ソードアート・オンライン――紅の聖騎士と白の剣士―― 作:焔威乃火躙
本編は前編・後編の二段構成となっております。本編を読んでくださる方は是非次回作もお読みください。なお、前編・後編は同時投稿ではないのでご了承下さい。
以上、ニュースアート・オンラインでした
あの夜会の日から2日後、攻略組のプレイヤーが召集された。今回の第50層ボスは一面四臂のモンスター。一度に何発も攻撃してくるという厄介者。そいつに挑むメンバーは血盟騎士団副団長《閃光》のアスナとトッププレイヤー団員4名、聖竜連合から5名、風林火山から6名、そして《黒の剣士》キリト、その他ソロプレイヤー4名の計20名で望むことになり、今作戦では夜会メンバー全員が待機ということになった。
彼らを見送るとギルドに戻る。ギルドは転移門から30分くらい歩いたところの湖畔のもう少し先にある。ギルドに戻るとさっそく団長室に向かう。
団長室の扉は年期の入った木材で出来ており、コンコンと心をくすぶるような音が鼓膜を伝わって脳に直接鳴り響いているようだ。まぁ、電子信号で脳に直接伝わっているのだから当然と言えば当然だ。ここでの生活に慣れてきているんだろうな。中から『どうぞ』と落ち着いた声が聞こえる。
「失礼します」
キィィと音をたて軽い扉を開く。
鉄製の長机に両肘の突き立て身を乗り出す姿勢は少なからず緊張感を与える。
「彼らの様子はどうだった?」
「少々緊張している様子ではありました。しかし、全員覚悟を決めたようです」
そうか、と組んだ手に顔を近づけ言う。
「今回の攻略はどうも心配でねぇ、いささか不安になるのだよ」
「そのわりには、随分落ち着きがあるように感じられるのですが……」
「そうだね。私だけでも平然と装わなければ、他のプレイヤーたちも不安になってしまうだろう」
「確かに」
こんなところで恐怖に縛られてしまえば、その時点でゲームオーバーだ。現在世界に戻るためにも弱音は吐いていられない。それが軍隊のトップともなると尚更だ。そう考えたときふと疑問が浮かび上がってきた。
「団長はどうするつもりなんですか?」
「どうするつもりとは?」
団長は顔色1つ変えずに聞き返す。
「あなたがこのゲームをクリアに導いた先の話です。あなたがこの世界のラスボスとなり立ちはだかるおつもりなのですよね?その場合、立ち向かうプレイヤー全てをねじ伏せ神として君臨するのか、あるいは、あなたの死を以てこの世界の終焉を……」
「レイ君」
落ち着きがある表情の奥にそれとは別の表情が見えた。その表情は怒り、憎しみ、喜び、憂い、哀れみ、多彩な感情が入り交じっているように見えた。その中でも一際はっきりとした感情がある。真っ直ぐに貫く眼光、透き通った瞳に一片の曇りもなく迷いもない、その眼は覚悟を示している。
「私は
そのときの彼は凛々しく悠々としていて、血盟騎士団団長《聖騎士》ヒースクリフではなく、SAO開発責任者の茅場晶彦の姿だった。久しく見るその姿は、攻略組として最前線で戦う者として重くのしかかる。
「この先……」
うつ向いていた頭を上げ言葉を発する彼を見る。
「この先、私にもしものことがあったら、君に託してもいいかな?」
「託すって、そんなっ……」
溢れる思いを口にしようとしたとき、彼の眼に寂しさが映っていたのに気づく。俺は団長の望むものが分かってしまった気がする。こういうときほど、自分の鋭さを恨むことはない。
「分かりました……その代わり、いつか教えてください。あなたの求める答えを……」
「うむ。約束しよう」
ダンッ!!
「団長!!」
扉を勢いよく開く音と共に団員の一人が駆け込んできた。
「何かあったのかい?」
「ボス討伐隊がボス部屋までたどり着いたようなのですが、死亡者、撤退者続出で危険な状態のようです!」
「なっ!」
迂闊だった。いくら25層以降死者0とは言え、ここは50層、ハーフポイントだ。そんな易々とクリアできるはずがない。
「よし、残った人員を50層転移門に集めろ!出来るだけ多くだ!我々も行くぞ!」
「わ、分かりました!」
彼はそう言って団長室を駆け出していった。
「団長、私も行きます!あと3人は確保できます」
「うむ、すぐに頼む。準備出来次第出発する」
「了解!」
そう言って、ウィンドウを呼ぶと3人にメッセージを送る。
『ボス討伐隊の加勢に行く。すぐに準備して50層転移門に来てくれ!〈レイ〉』
送って10秒も経たない内に返信が来た。
『OK!〈セーレ〉』
『承知〈リグレス〉』
『りょ〈ガーネス〉』
20分もしない内に15人も集まった。中には、先ほど撤退した者もいるようだ。俺もギルドから俊敏力全開ダッシュでついさっき着いた。勿論、3人も来ている。
「ハァ、ハァ、皆、準備、は、ハァ、大、丈夫、か?」
息を切らした声で聞く。
「君以外は問題ないと思うよ。全く、転移結晶使えばいいのに、そうやって無茶するのは得意だよねぇ」
「いいだろ、別に。ハァ~」
だいぶ呼吸が落ち着いた。あそこから全力ダッシュはゲームの中とはいえど、とんでもない疲労感がのし掛かる。
「大丈夫か?オレっちが腕貸してやろうか?」
「『腕』じゃなく『肩』だろ。相変わらずのドジっぷりだね」
「どんな間違いだよ……まぁ、ありがとな」
ガーネスと遅れてリグレスが差し伸べてくれた手を掴み立ち上がる。・・・あれ?『手』?
「『手』じゃねぇかよ!」
「まあまあ、どっちも同じようなものだし。君もツッコミを入れる元気があるようで安心したよ」
何いい雰囲気でまとめようとしているんだよ。
転移門から真紅の甲冑に身を包んだ聖騎士とその後ろに白装備の騎士5人が出てきた。勿論、真紅の騎士はヒースクリフで他は血盟騎士団の者だ。
「時間がないので手短に言おう。これより、ボス討伐隊と合流し攻略に参戦する。道中現れるであろうモンスターとの戦闘は極力避けるように、では行くぞ」
『お~!』その声は主街区全域に轟いたであろう。
50層迷宮区を稲妻の如く駆け、流星の如くモンスターの攻撃を押し退け、ただ真っ直ぐにボス部屋に向かって進撃する。一度も止まることなくボス部屋の真正面にたどり着く。
ボス部屋に踏み込む直前、大半のものは足を止めた。踏み込もうとした俺は何かあったのかと思いつつ合間を縫いボス部屋に飛び込む。
ボスの姿を捉えたとき、目を見開き驚愕した。目に映ったのは
「な、嘘……だろ」
「なんなの、あのモンスター……」
「マジかよ、あれ」
3人も呆気に取られている。ボスにフォーカスを合わせると、《The arbiter of inferno》と出た。《地獄の審判》、その名の通りに全身から禍々しいオーラが溢れ出ている。胴体から10本の黒腕が対になって左右に伸びている。両肩から2本ずつ、さらに背中から6本と死角がない。
「攻撃に使ってくるのは正面の4本だけだ!他は反撃に使ってくる!」
こちらの到着に気づいて、敵の攻撃の隙をみて伝えるキリト。
「了解した!……団長」
彼に視線を送ると、何も言わずに頷く。
「行くぞ!」
その言葉と共に先頭にいた俺たちは矢の如く飛び出す。
リグレスは彼の右肩からひょっこりと飛び出している愛用『ブレイブグリッター』を、セーレは右腰に蒼い刃の短剣『リーグレイト』を右手に構え、リグレスは左の、セーレは右の足を切り裂く。俺たち4人の中で、俊敏力は2人が上だ。
体勢が崩れかけたボスの胴体のど真ん中を目掛けて片手剣ソードスキル[ヴォーパルストライク]を放つ。たちまち、奴の体は浮き上がり反撃が出来てもダメージは防げないはず。俺はすぐに奴のから離れる。空中では避けることは不可能。そんな奴にガーネスの片手剣ソードスキル[スタ-・Q・プロミネンス]が襲い掛かる。重低音の悲鳴が大気を震わせる。残りのHPバーが4本目に突入した。よし、いける!そんな余裕な感情は今はしまっておこう。ここからは攻撃パターンが変わるだろう。体勢を整え、次の攻撃に構える。ボスはゆっくりと立ち上がり部屋中に怒号を轟かせ殺気を滾らせている。
「来るぞ!」
神経を尖らせ、鋭い目線はしっかりと奴を捉える。
その目に映った光景に俺は後退りそうになった。理由は単純で奴の後ろに生えた腕が戦闘体勢をとっていたからだ。10本の剛腕はその先にある黒い拳をこちらに向け突進してくる。
「はあぁぁぁ!!!」
キリトが団体から抜け出し一直線に駆けていく。
「全部体、迎え撃て!」
団長の命に応じ声をあげるプレイヤーたち、そして、ボスに突進していく。
少し前の方でキリトが攻撃を捌いている。その彼に無慈悲に叩き込まれる拳が擦る。彼のHPバーを見ると1割方、減少していた。
「気を付けろ!まともに食らえば命は無いと思え!」
キリトが攻撃を捌きながら叫ぶ。
「セーレ、あれでなんか出来るか?」
「はぁ……分かったわよ、後でなんか奢んなさいよ!」
そう言って、短剣を右腰に戻し、左腰に手を回す。その手に握られたものは見事な刀身に綺麗な光沢を放つ刀『氷刀ユキシグレ』。
第2層のクエストで、偶然遭遇したレアモンスターを倒して、偶然ドロップした魔剣クラスものだ。それまでは短剣一筋だったが、『この刀に出会えたのはまさに“運命”。あたしに使ってくれって言ってるようなものよ』と言って刀スキルを採るところから始めたと言う。
「行こう、ユキシグレ」
そう言って、俊敏力MAXで走り抜ける。キリトに襲いかかる拳のひとつに白い一線が走る。次の瞬間、その拳はポロッと切り落とされ、地に着いた瞬間、青白い光の欠片へと変貌した。またひとつ、さらにもうひとつと切断され、気づけば3本の腕の先から黒い塊が消えていた。
「よし!攻撃開始!」
そのひと言と共に剣撃の嵐が巻き起こる。容赦なく切りつけるが、鋼鉄のような筋肉と拳の切り落とされた腕を合わせ10本の鞭が、ことごとく攻撃を防ぐ。あと1本のHPバーがなかなか減らない。連撃を叩き込むことで疲れてきたか、攻撃が緩んでいく。それを狙っていたかのように奴は全力に近い力でプレイヤー達を吹き飛ばす。ユニークスキル[神聖剣]を持つ団長、剣で受け流すキリト、地面に剣を突き立てる俺、お得意の俊敏力で躱したリゼルト、セーレ、アスナ、そして、驚異の力で耐えきったガーネスを除く者たちは壁際まで飛ばされ、イエローゾーンを切っているものが大半だった。俺たちも少なからずダメージを受けた。
「ヤバいな、もう一度あれが来たら10人は持ってかれるぞ」
キリトの言う通り、次にあの攻撃が来たら、確実に何人か死ぬ。
「俺たちで何とかする、それしかないか」
そう呟く。
「……レイ」
後ろからガーネスが声をかけてきた。
「なんだ?」
振り返らずに聞き返す。
「少し、時間を稼いで。1分もあればいける」
「な、何をするつ……」
俺の言葉を遮るように拳が落ちてくる。ギリギリのところで躱すが奴の追撃はまだ続く。
「頼む!」
「ちょっ、ガーネス!」
その言葉を残しガーネスは少し下がる。
「ああ~、もう!1分だの2分だの何とかしてやる!」
そう言って、剣を振り回す。他の皆も攻撃を捌いて、空いた人が隙を突くの繰り返しだ。勿論、全然減る様子はない。だが、この間に奴が一定時間内に攻撃させた場合、あの攻撃は来ないということはわかった。ガーネスが準備している間、適度に攻撃させ、隙を突いて攻撃をしていく。
そして、1分ちょっと過ぎたくらいにガーネスの声が耳に届く。
「避けろ!!!」
反射的に全員、ボスから離れていく。そこへ俺の横をすり抜けガーネスが飛び込む。彼の剣は煉獄の炎のように光っていた。
「っ!!ダメだ!」
あのライトエフェクトをみた瞬間、悪寒がした。あのスキルについて、前に聞いたことがある。
片手剣ソードスキルの最上剣技、片手剣ソードスキルの中で最強のソードスキルであり、同時に使用者のHPを大量に削る、諸刃の一撃。そしてそれは、[ユニークスキル]に匹敵する究極奥義である。それを習得できたものは未だ存在しなかった。
そんなスキルを使ってしまえば、自分のHPを吹き飛ばしてしまいかねない。必死に止めようと叫ぶ声も虚しく、スキルは発動する。
「食らえ、これが俺の全力だぁぁぁ!」
目映い光がフィールドを照す。その光は紅蓮の炎のように、ガーネスの瞳のように紅かった。
「やめろ!」
「[ストライク・ブレイザー]!!!」
DATE
《seale》
一人称は『私』、短剣と刀の併用プレイヤー、俊敏力はアインクラッド内で5本の指に入る実力の持ち主、22層のクエストで手にした刀『氷刀ユキシグレ』を持つ以前は短剣一筋だった、たまにジョークがきついことを言う。
ガーネスの究極奥義が炸裂
劣勢に立たされつつあった戦況は
果たしてどちらへ転ぶのか
ハーフ・ポイント攻略戦、決着
次回『黒き魔剣』