなる可能性が極めて高い。語弊はあるが、イスラム圏で神を愚弄するようなものだと言えばわかりやすいだろう。

 

 いわば、この国最高の触れてはならぬお人(アンタッチャブル)なのである。石壁がビビるのは当然であった。

 

「爺様と東郷提督は陛下と同じく学習院の初等科に通っていたそうだ。謂わば同期の桜だったらしい」

「陛下の同窓って……」

 

 恐れ多いという次元ではない。想像しただけで胃が痛くなるほどのプレッシャーであった。

 

「その後、陛下は皇太子となり、東郷提督は海軍へ、爺様は政治家への道を進み……太平洋戦争の時代にそれぞれの道のトップになって再会したというわけだ」

「なんというか……まるで物語みたいな奇縁だね……」

 

 石壁は遥か過去の歴史上の偉人達の物語に思いを馳せる。

 

「……新城の祖父殿は東郷提督について何か語っていたか?」

 

 伊能は、なんとなく答えが想像出来てしまったのか。少し硬い顔でそう問うた。

 

「……何も」

「え?」

 

 石壁が驚いたような顔で新城の方を向く。新城は形容し難い、悲しいような、寂しいような顔で、アルバムを手に取って棚へ向かう。

 

「……爺様は、彼に何があったのか、何も語ろうとしなかった。私が昔、彼について教えてほしいと聞いてみたが……悲しげに、苦しげに、寂しそうに……微笑むだけだったよ」

 

 アルバムが棚へと収められる。先程までそこにあった写真(情景)が、まるで歴史の流れに埋もれるように、無数の(記録)の中に消えてしまう。

 

「きっと、私達が知っている東郷提督(英雄)と、爺様が一緒にいた東郷忠(実物)は似て非なるモノなんだろうな、と思ったよ」

 

 英雄の肖像とは即ち、歴史に刻まれた記録の影法師に過ぎない。記録されていない部分は影にならず消え去っていく。後に残るのは光の当たる記録だけが作り出した偶像でしかないのだ。

 

「……英雄、か」

 

 石壁は己とは縁遠いその言葉に歴史の流れを感じながらTVの画面に目をやる。既に画面は次の番組に切り替わっており、過去の英雄を称える誰かの姿はない。

 

「……さて、辛気臭い話はこれくらいにして、観光でも行こうか」

 

 新城はしんみりとしてしまった空気を破るように明るくそういうと、立ち上がった。

 

「どこに行くのだ?」

 

 伊能がそう問うと、新城は笑みを浮かべる。

 

「内緒」

 

 新城はそういうと、歩き出したのであった。

 

 

 






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