艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第九話 あ!やせいのイシカベケンジがとびだしてきた!

 

 その日、港湾棲姫は近づきつつある激突の日に備えて対策会議を行っていた。

 

「敵戦力は日増しにその驚異を増しております」

「こちらも増援を送らないと……」

「ですがこれ以上増員を行ってはオーストラリア本土の防衛が……」

 

 議論の内容は八方ふさがりであった。どれだけ手を尽くしても、現有戦力では敵を引き付けておく事は出来ても撃退など不可能であった。

 

「……援軍はどうなっている?」

 

 港湾棲姫の問いに部下は首を振る。

 

「駄目です。現在ハワイ島近辺の戦力は本拠地を護るべくミッドウェー、ウェーク島、マーシャル諸島のラインでの戦力増強に動いています。こちらへの増援どころか、反攻作戦の算段すら出来ていません」

「飛行場姫様が居なくなってしまった事で大艦隊を戦略的に動かせる状態ではなくなってしまっています」

「イシカベの護りを抜ける程の攻勢は……難しいでしょうね……」

 

 鉄底海峡の陥落の影響は凄まじく、深海棲艦の戦略を致命的に破綻させていた。

 

 鉄底海峡はハワイとオーストラリアを繋ぐ位置にあり、どちらへ対しても必要に応じて動く事が出来る要衝であると同時に、戦力の一大生産地であったのである。ここさえ無事なら、いくらでも巻き返す事が出来たのだ。

 

 その上、鉄底海峡を護る飛行場姫は深海棲艦の中で最も大艦隊の指揮に長けた戦略級の指揮官であり、最も名将と呼ぶに相応しい存在であった。

 

 我が強く、自分勝手で、能力に長けるが故に纏まりに欠ける深海棲艦達を、本当の意味で「軍」として機能させられたのは彼女だけだったのだ。力にモノを言わせて部隊を統率するのが基本の深海棲艦は、ただの姫級や鬼級では一度に統率できるのは(これだけでもかなりの戦力だが)精々千体がいいところ。憎悪と破壊衝動の権化であった南方棲戦鬼でも数千が限度なのだ。

 

 それに対して飛行場姫が統率した戦力は1万数千。文字通り桁が違う。しかも、これが限界ではなくそれ以上の大戦力すら統率可能だという一点だけで、彼女の埒外の能力がわかるというものである。

 

 つまり深海棲艦は、戦略上最大の要衝にして、大工廠である最高の前線基地と、そこにいた最高の指揮官を一度に失ったのである。太平洋戦争に例えるとミッドウェーで一航戦二航戦と一緒に瑞鶴翔鶴が轟沈して、ついでに五十六も死んでしまったような状況といえばわかりやすいかもしれない。反攻作戦どころか防衛線の張り直しに注力せねば本拠地陥落(ゲームオーバー)待ったなしである。

 

「……つまり、オーストラリア陥落も……秒読みという事だな」

 

 港湾棲姫のその言葉に、会議室は沈痛な空気に包まれる。

 

「……北方棲姫様は少数であれば北方へ連れて行く事も出来ると言っておられます。港湾棲姫様だけでも撤退するべきではないでしょうか」

 

 苦渋に顔を滲ませながら、とある深海棲艦が港湾棲姫に問う。だが、港湾棲姫は首を横に振る。

 

「私はこの方面軍の最高司令官だ。最後までそれに責任を持たねばならない……それにな」

 

 彼女は少し寂しそうに笑う。

 

「……生き残ったオーストラリアの人々を裏切り者にさせないために、私は最後まで制圧者でなければならない。彼等は化け物に殺されない為に、服従していただけなのだから」

 

 オーストラリアの民は、彼女の庇護の元深海棲艦と共に暮らしていた。他の地域の人々が命懸けで殺し合っていた間も、ずっとだ。

 

 これが知れ渡れば、彼等は深海棲艦に寝返った裏切り者であると後ろ指をさされ、下手をすれば殺されてしまうかもしれなかった。杞憂に終わるかもしれない。人は優しさをしる生き物であるから。そして同時に、どこまでも残酷になれる生き物である事を知っているから。

 

 故にこそ、戦後の彼等の立場を少しでも改善するために、彼女は人類に首を差し出す覚悟を決めていた。虐殺者であり、圧制者であり、諸悪の根源として。

 

「……」

 

 会議室が、重い沈黙に包まれた。敬愛する上官である港湾棲姫が、全ての汚名を背負い逝く。想像もしたくない未来が、すぐそこまで迫っているのである。

 

「……そう辛気臭い顔をするな。まだいくらか時間はあるんだ。最後まで成すべき事を為そう」

 

 港湾棲姫は努めて明るい口調でそう言うと、次の議題へと話を移す。

 

「オーストラリアの民を生き残らせる上での問題は……深海棲艦との間で結婚して子供が居る家庭をどうするかだな……深海棲艦の特徴を色濃く受け継いでいる子供をどう守れば……」

「オーストラリア国民である男性との結婚ということで、母子共にオーストラリア国籍を付与してみるとかどうでしょうか」

「……理論としてはいいが、戦後のこの国は果たして『オーストラリア』になるのか?」

 

 現在大日本帝国が制圧している地域は元々様々な国があった。だが、戦争中という事もあり国籍は宙に浮いたまま。暫定的に軒並み全部『大日本帝国』扱いである。戦争が終わった後、これらの地域がなんの問題もなく元通り分離独立するというのは考えにくかった。

 

「そもそも……現在政務を行っている我々はオーストラリア政府ではない。そんな状態では深海棲艦に国籍付与などしたところでどこの国も認めてくれないだろうな……」

 

 オーストラリアは既に亡国の扱いなのである。深海棲艦にオーストラリア国籍を付与したいならば、前提として「オーストラリア」を復活させる必要がある。人類側に国家であると承認される形でオーストラリアを復活させ、その上でオーストラリア政府に国籍付与をしてもらわなければ、幾ら「オーストラリア国民」だといった所でバケモノの戯言と一蹴されるのがオチである。下手をすればそれこそ裏切り者扱いをされ、魔女裁判にかけられかねない。

 

「つまり私達に必要なのは……人類側の諸国家から承認を受けられる『正当なオーストラリア政府』を準備すること。戦後に占領地を諸国家から承認される形で『オーストラリア』として独立させる事。その上で正当なオーストラリア政府が『深海棲艦に国籍を付与する』こと……ですね」

 

 部下がそう纏めると、防衛隊の指揮艦であったレ級が頭を掻きむしりながら叫んだ。

 

「……第一段階からしてオレ達(深海棲艦)主導じゃ無理に決まってるだろうが!!どうすりゃいいんだあああ!?」

 

 オーストラリア国民を助ける為には、現在のこの国が深海棲艦(バケモノ)に支配されている必要がある。つまり今のこの国はオーストラリア【ではなかった】事にせねばならない。この時点で深海棲艦主導の「正当なオーストラリア」を作るなど矛盾も矛盾、矛盾の塊である。仮にオーストラリア人のみでオーストラリア正当政府を立ち上げたとしても、『占領地』である以上は政府としての実績はゼロ。他国に承認されない可能性が大である。

 

「本土陥落状態でも『オーストラリア政府』として10年近く活動を続けて……尚且つ多数の国家から承認を受けられる程の外交チャンネル持ち……大日本帝国の占領政策に影響を及ぼして占領時の深海棲艦の絶滅を回避させ……しかも最終的にオーストラリアを独立させられる亡命政府がいればなんとかなるんじゃないかな」

「いる訳ないだろそんなもん!!イシカベが急死して攻勢が頓挫する方がまだあり得るわ!!」

 

 お手上げと言いたげにネ級が両手を上げながら希望全部乗せの願望(寝言)を言うと、即座にレ級がツッコミを入れる。まったく問題は解決出来ていないが、二人のやり取りで少し空気が軽くなった。

 

「……あ、イシカベで思い出しましたが。ついさっき届いた報告で、『彼のフルネームが石壁堅持だと分かった』と報告が来ました」

「……は?」

 

 秘書艦のそんな報告に港湾棲姫が呆然とした顔をする。

 

「石壁堅持……石壁堅持といったか……?」

「え、ええ。会議の直前に届いた報告書に、そう書かれていました。離島棲鬼様が発見した捕虜からそう証言があったらしいです」

「……年齢は?」

「19歳らしいですが……」

 

 港湾棲姫は秘書艦のその言葉に、頭を抱えた。

 

「年齢も辻褄が……いや……でも……本当に石壁堅持なのか……」

「港湾棲姫様……?一体どうしたのですか……?」

 

 港湾棲姫は、悲しいような、苦しいような。形容しがたい顔でぶつぶつと独り言を続けた後、立ち上がった。

 

「……すまない……今日の会議はここまでにしてくれ。私は少し、考えたい事がある」

「りょ、了解しました」

 

 尋常ではない港湾棲姫の様子に、一同は困惑しつつも了承するしかない。不安定な足取りで彼女は部屋を去って行った。

 

 ***

 

 港湾棲姫は己の執務室に戻ると、戸棚に大切にしまわれた一冊の手帳を取り出した。血がしみ込み黒ずんだそれを手に取ったまま、彼女はそれをじっと見つめている。

 

「……因果、というやつだろうか」

 

 港湾棲姫は自嘲気味にそう呟くと、壊れ物を扱う様に、そっと手帳を撫でる。

 

「石壁提督……貴方になんと詫びれば……私は一体どうすれば……」

 

 憂いを帯びた顔で手帳に語り掛ける港湾棲姫の姿は弱々しく、まるでただの迷える女性のようであった。とても深海棲艦の方面軍の最高司令官だとは信じられない程である。

 

 そうやって暫し佇んでいると、突如として部屋の戸が叩かれる。

 

「港湾棲姫様!港湾棲姫様大変です!!」

「……ッ!?どうかしたのか!入れ!!」

 

 港湾棲姫は平常通りの状態を取り繕いつつ、引き出しへと手帳を収める。その直後に扉が開かれた。入ってきたのはル級、離島棲鬼の元から捕虜を運んできた艦である。彼女は何と言って良いのか分からない形容しがたい表情のまま口を開く。

 

「港湾棲姫様、一大事です。離島棲鬼様の所から連れてきた捕虜が……」

「捕虜が……?」

 

 ル級は一瞬だけ迷った後、続けた。

 

「……我々が戦っているイシカベ……石壁堅持本人であると……そう証言しています」

「……はっ?」

 

 港湾棲姫は己の耳を疑った。正面にいる軍団の最高司令官が捕虜になっている。気のせいでなければ目の前の部下は確かにそういった。

 

「その男は気が狂ったのか……?偽名を名乗るにしても限度がないか……?」

 

 港湾棲姫の反応は至極当然である。常識的に考えてその捕虜は身分を詐称して助かろうとする馬鹿。あるいは恐怖で気が狂い妄言を吐いたかの二択しか考えられなかった。

 

「……いえ、気が狂っている訳ではないようです。直接話してみましたが、アレは正気です。この場でその名を出すのがどれだけ危険かを知った上で、石壁堅持を名乗り、貴方と話がしたいと言っています」

「馬鹿な……そんな事がある筈が無い……!!」

「ですが……私には嘘を付いている様には見えませんでした。徹頭徹尾、正気で、本気で、真っ直ぐで……」

 

 ル級の冗談の欠片もない報告に、港湾棲姫は動揺する。もしも捕虜の証言がすべて本当だったならば、それを敵地で申し出る時点で狂気の沙汰だ。殺してくれと言うようなモノである。

 

「それに……あの圧力は只者ではありません。仮に石壁堅持本人でないとしても、あの将器は尋常の者でないかと」

 

 ル級は石壁の先ほどの様子を思い出す。ただ相対して言葉を交わしただけで感じるものがあった。言葉には力があり、心へ直接思いを伝えられたような感覚すらあった。アレが英雄というモノなのだと言われれば、そうなのだと納得せざるを得ない。ル級はそう思った。

 

「『この町が戦争で消えるような事は避けたい。今ならまだ間に合うかもしれない。僕が行けば止められるかもしれない』そう彼は言いました。どう考えても妄言、大言壮語の類です……ですが……」

 

 ル級は頭を下げる。言葉の通り、常識的に考えて有り得ない話だ。だが、否、だからこそーー

 

「……会ってみては頂けませんか。もしも根も葉もない只の嘘であったなら、私を解体して頂いてかまいません」

 

 ーー彼女は、その言葉を信じてみたくなった。確かに感じた小さな希望に、賭けてみたくなったのだ。

 

「……」

 

 港湾棲姫は、驚きに目を見開きながらル級を見つめた。たった少しの間に、その捕虜はル級を『味方に引き込んだ』のである。

 

 深海棲艦は負の側面が強まりやすい性質をもつ。憎悪の薄い穏健派であってもそれは同じであり、負の感情や猜疑心を抱きやすいのだ。

 

 その上に人の悪意にも敏感であり、後ろ暗い感情を持つ相手であれば簡単にそれに気が付いてしまう。

 

 にも拘らず、彼女は捕虜の言葉を信じたのだ。只者ではない。そのル級の言葉が俄かに重みを増していく。

 

(まさか……本当に……本当に石壁堅持なのか……?)

 

 港湾棲姫はル級の命懸けの言葉に、我知らず唾を飲み込んだ。

 

「……その捕虜を、ここに連れて来い。直接話してみる」

「……はっ!すぐに連れてまいります!」

 

 敬礼をして部屋を出て行くル級を見送ったあと、港湾棲姫は椅子へと座り込んだ。

 

「……何が起ころうとしているんだ」

 

 港湾棲姫は何か抗いがたい、それこそ運命とでも呼ぶべき何かが動いている気がして、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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