ある時、少年は1人の魔物に出会う。
ある時、少年は魔物の優しさを知る。
ああ、世界は、人は。
なんて残酷なんだろうなぁ。
私が子供の頃。運命の出会いがあった。
誰に語ることも無かったこの話だが、誰にも知られぬまま、彼女のことを覚えている者が居なくなるのは嫌なので、こうして。本に纏めることにした。
子供の頃の私は、かなり好奇心旺盛だった。
私も男の子。冒険やら、戦いやら大好きで、「悪い魔物なんてやっつけてやる!」なんてよく言ったものだ。
まあ、その時は本当に戦うことを仕事にするなんて思わなかったが。
私の村の近くには、深い森があった。その森には、
『前回の魔物との戦いの時、傷ついて魔界へ帰れなくなった魔物がまだ潜んでいる』
なんて噂があった。
その森に近づくことは、親に強く禁止されていたが、あるとき私は耐えられなくなって、1人で森に探険に行ってしまった。
これが、全ての始まりだった。
森に入ったばかりの時は、それはもうワクワクして、どんな魔物が住んでいるんだろうとか、ここの魔物を倒せば村の英雄だ、とか、色々なことを考えていた。
しばらくすると、当然のように迷子になった。何時間も歩き続けた。もしかすれば、何日も歩き回っていたかも知れない。それくらい長い時間に感じるほど、私は歩いた。だが、子供の体力なんてたかが知れた物で、お腹が空き、喉も渇き、恐怖と不安でいっぱいになって……
とうとう、私は動けなくなってしまった。
私は泣きながら母と父を呼んだが、そこは深い森の中。母と父どころか、誰もそれを聞く人は居なかった。
私は泣き疲れ、いつしか、気を失ってしまった。
目が覚めると、木の天井が見えた。目をこすりながら起き上がって、キョロキョロと辺りを見回す。
もう随分使ってないのであろう、薪の置かれていない暖炉。質素な木のテーブルには、これも木の食器が置きっ放しにしてある。床には、大きな羽根がたくさん落ちていた。
ここは僕の家じゃ無い!すぐにそう気づいた。そして、今まで森を探険していたことを思い出し、私は思った。
森の魔物に、捕まったのでは無いか。
まずい、早く逃げなければ。誰も居ないことを確認し、素早く家を出ようとした。
だが。タイミングの悪いことに、そこに魔物が帰ってきてしまったのだ。
「あら。起きたのね?」
魔物は美しい声でそう言った。どうやら女性のようだ。おそるおそる姿を見る。
下半身は鳥。鳥だ。それも、鷲か鷹のような、強靱な物。
しかし、上半身は人の女性の物のように見えた。緑色のベストを着ている。しかし、人ならば腕が付いているはずのところには、大きな翼が生えていた。だが、その翼が伸びるのは右腕だけで左腕の翼は無かった。左腕の根元には、包帯が巻かれていた。
顔は若い美しい女性のもの。緑色の綺麗な長髪。エメラルドのような目。だが、その右目には、これも包帯が巻かれている。
この姿、見た目の年齢は違うし、相当に傷ついた様子であるが、当時の私は魔物の図鑑でみたことがあった。
「ハーピー……?」
「あら。よく知ってるね。そうよ。私はハーピー。ハーピーのニコトエ。」
ニコトエと名乗るハーピーは、今思うと、優しく微笑んだのだろう。だがその時の私はそうは思わなかった。魔物は人を襲う物。人界に宣戦布告をして戦争を始め、人界を侵略せんと人々を殺して回る、悪魔達だ。私はそう信じて疑わなかった。だからこそ、その笑みは邪悪な物に見えたのだった。
もしもの時、魔物を退治するために、父の短剣を勝手に持ち出していた。ニコトエと戦うために、腰のホルスターを探るが、短剣もホルスターもそこには無かった。
「もしかして、短剣を探してる?あれなら外しておいた。子供があんな物持ち歩いてたら、危ないよ?」
ニコトエが叱るような口調で言う。しまった、先手を取られていた、と私は思って、剣が無いなら殴るしかない、と今度はニコトエに殴りかかる。
「うわっ、うわわ。ちょっとストップ!」
大きな右翼で私を包み込んで、ニコトエは私の動きを止めた。
「もう、危ないったら。……ふふ、勇敢なんだね。君は。」
複雑な気持ちだった。ニコトエは私を褒めたのだ。攻撃する私を軽々といなし、微笑みながら。
そして、ハッキリ言って怖かった。敵わなかった。このまま食べられてしまうのでは無いか、と言う恐怖。
「……僕を食べるんでしょう?汚らしく食い散らかすんでしょ!」
私は叫んだ。恐怖を飛ばすために。少しでも自分を強く見せるために虚勢をはった。それはニコトエから見れば、実に微笑ましい物だったろう。ニコトエは微笑みを崩さず、ゆっくりと首を横に振った。
「食べないよ。君が森で倒れていたから、このままじゃ死んじゃうかもと思ってここまで連れてきたの。迷惑だった?」
私は答えなかった。ニコトエが、何を考えているのかわからなかったのだ。魔物が人間の子供を保護して、しかも食べないなんて。当時の私の常識とはかけ離れていて、信じられなかった。
「お腹空いてるでしょ?私はこの通り、手が無くて翼だから料理は出来ないのだけれど、そのままでも食べられる安全な木の実を持ってきたから。悪いけど、これで我慢してね。」
ニコトエは、どこにしまっていたのか、いくつかの木の実を床に落とす。木の実は私も見覚えのある物で、問題なく食べられるのだが、毒があるかも知れないと思った私は手を出そうとしなかった。
それを見たニコトエは翼で器用に木の実をすくうと、口元に持っていって1口かじった。2口、3口とかじって木の実を食べきると、私の方を向いてニッコリと笑った。言葉にはしなかったが、毒は入ってないよ、と言う意思表示。
それを見ていた私は、今まで忘れていた空腹感を思い出し、木の実にかじりついた。1個、2個、3個と次々に平らげて、ふぅ、と溜息をつく。
ニコトエはそんな私を見て、
「水も飲みなさい?」
と、水のつまった瓶を差し出すのだった。
それからしばらく、私はただベッドに座り、ぼーっとしていた。纏まらない思考でぐちゃぐちゃ何かを考えていると、私はふと気づいた。
図鑑には、ハーピーは下品な魔物で、食料を汚らしく食い散らかして、そこに排泄をして帰っていく……なんて書かれていた。
だから私は、ニコトエに『汚らしく食い散らかすんでしょ!』と言ったし、実際そうされると思っていた。
だが、ニコトエは私を食べなかったし、木の実を食べるときも、翼を使って綺麗に、丁寧に食べていたのだ。
おかしい。これはおかしい。
当時の私は気になったことは聞かなければ気が済まない子供だったので、何も考えずニコトエに聞いてしまった。
「なんで、さっきの木の実を汚く食い荒らさなかったの?」
「……ん?」
ニコトエの雰囲気が変わる。癪に障ったようで、こめかみをぴくぴくさせている。
「……どういうこと?馬鹿にされてる?私馬鹿にされてる?」
「図鑑には、ハーピーはそう言う魔物だって書いてあったから。」
私がそう言うと、ニコトエは
「あー……」
と唸った。
「その図鑑、旧魔界歴から変わってないんじゃないかなぁ……。その図鑑には、ハーピーは老婆のような姿……とか書かれてたでしょ?」
「うん。そうだけど。」
「うーん、酷いなぁ……私たち、人界の人にはそう言う種族だと思われてるのかぁ……」
がっくりと肩を落とすニコトエ。
「違うの?」
「全然違うよ!……コホン。いい?君の言うようなハーピーは、旧魔界歴。人界歴で言うと、混沌の時代にあたる頃かな。その時のハーピーなの。最近のハーピーは、『有翼種の谷』ってところに住んでいて、多種族の血も混じって見た目も美しくなったのよ?生態もほとんど他の魔物と変わらなくなったし、下品な魔物なんて久しく言われなくなったんだから。」
「……そうなんだ。」
魔界の歴史なんて、知らない。そもそも彼らは文明らしい文明を持っていないと思っていた。きっと村の人達も知らない。偉い学者ですら知らない。
だって久しく魔物は人界に訪れていないし、魔界に行った人も居ないのだから。最弱と呼ばれるゴブリンでさえ、今の人間は誰も知らないんだろうな、と、その時思った。
だけど、魔物は知っている。人間の歴史を知っている。実はこっそりと人界に来て、人を見た魔物もいるのかも知れない。
そもそも魔物は寿命が長いと言うし、前回の戦いの生き残りだって当然居るのだろう。
「魔物は人のこといっぱい知ってるのに、人って全然魔物のこと知らないんだね。」
「んー?そうでも無いよ。人が魔物を知らないように、魔物も人をよく知らない。ただ少しだけ、人界の勉強をしているってだけよ。」
実に穏やかに、2人の時間は過ぎていく。
人と過ごすときとあまりにも変わらない。それどころか、もっと穏やかで平和に過ごせる時間。
僕はその時
『魔物は悪い生き物。人間を殺す悪魔。だから魔物はやっつけなくちゃいけない。』
という一言を思い出し、その一言が本当に正解なのか、わからなくなってしまった。
また、しばらくして。私の体力も回復した頃。
ニコトエが不意に立ち上がって、
「そろそろ君を森の外へ送らなきゃね。」
と言った。
なぜだろう。私にはそれが名残惜しい物に思えた。だが、ここに長居する必要も無い。
だからニコトエに従って、森の外へ出ることに決めた。初めの頃の警戒心はだいぶ薄れていた。
荷物を持って、短剣も返して貰って。いよいよ帰ろうというその時。
厚い雲が空を覆い、ぽつ、ぽつと雨が降ってきた。
「うわ、マズイ。嵐が来る。今日は駄目だから、家に入って!」
ニコトエに促されて中に入ると、唐突に雷が鳴った。それと同時に雨が土砂降りになり、激しい風が木で出来た家を襲った。
「タイミング悪いなぁもう。」
ニコトエはちぇっと舌打ちをして、翼の腕を高く掲げた。
そして、
「風の元素、解放。風は盾に。風はドームに。我等が故郷を守りたもう。」
と。なにか呪文を唱えた。すると、家を吹き付ける風は消え、土砂降りのはずの雨の音も、空を割るような雷の音も、全く聞こえなくなってしまった。
「ねぇ、ねぇ、何したの!?」
「魔法を使ったのよ。風の魔法で結界を張ったの。これで嵐が過ぎるまでに、この家が壊れるなんて事は無くなるわ。」
魔法、結界!かっこいい!と、私は浮かれていたが、ニコトエの方は申し訳なさそうに私を見ていた。
「……ごめんね。貴方を家に帰すの、遅くなっちゃうね。」
「気にしないよ。嵐じゃしょうがないもんね。」
私はそう言って、ニコトエに笑いかけた。
それから嵐がやむまでの4日間。私はニコトエと2人で過ごした。
外は嵐。当然食料など取りに行けなかったが、ニコトエは嵐に備えて2人分の非常食を取っておいたらしい。水も数日くらいなら大丈夫だそうで、食料の心配はなかった。
私は、ニコトエから魔界の話を聞きながら1日を過ごした。有翼種の谷から出るときの冒険。その後出会った、今までで一番強い魔王様のこと。一時期、人間と魔物の混血と過ごしていたこと。
人界では聞いたことも無い話に、私は胸を躍らせた。
そして、一つ気になったことがあった。
「ニコトエは、どうしてここに居るの?」
と言うこと。噂通り、前回の戦いの生き残りなのだろうか。
「前の戦争の時、私はこの森で勇者に殺されたの。うん。確かに殺されたはずだった。」
翼を斬られ、目を潰され、心臓を破壊された。と、彼女は言った。もちろん遠回しな言い方であったが。その生々しさに、私は恐怖した。
「だけどね。目が覚めたのよ。この森で、死んだときと同じ姿で。傍らには不思議な光を纏うエルフの少女が居た。」
その少女は、アイナリンドと名乗ったという。その子は自らの残り僅かな生命をニコトエに渡し、自分が住んでいた家を譲ったという。
「このテーブルとか、食器とか……あと、暖炉とかも、アイナリンドの名残。私は使えないからね。」
アイナリンドはここで傷を癒やし、いつしか魔界に帰りなさいと言ったらしい。なぜ?と理由を聞いても、答えてはくれなかったそうだ。
それからニコトエは、たった一人でこの場所に住んだ。10000年近くも、一人で。それは、人間である私には想像することも出来ない長い年月だ。
「だからね。少し酷いけど……君と過ごせるこの時を、私は楽しいと思ってる。終わらなければ良いと、思ってるんだよ。」
ニコトエは柔らかく告げた。その言葉の意味を理解するには、その言葉に返事をするのは。
その時10ばかりの少年には難しかった。
また、違う夜。寝ている私の耳に、微かな歌声が届いたことがあった。
「僕たちは、この出会いを大切にして、きっと、未来へと……あ、ごめんね。起こしちゃった?」
「うん……ニコトエ、何歌ってたの?」
「故郷の……ハーピーの歌。」
「ハーピーの歌?」
「うん。ハーピーはね。成長したら、有翼種の谷から出て、魔界を回るんだ。その時、故郷を忘れないように、出会った魔物達を忘れないように……自分の未来へと生かせるように。そう願って、歌うのよ。」
その声は少し寂しそうで、なんとなく、慰めたくなった。
私はニコトエの元へ行って、髪を撫でた。ニコトエは、最初は驚いた様子だったが。次第に私の手を受け入れた。
さらさらした、柔らかい髪を撫でるうち、ニコトエの歌声が家に響いた。
僕たちは、今、故郷を立つ。旅人は、いくつもの出会いと、別れを、経験するだろう。
どんな、試練を越え、季節がいくつ巡ったとしても。
この故郷を忘れぬように。心に刻んで。大切な僕たちの生命を精一杯生きよう。
僕たちは、今、故郷を立つ。旅人は、いくつもの出会いと、別れを経験するだろう。
裏切られ、傷つき、うちひしがれたとしても。
この出会いを忘れぬように。心に刻んで。貴方の胸に残る思い出は、辛いだけのはずは無い。
僕たちは、この出会いを大切にして、きっと、未来へと繋ごう。僕たちが忘れない限り。想いは未来へと残るはずだから。
美しい。本当に美しい声で、ニコトエは歌いきった。私はいつしか聞き惚れて、頭を撫でる手を止めてしまっていた。
「いつか、魔界に、故郷に……アニタの元に、帰りたいなぁ。」
ニコトエは、独り言のようにそう呟くのだった。
そうして、4日が過ぎ。嵐はようやく晴れた。
ニコトエは私に朝食の木の実を差し出し、
「今日で、君はもう帰らなくちゃね。」
と呟いた。だが。
「……ニコトエ。僕、帰りたくない。」
私は、それを拒否した。
「……どうして?せっかく、この森から出られるのに。」
「森から出たくない。ニコトエともっと一緒に居たい!……ニコトエが、魔界に帰っちゃうまで……一緒に、居たいよ。ニコトエも、そうでしょ?」
それは、紛れもない私の本心だった。ニコトエと一緒に過ごすのは楽しかった。村での生活より何倍も楽しかった。
もっと魔界の話が聞きたかった。
もっとニコトエの話が聞きたかった。
だけど。
「ううん。駄目。君は帰らなきゃ。私は君と一緒に居ることが出来ないの。」
ニコトエは、それを拒絶した。
「なんで!どうしてよ!」
「私は魔物。君は、人。魔物と一緒に過ごすなんて、あなたの将来に良くない。私たちは、一緒に居ちゃいけないんだよ。」
「……ニコトエの、わからずや!」
私は感情のままに家から飛び出した。そして、森の中を闇雲に走り回ったのだ。
ニコトエなんてもう知らない。そんなに帰れって言うんなら、一人で帰ってやる。そう思って走り回った。他のことは何も考えなかった。
そして、また迷子になった。自分が嫌になって、もう、死んでしまってもいいと思った頃。
「……居た!」
茂みから、ニコトエが飛び出してきた。
「ニコトエ……」
「もう!心配するでしょ馬鹿!……よかった。無事で。」
よく見れば、ニコトエの足は切り傷だらけだ。よっぽど焦って探していたのだろう。
私は嬉しかった。私は、飛び出せば探してくれるほどには彼女と心を繋げていたのだ。
私は、完全に拒絶されていたわけでは無かったのだ。
「ニコトエ。」
「……何?どうしたの?」
「僕、村へ帰るよ。」
ニコトエは私を心配してくれていた。心配してくれていたから、村へ帰れと言ったんだ。そのことに気づいた私は、素直に村に帰ることにした。
心優しいニコトエを、これ以上心配させるわけにはいかない。
「……そっか。じゃあ、ここから出よう。道は……」
「いた!いたぞ!魔物だ、子供も居る!」
突然の怒号。複数人の足音。音の方を見れば、武装した兵士が10人ほどそこに居た。
「依頼を受けて探し始めたが……ついてるな。こんな森の入り口近くに居るとはよぉ。」
僕は捜索されていた。親から、捜索の依頼が出されていたのだ。
手際よく陣形を整え、ニコトエを取り囲む兵士達。
兵士達になんて言えば、ニコトエを許して貰えるだろう。
必死にそう考えるが、言葉など出てこない……。
「ふ、ふふ、あはは……」
唐突に。本当に唐突に、ニコトエが笑い出した。
「はは、ははははははははは、あっははははははははははははは!忌々しい人界軍共め。貴様らが来なければ、このガキを使って近くの村を滅ぼせた物を!」
「……ニコトエ?」
ニコトエは、何を言っているんだろう。私を使って、村を滅ぼす?
「ようやく傷も癒えて、人を殺すことによる宣戦布告を行おうとした矢先!邪魔しに来たか人間!」
もしかして、もしかして。
ニコトエは、私を騙していたのか……?
ニコトエに疑いをかけたその時。ニコトエはその強靱な足で私を兵士側に蹴り飛ばした。
「かくなる上は!貴様らもろともここ一体を吹き飛ばしてくれる!……名乗らせていただこう。私はハーピー。ハーピーのニコトエ。元魔王5眷属が1人、風の眷属のニコトエだ。……我が突風。耐えて見せろ!」
ニコトエの周囲に風が渦巻く。それとともに兵士は身構え、体調らしき男は兵士に向かって
「最後方の2人!子供を連れて離脱しろ!」
と指示を出す。その指示に従い兵士は私を抱えて走りだした。
「ニコトエ!ニコトエ!」
遠くなる、ニコトエの顔は。
初めてあった日のように、優しく微笑んでいた。
それからどうなったのか、私は多くを知らない。
私が知っているのは、ニコトエが殺されたこと。そして、あの時残った兵士8人のうち、6人が死亡したことだけだ。
その後。私はある城へと連れて行かれた。精神の療養のため、と言う建前だが、実質それは尋問だった。
私は何も喋らなかった。その内に厳しい尋問は終わり、私は幾ばくかの自由を得た。
私は騎士を、兵士を目指した。いつしか、魔界に行き、ニコトエが語った世界を見て回るために。
努力を重ね、腕を磨き、兵士となった私は今。
人界軍第0部隊。『勇者付き』と呼ばれる精鋭部隊の隊長を務めている。
若い頃目指した自由など無い。未だ、魔界に行くことも出来ていない。
我々は、勇者付きとして、魔界へと侵入する役割を担うこととなった。
もしかすれば、私はそこで死んでしまうかも知れない。
だから。その前に誰かに知って欲しかったのだ。
少年は魔物の優しさを知った。
少年は人の残酷さを知った。
その、かけがえのない出会いと、別れを。ニコトエの話を知って欲しかった。
誰かが、このお話を呼んでくれることを願って。
僕はここに、この本を残す。
人界歴10006年、静観の時代。
アンリ・バティスト。