白騎士パラドックス   作:ゴブリンゾンビ

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7.手を伸ばす

 頭骨を被りバトルアクスを握る男。夕闇に沈みゆく中、ぎろりと輝く狩人の如き鋭い眼。神殿前の丘陵の頂点から声をかけたのは、先刻林道にて遭遇し交戦した山賊団の主、モーティマその人であった。彼の脇にはバーガンの姿もあり、王子達を睨んでいた。

 

「――フューネスの奴に行先を伝えたってこたぁ、つまりこういう事だな?」

 

 歯を剥き出しにして笑うモーティマの背後には先程王子達と交戦した山賊達が集い、各々が武器を構えていた。王子、山賊双方の距離は200mほどだが、日は既に沈みつつあり、視界はすこぶる悪い。

 

「……丁度いい。お前達に用があった」

 

 そう語りながら、王子は一群から一歩前へと踏み出した。

 

「えーっと、その。話がうまく飲み込めないんですけど……?」

 

 新参であるバシラが、たまたま隣にいたアリシアに話しかけた。

 

「あの山賊達、以前も私達を襲って来たんです」

「そうだったんですか!?」

「その時は逃がしたんですけど、今度こそ二度と歯向かおうと思わないくらい徹底的に――」

 

「――俺達に協力しろ」

 

 鮮明に言い放たれた王子の言葉が、双方の時間を完全に硬直させた。突然の提案に山賊達は唖然とするが、モーティマがすぐに噛みついた。

 

「アンタ。自分の言ってる事、分かってんのか?」

「……あぁ」

「阿呆か。俺達ぁ山賊だ、お前らの敵だぞ?」

「敵だ味方だと言っている状況ではない……それはお前達も分かってるはずだ。単独で抗おうと、各個撃破されるだけだぞ」

「ほう? なら聞くが、俺達は山賊やって来た生粋のアウトローだ。これまで犯してきた犯罪について、どう処理する気だ?」

「……国を取り戻した後、この国で犯したものに関しては恩赦とする」

「恩赦!?」

 

 山賊達の中から上がった気の強そうな女の声。白のマントを羽織る、橙色の髪の少女が発したものだ。

 

「まぁ待てよハリッサ。んなもん体よく使われて、生き残っても後で首切られるに決まってるだろうが」

「……俺もお頭と同意見だ。信用出来る要素がない。()()()()()はともかく――」

 

「わ、私達だって貴方達なんか信用できません!」

 

 アリシアが、山賊達に対抗するように声を張り上げた。

 

「現状を鑑みれば確かに崇高な理想です。しかしあくまで理想止まり、これは少し無謀な試みでは――」

 

 クレイブの意見を、王子は手で遮った。

 

「……クレイブ、アリシア。そこを動くな。ソーマとバシラは弓を捨ててくれ」

 

 それだけ言い残して、王子は一歩を踏み出した。神殿前にある階段を降り、正面を見据えて着実に歩を進めていく。

 

「……あ?」

 

 モーティマの眉間にしわが寄り、侮蔑の混じった声が漏れる。理由は明快、王子の取る行動を理解出来なかったからだ。対して王子は何も語らない。口を噤んだまま、前髪越しにモーティマを見つめる。

 

「……」

「とんだ阿呆だな、わざわざ前に出て来るたぁ……」

 

 そこでモーティマの言葉は止まった。これもまた原因は王子の行動にあった。

 

 ――彼は、自らの利き腕である左手を伸ばし、手のひらを差し伸べていた。

 

 それの意味する所を分からぬ者はいない。敵味方、極限の緊張から双方が沈黙するばかりだった。王子方の前衛は王子の命により駆け寄る事を禁じられ、弓兵はその武装を地に放棄させられている。

 

「……てめぇら! 一歩たりともそこ動くんじゃねぇぞ!!」

 

 モーティマが沈黙を破り戦斧を握り締め、ゆっくりと丘を降り始めた。その眼を神殿前に屯する王子の配下に向けながら。彼――頭の命令、そして行動は、山賊達にとっても予想外の事だった。

 

「……お頭?」

「あぁもうモーティマの奴、()る気じゃないだろうね……セシリー、いざとなったら届く?」

 

 ハリッサが視線を向ける先に、真紅のフードを深く被り、黄金の眼を露出させて窺う少女、セシリー。その眼は、目の前の事象より別な事に向けられている。距離、傾斜、敵の視界――自身の行動を遮る要因全てを脳裏に叩き込んで、セシリーは結論を出した。

 

「……双方に気づかれないように、となると難しいぞ。もう少し暗ければ別だが」

「くそっ」

 

 ハリッサの舌打ちが虚しく空を切り、黄昏に吸い込まれた。

 

 

 動揺しているのは山賊達ではない。王子の後ろ姿を固唾を飲んで見守っていた。アリシアやクレイブは武器を構えてはいるが、彼女らがその場を動くことは他ならぬ王子の命によって禁じられている。

 

「そ、ソーマさん、そのいざとなったら……」

 

 アンナはソーマに耳打ちし、それとなく示唆するが反応は芳しくない。

 

「さ、流石に斧を構えてから、拾って撃つのは無理です……」

「そんな……!」

「ちょ、兆候が読めたら、私がやっては、みます……」

 

 "神速の射手"バシラは猫耳を揺らし風を読む。獣人ならではの並外れた視力は、斧を握るモーティマの手元を鮮明に映していた。攻撃に繋がる僅かな兆候を逃さぬよう最新の注意を払っている――が、兆候が読めるのと、先ほど語ったそれが可能かは別次元の話である。

 

 やがてモーティマは足を止め、立ち塞がる。その身長差から、モーティマが王子を見下ろす格好となった。

 

「……」

「……」

 

 双方の陣営が極度の緊張状態で見守る中、二人は無言で向かい合う。一つ違う事があるとするならば、かたや右手で戦斧を握り、かたや利き腕を差し出している点。

 

「……これで信用しろと」

「……あぁ」

 

 モーティマは差し出された手を一瞥し――その瞬間、戦斧が宙を切った。

 

「……!」

 

 勢いよく()()()()()()()バトルアクスは、からんからんと音を立てて地に転がった。

 

「震えるくらいなら、最初から止めときゃいいだろうに、な」

 

 モーティマが口端を釣り上げ、戦斧を手放したその手で王子の手を甲から荒く掴み、持ち上げて見せる。

 

「ひとまずその度胸は買ってやる。だがあくまで協力だ、お前の部下になる訳じゃねぇ」

 

 それから少し間を置いて

 

「……頼むから、裏切ってくれるなよ」

「あぁ」

 

 王子の即答を聞き、モーティマは掴んだ手を放す。

 

「……てめぇら! 聞いたな、武器降ろせ!」

 

 頭の指示は絶対である。山賊達は先ほどまでとは一転して、素直に構えた武器を下ろした。

 

「一つ案があるんだが。夜が明けるまで此処で休息をとるのはどうだ」

「……生憎、残してきた兵達ものっぴきならない状況だ」

「そうは言うが夜の森で狼なんぞ相手したくないぞ?」

 

 モーティマは何気なく言ったつもりであった。が、その言葉で王子の肩はぴくりと震える。

 

「この辺りにゃ魔物の影響を受けた狼もうろちょろしてやがる。流石に暗中で人間が勝てる相手じゃねぇ」

 

 王子は改めて来た道を思い返す。夜空の月明りのような儚い明かりでは、頭上にまで茂る枝葉に容易く遮られるだろう事は容易に想像できた。視覚が封じられた状態で、嗅覚や聴力で圧倒的に勝る狼の相手をすることが如何に無謀かも。

 

「……というかお前ら、まさかこのまま来た道帰る気だったのか? たまたま会わなかったのか、全部俺達に来てたのか……ビギナーズラックとでも言うのかね」

 

 王子は押し黙ったまま、モーティマに背を向ける。

 

「……休息を取る。夜が明けるのを見計らって、女神の神殿を出よう」

「ならいい……てめぇら! 屋根はあるが実質野宿だ野宿、準備しろ!」

 

 

 

 

 

 夜が明けるまで休息をとる運びとなった王子達は、神殿内の女神像の前で夜を明かす事にした。とはいえ神殿内で篝火など問題外である。そこで王子達は一計を案じた。

 

『……ふふ』

 

 慈愛に満ちた笑みを浮かべるのは、女神アイギス。顕現した彼女の放つ青く優しい輝きこそ、今の彼らにとって何物にも勝る灯だった。当然だが、女神にも打診し了承を得た結果である。

 

「それにしても、大事なくて本当によかったです……」

 

 アリサが床に腰を下ろし、杖を抱きしめて安堵の声を漏らした。治癒師は必須とはいえ、此処に至るまでの道のりは非力な彼女にとって少々酷なものであった。

 

「……王子。今後ああいった無茶は謹んでくださいね? 王子の存在が、我々の唯一の希望なんですから」

「……」

 

 アンナから叱責を受ける王子はただ俯いている。その眼差しは彼の前髪によって露出を阻害されていた。目は口ほどに物を言うとは慣用句だが王子の場合、目も口も何も語らない。その為他者から見て感情を読みづらい所はあれど、今回の一件については状況から察知しようがあった。王子の心中はどうであれ。

 

「動きっぱなしでお腹が減りました。ご飯! ご飯食べましょう」

 

 アリシアが、気まずい空気を吹き飛ばそうと敢えて気丈に声を上げた。

 

「そうですね……燻製肉と乾パン程度ですが、食べましょうか」

 

 アンナの言葉を皮切りに、各々荷物から携行食を取り出し始めた。元より片道三日はかかる距離である事はわかっていた為、最低限の食料も当然携行していたのだが……

 

「今日も非常食かぁ……」

 

 アリシアがぼやいた丁度その時だった。声がかけられたのは。

 

「ちょっといいか?」

 

 声をかけたのは赤い外套を羽織りフードを被った銀髪の少女、セシリーだった。そしてその傍らにはフューネスの姿があるが、どちらかというと彼が抱えているモノに視線は集中した。

 

「そのお鍋……!」

 

 アリシアが目を輝かせるのも無理はない。フューネスが抱えているのは巨大な鍋。それもほくほくと湯気が上がり、芳醇な香りを醸す代物だ。そしてセシリーはというと、王子一行の人数である7に2を足した、9枚の小皿と匙を抱えている。

 

「せん……とう? せん……ぷ?」

「餞別だぞ。食える野草と適当な獣を煮てシチューにした」

 

 セシリーから告げられた内容物は一行にとって渡りに船といって良かった。しかしそれでも難色を示した者もいる。その一人がクレイブだ。

 

「流石に間髪入れずというのは……どうなのでしょう。信用していいのでしょうか」

 

 クレイブの懸念は確かに一理あるものであった。目の前のシチューに釣られ、完全に意識をやっていた一行も我に返り、どうしたものかと互いの顔を見合わせ始める。だが一人、諦められない者がいた。

 

「……そう!ど、毒見です! 私治癒の加護があるので、少々の毒くらいどうってことないです! だから私が率先して食べます!」

 

 それでは毒見の意味も為さないのではないかというツッコミを声に出す者はおらず、アリシアはセシリーから皿と匙を回収して、鍋を掬った。煮込まれた肉片をすぐさま口に放り込んだ。

 

「……おいしい!」

「躊躇いなくいったな……信用できないんじゃなかったのか?」

「うぐ……」

「まぁいい。そこでいいか?」

 

 鍋は輪の中に置かれ、セシリーとフューネスも自分の分を取って食べ始める。それは、毒を盛ってなどいない事の何よりの証明だった。セシリーたちの行動を皮切りとして、鍋を囲んでの食事が始まる。

 

「ところでこれ、誰が作ったんですか?」

 

 アリシアは隣に座るフューネスに話しかける。それは純粋な好奇心からのものだったが、その返答は彼女の想像の斜め上をゆくものだった。

 

「モーティマ……」

「モーティマ……って、え、えぇえええ!? あの!?」

「見かけによらず料理は上手いんだぞ」

 

 セシリーの捕捉に対しアリシアは素直に感嘆の声を漏らしていた。

 

 

「あの……山賊さん?」

「……?」

 

 話しかけられたフューネスが顔を上げる。声をかけたのはバシラだった。その目線は泳いでおり、トレードマークである獣耳はぴくぴくと震えていた。恐る恐るといった様子である。

 

「獣人がいるって、あの山賊頭さんは気づいてます? あの、差別とか……」

 

 バシラの懸念は、自身の種族についての事だった。獣人という種族は一部地域では被差別種族でもある。この王国ではそういった事も無く、バシラ自身も人間社会で暮らしていた為知識としてしかその差別を知らない。しかし、共に戦うならば最低限確認しておかねばならない事項というのも事実である。フューネスは少し間を置いて、首を縦に振った。

 

「モーティマ、気づいてる。特に気にしていない」

「よ、よかったぁ……」

 

 バシラはほっと胸を撫で下ろす。

 

「モーティマ……あんまりそういうこと考えない」

「あ、あはは……」

 

 そんなほのぼのとしたやり取りが続く。その一方、安穏といかない組み合わせもあった。

 

 

 

「……さっきから視線を感じるが、どうしたんだ?」

 

 セシリーの黄金の眼が、ソーマを捉えて離さない。一方のソーマはというと、顔を引きつらせていた。

 

「え、えっと……そのマント……その、染みって」

「食事時に話す内容じゃない」

「は、はい! 黙ってます!」

 

 ソーマは背筋を伸ばし、視線を手元の皿へと戻した。そして

 

「あれ絶対血、血ですよぉ……」

 

 誰にも聞こえないように細心の注意を払いつつ、一人ぼやくのだった。

 

 

 

『愛しき人の子達が、互いに血を流す事無く事無く手を取り合う。これもまた、完全な勝利でしょう……』

 

 女神アイギスは談笑を俯瞰しながら笑みを浮かべていた。

 

『ですが、少し心配ですね……』

 

 女神が顔を上げる。神殿の入り口では山賊達の篝火が上がっているが、女神が憂う事象はその遥か向こうにあった――


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