艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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本日は前後編同時投稿となっております

こちら側が前編ですのでこちらかわお読みくださいませ

まもなく後編も投稿致します。


第二十三話 灰燼の中で 前編

 意識のない石壁の傍で付きっ切りで看病をしていた鳳翔は、戦いの疲れから石壁の手を握ったまま眠ってしまった。

 

 だが、気が付くと彼女は石壁の居た医務室ではない場所に独りポツンと立ち尽くしていた。

 

「……ここは?」

 

 そこには一面廃墟の町並みが広がっていた。

 

 街全体が焼け落ち、砕け散り、残骸と化したそこは、宛ら死者の街。荼毘に付された遺骨の如き様相を呈していた。

 

 砕けたコンクリートと焼け跡だけが残った灰色の街に、鳳翔だけが立っていた。

 

「……」

 

 鳳翔は空を見上げる。そこには光を通さない分厚い雲だけが広がっている。

 

 白と黒だけの死んだ世界に、たった独り立ち尽くす彼女の胸に寂寥感と空虚感が満ちていく。

 

「一体何処なのでしょうか……ここは……」

「ここは夢の中よ」

 

 誰に問いかけたわけでもないその問いに後ろから答えを返されて、鳳翔は驚き振り返った。

 

「……貴方は?」

 

 そこに立っていたのはとても美しい女性であった。

 

 長い黒髪をポニーテールで纏めた長身の女性で、紅白の意匠が生える水兵服に身を包んでいる。肩にそえるようにさした和傘をくるりと手の中で回すその様はとても絵になった。

 

(とても綺麗な方……)

 

 そんな彼女の姿を見て、洋装の大和撫子、そんな単語が鳳翔の脳裏に浮かぶ。

 

「この姿では初めまして、かしら?」

「この姿では?」

 

 鳳翔は彼女の変な言い回しに首をかしげる。鳳翔の記憶が確かならば彼女の様な女性と出会ったことなど一度もなかった筈である。

 

「ああー……まあ、私の事は良いのよ。それより、ついてきて」

「え?」

 

 彼女はそう言うとくるりと踵を返し、鳳翔に背を向けて歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。貴方は一体?そして、ここは何処なんですか!?夢って一体どういう事なんですか!?」

 

 鳳翔は歩きだした彼女の背を追いながら問う。何もかもが意味が分からなかった。

 

「言ったでしょ?ここは夢の中、私はさしずめ夢の中の世界の住人。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「夢……?これは私の夢なんですか?」

 

 鳳翔の記憶にある限りこのような夢など見た事はなかった。

 

 見渡す限り一面の廃墟が広がっているその光景と茫漠感は夢と言うにはあまりにも生々しく、鼻を突く焦げ臭さと埃っぽさは余りにもリアルであった。

 

「半分はね」

「半分は?」

 

 意味の分からない回答に鳳翔が戸惑っていると、目の前の彼女は一瞬だけこちらへと視線をやる。

 

「ここは、石壁の夢の中……アイツの心の中よ」

「……石壁提督の?」

 

 信じ難い宣告に目を見開く鳳翔を無視して、女性はまた前を向いて歩き出す。

 

「どういう事なんですか……?」

 

 鳳翔は歩きだした女性の後ろをついていきながらそう問う。

 

「どうもこうも、私が言ったままよ。ここは石壁の夢の中だってば」

「では何故私が提督の夢の中に居るのですか?」

 

 普通ならありえない他人の夢への侵入。だが、何故かこれが石壁の夢の中なのだと言われてしまうと、鳳翔はストンと腑に落ちる様な気分になってしまった。だからこそ、何故こんな事になったのかが分からない。

 

「だって、貴方達結魂(ケッコン)のせいで魂が繋がっているもの。艦娘と提督ってそういうものでしょう?文字通り心を一つにして戦うからこそ、艦娘は強いのよ」

 

 石壁と鳳翔は南方棲戦鬼との決戦の折に結魂を行って南方棲戦鬼を打ち破った。それ以来石壁と鳳翔の魂は不可分となっている。

 

「魂が繋がっているから、貴方の意識が石壁の夢に引き寄せられたのよ」

「そんな事が、あるのですか」

 

 本来ならあり得ない筈の説明を、またしても鳳翔は受け入れてしまった。文字通り魂で理解したとでも言えるだろうか、ここが石壁の心の中だと知ってしまえば、そうとしか思えなくなってくる。

 

「……でも」

 

 鳳翔は周囲の荒れ果てた光景をみて口を開く。

 

「なぜ、提督の夢は……こんなにも荒れ果てているのでしょうか」

 

 石壁という青年は、どこまでも暖かく優しい人間であった。日向を思わせる様な彼の有り様と、目の前の廃墟が重ならない。

 

「この光景が、石壁にとって始まりの光景だから、かしらね。強く強く、魂に焼き付いた忘れられない光景だから」

 

 女性は平坦な声のまま続ける。

 

「一度彼の心は何もかもが壊れ果てた。焼き払われ、崩れ落ち、何もかもを失った事である意味彼はリセットされた。まっさらになった心が初めて見つめたのがこの死んだ街だった」

 

 まるでネガに情景が焼け付くように、壊れた石壁の心にはじめて焼け付いたのがこの廃墟の記憶。

 

「ここは石壁にとって、己の終わりであり、始まりの街」

 

 そう、この街がーー

 

「彼の、生まれ故郷よ」

 

 ーー石壁が全てを失った場所なのだ。

 

 ***

 

 それから暫く二人が無言で街を歩いていると、廃墟の街に不釣り合いな建物が目に入る。

 

「……あれは?」

 

 それは、一面の廃墟の中にポツンと佇む1件の住宅。なんの変哲もない無傷の家屋であった。戦火に焼かれた世界の中に唯一残っていたその建物の前までやってくると、二人は立ち止まった。

 

 建物は商店と住宅を兼ねた古びた木造建築で、一階部分が小さな店舗になっている様であった。

 

 鳳翔は目の前の家屋の表札に目をやって、口を開いた。

 

「……『石壁』、ここは、提督の家?」

 

 鳳翔がそういうと、女性が頷く。

 

「ここが、彼の心の深奥。誰にも触れさせない彼の魂の核」

 

 女性が取っ手に手を伸ばす。

 

「……ッ!」

「キャッ!?」 

 

 女性が取っ手に触れた瞬間、電流の様なモノが走り彼女の手首が弾け飛んだ。女性が一瞬だけ顔を苦痛に顰める。

 

「……見ての通り、私じゃこの中には入れない」

 

 女性の吹き飛んだ片手からは一切血がもれず、まるで揺らいだホログラムが時間経過で再形成されるようにゆっくりと形を取り戻していく。彼女が現実の生き物ではないのだとその光景が雄弁に語っていた。

 

「今、石壁は酷使され、摩耗した精神を癒やそうと心の殻に籠っているの。一番脆くて、一番硬い、この場所でね」

 

 女性は元に戻った手首を軽く振りながら、鳳翔を見つめる。

 

「この場所に入れるのは世界でただ一人。彼と魂まで繋げた女性である貴方だけよ」

「私だけ、ですか?」

 

 鳳翔は先ほど女性の手首を吹き飛ばしたドアノブに目をやると、そっと手を伸ばす。

 

「……」

 

 目の前の女性は触れただけで手首を吹き飛ばす程拒絶されたというのに、鳳翔が触れるとドアノブはなんの反応も示さなかった。

 

 それを見た女性はやっぱりという表情を浮かべる。そこには納得と同時に、一抹の寂寥感が混ざっているように鳳翔は感じられた。

 

「……ね?言ったとおりでしょ」

 

 女性はそういって軽く笑うと、踵を返して去っていこうとする。

 

「後は任せたわ、石壁によろしくね」

「……あの!」

 

 鳳翔の声に、背中を向けたまま女性は静止した。

 

「……貴方は一体、何者なんですか?」

 

 鳳翔がそう問うと、女性は背中を向けたまま口を開いた。

  

「言ったでしょ?私はこの夢の世界の住人よ」

 

 陽炎が揺らぐように、女性の後ろ姿が揺らいでいく。

 

「私はここから離れられない。だからいい加減、この辛気臭い光景にも飽きたの。さっさとあの引きこもりを引きずり出して欲しいのよ。アイツが起きてくれれば、この殺風景も少しはマシになるから」

 

 薄れ行く女性の姿が、蝋燭の火が掻き消える瞬間の様に大きくブレる。

 

「頼んだわよ」

 

 一瞬、黒い髪が真っ白になったように見えた。鳳翔が瞬きをすると、そこにはもう誰も居ない。

 

 鳳翔はしばし女性が消え去った空間を見つめた後、振り返って扉に向き直る。

 

「……」

 

 覚悟を決めた鳳翔は、石壁の心の扉を開いた。

 

 

 ***

 

 扉を開けて中に入った筈の鳳翔は、気が付けばまた石壁の家の目の前に立っていた。

 

「あれ?」

 

 鳳翔はぐるりと周囲を見渡す。そこには先程までの廃墟から打って変わって人の営みに溢れた街並みが広がっていた。夢の中で急に場面が切り替わる様に、廃墟になる前の町に鳳翔は移動したのだ。

 

 空を見上げれば真っ青な空に飛行機雲が一本走っている。初夏の心地の良い風が鳳翔の頬を撫でてゆく。

 

 鳳翔が呆けたように周囲を見渡していると、一人の少年が鳳翔の方へと走ってくる。

 

「……あ」

 

 まだ10歳にもなっていないであろう少年をみて、鳳翔は直感的に理解した。

 

「……提督」

 

 その少年は子供の頃の石壁であった。自身の方へかけてくる石壁へと思わず手を伸ばす鳳翔だったが、彼女の手や体を石壁は文字通り『すりぬけて』いった。

 

「……そうか、これは提督の記憶なのですね」

 

 触れようとしてすり抜けていった手を、鳳翔は軽く見つめてから石壁の家へと振り向く。少年は鳳翔には目もくれずに、家へと駆け込んでいった。

 

『ただいまー』

『お帰りなさい、ケンジ』

『母さん、おやつある?』

『フルーツの盛り合わせ用の林檎を切ってくれたら少し食べてもいいわよ』

『はーい』 

 

 鳳翔が石壁の後に続いて中に入ると、少年は笑顔で母親の傍について林檎の皮をむき始めていた。手慣れたその動きは、小さいころからずっと母の手伝いをしていた事を伺わせた。

 

(この方が……提督のお母さん……)

 

 石壁の家は小料理屋であり、仕事着である割烹着をきた彼の母親は、おっとりとした笑顔の普通の女性であった。

 

『ただいまー』

『あ、姉さん!』

 

 中学生らしい少年の姉が帰宅する。

 

『お、ケンジ手伝い?』

『うん!』

『そっか、私も手伝おうかな』

『貴方は勉強してなさい、お皿をまた割られたらかなわないもの』

『姉さん料理へたっぴだもんね』

『う、うるさいわい!』

 

 鳳翔は、そんなありふれた暖かな親子の姿をじっと見つめる。どこにも曇りのない、ごくごく普通の親子の他愛のない会話が、何故か鳳翔の心を酷くざわつかせた。

 

『父さんはいつ帰ってくるんだっけ』

『あの人の乗っている船は今ハワイ島のあたりだったかしら……まだしばらくは帰ってこれないわね』

『そっかー……』

 

 少年がそう言いながら、壁に立てかけてある写真立てを見る。そこには家族全員で撮った写真が立てかけてあった。現実の石壁が更に20年、齢を重ねればこういう顔付きになるのであろうなと思える男性が家族と共に映っていた。男性は将校用の第一種軍装を着用しており、海軍の人間であったのが見て取れた。

 

『今度父さんが帰ってきたら一緒に遊ぶんだ!』

 

 少年は笑みを浮かべながら写真の父を見つめている。

 

(これが提督の記憶だとするなら……)

 

 鳳翔は石壁がどういう人生を歩んできたのか、大まかに知っている。つまり、この後この夢がどういう結末を迎えるのか、なんとなく分かってしまう。決壊するダムの目の前に立っているような切迫感が彼女の胸を締め付けていく。

 

 そこから、唐突にシーンが切り替わる。ここが石壁の夢の中である事を証明するように、彼にとって印象深い記憶が飛び飛びに繋がって無理やりに物語を紡いでいく。

 

 夏休みのプール、友人達との虫取り、学校での運動会、大晦日、初詣……そのどれもが他愛無い日常のワンシーンでしかない。鳳翔は乱雑に切り取って繋げられたホームビデオを見る様に、少年の成長の記録をただただ見つめていた。

 

 ***

 

 やがて少年が12歳になり、もうすぐ小学校を卒業するという頃になる。中学生であった少年の姉は工業高校へと進学し、技術屋になるんだと意気込んでいる。

 

 いつも通りの日常、いつも通りの会話、いつも通りの自宅……その日もいつも通りに終わるはずであった。

 

『臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。ハワイ島のミッドウェーにおいて謎の航空戦力が米軍基地を強襲、ミッドウェー島の米軍基地は多大なる損害を被り、ハワイ島が占領されました』

 

 だが、いつも通りの筈の世界は、唐突に変貌を始めた。

 

『米国国防省はこの謎の武装勢力に対して宣戦を布告。大日本帝国大本営陸海軍部は日米同盟に基づいて同じく宣戦を布告、我が国は本日より戦争状態に突入しました』

 

 それは、終わりの始まり。

 

『繰り返します。大日本帝国は戦争状態に突入いたしました』

 

 この日より現在まで10年近く続くことになる人類と深海棲艦の絶滅戦争、深海大戦が勃発したのだ。

 

 


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