白騎士パラドックス   作:ゴブリンゾンビ

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10.帰還

 今残っている兵士ではとても凌ぎ切れる数ではない魔物の一群は、無慈悲にもその足を止めることはなかった。絶望的とも言える状況で、ベルナールは声を張り上げる。

 

「怯むな! 陣形を立て直す!」

 

 後衛のメイジの援護もあって、前哨戦の決着はつきつつあった。それでも今の彼らは癒し手を欠いた状態である。負傷したり疲労の限界が来ていた兵は撤退しており、戦場に残っている者は決して多くない。男ですら悲鳴を上げる激戦の中、真紅の鎧を纏う一人の重歩兵が淡々とメイスを振るう姿が一層映えた。その在り様は伊達に男勝りを自称していない。だが、単騎の活躍では戦場は変えられないというのもまた、厳然たる事実だった。

 

「レアン殿」

「あぁ。ベルナール殿」

 

 ベルナールとレアンの間に僅かばかりの沈黙が漂った。

 

「一つ、いいだろうか」

「俺でよければ聞こう」

 

 少し間を置いて、レアンは普段どおりの口調で語り始める。

 

「たまたま居合わせた身だが、此処は心地よかった。誰も私を特別扱いしなかった」

「女である以前に、貴重な戦力だったのでな。その点は特別視している」

 

 赤兜の内から微笑が漏れる。釣られてベルナールの頬も緩んだ。

 

「だからだろうな……此処を守りたい。諦めたくは、ないんだ――!」

 

 レアンの足元から湧き出したのは、眩いばかりの閃光だった。戦場という砥石によって一時的に研ぎ澄まされた技能の発現、それを()()()という。並みの兵士では発動はおろか取得すら出来ないそれを、レアンは容易く発動して見せた。

 

「……同感だ!」

 

 ベルナールの足元からも同様の閃光が迸る。敵は既に近く、魔術師達は迎撃を開始している。オーガ達は牙を剥き出しにし、行く手を遮らんと立ち塞がる重歩兵達を見下ろした。オーガは手に持つ棍棒を乱雑に振るう。箒で塵を払うかの如き攻撃、ただそれのみで重歩兵が築き上げた陣が崩れつつある。レアン、ベルナールの二人は自己のスキルを発動し、的確に盾を使って攻撃を受け流すことにより辛うじて堪えてはいたが、反撃はおぼつかず消耗するばかりだ。

 

 戦況を変化せしめたのは、一つの掛け声であった。

 

「たぁーッ!」

 

 刹那、敵味方双方の動きが凍った。両陣営の勘定に無かった乱入者が跳躍した。純白のマントは翻り、白銀のハルバートの矛先がオーガの顔面を強襲する。オーガを力任せに突き飛ばして着地したその少女は、トレードマークたる青いベレー帽を片手で弄った。

 

「王子、ご帰還! 王子が帰還しました!!」

 

 ――少女は、近衛騎士アリシアは高らかにそれを告げた。

 

「そして遅くなりましたが、近衛騎士アリシア。助太刀に馳せ参じました!」

 

 突然ハルバートを携え登場した少女が、近衛騎士を名乗ったのだ。殆ど名が知れていないこともあって、戦列には若干の混乱を生む。

 

「近衛……どうみても少女だが……なら何故私は反対されたのだ……」

 レアンに至ってはまず近衛騎士であるという事から疑い始める始末だった。女であるという一点で武官になれなかった彼女にとって、目の前に立つ少女が近衛騎士であるという事実は色々な概念を覆す破壊力を有していた。

 

「ところで、王子はどちらに?」

「あちらです!」

 

 ベルナールの問いに対しアリシアの答えは実にスマートだった。アリシア達の後方、後衛のを割って彼は――王子はその姿を現す。その傍らではアンナが複数の神聖結晶を抱きかかえていた。

 

「――我が同胞に、女神の加護ぞあらん!」

 

 王子の一喝と同時に、アンナは神聖結晶を上空へと放り投げた。投げ出された神聖結晶は砕け散り、中空に蒼光を滲ませる。光はすぐに形を取った。

 

『人の子よ――我が加護を授けましょう』

 

 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、女神アイギスが顕現する。魔物達が知る由もないはずだが、彼らは本能でそれを()()()()()()と理解した。アイギスの幻影を見たのみで魔物達は半ばパニック状態へと陥るが、それだけでは終わらない。王国軍の兵士全員、そして王子が連れる山賊達が穏やかな蒼光に包まれる。

 

「よぉーしお前ら! 雪崩れ込めェ!!」

 

 モーティマの号令と同時に山賊達が怒涛の勢いで戦場へと雪崩れ込む。

 

「魔物……倒す!」

 

 フューネスの振るう大斧が、オーガの大木のような片足を斬り飛ばす。捨て身の一撃だが、反撃を受けなければ問題はない。フューネスに続く山賊達も渾身の力でパニックに陥る魔物達を追い回す。

 

「彼らは、山賊……!?」

 

 ベルナールが問うた眼前に、風の如く彼女は舞い降りた。白のバンダナの少女、ハリッサはベルナールの纏う黄金の鎧を物珍しげに眺め、やがて口を開いた。

 

「なんだいアンタ、味方なのかい。折角金になりそうなのに……」

「な、ななな……!」

 

 小娘、それも山賊に罵られ、ベルナールの表情が怒りで赤く染まる。元々彼は沸点の高いほうではないが、今回ばかりは死を覚悟した戦場という状況も手伝った。

 

「そう怒るな、ベルナール」

「!!」

 

 しかしベルナールの怒りも、王子に呼びかけられれば流石に霧散した。

 

「……大儀だった。まずは片付けるぞ」

 

 珍しく王子の口元は緩んでいた。

 

 

 

 

 王子の帰還、山賊という援軍、そして女神アイギスの加護により前衛は完全に息を吹き返した。勢いを取り戻した王国軍残党は一斉に反撃に移り、既に魔物達を押し返しつつある。だが一つ、解決していない問題があった。

 

「――治癒を開始します!」

 

 彼女なりに声を張ったアリサ。王宮魔術師が集う後衛から前線へと癒しの魔力を飛ばす。彼女の目に付く限り、傷ついた者から順に。癒しの力は傷を塞ぐのみならず、気力を回復させる力をも持っている。たった一人の癒し手でありながら、彼女は既に眼下に広がる戦場をコントロールしつつあった。

 

 そんな中、彼女の視界に入っていたのは陣の右翼にて交戦する一団。王国軍の物ではない鎧姿の男が数人、徒党を組んで魔物を迎撃している。だが長時間の戦闘により、疲弊している様は傍目からも見て取れる。

 

 アリサが癒しの力を飛ばそうとして呼び止められた。

 

「あの人達はいいんです」

 

 荷物を背負って、微笑みを湛えながらトトノが現れる。

 

「えっ……えっ?」

「自前の薬草で回復するという契約なので。お構いなく」

 

 アリサが治癒の力を飛ばそうとした一団は、トトノの雇った傭兵である。アリサはトトノの浮かべる微笑の意図を察しきれず、他の兵士の回復を優先するのだった。

 

 

 

 

 一方、ソーマとバシラが駆け付けた弓兵の陣は悲壮感に溢れている。原因となっているのは今にも迫り来ようとしているガーゴイルの群れだ。上空を舞うそれらは決して武器を持つ人間を襲おうとはしない。彼らの獲物は非力な一般市民である。如何に地上で勝利を重ねようと、相当数のガーゴイルが町に入った時点で一般市民を巻き込んでの大混戦となる。

 

 従ってガーゴイルは全て落とさねばならないのだが――その圧倒するような数が弓兵達の心を完膚なきまでに挫いている。

 

「あの耳、もしかして獣人か……?」

 

 兵士達がざわざわと声を上げる中、そんな声が上がる。当然、獣人の射手であるバシラに向けられた言葉だ。

 

「皆さん。矢は幾つ残ってますか?」

 

 バシラは追求する事無く、周囲の兵士達に話しかける。彼女なりにその類の言葉をかけられる事は理解していた。理解していながら、それでも女神の誘いに頷いた。

 

「こ、これだけです」

 

 複数人の弓兵が持ってきたのは大量の矢筒だった。整理されているので、矢の総数は2000本程だという事が一目で分かるようになっている。バシラはそれを一瞥し、続けて迫りくるガーゴイルを睨んだ。弓矢の射程というにはまだ遠い距離、粒程度にしか視認出来ない距離だが、その状態でもバシラは敵の総数を数える。僅かばかりの間を置いて、バシラは口走った。

 

「足りますね」

「で、ですが射手が足りません!」

「――5()()()1()()()()()()。後は皆さんで手分けして撃って下さい」

 

 反論しようとした弓兵の言を遮る様にバシラは言い放つ。片手で矢筒を傍に寄せると、2本の矢を番え、即座に放つ。全ての動作間には刹那の間すら存在しない。狙いを定める事すらしないが、放たれた矢は吸われるようにそれぞれ別の標的へ導かれ、穿つ。すぐさま次の矢を番え、放ち、また二つ射貫く。彼女自らが啖呵を切った5分の1、400本というラインすらも超えてしまいそうな、()()と形容するのが相応しい程の神業。

 

「これが、神速の射手……」

 

 ソーマがポツリと漏らしつつ、矢筒を拾った。結局ガーゴイルの大群は残らず射ち落される。バシラは413本もの矢を放ち、その全てを目標に命中させていた。戦いが終わった後に、彼女の種族を気にする者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 絶望的な状況で始まった決戦は、奇跡的な大逆転を以てその幕を下ろした。戦闘後、ベルナールは再度軍勢をまとめ上げ、王子の眼前へと展開する。軍勢の先頭に立ったベルナールは王子の前に跪き、頭を垂れる。

 

「――帰還を心待ちしておりました。王子」

「顔を上げろ。本当によく、堪えてくれた」

 

 王子はベルナールに手を差し伸べる。聴衆たる兵士達がどっと沸いた。

 

「王子様、万歳!!」

 

 万雷の喝采が田園に響き渡る。逆転の機運に、誰もが興奮を隠せなかった。その熱気はすぐさま新緑の町にまで広がり、人々は王子を、女神アイギスを称えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 新緑の町に帰投した王国軍残党はこれ以上ないくらいの歓声に包まれる。そのまま宴へともつれ込み、喧騒は深夜まで続いた――

 

 やがて宴も収まり新緑の町に静寂が訪れる。皆が寝静まった町、その最も大きな屋敷の廊下を政務官アンナは緊張した面持ちで歩いている。彼女が立ち止まったのは、王子に寝室として与えられている部屋だった。意を決しアンナはその部屋へと足を踏み入れる。

 

 大窓の淵に佇み、月を眺める青年。その横顔は、アンナの目には余りに儚く映った。しばしの間、アンナは立ち尽くしてその横顔に見入っていた。

 

 二人が動いたのは、王子がアンナの来室に気づき首を傾けた時だった。王子はすぐに笑みを作り、アンナを出迎える。

 

「こんな深夜に呼び出してすまない」

 

 アンナは言葉を失う。彼の言葉には覇気がまるで感じられなかった。カリスマの王子などそこには面影も無く、一人の苦悩する青年がいるのみだった。

 

「いえ……ですがその、王子。何故寝室に?」

「あまり聞かれたい事ではない」

「聞かれたくない事、ですか……?」

 

「アンナ。俺は……王としてやっていけるのだろうか」

 

 王子のその言葉を、アンナは薄々予測していた。予測せざるを得なかった。そしてそれはアンナの失態も抉る一言である。

 

「神殿を発とうとしたあの時、俺は……向う見ずにとんでもない計画を立てかけた」

「それは……」

 

 アンナは押し黙ってしまう。あの場面において、王子の采配に疑問を持つ者はいなかった。あらゆる思考をも押し流す、士気の高揚、意志統一があったのだ。それは平時であればカリスマと呼称される代物だろう。確かにその面においては、王子は十分にカリスマを持つ存在だった。

 

「……アンナ」

 

 王子が彼女の名を呼ぶと同時、一歩彼女へと踏み出した。アンナはその場から動くことすら出来ない。手を伸ばされ、肩を掴まれてもアンナは、身じろぎ一つすることが出来なかった。

 

「此処での出来事は他言無用で頼む。外で弱音は漏らさない」

「王子……」

 

 アンナは目を伏せ、王子の震える肩を抱き寄せ、膝をついた王子を優しく抱擁した。


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