この幕間は第一部に並行して発生したこと、
あるいは第一部の最終回からエピローグの間で発生した
諸々のエピソードを描いております。
もう何話か幕間を投稿致しますが、それぞれ
時系列が若干前後したりすることも御座いますのでご注意くださいませ。
さて、石壁たちが要塞建造でひいこら言っていた頃、石壁の友人たちは何をしていたのだろうか。ショートランド泊地が陥落した数日後の横須賀に視点を移してみたい。
泊地陥落と石壁達の戦死(推定)の報告が届いた横須賀鎮守府では、大きく反応が二つに分かれていた。
石壁を南方へ追いやった大本営の派閥のモノは彼の死を喜び、石壁に近しいモノたちは彼の死を嘆いていた。
(無論、石壁達はどっこい生きてるシャツの中ならぬ山の中で、現在要塞建造とゲリラ戦で必死に戦っている訳なのだが……本土の誰もそんな事は知らないし、知っても信じられないだろうが)
話を石壁の友人に戻そう、石壁が親友であると公言する新城は、現在彼の執務室で石壁が戦死したという報告書をにらんでいる。そして彼の両サイドには彼の初期艦である扶桑と山城が居り、彼と共に報告書を呆然と見つめていた。
「嘘……そんな……あの二人が……」
報告書を見て、信じられないと口元を抑えながらつぶやく山城、その手は、悲しみに震えている。
「提督……大丈夫ですか……」
扶桑もまた、あまりの事態に声が震えているが、それでも隣にいる提督の様子が気にかかり、彼の背中に手をあてて心配そうに顔をうかがう。
「……」
新城は心配そうな扶桑の言葉に応える事無く、ただじっと報告書を見つめている。
次の瞬間、山城が怒りと悲しみに激発した。
「最低限の部隊、最低限の設備をもって短時間で設営された最前線基地!しっかりとした援護がなければ、こうなるのはわかりきってた事じゃない!あの二人は……大本営に捨て石にされたのよ!!」
山城は普段の前向きさを失って嘆き悲しむ。
「ああ……何が不幸を持っていくよ……私がやったことは、彼を南方へ送る手助けでしかなかった……私達が彼を死地へおいやったというの……?また私は、仲間を助けられなかった……ああ、不幸だわ……」
歯を食いしばり、俯く山城。彼女は石壁の事を扶桑型三姉弟の末弟だと冗談半分で公言する位には、石壁の事を大切に思っていた。石壁達は山城にとってもかけがえのない仲間だったのだ。
「山城」
その時、落ち着いた新城の声が響いた。
「すこし、落ち着け」
「落ち着けですって……これが落ち着いていられる!?あの二人は大本営に殺されたのよ!!提督は平気なの!?」
「山城だめ……!!」
山城の怒声を聞いた扶桑が焦ったように山城を静止する。だが、遅かった。
「……だろう」
「え……?」
奥歯を噛みしめる鈍い音が響く。
「平気な訳無いだろう……ッ!!」
押し殺した様な声でそう言うと、新城は軍帽を深くかぶった。彼が感情を隠す際の癖だ。よく見れば、新城の握りしめられた拳から血が滲んでいる。
新城と言う男は表向きは冷静な男を装っているが、内面は誰よりも熱く、だれよりも義理堅く……だれよりも、情の深い男だった。
冷静になればわかる、新城が悲しんでいない筈がなかった。苦しんでいない筈がなかった。怒っていない筈がなかったのだ。山城は怒りでそれを失念していたのだ。
「……っ!ごめん……なさい……」
その事に思い至った山城は、提督に素直に詫びた。
「……いや、こちらこそすまなかった」
そう言って、新城は立ち上がった。
「……ジャンゴが心配だ。アイツの事だ……こんなこと聞けば、暴走しかねん」
新城はもう一人の親友が無茶をしでかす前に止めねばと、執務室を後にする。その後ろを、扶桑と山城は追った。
***
「……」
「……」
「……」
重苦しい沈黙に包まれたまま、三人はジャンゴの執務室へと足を運ぶ、新城は先ほどから重苦しく黙ったままだ。
新城は表向きは冷静沈着を目標にしている男だが、親しい友人知人の前では簡単にメッキがはがれて熱くなる男だ。故に、扶桑や山城の前でここまで黙ってピリピリとした空気を放つことは珍しい。
(……姉さま、提督大丈夫かしら)
(……一度に二人も親友を失えば、誰だってこうなるのが当たり前よ。それでも周りの人間の様子を気に掛けられるあたり、まだ大丈夫よ山城)
扶桑と山城は、新城に聞こえないようにこっそりと会話する。長い付き合いだけあって、二人は新城の行動原理はよくわかっている。
(大丈夫よ、提督を信じましょう)
(……はい)
そうこうしているうちに、ジャンゴの執務室が見えてくる。
「……の……はそんな女々しい……だったか……!!」
「……!?……!?」
「……さん!!……てる!!提督の……よぉ!!」
「うるせぇ!!……はだぁーってろ!!」
「……!?」
その瞬間、何かが砕け散る『ガシャーン!!!』という音が響いた。
「……が!!」
「ごはぁっ!?」
そして響く鈍い音と、叫び声。
「「「!!」」」
廊下を進む三人は、ハッとして執務室を睨んだ。
「……!!ジャンゴ!!大丈夫か!!」
新城はそのただならぬ様子に、一も二もなく駈け出して執務室に駆け込んだ。扶桑と山城も後に続いた。
***
遡ること数分前、新城と同じく石壁の戦死報告を信じてしまった非常に暑苦しい男が、叫んだ。
「おおおおお!!!ブラザーが死んじまったーー!!!!」
滂沱と涙を流して全力で嘆くその漢の名は、ジャンゴウ・バニングス、人読んで『横須賀の面白黒人枠』ジャンゴ。
ラテン系の血が強い陽気な男で、黒い肌に肩まであるドレッドヘアが特徴的な横須賀の名物提督だ。
彼は今、ソウルブラザーと公言して憚らない二人の提督の訃報に全力で嘆きかなしんでいた。
新城の部屋のしっとりした悲しみとは正反対の、燃え上がる激情を全力で燃やす泣きっぷりに、隣に居た金剛が動いた。
金剛は普通『デース』口調のとってもキュートな女性で、提督へ真っ直ぐな好意をぶつけてくるとても人気のある艦娘だ。普通の金剛なら、嘆く提督を支えて立ち直る手助けをするだろう、基本的に金剛は包容力のある大人の女性だから。
金剛は提督の胸元に手をやると、『怒声を上げた』
「じゃかあしい!!ガタガタ餓鬼みてぇに泣いてんじゃねぇぞダボハゼ野郎!!嘆き悲しむのが手前の仕事かってんでい!!しゃきっとしやがれい!!」
「うぐぅ!?」
そう、『普通の』金剛なら優しく提督を起き上がらせただろう。が、此処に居るのはそんなまなっちょろい手段をとる、おしとやかな面白帰国子女ではない。
膝をつく身長二メートル近いジャンゴを胸ぐら掴んで無理やり立たせた金剛は、ある意味でジャンゴ以上に特徴的な女性だった。
『一度あったら忘れられない艦娘ランキング堂々一位』『国籍が迷子』『帰国子女ではなくタイムスリッパー』『横須賀の江戸弁金剛』との異名を持つジャンゴの初期艦、金剛型戦艦の金剛である。
なんの因果か強烈な荒いべらんめえ口調の姉御になってしまった彼女。深く付き合えば本当に根っこの所は意外と金剛のままだとわかるが、表面化する人格面はとっても男らしい江戸の荒くれ者であった。
「メソメソ泣いてる暇があったら!!あの二人の仇ぁ討つ為に動くのがスジってもんだろうがよ!!手前の兄弟分はそんな女々しい親友を喜ぶやつだったかってんでい!!」
「……!?……!?」
金剛は金剛で、石壁の死亡報告が相当トサカに来ていたらしく、正しくもって『鬼金剛』と呼ぶべき迫力でジャンゴをゆすっている。無意識のうちに、ジャンゴの気道を締め付けながら。
「金剛姐さん!!決まってる!!提督の首が決まってますよぉ!!それは死んじゃいますぅ!!!!」
「うるせぇ!!比叡はだぁーってろ!!」
「ひぇー!?」
後ろから金剛を羽交い絞めにして止めようとした比叡が、彼女の剣幕に驚いて机の灰皿を落とした。
ガラスが砕け散る騒音が部屋に響いた。
「いい加減にしやがれファッキン金剛が!!」
「ごはぁっ!?」
金剛の締め付けに切れたジャンゴが金剛のドタマに強烈なヘッドバットを叩きつける。
たまらず、金剛が頭を抱えて蹲る。
「へっ……無様だなざまぁみやがれって超いてええええええええええええええええ!!!!!!」」
当然、艦娘にそんな速度でヘッドバットしたら人間の方もただではすまない。蹲った金剛以上に無様に地面に倒れこんでゴロゴロと転がりだすジャンゴ。あまりの痛みに視界がチカチカと明滅している。
「ジャンゴ!!大丈夫か!!」
その瞬間、執務室のただならぬ様子に驚いた新城が駆け込んでくる。それに一歩遅れて扶桑と山城も後に続く。
「おいジャンゴ!!一体……どう……し……た?」
鬼気迫る表情で部屋に飛び込んできた新城の顔が、一言つづけるごとに気の抜けた呆然としたものに変わっていく。
目の前には涙目で頭を抱える金剛と、地面をゴロゴロ転がる親友(ジャンゴ)、おろおろと金剛とジャンゴの間をうろつく比叡というなかなかにカオスな状況が広がっている。
「……なにやってんだお前ら」
あまりにも普段通りのカオスな有様に、石壁の訃報からずっとふさぎ込んでいた新城の心が、少しだけ軽くなったのであった。
***
閑話休題
狂乱が収まったころに本題に入る。
「さて、ジャンゴ、話は聞いたか」
「ああ、イノシシとイシカベの二人が捨て石にされたんだってな……クソッタレが!!」
ジャンゴは歯を噛み砕かんばかりに喰い縛り、手を震わせながら言った。それをきいた新城は、頷きながら言う。
「ジャンゴ、実は頼みがあるんだ」
「どうしたブラザー?」
「私はあのショートランド泊地を深海棲艦から奪回し、石壁達の仇を討ちたいと思う……だが、私一人の力では……とてもではないがあの海域を奪回することは不可能だ。この道が茨の道だというのはわかっている……それでも私は戦いたいんだ。だから、どうか力をかしてくれないか……」
そういいながら新城が頭が頭をさげると、ジャンゴは不敵な笑みを浮かべて大きく頷いて応えた。
「へへ、なに水臭いこといってんだブラザー。弔い合戦、やってやろうじゃねぇか!」
ジャンゴが眩しい笑顔を浮かべて拳を握りしめてそう宣言すると、金剛は楽しそうに笑った。
「へ、さっきまで泣きべそかいてた甘ったれのクセにいっちょ前に抜かしやがる」
「シャーーラアアアアアップ!!!ファッキン金剛黙ってろ!」
「なら結果で黙らせてみやがれってんだ。でけえ口吐いたんだ、もし途中でヘタレやがったらアタシが海に叩き込んで石壁達の所まで送ってやるから安心しやがれい。ついでに香典も奮発してだしてやらぁ……比叡が」
「ひえっ!?」
先ほどまで消沈していたとは思えないほどの元気っぷりに新城も軽く微笑む。
「やれやれ、やっと元気になったか、お前が消沈していると気色が悪いからな」
「ふふ、報告が来てからずっと悲しくて不機嫌だった人が何かいっていますよ、山城」
「まあまあ姉さま、提督らしくて良いじゃないですか」
扶桑たちが新城を軽くからかうと、新城は無言で軍帽を深く被り、若干赤くなった表情を隠した。
「ハッハッハ、自分も辛いのにウチの宿六を心配して発破をかけに来てくれたんだろ?本当にコイツにゃ勿体無い仲間だねぇ」
ケラケラと愉快そうに笑う金剛に、ジャンゴが噛みつく。
「うっせーよ金剛!!たく、ありがとよジョジョ、扶桑、やまりん、おかげでやるべきことが見えてきたぜ」
「ああ……といいうか、いい加減ジョジョって言うのやめてくれよ」
「いいじゃねぇかジョジョ、覚えやすくていいぜ!」
「私は波紋もスタンドも使えんぞ!!」
「……あの、やまりんって呼ぶのやめてくれないかしら?」
「細かいことは気にすんな!!それじゃあいっちょうやってやるか!!いくぜえええええ!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
ジャンゴの掛け声に合わせて、執務室に大きな声が響いた。
かくして、横須賀にいる石壁の友人達は、友の訃報に奮起して新たな戦いを始めたのであった。