白騎士パラドックス   作:ゴブリンゾンビ

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8.なけなしのメッキ

 闇夜を照らしながら、業火は踊り狂った。深緑の町の一角にて上げられたこの炎は、昼間の魔物の襲撃によって生まれた犠牲者の葬送と鎮魂の為のものだ。ここで遺体が焼却された者は幸福である、戦場に止むを得ず遺棄された死体は数えきれない。

 

 残された守備隊――王国軍残党は、着実に屍の山を築いていた。とはいえ総指揮を執るベルナールの采配の甲斐もあり、想定よりは兵力の損耗は少ない。王子が発ってから既に五日が経過していたが、当初の目標であった一週間という数字自体は実現が見えてきている。

 

「――黙祷」

 

 兵士の先頭で号令をかけた重歩兵。彼の纏う黄金の鎧が炎の真紅を反射し、輝いていた。彼の名はベルナール。"金色の盾"なる異名を持つ彼は、王国の重歩兵長にして現在王国軍残党の総指揮を執る者である。

 

 葬儀の後、ベルナールは深緑の町内にある屋敷にいた。王国軍はそこを本部としているのだ。北の砦でなく敢えて深緑の町に本部を置いた理由として、王国軍残党の定めた戦闘目標にある。

 

 それはここ、深緑の町を防衛ライン内に収めるといったものだ。援軍の当ても糧食の当てもなく北の砦に籠るのは愚策中の愚策である。それに対し深緑の町は田園都市であり、生産拠点である。人の営みもあり、食料の備蓄にも若干の余裕があった。だからこそ、延命を図るなら深緑の町を含めた生存域を確立する必要があったのだ。しかし田園地帯の外に展開し、魔物を迎え討つといった戦闘を繰り返せば、当然砦で戦うより兵力を損耗する。

 

 鎧を脱いだベルナールは廊下を歩きながら、歯噛みするしか出来なかった。

 

「重歩兵長。どうかお休みになられてください……昼の戦闘といい、ほぼ休みなしではないですか」

 

 背後についていた、直属の配下である重歩兵ラセルからそう声をかけられる。

 

「ならん。明日には次が来る、俺抜きで備えるなど出来ないだろう」

 

 そう語るベルナールの表情は悲痛そのものだった。

 

「違うな、自惚れた。俺如きでは本来務まらぬ役だ」

「……重歩兵長」

 

 ベルナールの双肩には、一重歩兵長が一人で抱えるには重い荷が圧し掛かってた。付き従う兵士だけではない。この地に暮らすあるいは周囲の村落から避難してきた無辜の民、そして――この地を託し、女神の神殿へと向かった国の旗印たる王子一行。対して挑む相手は強大だ。なにせその限界が見えない。例え女神の助力を得たとして、それが余程のものでなければいずれ物量で押し潰される未来が見えていた。

 

「貴殿は休むといい」

「……了解しました」

 

 立ち去るラセルの背中が消えるまで待って、ベルナールは再び歩き出す。

 

「あの!」

 

 しかしすぐに呼び止められた。今度は部屋から出て来た、青い髪を短く切り揃えたまだ幼さの残る少女だ。纏う純白の軽鎧には所々に傷が入っており、腰に帯びる剣は少女の背丈に分不相応なほどに長い。橙色のスカーフが、足音と共に揺れた。

 

「フィリス殿……」

「夜分に失礼します。お話があって参りました」

「待て。その鎧は――」

「父の形見です」

 

 フィリスはきっぱりと言い切って見せた。廊下に揺らめくランプの灯が、フィリスの澄んだ瞳に反射していた。

 

「……望みは復讐か?」

「父の仇を討たねばなりません。どうか戦列に加えてください」

「……分かった。兵士は、兵士の指揮は……」

 

 そこでベルナールが言い淀んだのは動揺が原因ではない。単純に、兵士の指揮を執る武官がいないのだ。昼間の戦いではこの町の衛兵長――フィリスの父が務めていたが、彼は死んだ。決して負け戦ではなかったが、それでも死んだのだ。

 

「誰か、部隊長を抜擢せねばならんな。早朝一番の召集までにこちらで決めておく、それに従ってくれ」

「……分かりました。失礼します」

 

 フィリスは頭を下げ、自室へと戻っていった。力の籠り過ぎた背中を見送り、ベルナールは窓に映る月を見上げた。

 

「今頃、王子達も同じ月を眺めているのだろうか」

 

 なればこそ彼らの帰る地は死守せねばならぬと、ベルナールは改めて決意を固めた。

 

「ベルナール殿」

 

 呼びかけられたベルナールはさっと振り向いた。赤いローブを身に着け、グローブを嵌めた手には木製の杖を握る糸目の中年男が、そこにはいた。男の名はロイという。熟年の王国魔術師であり、今は魔術師たちの指揮も執る身である。

 

「ロイ殿」

「お茶でも如何かな。まぁそう、根を詰めなさるな。腐ってしまいますぞ」

 

 目を細めるロイ。務めて平静を装うとしているのは、ベルナールも承知の上だ。

 

「……頂こう」

 

 

 ロイに導かれ、ベルナールは大部屋へと通される。複数のランプが並び、ぼんやりとした明るさが保たれている。会議用の長机が配されたその部屋には、既に先客がいた。

 

「おや」

「私が呼んでいたのです」

「こんばんわ。失礼しています」

 

 重苦しい空気には余りにそぐわない、絵本の中から飛び出してきたかのような可憐な少女だ。それがちょこんと席に座っている。そしてその傍らには兜で目元以外を隠した屈強な兵士が二人控えていた。不気味な沈黙を保つ彼らは、少女に雇われた傭兵だ。

 

 少女の名はトトノ。行商人である。偶然深緑の町に滞在していた所、今回の騒動に巻き込まれた。

 

「トトノ殿。貴殿には本当に感謝してもしたりない」

「いえいえ、これもご縁というモノです。報酬も頂いていますし」

 

 トトノが笑みを浮かべる。彼女は、王国軍残党が深緑の町にて兵力の臨時徴収を行っている所に自らの連れる傭兵を売り込んだのだ。金品で雇われるとはいえ、いやだからこそ傭兵たちは、臨時に徴収した新兵より圧倒的に強力であった。

 

 ベルナールは、トトノの正面の席に腰を下ろす。一方のロイは部屋に入るとカップに茶を淹れ、ベルナールとトトノの前に出した。彼は、魔術師は常人とは違う力を持つため偏屈さを持つという、世間一般的な常識とは無縁の人柄であり、湯を沸かすためにでも魔術で発現した炎を行使していた。

 

 トトノは茶を一啜りしてほっと息をつく。傭兵達はカップから昇る湯気に釣られてぴくりと目線を揺らした。

 

「傭兵の方々も淹れましょうか?」

「……」

「この人達はいいんです。そういう契約ですから」

 

 黙して語らぬ傭兵に代わり、トトノがそう答えた。ロイは「そうですか」と少し残念そうに述べ、自分の分を淹れてベルナールの右隣の席に座る。

 

「ベルナールさん。景気って言うのはですね、悪ければ逃げていくんですよ」

「……と、言いますと」

「私、ベルナールさんと初めてお会いした時、凄く景気のいい人だなぁと思ったんです。なんせ金ぴかですよ。メッキですけど」

 

 ベルナールは思わず苦笑する。彼の纏う黄金メッキの鎧だけは、部下にも理解されない代物だ。そしてベルナール自身もその真意について、言いふらす気もなければその必要性も感じてない。

 

「少し酷な事を言います。メッキで良いんです。上の人が景気よくパーッとしていれば、ついて行く側もちょっとだけ気分がマシになります。逆も然りです、だから……その」

 

 トトノは精一杯の言葉を選ぶ。

 

「見えない明後日の事は置いておきましょう。まずは明日です! 頑張りましょう!」

 

 そう言って大きく両手を上げて見せる。

 

「……俺もまだまだだな」

「女性とはまこと逞しいですなぁ」

 

 机に肘をつくベルナールも。茶を啜るロイも。その口元は僅かに綻んでいた。緊張を緩めたのは茶か、トトノの弁舌か。

 

「……なけなしのメッキか」

 

 ベルナールの口から零れたそんな一言。薄暗闇に儚く消えたそれは、言ってしまえば痩せ我慢に過ぎない。だがそれでも、この絶望の溢れる戦いの節目が見つかるまで、気力の灯を絶やさないためには、不屈の闘志が不可欠である。王子が帰還するまででも"なけなしのメッキ"を纏う。ベルナールはそんな決意を固め――

 

 

 

「重歩兵長! 重歩兵長はいるかぁー!」

 

 部屋の外から上がった横槍により遮られた。

 

「おっと。噂をすれば、逞しい方の中でも最もたるが来ましたな」

 

 ロイは、立ち上がったベルナールの背中にそんな言葉を投げかけて茶を啜る。

 

 来訪者は真紅の重鎧を着込んだ女性であった。特筆すべき特徴としては、流れるような茶髪もそうだが、その背丈にあった。その背はベルナールを見下ろすほどである。女性はレアンという。元はこの町の令嬢であるが、周囲の反対を押し切って軍に入団。その態度や鍛え上げられた肉体も手伝って、付いた仇名が"鋼鉄の女"である。

 

「レアン殿。鎧は外して休息をと――」

「私の事はともかく。ギャレットと名乗る男から伝言です。『土産がある。ベルナールを呼べ』と」

「……ギャレット、だと!?」

 

 それはベルナールにとって余りにも想定外の来客であり、彼は目を見開くしかなかった。

 

 

 

 男は深緑の町の入り口で外套付きの荷車と共に立ち尽くしていた。人力で曳くには少々余るような大型の車だが、荷車の持ち柄を握る男は涼しい顔をしている。目つきが悪く無精な金髪をした、不愛想な男だった。

 

「ギャレット!」

 

 到着したベルナールが、ランプ片手に声をかける。金髪の男――ギャレットは皮肉な笑みを見せた。

 

「久しぶりだな叔父貴。元気だったか」

「……職務中だ。余り砕けた呼び方は感心しない」

 

 ベルナールに対する叔父貴という呼称は、ギャレットの父とベルナールの付き合いに由来する。家族ぐるみの付き合いがあったため、何時しかギャレットはそういった呼び方をするようになっていた。

 

 ベルナールは、ギャレットが握る巨大な鉄鎚へと目をやる。鉄槌の先端、棘に覆われた黒染めの鉄球は血を吸い、どす黒く変色していた。

 

「あぁ……道すがら出くわしたのは殴り殺しておいた。何、人間よりゃ全然弱い連中だ」

 

 さらりと魔物の撃破を示唆したギャレットは、この王国出身の傭兵である。王国は平和そのものであったから不要であったが、魔物が復活するまで戦争が無かった訳でもない。特に南方諸国と呼ばれる地域では、多数の小規模国家が乱立し覇権を争っていた。そういった地域にギャレットは赴いていたのだ。戦闘経験は豊富、動揺が少ないのもその為だった。

 

「お前……南方諸国へ出向していたのではなかったのか」

「一仕事片付いちまったから、西の町にいる親父に顔でも見せてやろうと思ってな。そしたら魔物が王都を占拠したっつう報せがきたんで、物はついでと叔父貴の様子も見にきたんだが……余り大丈夫じゃなさそうだな?」

「……」

 

 ギャレットの軽口に対し、ベルナールは言い返す事が出来ない。普段ならば一言二言ほど小言を放つくらいはする間柄であり、ギャレットも"それ"が来ない事に若干の驚きを見せた。

 

「……西の町はどうなっていた?」

「あぁ、少なくとも俺が発った時は無事だった。近衛の残党と、王都正規兵の残党が流れててな。そこに西の大国が部隊を置いて防衛してる状態だ」

 

 それはベルナールの掴んでいない情報だった。中央で魔物が復活し、各都市との連絡は完全に途絶えているのが現状だ。都市が無事で、更に防衛する戦力が明快に判明した事でも大きな進展であったが、それだけでは飽き足らない。

 

「……西の大国が、か?」

 

 西の大国。王国の西に隣接する国家であり、千年戦争時代から存在する都市を首都とする大国である。北の大国同様王家の親戚筋に当たり、以前は交流も盛んであった。だが王国は首都が占拠され、国王すら崩御した状態。それでも義理を通し西の町へ軍を派遣するというのは、国家の動向としては訝しむべき要素に溢れている。

 

「その大将がリリアだったか。ともかく姫さんでな。なんでも王子様の王都奪還の為、全面協力する腹らしい」

 

 ベルナールはそこで、有る可能性に辿り着いた。

 

「西の大国の軍勢といったな。数と、出来ればどの部隊が来たか。知らんか?」

「部隊なんて知ってる訳ねぇだろうが。本職でもねぇんだし……選りすぐりの魔法剣士がどうこうとは聞いたが。それと数だが正規軍っつうには少なかった気がする」

「……魔剣士の親衛隊か。ならば合点がいく」

 

 プリンセス・リリア。西の大国に君臨する王家の姫君であり、かつての千年戦争の折英雄王が振るい、その後正妻に送られた神剣エクスカリバーの所有者でもある。まず彼女の王家内での立ち位置としては、この王国にかなり近いポジションにある。親王国派と考えていい。親王国派としての存在意義を消滅させないために、彼女が自分の采配で率いられる分の軍勢を率いたとすれば、政治的にも納得出来る話に収まる。

 

「ま。俺が知ってるのはそれくらいだ。考えるのは叔父貴達の役目だろう」

「……十分だ。土産というのはそれか?」

 

 そこでギャレットはらしくもない笑みを浮かべてみせた。

 

「まさか。そんなの俺らしくねぇだろ? ()()を連れて来てやったんだ」

「友、人……っ!?」

 

 待ってましたと言わんばかりのタイミングであった。ギャレットの荷車から人影が一つ軽快に飛び出す。ダークブラウンの髪といい、緑色を基調とした独特の制服といい、一般的な王国軍兵士の容姿からは悉くかけ離れた若者。その姿をベルナールが忘れるはずもない。

 

「ユリアン!」

「よっ」

 

 ユリアン兵士長。クレイブから後を譲られた兵士長である。傭兵であった経歴もあり実戦経験も豊富、更に部下の信頼も篤く、王子ともよく剣を交えていた人物だ。普段は彼の隣に副官のアリアがついているのだが、今日は彼女の姿はなかった。

 

「指揮官不足だろうと思って、向こうはミレイユさんとアリアに任せてこっちに来たんだ。()()にとっちゃ、こっちの方が重要拠点だしな?」

 

 すらすらと語るユリアンに対し、ベルナールはまだ頭の処理が追い付かず目をパチクリさせていた。

 

「ともかく俺様がこっちに来たんだ。こっから逆転。立てるよな?」

 

 サムズアップ。露出した歯が、ランプの明かりを得てきらりと光る。自信家のユリアンらしい、事件が起こる前から変化を感じさせない仕草。だが普段から変わらないというそれだけで、闇を照らす光にも転ずるのだ。

 

「あぁ……あぁ!」

 

 声を張り上げたベルナールの目に最早迷いはない。自らを信頼してくれた仕えるべき主君の為、慕ってくれた部下の為、そして友のために。必ずや、この国にとっての希望を掴み取ると。




おお、この……男比率

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