艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第一話 深海棲艦なんかに絶対に屈しない!!

 部屋の扉がノックされると、伊能提督は入れと許可を出した。

 

「失礼するであります」

 

 そう言って入ってきたのは、肩までのセミロングの黒髪をもつ、全身を黒い軍服に包んだ少女であった。白粉でもぬったかのような色白な肌とのコントラストは、まるでキョンシーのような印象を見る人にあたえるであろう。

 

 そして、もう一つの特筆事項として、石壁提督がつい無意識に胸元に目をやってしまう程度には、軍服を盛り上げるそのバストは豊満であった。

 

 彼女の名はあきつ丸、現在彼らが座乗している艦艇形態のあきつ丸の『本体』である。

 

 この世界の艦娘にはいくつかの形態があり、艤装を展開していない生身の人間に等しい『基本形態』と、艤装を展開し水上スキーの様に海上を進む『艦娘形態』、そして、軍艦時代の艦そのものを呼び出して航行する『艦艇形態』の三つが存在する。

 

 現在あきつ丸は艦艇形態をとっており、その内部にて本体の艦娘と座乗妖精達が艦艇を操縦しているのだ。

 

 ちなみに、彼女は石壁の艦娘ではなく、伊能の艦娘である。

 

「どうしたあきつ丸」

「将校殿、ショートランド泊地“予定地”が見えたであります、現在1300(ヒトサンマルマル)より推定一時間後の1400(ヒトヨンマルマル)に接岸、上陸を開始するであります!」

 

 ショートランド泊地、それは史実における大日本帝国の最大拡張範囲の一歩手前にある泊地であり、地獄のソロモン諸島にある最前線の拠点として多くの艦艇が旅立っていた泊地である。

 

 位置的にはブイン基地のあるブーゲンビル島のすぐ南東に位置し、標高は237メートル、面積は231平方キロメートル(硫黄島の10倍規模)という比較的なだらかな島である。

 

 ここより東に進めば、悪名高き鉄床海峡(アイアンボトムサウンド)は目と鼻の先である。

 

 ここまでは我々の現実世界の話であるが、ここからはこの世界においてのショートランド泊地の立ち位置の話をしていこう。

 

 この世界の大日本帝国が艦娘の力により少しずつ制海圏を広げていく中で、各海域には前線の攻略や資源の輸送拠点、海域の掃海等の為に提督と艦娘が勤務する『鎮守府』や『泊地』が設営されるようになった。

 

 一つの鎮守府には、その規模相応の提督達が集まり、複数の提督指揮下の艦隊がその鎮守府を中心に活動するのだ。

 

 そして石壁達の向かうショートランド泊地は、南東地域への橋頭堡兼防波堤としての役目を求められて、この度鎮守府が新しく設営される事になっているのだ。

 

 しかし、このショートランド泊地の立地は他の鎮守府とはちょっとばかりレベルが違う。何故なら前述の通り、ここはやっとこさ広げた人類の制海圏の一番外側に位置する冗談抜きの最前線鎮守府なのである。

 

 前提条件として、深海棲艦は激戦地ほど多く、強力になっていくという事を覚えておいてほしい。そしてこのソロモン諸島は太平洋戦争でも指折りの大激戦地である、つまり基本的に出てくる深海棲艦が強力なのだ。鎮守府正面海域に戦艦や重巡、正規空母がガンガン出没すると言われれば、その恐ろしさが理解できるだろう。

 

 そしてこのショートランド泊地は、西にあるブーゲンビル島に作られる予定のブイン基地を守るための出城としての役割もあり、東のアイアンボトムサウンドより湧き出してくる深海棲艦を食い止める防波堤でもあるという、文字通りの壁の様な役割を求められる泊地なのである。

 

 

「遂に到着したのか……わかった、接岸の準備をしてくれ」

 

「はっ!承知したであります!」

 

 石壁がそういうと、あきつ丸はキビキビと陸軍式の敬礼をして部屋をでていった。

 

 それと入れ替わるようにして、一人の女性が部屋に入ってくる。着物をきて髪を後ろにひとまとめにした落ち着いた雰囲気の女性だ。

 

 彼女の名は鳳翔、大日本帝国海軍初代一航戦にして、世界初の正規空母(サイズ的には軽空母)の艦娘である。

 

 史実においては後続の赤城や加賀といった正規空母に道を譲り、専ら空母艦載機乗りの訓練空母として世界最強の海鷲質を育て上げた育ての親であり、戦後は復員船として多くの将兵を本土に連れて帰った特殊な来歴の船だ。

 

「失礼します。石壁提督、お茶が入りましたよ。伊能提督もどうぞ」

「あっ……鳳翔さん、ありがとうございます」

「いただこう」

 

 石壁と伊能は鳳翔からお茶を受け取る。

 

 鳳翔は二人にお茶を渡すと、自然に石壁の隣に腰を下ろした。彼女は石壁の艦娘であり、こういった自然な距離の近さを見せる程度には、良好な関係の艦娘であった。 

 

 鳳翔がとなりに座ったことで石壁の心臓の鼓動が秒間1ビート早くなり、ストレスが軽減され幸せ度数が上昇する。有り体に言えば石壁は鳳翔にほの字なのだ。気持ちはよくわかる。

 

「もうすぐ到着ですね」

「そうだね」

「大丈夫ですか?」

「正直帰りたい」

「だとおもいました」

 

 石壁の様子からいっぱいいっぱいなのが手に取るように分かった鳳翔は、苦笑しながら石壁の背中をなでる。

 

「大丈夫ですよ、提督ならきっとなんとかなります。頑張りましょう」

「……はい」

 

 無根拠ながらも、鳳翔にそう言われるといくらか心の重さが軽くなった様に感じた石壁であった。

 

 

 ***

 

 泊地に到着した石壁一行は、先行して基地の設営を行っていた明石と合流するために、基地の作戦会議室へとむかった。

 

「石壁提督お疲れ様です!基地設営完了しました!」

「ああ、そちらこそお疲れ様明石」

 

 室内には、ピンク色の髪をした快活な雰囲気の女性がいた。

 

 彼女は明石、工作艦とよばれる移動する工廠の様な船で、鎮守府においては建造や武装の製造、負傷した艦娘の修復等多岐にわたる任務につく縁の下の力持ちだ。全く関係ないがいつみてもスカートがすけべだと男性職員から好評だ。

 

 

 明石が立っている側の机の上には海図などと共に、摘める軽食がおいてある。

 

「サンドイッチ?」

 

 石壁がそう呟くと、背後から別の女性がやってきて声をかけてくる。

 

「ちょうどお昼時ですから、私が用意しておいたんですよ。はいどうぞ、おしぼりです」

「あ、間宮さんが用意しておいてくれたのか」

 

 石壁がふりむくと、そこには割烹着をきた女性が立っていた。

 

 彼女は間宮、給料艦とよばれる大型の補給艦の艦娘である。大勢の人員を食の面から支えられ、なおかつ戦地では貴重な菓子類も艦内で製造することができるという戦場の出前屋さんの様な艦である。史実においては多くの将兵の胃袋をがっちり掴んで虜にする戦場のアイドルであったという。

 

 ***

 

 それからしばしの間、軽く歓談をしながら軽食をつまみ、人心地ついたところで本題に入る。

 

「とりあえず、島の現状を教えてくれ……明石」

「はい」

 

 石壁の問いに明石はファイルを取り出して報告を始める。

 

「現在島の中には資源プラントが12個あり、提督十二人を養いうる資源生産能力があります」

「この小さな島にえらくポイントが密集しているんだな」

「故に選ばれたとも考えられますね」

 

 ここでいう資源開発プラントとは、文字通りの資源を生産するプラントであり、一プラントにつき大体提督一人を養える程度の資源を生産するのだ。ただ、プラントから生産されたばかりの資源は、この段階ではよくわからない力の塊の様な謎物質でしかない。

 

 妖精さんの不思議技術満載のプラントにより生産される謎物質は、妖精さんの手を介して鉄、弾薬、油、ボーキサイトへと変換される。まったくもってよくわからない技術であるが、これのおかげで海上輸送網が断裂しても生きてこられたので、もうこういうものだと皆納得するしかないのだ。

 

 このプラントは、所謂『龍脈』のような、不可思議な力の密集する地帯にだけ設置可能である。故にこのポイントの数がその鎮守府で養いうる艦隊の規模を決定する。そして、歴史的に大きな影響をもたらす地にはそれが集中する傾向がある。

 

 所謂四大鎮守府、横須賀、佐世保、呉、舞鶴は驚くなかれ1万をこえるプラントが密集しており本土防衛の要にして大日本帝国の経済の柱にもなってしまったのだ。

 

 ここ以外の泊地や基地にもプラントは密集しているが、多くともせいぜい50程度である。そんな中、この小さなショートランド泊地には既に12のプラントがあり、かつまだ増設が可能で、背後のブーゲンビル島にもまた、基地を建設しうるプラント建設可能地域があるのをかんがみれば、この地域のプラント密集率はかなりのものである。

 

「作りやすい所からプラントを設置した結果、現在島の外周を囲むように8つ、中央の山岳部に密集して4つのプラントが作られました。現在いる臨時総司令部は島の東部、アイアンボトムサウンドへ睨みを利かせる位置へと建設してあります。ここにプラントが3つありますね」

「ふむ……」

 

 地図の上にはショートランドの地図があり、今説明を受けた通りの配置にプラントや基地が書き込んである。

 

「……ちょっとまて、現在基地設備をもつ鎮守府はここだけか?」

 

 石壁が脂汗をにじませながら、明石に問う。

「ええ、なにせ墨俣の一夜城よろしく、電撃先行して設置した作り立ての泊地ですからね」

「うわぁ……」

 

 石壁は頭を抱えた。もう嫌な予感しかしない。

 

「……妖精工兵隊に通達、大至急山岳部プラント密集地に最低限でも良いから備蓄倉庫、戦闘指揮所、工廠等の鎮守府設備を建設するように。ただし、場所がわからないように隠して作るように、とだ」

「はい?ですがそんなところに工廠を作っても不便なだけですが……それなら先に沿岸部に鎮守府を増やすべきでは?」

 

 明石がそういうと、石壁は首をふった。

 

「だめだ、まずそこに基地を作るんだ、大至急にだ」

「はぁ……わかりました」

 

 そういうと、明石は引き下がった。

 

「次、戦力の報告を頼む、あきつ丸」

「は!」

 

 あきつ丸が一歩前に出ると、報告を始める。

 

「現在鎮守府にはこちらに来る前に建造された石壁殿の艦娘である、明石殿、間宮殿、鳳翔殿と、伊能提督の艦娘である自分と、まるゆ殿が数十名おりますね」

「伊能の奴はどこにいった?」

「全部自分に任せるとの事です」

「ああそう……続けてくれ」

「は!」

 

 石壁はもう伊能については諦めて先を促した。

 

「戦力として計上しても良いかはわかりませんが、自分は揚陸艦でありますので数千名の陸軍妖精が搭乗してやってきております」

「へぇ……」

 

 もともと陸軍の艦だけあって、搭乗する妖精さん達は陸軍出身の者たちなのである。

 

「とりあえず、戦力は現在この程度ですね」

「……ちょっとまて、まじでこんだけなのか?援軍は?警護の艦隊は?」

「ブイン基地予定地にはいるようですので、何かあれば来てくれるのでは?」

「おおう……もう……」

 

 天を仰ぐ石壁。数秒現実逃避したあとでまたあきつ丸へと視線を戻す。

 

「あきつ丸、大至急陸軍妖精全軍をつれて登山を開始しろ。工兵妖精に協力して山頂基地の周囲を要塞化するんだ。ただし、隠ぺい工作を施してばれにくくするように、登山道は作るな」

「は、はい」

「あと、まるゆ隊は周囲の警戒任務についてもらってくれ三交代制で警戒網を引いて、何か来れば戦わず逃避するように、急げ!」

「は!」

 

 あきつ丸は石壁の言葉を聞くと部屋を飛び出した。

 

「間宮さん」

「はい」

「物資を山頂へと移動させておいてください。最低限を残してありったけ」

「わかりました」

 

 間宮は流れからこういう命令がくると予想していたらしく、そのまま部屋を出ていった。

 

 

「提督……」

「……」

 

 鳳翔の呼びかけに、石壁は答えない。ただ、じっと島の地図を見つめている。

 

(提督に余裕がないのはいつものことですが、ここまで余裕がないのは初めてですね。そこまで状況はわるいのでしょうか……)

 

 鳳翔の疑問の答えがすぐにでも出る事になるとは、まだ誰も知らなかった。

 

 ***

 

「クソ……どう考えても敵が鎮守府に襲い掛かってくるじゃないか……」

 

 提督は基地の屋上で海を見つめながらため息をつく。

 

「いや、でも、もしかしたら、きっと、たぶん、もう少しだけ敵が来るのが遅いかもしれないし……ポジティブに、ポジティブにいこう」

 

 ウロウロと落ち着きなく屋上を徘徊して不安をなんとかちらそうと努力するが、一向に収まる気配はない。

 

「3日、たった3日だ。それまで深海棲艦が来なければ、僕らは助かる……大丈夫、大丈夫だ……」

 

 数十分そうしているうちに、石壁はやけくそ気味に叫んだ。

 

「ええい!やってやらぁ!!大丈夫、後続の艦隊は3日でくるはずだ!それまで守り抜けば一安心だし、やってられないことはない!!!深海棲艦なんかにまけるもんか!!!」

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「深海棲艦には勝てなかったよ……」

「提督!提督!お気を確かに!!」

 

 

 昨晩、鉄床海峡周辺の深海棲艦の大艦隊が突如として西進し、鎮守府へ雪崩の如く襲い掛かってきたのだ。

 

 石壁は血相変えて部屋に飛び込んできた鳳翔に肩を抱えられ、砲弾が飛んでくる直前に鎮守府を脱出し、辛くも難を逃れた。

 

 幸いにして、張ったばかりの警戒網に早期にひっかかったため、必死こいて鎮守府に駆け戻ったまるゆ隊に被害はなく、鎮守府の全員で真夜中にバラバラに登山開始、殆どなにももってこれなかったが、人的被害だけは出なかった。

 

 皆が脱出するのとほぼ同時に深海棲艦の大群がなだれ込み、一夜城鎮守府は文字通り一夜で敵の手に落ちたのであった。

 

 かくして石壁の艦隊これくしょん、難易度ヘルモードが幕をあげたのである。

 

 

 


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