艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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実はこの話を書くまでオーストラリアの首都はシドニーだと思ってました(小声)


第七話 深海棲艦の手に落ちた地で 前編

 

 石壁がニューカレドニア島を出立して数時間後、彼等を乗せた船がシドニーへと到着した。

 

 シドニー、そこはオーストラリア東岸に位置する都市であり、内陸の首都キャンベラ以上に発展した正しくオーストラリアの顔とも言える都市である。

 

 英国がオーストラリアへと入植を始めた直後である1700年代末から開発されてきた歴史。そこに天然の良港である立地の良さ、災害の少ない安定した大地、発展した工業地帯と広大な農業地帯を併せ持つ世界でも有数の大都市であった。

 

 だが深海大戦の勃発と共に、海に囲まれたオーストラリアは完全に孤立。現在は沿岸部を完全に深海棲艦に制圧され、住民の安否は不明という状況が続いているのであった。ちなみに以前登場したジョージ駐日大使の故郷である。

 

「ついたぞ、ここがシドニーだ」

「……ここが」

 

 付き添いのル級の言葉に、石壁が立ち上がって外を確認する。

 

「……これが、深海棲艦に制圧された町?」

 

 そして、広がっている光景に彼は呆然としてしまった。

 

「なんで、まったく荒廃してないんだ……?」

「さて、では行くとしようか」

 

 ル級に促されて、石壁は船の外へと足を踏み出した。

 

「シドニーへようこそ」

 

 石壁の驚きにしてやったりといった風情のル級が、笑みと共にそう言った。

 

 シドニーの町は、殆ど戦前と変わらない立派で平和な都市を維持していたのだ。それだけでも石壁にとっては大いなる驚きであったが、本当に彼を驚かせたのはそこに住む人々であった。

 

 人、深海棲艦、人、人、深海棲艦、深海棲艦、深海棲艦そして人……あっちを向いてもこっちを向いても、人と深海棲艦が同じ都市を歩いているのだ。不俱戴天の仇である人と深海棲艦が隣り合って生活しているというその光景に、石壁は目を見開いて呆然とするしかない。

 

「なんだ……ここは……」

 

 思わずそう呟いた石壁に、ル級は微笑んで説明する。

 

「シドニーへ我々が赴いた時点で、既に戦いの趨勢は決していた。故に人類側の抵抗は殆どなく、シドニーへの戦争被害は最低限に抑える事ができた」

 

 それが第一の幸運。下手に抵抗していれば、町は焼かれてしまっていただろう。故郷を焼かれては、普通は友好など築けない。

 

「そして我々の最高司令官である港湾棲姫様が穏健派のリーダーであり、人類への不要な攻撃を厳禁としたのだ。宥和政策を積極的に行ったことで歩み寄りの土壌が生まれた」

 

 第二の幸運は、オーストラリアを制圧した深海棲艦が穏健派の港湾棲姫であった事だ。もしも南方棲戦鬼に制圧されていれば皆殺しにされ、飛行場姫に制圧されていれば労働力として生かさず殺さず飼い殺しにされていただろう。

 

「さらに、もう戦争が始まってから8年……それだけの間一緒の都市で生活していれば、余程の理由がなければある程度は仲良くなるさ。食べ物にも困らないしな」

 

 第三の幸運、それはオーストラリアという国が非常に豊かな国であったことだ。豊富な鉱山資源と食料に支えられて、孤立しても飢える事が無かったが故に、10年の間占領下にありながら平和に暮らす事が出来たのである。これらの事情が絡み合った結果、人と深海棲艦が共存する特殊な都市シドニーが生まれたのである。

 

「深海棲艦と人類が、共存する都市……」

 

 石壁は呆然としたまま、その平和な街を見回した。ベンチで談笑する男性と深海棲艦の姿もあれば、街中のホットドッグ屋でバイトしている深海棲艦と、彼女からホットドッグを受け取る少年の姿がある。よくよく見れば、まるで夫婦の様に仲睦まじい人と深海棲艦の男女の姿さえあった。

 

「こんな町が……現実に存在するのか……」

 

 石壁はその平和な光景に困惑すると同時に、今までただの敵として討ち果たしてきた深海棲艦が……実は共存出来得る存在であったという事実に、足元が揺らぐような感覚を覚えていた。

 

 ただの化け物であったなら、人は殺すことを躊躇わない。だが、それが自分と同じように笑い、語らい、幸せを感じるヒトの心を持つものだと知って、躊躇い無く相手を殺す事は難しかった。

 

「……大丈夫か?」

 

 そんな石壁の様子を心配して、ル級が石壁に声をかける。

 

「あ、ああ、大丈夫」

「まあ、驚くのも無理はない。いきなりこの光景を咀嚼出来ないのも当たり前の事だ。とりあえず、今日の宿へ向かうとしよう。護送車にのってくれ」

 

 そういって、ル級は護送車へと石壁を案内したのであった。

 

 ***

 

 街中を走る護送車の中、石壁はただ窓から流れて行く街並みを見つめていた。

 

「……」

 

 窓の外に見える光景は、どこからどうみても平和な人の町。だが、実際は人と深海棲艦が共に暮らす町なのだ。

 

(……これから僕達は、この町に攻め込むのか)

 

 如何に気を配ろうとも、兵士の展開した都市に攻め込めば、その都市はタダでは済まない。今ここに暮らす人間にも当然被害が出るだろう。そしてーー

 

(……ただ深海棲艦として生まれただけの存在も、殺さねばならないのか?)

 

 ーー今も目の前を流れて行く……人と共に歩む深海棲艦達も、石壁は殺さねばならなくなる。大日本帝国にとって、彼女達は一人残らず絶滅させるべき敵であるのだから。

 

(僕は……どうすればいいんだ……武蔵……)

 

 今も石壁と共にある、かつては深海棲艦であった武蔵に問う。だが、武蔵はもう応えてくれない。ただあるがままに世界を石壁へと見せてくれるだけだ。そこからどう歩むかは、己が決めるしかないのである。

 

 石壁の仲間達によってニューカレドニア島攻略作戦が開始される日は、もう目前に迫っている。もしも衝突を回避したいのならば、もう猶予はあまりない。一刻も早く動かねばならない。

 

(でも……今更僕に何が出来る……そもそも日本に僕の居場所はもう……)

 

 だが、石壁は動けない。石壁は祖国に裏切られ、暗殺されかけたのだ。足元がぐらつくという次元の話ではない。どう動けばいいのか、そもそも動くべきなのか……そして、動いた所で祖国から捨てられた自分に何が出来ると言うのか…… 

 

 何かしなければという切迫感はある。だが、まるで背骨を抜かれたかの如く体に力が入らないのだ。流石の石壁も、立て続けに発生したショックの連続で心が疲れ切っていた。

 

 人は感情の生き物だ。感情とは心の揺れ動きであり、心の揺れ動きは火の如く熱を生み出して魂を突き動かす。故に、今の石壁は心の熱を失い体を動かせなくなっているのだ。

 

 こういう状態の人間は、逆に極めて危険だ。停滞する感情は衝動を抑圧する。まるで水の入った風船を握りしめるが如く、内部に危険な圧が掛かっているのだ。そして抑圧された衝動を開放された人間の行動は、突発的なモノであるが故に、抑える事が出来なくなる。

 

『結構道が混んでいるな』

『回り道でいこうか。そこを曲がってくれ』

 

 そして、必然か、偶然か、あるいは運命か……時として巡り合わせというモノは、まるで仕組まれたが如く人を導く事があるのだ。この小さな分岐が、文字通り運命の分岐点となる。

 

『おい、右の方の煙……あれはなんだ?』

『火事……か……?』

「……?」

 

 その時、壁の向こう側の運転手の二人の会話が聞こえてきた石壁は、なんとなくそちらを見つめた。進行方向右手側に、煙が立ち上っている。

 

『まだ消防隊は来ていないみたいだな……』

『大丈夫なのか……?』

 

 だんだんと近づいてくる煙の根元に、轟々と火の手が上がるビルの姿を見つける。ビルの中腹付近から煙と火の手が上がっている。火の勢いは強く、上層部が炎に包まれるのは時間の問題であろう。

 

「……」

 

 やがて護送車が、火事になっているビルの側面を通り過ぎる瞬間ーー

 

『……ッ!……ッ!!』

「--あ」

 

 ーー石壁は煙の隙間から、助けを求めて手を伸ばす子供の姿を見つけた。見つけてしまったのだ。

 

 子供が泣いている。炎と煙の中で、助けを求めて手を伸ばしている。その光景が己の過去の記憶と重なって、戦火の記憶がフラッシュバックする。押さえつけられた衝動がきっかけを見つけて燃え上がる。熱く、熱く、理性を追いやり肉体を突き動かす。

 

「……ッ!!」

 

 石壁の中で、何かがキレた。難しい事も、自分の立場も、何もかもどうでもよくなって体が勝手に動く。動いてしまう。固く施錠された合金製の扉まで走り出した石壁は、そこに手をかけた。

 

「邪魔だッ!!」

 

 扉を腕力でえぐり開け、力づくでぶち抜いた石壁は、衝動のまま走り出した。

 

 ***

 

「ゲホッゲホッ……!?誰か!!誰か助けて!!」

 

 アパートの10階にいた少女はベランダから助けを呼んでいた。

 

「なんで……どうしてこんなことに……助けて……おねがい……」

 

 少女は今日風邪を引いて学校を休んでいた。眠気を催す風邪薬を処方され、ずっと眠っていたが故に火事から逃げ遅れたのだ。両親が仕事に出ていたこともあり、彼女が目覚めたのは最早避難出来なくなった後であった。

 

「ゲホッ……ゲホッ……」

 

 段々と煙と熱が増えてくる。このままではベランダに居るだけでいずれ死んでしまうだろう。だが、室内に戻れば助けを呼ぶ事すら出来なくなる。少女は一縷の望みにかけて、助けを呼び続ける。路上の誰かに、道行く車に、必死に己の存在を伝えようとする。

 

「……誰か……助けて」

 

 病気と、煙と、火事の熱気のせいで。少女は段々と意識が朦朧としてきて、ずるずると手すりにもたれかかったまま座り込んでしまう。少女は自問する。自分の何が悪かったのだろうか。知らないうちに、悪い事をしてしまって、その罰を受けているだろうか。誰に謝れば、許してもらえるのだろうか。分からない。何も分からない。ただ心細くて、悲しくて、苦しい。

 

「お父さん……おかあ……さん……」

 

 涙が溢れて止まらなかった。温かい父と、優しい母に会いたい。これが夢なら、覚めてほしい。そう願って、少女は無意識の内に目の前に手を伸ばす。

 

「たす……けて……」

 

 少女の意識が闇に落ちるその瞬間、力の抜けたその手を……誰かが掴んだ。

 

「……大丈夫、もう大丈夫だ」

 

 優しい声音と、温かさに包まれて、少女は意識を失った。

 

「室内には戻れない。なら……」

 

 石壁は少女を左手で抱きしめると、彼女を抱えてベランダから飛んだ。

 

『……ッ!!』

 

 下で見ていた野次馬達から、悲鳴が上がる。

 

(大丈夫だ。集中、集中しろ)

 

 重力に引かれて肉体が加速する。地面が近づく。世界が急速に狭まり、大地がこちらに向かってくる。

 

(膝をバネのようにして、脚全体で衝撃を受け止めろ。腕の中の子を、絶対に護れ)

 

 加速する体に反比例して、世界が急激に遅くなる。

 

(この世界が『意思』に力を与えると言うのなら……!)

 

 次の瞬間、両足が大地に接地した。

 

(子供の一人位!護って見せろ石壁堅持!!!)

 

 轟音とともに走る衝撃。足裏で受け止める。衝撃が止まらない。足首で受け流す。衝撃が止まらない。膝を限界まで折り曲げて衝撃を押し殺す。まだ、衝撃が止まらない。股関節が軋み骨盤が悲鳴を上げる。だが、ここで止める。止めた。

 

 左手を離さない。この子を助けるには足りない。肩を脱臼して衝撃を逃がす。この子を助けるには足りない。胴をクッションにして受け止める。まだ、足りない。内臓に衝撃を逃がす。止める。ここで止める。止めた。

 

「ぐっ……ぎっ……」

 

 止まった。確かに止まった。石壁は確信する。『意思』は何かの代価を払えば確かに影響を与えるのだと。

 

「ゲホッ……ぐ……おえ……」

 

 口中に溢れる血泡をその辺に吐き捨てる。大丈夫だ。この程度なら死なない。大和がなんとかしてくれる。そう言い聞かせて、呼吸を整える。

 

「ああ!マリー!マリー!!」

 

 そこに、彼女の母親らしき女性が走り寄ってくる。

 

「だ、大丈夫……このこは……無事……」

 

 ふらつきながら、顔を上げた石壁の視線の先には。

 

「ありがとうございます……ッ!ありがとうございます……ッ!ああ、よかった……マリー……」

 

 救いあげた少女の母親が。

 

「あーーーー」

 

 深海棲艦の女性(石壁が殺さねばならない相手)が立っていた。

 

「あの……このお礼は……え!?ちょ、ちょっと!?どこへ行くの!?待ってください!!」

 

 

 

 

 

 石壁は限界を超えて、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

「何がどうなっているんだ……」

 

 ル級が停止した護送車の扉を見つめながらそう問う。扉は損壊しひしゃげている。まるで、握力で握りつぶして無理やり開いたような状態であった。護送車の運転手は、己が見た光景をそのまま話す。

 

「護送中の捕虜が突然扉を壊して車から飛び出していきました……扉を無理やりこじ開けて……車から飛び降りた彼は火事のビルに向けて走り出して……そのまま火中へ飛び込みました」

 

 助手席にのっていた深海棲艦が未だに燃え続けるビルを指さしながらその続きを話し始める。

 

「最初は自殺かと思ったんですが、数分もしないうちにアパートの10階のベランダに現れて、そこにいた少女を救助して飛び降りました……」

 

 彼等の目の前では、丁度件の少女が救急車に乗せられて運ばれていく所であった。聞いた所、多少煙を吸ってしまった以外は無傷であるらしい。

 

「10階近い高さから飛び降りたのに二人とも無事で……呆然とそれを見つめていた我々の前で母へと少女を預けると、そのまま走り出してどこかへ行ってしまいました」

 

 全員見たままを話しているのに頭がおかしくなりそうであった。捕虜は人間の男性だった筈だが、どう考えてもただの人間ではない。実は艦娘の亜種の艦息子だった?とか大日本帝国の生体実験で生まれたヤバい生物兵器だったのでは?という冗談みたいな考えが浮かんでくる。ル級は頭痛を堪えるように額を揉み、数回深呼吸を繰り返したあと命令を出す。

 

「……兎に角、大急ぎで市内を捜索しろ!!行動から見て市民に危害を加えるとは考え難いが、どう考えても放置して良い存在ではない!!」

「りょ、了解しました!!」

 

 ル級の指示を聞いて、部下の深海棲艦達は四方八方へむけ走り出す。

 

「何者なんだ……彼は……」

 

 ル級は、去っていく救急車を見つめながらそう呟いた。

 

 


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