ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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応援要請

 女湯の出来事から一週間がたったある日、執務室に着任済みの空母艦娘全員が呼び出された。

 

「…よし、全員揃ったな」

 

 室内にいる艦娘達を見回して一つ頷く提督。因みに、室内にいるのは赤城、加賀、飛竜、蒼龍、サラトガ、鳳翔、龍驤、隼鷹、飛鷹、祥鳳の十人だ。

 

「では早速本題に入るが、先日我が鎮守府を含む複数の鎮守府に応援要請が送られた」

 

「応援要請、ですか…」

 

 提督の言葉に赤城が渋い顔で口を開く。他の艦娘も、戦闘の話だと即座に理解し表情を固くする。

 

「そうだ。深海棲艦に占拠されてしまった島があるのだが、最近この島から飛び立つ深海棲艦側の航空機の被害が深刻になってきてな。事態を重く見始めた大本営が撃滅部隊を編成して強襲作戦に出たのだが、予想をはるかに上回る航空戦力の前に撤退を余儀なくされてしまったのだ。そこで、次回の部隊編成では航空母艦を重点的に組み込む機動部隊で攻撃を仕掛ける事となった」

 

「…と、いう事はここにいる全員が?」

 

「勿論、出撃してもらう」

 

 提督の説明を聞いた加賀の言葉に、提督は即座に頷いた。

 

「そやけど提督、ウチ等全員分の新型艦載機なんてまだ揃ってないんちゃうん? 烈風は勿論やけど、紫電改や零戦52型かてそんなにないで」

 

「要請によると、旧型機でもいいからとにかく艦戦を搭載しろとの事だ」

 

「旧型機をひっぱりだしてまでなんて、余程敵航空戦力は強大なんでしょうね…」

 

「数も勿論なのだが、どうやら非常に手強い航空機も混じっているらしくてな」

 

「手強い航空機…?」

 

 龍驤、鳳翔と会話した提督だが、その中に出てきた台詞に祥鳳が反応した。

 

「容姿自体は、白い体色に化け物の様な顔を模した敵艦載機の上位版なのだが、他と違い顔の真ん中に一筋の黄色い線が入っており、黄色いオーラを放っているそうだ。そしてこちらの烈風や烈風改、更に熟練の操縦者が操る艦戦を次々に撃墜していった戦力と、常に五機編成で行動している事が特徴だな。大本営はこれらの敵艦載機を最優先の討伐目標として掲げている」

 

「き、黄色いオーラを放つ敵艦載機…か」

 

「聞いてるだけでもものすごく強そうな感じですね…」

 

「まさに、相手にとって不足なし! ってやつだね! いけるいける、パーっと行こうぜっ!!」

 

「…もう! 隼鷹ったら、ちょっと酔ってるんじゃないの?」

 

 少し顔を顰める飛竜と蒼龍だったが、それと対照的に隼鷹が明るい口調でノリのいい事を口にし、その隣にいた飛鷹は少し呆れていた。

 

「という訳でこの作戦に我が鎮守府も参戦するつもりなのだが、その前に決めなければならない事がある」

 

 隼鷹と飛鷹のやり取りに少し騒がしくなった執務室だが、そこに提督が口を挟んだ。

 

「先述の理由から、作戦中の殆どの時間は大規模な空戦となり、開戦から一分もすれば状況把握すら困難な大混戦となる事が予想されている。そこで、その混乱を少しでも抑えるために、鎮守府ごとにコールサインを決めてほしいという指示が来ているのだ」

 

 提督の言葉に、しかし赤城達は首を傾げる。自分が搭載している艦載機の状態はどんな状況だろうと常に把握できているので、わざわざコールサインなど割り振らなくても問題は無いからだ。

 

「今回は複数の鎮守府からなる大規模な作戦だ。となれば、赤城が五隻、加賀が五隻といった様な艦被りが必ず発生する。その際、この連合機動部隊の旗艦を務める艦娘が少しでも指示を出しやすくするための配慮だな」

 

 しかし、続く提督の説明に艦娘達は納得がいったように頷いた。

 

「コールサインは鎮守府ごとに決めたサインと数字、又はアルファベットとなる。そして、数字とアルファベットには既に艦娘の名前が割り振られている。数字は空母で1なら赤城、2なら加賀、そしてアルファベットは軽空母でaなら鳳翔、bなら龍驤…といった具合だ。実際にどう割り振られているのかは、後で作戦資料を渡すのでそれを確認してくれ」

 

 名前を呼ばれた赤城、加賀、鳳翔、龍驤がコクリと頷く。他の艦娘達も多少な差異は有れ、真剣な表情で提督の説明に耳を傾けている。

 

「そしてサインだが、例えば鎮守府A,B,C,D,Eの5つの鎮守府があったとする。そして、それぞれがブレイズ、エッジ、チョッパー、アーチャー、ソーズマンというサインを提出したとする。こうすると空母ならば、ブレイズ1で鎮守府Aの赤城、エッジ2で鎮守府Bの加賀、チョッパー3で鎮守府Cの飛竜といった具合だ。同じく軽空母なら、アーチャーaで鎮守府Dの鳳翔、ソーズマンbで鎮守府Eの龍驤と言った感じだな」

 

「…私達は自分のサインと数字を覚えればいいだけですけど、それらの全てを覚えなければならない今作戦の艦隊旗艦の艦娘は凄く大変そうですね」

 

「因みに、今作戦の旗艦は秋津洲だ。二式大艇を現行航空機では上がれない程の高高度に位置させて、上空から戦闘を観察、適宜各艦隊の艦娘に指示を出すという方策を取るそうだ」

 

「…二式大艇を高高度に? どうやって?」

 

「分からん。その辺りの技術的な面はさっぱりだが、例の記憶装置も謎の技術だったから何かあてはあるのだろう。というか、あてがあるからこそ今作戦を立案している筈なんだがな」

 

 沈痛な面持ちでそう語る提督に、話題を振った赤城と加賀も困惑気にお互いに視線を向け合う。提督の言う通り、何かしらの案があるからこその作戦立案なのだろうが、提督の話しぶりから恐らく実物は確認出来ていない。そして、実物を確認できない以上不安になるのは仕方のない事だ。

 

 そうして、暫くの間執務室内に無言の時間が漂ったのだが、

 

「…まあ、分からない事をいつまでも考えていてもしょうがありません。それより、まずはこの鎮守府で使うコールサインを考えた方が良いんじゃないですか?」

 

 不意に飛竜が明るい声で室内にいる全員を見回しながらそう言った。

 

「…そうね。確かに飛龍の言う通りだわ」

 

「でしょ? さっすが蒼龍、話が分かる! という訳で早速なんだけど、私はコールサインに『タモンマル』を推すわ! 厳しくて強そうな名前でしょ!?」

 

「待て、そのサインは他の鎮守府の飛竜も思いつきそうなものだ。混乱を極力抑えるために使うサインを、他の鎮守府と被る可能性が高いと分かるものにする訳にはいかん」

 

「う…、た、確かにそうね…」

 

 意気揚々とサイン案を口にする飛竜だったが、提督の却下であえなく撃沈する事となる。とはいえ、この一連の流れで執務室内が俄かに活気づく。

 

「…という事は、各艦娘に関連する言葉は総じて被る可能性が高いから使わない方が無難という事ね。とすると…うーん、パッとは中々思いつかないなぁ…」

 

「機動部隊なんだから普通に『キドウ』でいいんじゃないかしら? そんなに凝らなくても―――」

 

「でも、それはそれで安直すぎる気もします」

 

「ならば『ヤマトダマシイ』でどうですか? これならこの鎮守府の気合の内も伝わると思います」

 

「できればサインは3~5文字までにして欲しいと言われている。名前が長ければ長くなるほど、コールするのに時間がかかり、その分指揮を伝えるのが遅くなるからな」

 

「めんどくせえな~! だったら酒のネタで良いんじゃね? そのまんまだとこれも被りそうだから、ちょっともじって『ルコアール』とか『ボルドー』とか」

 

「な、何故かしら…。そこはかとなくダメダメ臭が漂うサインねそれ…」

 

 しかし、活気が戻ったのは良いのだがやはりなかなかこれだ! というサインが決まらない。そうして、皆でうんうん唸っていると、不意に執務室の扉がノックされた。

 

「入りたまえ」

 

「失礼するニャ。もう昼食の時間を大分過ぎてるから呼びに来たニャ~。何だか難しそうなお話をしていたみたいだけど、お腹がすいたら纏まる話もまとまらなくなると思うから、ここいらで一服入れるのはどうかニャ?」

 

 提督の許可を得てサイファーが室内に顔をのぞかせた。そして室内の全員に食事を促す。

 

「サイファーに賛成です。早く行きましょう」「空腹は戦闘の大敵ですからね。急ぎましょう」

 

 直後、赤城と加賀がサイファーに賛同して室内を後にしようとする。二人とも表情や声色こそ平静を装っているが、サイファーの料理に釣られているのは雰囲気から明らかだ。

 

 しかし、二人が部屋を出ようとするその直前だった。

 

「…Mobius(メビウス)、というのはどうかしら?」

 

 これまで一切の言葉を発しなかったサラトガからのサイン案。突然の事に、サイファーを含む全員の視線がサラトガの方へと向かう

 

「この言葉自体にいろいろ意味はありますが、今回はInfinite power(無限の力)という意味で使っています」

 

「…無限の力か。これはまた大きく出たな。意味を聞かれたら、まだまだ新設鎮守部の分際で何を偉そうにと詰られそうだ」

 

「いいではありませんか。call sign(コールサイン)くらい大胆に出ましょう!」

 

 サラトガの意見を聞いた提督が腕を組んで苦笑を浮かべるが、サラトガは自信満々の表情で笑みを浮かべる。その姿には、確かな歴戦の艦娘としての自負に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 場所は変わって大食堂。といっても、他の艦娘達は既に食事を終わらせていたので、今いるのは執務室で会議をしていた空母勢と提督、そしてサイファー、間宮、伊良湖だ。

 

「…腕によりをかけて料理を作るから、その大規模作戦、頑張って欲しいニャ!」

 

 空母勢にした説明をサイファーたち三人にもする提督。すると、サイファーが張り切ってこう切り返し、その近くで炊事をしていた間宮と伊良湖も笑みを浮かべながら頷く。ところが、

 

「―――どうせなら、サイファーも一緒に行ってみるか? サイファーなら足手纏いになる事もないだろうし」

 

 不意の提督の言葉に全員が驚きの表情を見せる。特に間宮と伊良湖その後に困惑気に首を揺らし始めた。

 

「だ、駄目ですよ提督。サイファーさんは料理を完成させないと…」

 

「そうですよ提督。元帥殿が来訪される日まで既に二週間を切っているんですから…」

 

 そう言って、提督の提案を却下しようとする二人。二人の言う通り例の元帥の来訪の日時が、刻一刻と迫ってきていたのだ。当然、それまでにサイファー達は料理を完成させなければならない。

 

「実は…だな。先ほど言っていた連合機動艦隊の旗艦を務める秋津洲の所属している鎮守府が、元帥殿が治めている鎮守府なのだ。そして、出撃前の集合場所もこの鎮守府となっている。つまり、赤城達について行けば、一足先に元帥殿と会う事が出来る可能性があるという訳だな」

 

「ちょ、マジかよ提督!?」「も、もう! そういう事は先に言って下さいよっ!」

 

 対して、提督はサイファーに出撃を促した理由を語るのだが、その理由を聞いた瞬間隼鷹が驚愕の表情を、飛鷹が非難めいた言葉を提督に向けた。他の艦娘達も驚いたり困惑したりしている。

 

「…成程ニャ。なら、料理のお披露目前にその御方を一目見ておくのもいいかもしれないニャ」

 

 しかし、この辺は流石サイファー。一瞬だけ目を見開いたものの、即座に冷静に状況を把握する。

 

「うむ…。ただこれは赤城達にも言える事なんだが、もし会う事があれば一つだけ注意して欲しい事がある。元帥殿は己の容姿をとても気にされているのだ。だから―――」

 

 ここで一旦言葉を切る提督。表情を見るに、どう伝えればいいかに迷い台詞を言いあぐねている様だ。

 

 赤城達としても、提督の言わんとしている内容に一気に興味をそそられている。彼女達もやはり女性なので、容姿を気にするというその気持ちに何か共感する物を感じたのだろう。

 

 数分の間をおいて、おもむろに提督が口を開いた。

 

「―――元帥殿の前で”可愛い”…もしくはそれを思わせる物言いは出来るだけ避けてくれ、いいな?」


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