穂乃果、海未、凛がイヤンクックと激闘を繰り広げていた狩場から少し離れた場所では、
「──花陽ちゃ〜ん、“鉄鉱石”こんなに採れたよ〜」
「わ、ことりちゃん凄い。私も、“薬草”と“アオキノコ”見つけたよ」
実に和やかに、フィールドを散策していた。
「花陽ちゃんもすご〜い。ね、せっかくだから調合しちゃおうよ」
「う、うん」
“薬草”はそれ自体が食用となり回復効果を持つが、苦味が強くお世辞にも良い味とは言えず効果も弱い。
そこで“アオキノコ”のエキスと調合する事で、液体として飲みやすく、かつ格段に苦味を抑え効能も高まる。
「あ、ことりちゃんちょっと待って」
早速調合を始めようとしたことりに声をかけ、花陽はポーチを漁る。
「一応、持ってきたの」
そう言って取り出したのは、“調合書入門編①”と銘打たれた小さな書籍。
「ちゃんとやり方見ないと、調合失敗しちゃう事あるから……」
「花陽ちゃん、しっかり者だね〜」
ニコニコ笑顔のことりに、花陽は少し照れたように頬を染める。
「いつも凛ちゃんが引っ張ってくれるんだけど、凛ちゃん、あまり準備しない事あるから……。その癖で」
「穂乃果ちゃんも、似た感じだなぁ〜。毎回、クエスト受注した時に持ち物チェックされてるもん」
「……海未ちゃん、怒ると怖そうだよね……」
「でも可愛いよ♪」
「そ、そうなんだ……」
穂乃果、ついでに凛を叱りつける姿しか見ていない花陽には、ことりの言う『可愛い』海未が想像できない。
「──できたっ」
花陽は小瓶に詰めた緑色の液体を、ことりに見せる。
「わ〜、花陽ちゃん凄い♪ じゃあせっかくだから、使ってみようよ」
「へ? 使うってどういう……」
「来てっ」
ことりは花陽の手を取ると、引っ張って行く。
「こ、ことりちゃん?」
ことりの意図が分からない花陽は、為すがまま連れて行かれる。
「──ギュイ! ギュイ!」
狭い崖に挟まれた通路を抜けた先には、青い鱗を持ったランポスが数体闊歩していた。二人の姿を見つけた瞬間、威嚇のように数回吠える。
「ことりちゃん……?」
何となく察した花陽は、恐る恐ることりを見る。
「討伐してみよっか♪」
案の定笑顔で振られた言葉に、
「…………!」
花陽は無意識に首を横に振った。
「む、無理だよ! 私、モンスターと闘った事ないもん……」
「じゃあ、今日が初めてだね♪」
あくまで、ことりは譲らない。
「どうして……?」
「花陽ちゃんがハンターだから、だよ」
笑顔のまま、ことりは口を開く。
「今は私もだけど、花陽ちゃんはポッケ村を守るハンターだもん。少しずつでも、強くならないと」
「でも……」
なおも渋る花陽に、
「──よしよし」
ことりはその頭を撫でる。
「花陽ちゃん優しいね〜。だから狩猟笛を選んだんでしょ?」
「!」
「凛ちゃんを守れるようにならないと、だよっ」
「私が、凛ちゃんを守る……」
「やってみよ?」
「う、うん……!」
恐々と頷いた花陽は、背中の武器を構える。
それを見たことりはニッコリ笑うと、自分も《アサシンカリンガ》を抜く。
「……そうだ、凛ちゃんは今、大型モンスターと闘ってる……。私だけ、ランポス相手に逃げる訳には行かない……!」
花陽は大きく息を吸い込むと、《ボーンホルン》へ息を吹き込む。
力強い旋律が響き、その音は明確に二人に力を付与する。
「何だか……疲れなくなった気がする!」
ことりは軽量である片手剣の特徴を生かし、走り回ってランポス達を撹乱する。そしてランポスの注意がことりへ向いた瞬間、
「──やっ!」
花陽が武器を振り上げた。右から左上へ振り上げ、すかさず左から右へ振り払う。鼓舞した旋律が効果を失う前に、再度息を笛へと吹き込む。
攻撃を受けたランポスは未だ健在で花陽の前に立っていたが、
「ギュァ……ギュァ……」
重い二連打を頭に受けて眩暈を起こしていた。
「──たっ!」
そこへ走り込んだことりが、身体を一回転させて斬り払う。倒れたランポスを一瞥すると、跳びかかってきた二体目のランポスへと、
「えぇぇぇいっ!」
全力で振りかぶった一撃を振り下ろした。
あまり重くない手応えと、衝撃。弾き飛んだランポスが、動く事はなかった。
「──穂乃果!」
「分かってる!」
海未の声を聞くが早いか、穂乃果は地面を蹴って右へ跳ぶ。
激昂したイヤンクックは、何かを吐き出すように大きく口を開いた。一瞬前まで穂乃果が立っていた場所に、火柱が上がる。
「やはり、火炎攻撃は危険ですね……」
海未が矢を放った直後、それを受けながらも突貫するイヤンクック。
「──はっ!」
海未はギリギリまで引きつけ、横っ飛びで回避。接近を許してしまったイヤンクックの攻撃範囲外へと距離を取る海未とは逆に、
「凛に任せるにゃあぁぁぁ!」
凛は姿勢を低くすると、槍の切っ先を突き出して突進。物凄い勢いで接近しブレーキをかける為に倒れ込んで低い位置にあったイヤンクックの頭部へと、鋭い攻撃を繰り出した。
「クァッ⁉︎」
その衝撃で、立派な耳が破れて穴だらけになる。それと同時に、威嚇するように大きく展開されていたイヤンクックの耳が力なく畳まれる。
「これは……」
立ち上がったイヤンクックは海未の予想通り、三人に目もくれず片脚を引きずるようにヨロヨロと逃走を図る。
「やはりもう瀕死のようですね……穂乃果! そちらに行きましたよ!」
イヤンクックの進行方向にいたであろう穂乃果へと声を飛ばす海未。
「任せて!」
すでに両手で大剣を構えていた穂乃果は、溜めに溜めた一撃をちょうど目の前へやって来たイヤンクック目がけて振り下ろした。
確かな手応え。強烈な一撃で風前の灯だったイヤンクックの体力は、ついに底をついた。
「……ふう。イヤンクック、討伐完了ですね」
「穂乃果ちゃーん! 凄いにゃ〜!」
「凛ちゃんも部位破壊凄かった! ギューンって突っ込んでババーンって攻撃して!」
お互いに顔を輝かせる穂乃果と凛に苦笑する海未。
「早く剥ぎ取りを済ませますよ。クエスト達成を確認したギルドの迎えが来てしまいます」
「「はーい」」
「ことりと花陽は、どうなったんでしょう?」
三人がギルドの迎えと合流した頃、ことりと花陽はBCにいた。
「えーと、“鉄鉱石”に“特産キノコ”、“マカライト鉱石”。それから……」
「“ランポスの鱗”……」
獲得した素材を確認していた花陽は、自分の手の中にある素材を見つめていた。
「本当に、ランポスを倒したんだ……」
「花陽ちゃん、凄かったね〜。新米ハンターとは思えない動きだったよ〜」
隣で覗き込むことりも、優しく笑う。
「立ち回り方とか、旋律とか、勉強はしてたから……」
「うんうん、やっぱり偉いね〜」
花陽は自ら獲得した素材を大切にポーチに仕舞うと、
「ことりちゃん、ありがとう」
「どうして?」
「私、ことりちゃんのおかげで勇気出せた。ずっと怖かったけど、ことりちゃんと一緒だったから。私、頑張れたよ」
少しだけ誇らしげな、しかしまだ自信満々には程遠い表情の花陽に、
「今は、そういう事にしておくね♪」
ことりは、優しく微笑んだ。
時を同じくして、
「──はーやっと終わったわ。……支給品専用の道具、何で持ち帰っちゃいけないのかしら。これを貯められたら、お金かなり浮くのになぁ……。ギルドって変な所ケチよね……」
クエストを終えた一人の少女が、ケチった結果余ってしまった支給品専用アイテムを眺めながら愚痴った。
「仕送りして、宿代払って、……あー、これは今日もご飯はくず肉になりそうね。仕方ないか……」
何やらお金の計算をし、空を仰ぐ。
「ドンドルマはクエストの種類は多いけど、その分ハンターも多いから美味しいクエストの確保難しいのよね……。拠点移そうかしら……でも他にいい場所なんて無いわよね……。はぁ…………」
深々としたため息は、誰に届くでもなく空気に溶けていった。