ISと無気力な救世主 作:憲彦
「ん~……」
「キツいですか?」
「はい……肩周りが少し」
「また運動でもしました?ハードなやつ」
「す、少しだけ……」
「じゃあ肩周りを調節してきますね」
サイズの変更、今回で5回目だ。どう言う訳か、毎週サイズ確認に来るのだが、そのたびに少しずつサイズが変わってくるのだ。最初の3回ほどは驚いたが、次からは動じなくなった。と言うか少し呆れている。その前に何故すぐに体のサイズが変わるんだ?成長期か?
何の服か?サブタイトルを読めば分かると思うが、木場が結婚式で切るためのタキシード?だ。木場と真耶も、草加と千冬が結婚してブーケを受け取ってしまい、周りが色々と言っている内に準備が完了して、明日が式当日となったのだ。いや~周りの力ってスゴい!
因みに今日は真耶も来ている。別の部屋で両親とウェディングドレスの確認中だ。さすがにこちらはサイズがちらほら変わるなんて事は無い。真耶の両親は、娘の晴れ姿を見ることが出来て嬉しそうにしている。
真耶はこれで決定。木場は当日までトレーニングを控えるように言われた。まさかスポーツとは全く関係ない場所でこの台詞を言われるとは思わなかった。もう苦笑を浮かべるしかない。
お互いサイズの確認が終わると、真耶の両親は結婚式の打ち合わせで会場に残りスタッフと打ち合わせをしている。木場と真耶は結婚式後の二次会の打ち合わせに向かおうとしていた。
「まさか運動を控える様に言われるとは……」
「皆さん運動量が異常ですもんね~」
「俺は周りよりしてないのに~」
重さ15Kgの素振り用の剣を、1日最低1000回振っているヤツが良く言うよ。因みに、その後は腕立てに腹筋、スクワットを100回の4セット。近接格闘の訓練を40分休憩なしでミッチリ行い、最後に10分程体幹運動をする。短期間で服のサイズが変わるのは当たり前だな。
「でも、まさか俺達も明日で結婚か~」
「ちょっと前までは考えもしませんでしたからね。まだ少し実感がわきませんよ」
「俺も……ん?」
自分も無いと言いたかったのだろうが、あるものが光景が入った。信号が変りかけていた時に、道を渡ろうとする猫だ。その猫が目に止まったとき、木場は何かイヤな予感がした。
「にゃあ!」
「え?危ない!!」
「勇治さん!?」
信号が赤から青に変わった瞬間で猫が反対側から飛び出した。しかもトラックが来ている。タイミング的にもこちらに着く直前に目も当てられない姿になること間違いなしだ。
「捕まえた!!」
猫を抱き込むと、地面に片手を着いて側転してトラックをかわし、後から流れるように来る車も全て避けた。
「動きやすい服で助かった……」
「何やってるんですか!?もう少しで怪我では済まないところでしたよ!!」
「ごめんごめん。でも、お陰で助けられた」
怒る真耶に、腕の中にいる猫を見せて笑った。それを見た真耶も、自然と怒りが収まって笑みを浮かべながら猫を撫でた。
「飼い猫ですかね?」
「多分。首輪がある。えっと九段上……」
「近くですね!」
「うん。送ってあげよう」
「あ、でも二次会の打ち合わせ……」
「急げば間に合うさ」
「そう言うと思いました」
本当、そう言うと思ったよ。猫を抱きながら、首輪に書かれている住所まで向かった。猫の家らしき場所に着いたのだが、家のカーテンは閉められて玄関も閉じられている。
チャイムを鳴らしてみたが、やはり反応は無い。すると、木場達に気付いた掃除をしていたお隣さんが声をかけてくれた。
「高木さんなら引っ越しましたよ」
「「えぇ……」」
「にゃあ~!」
「あら!ミーちゃんじゃない!?」
猫を見ると、慌てた様子で近付き確かめた。抱き抱えると、この家の飼い猫であることを確信した。首輪に書かれている通り、この家の猫でミーと言う名前らしい。
「迷子……だったんですね」
「うん……それで、引っ越し先は何処ですか?」
「アメリカよ」
「「アメリカ!?」」
「確か4時の便だって……」
その言葉を聞くと、木場は急いで自分の腕時計で時間を確かめた。空港までは2時間かかるが、時計は2時30分を指していた。
「みゃー!みゃー!」
「ミーちゃん、お家には誰も居ないのよ」
家族を恋しそうにするミーを見て、木場は決心した。空港まで送り届ける事に。ミーをお隣さんから受け取ると、空港に向かって走り出した。
「待って下さい!勇治さん!」
真耶もその後を急いで追いかけた。大変な事になってきたもんだ。
「無理ですって!空でも飛ばない限り間に合いません!」
「やってみなきゃ分からない!それに……ウワッ!?」
話しながら走っていたせいで、足元への注意が薄くなった様だ。小石につまずいて転んでしまい、顔面から地面に飛び込んでしまった。
「勇治さん!大丈夫ですか?鼻血が……」
「うん。それに……人間でも、動物でも、家族が離れ離れなんて寂しいよ……」
ハンカチを取りながら、木場の言った「離れ離れなんて寂しいよ」と言う言葉に何かが引っ掛かった。その正体は自分が1番理解している。木場にハンカチを渡すと、ミーを抱いて空港まで走ろうとした。
「タクシー!」
呼んだが、気づかれずに通りすぎてしまった。するとそこに、バッシャーに乗った草加が現れた。
「ん?まだこんなところに居たのか?」
「草加さん」
後ろからきた木場が、草加とバッシャーを見ると、真耶とミーにヘルメットを渡してサイドカーに。自分もヘルメットをかぶって草加の後ろに乗った。
「これから二次会の打ち合わせに―」
「頼む!4時までに空港まで向かってくれ。この子の飼い主がアメリカに行っちゃうんだ!このままだと、もう会えないんだ!」
「フン!面白い!掴まってろよ!!お2人さん!!」
2人に掴まるように促すと、全速力で突っ走った。スゴいスピードだ。
「草加くん!4時までに着ける?」
「普通に行ったら無理だな」
「えぇ!」
「心配するな!近道すれば余裕だ!!」
周りに車がいないので、更にスピードを上げた。時間が相当無くなっているようだ。近道をして一気に空港に到着する気だ。
空港と書かれている看板を見つけると、そこに次いでで書かれている近道と言う方向にバッシャーを向かわせた。この道は山道の様だ。途中まで道路が鋪装されていたが、その後は鋪装されていない。物凄い凸凹している道だ。
「す、スゴい道!!」
「余裕だ!!」
空港と大きく書かれた看板を抜けると、元の鋪装された道に戻り、目的地が見えてきた。
「後10分」
「間に合いますか?」
「大丈夫さ!絶対に間に合う!」
後1つ丘を越えると空港に着く。しかし、上り坂の中腹辺りで急にバッシャーのスピードが落ち始めた。どうやら、エンジンに無理がかかっていたようだ。あんな道を走っていたのだから当然だが、とても間が悪い。
「不味いな……木場!真耶さん!走れ!!間に合わなくなるぞ!」
「分かった!ここまでありがとう!!」
バッシャーから飛び降りると、ミーを抱えて残り数キロを全力で走った。空港のロビーに駆け込むと、ミーの飼い主らしき人を探して回った。しかし
「4時!」
「勇治さん!」
時刻表を見ると、4時の便はたった今出発してしまった。間に合わなかったのだ。
「ごめん……!間に合わなかった!!」
木場は大切な人と離れ離れになることの辛さを知っている。だから涙を流して謝ったのだ。もう会えなくなるかもしれないから。
「大丈夫ですよ。私達がずっと側に居ますから」
ミー抱き、自分も涙を流しながら一緒にいると伝えた。真耶も悲しいようだ。
「ねぇパパ。いつ乗るの?」
「ん~5時の便だよ」
木場達のすぐ隣にいる親子の会話だ。その声を聞くと、ミーは真耶の腕から飛び出して、声の方向へと走っていった。
「ミャン!」
「っ!?ミーちゃん!?」
「ミャーン!」
「本当にミーちゃんだ!!パパ!ミーちゃんが帰ってきたよ!!」
「本当だ!本当にミーちゃんだ!!良かったな~!!」
どうやら、まだ運は2人を見捨ててなかった様だ。木場と真耶は無事にミーとの約束を果たすことが出来た。嬉しそうにする親子の光景を見て、真耶は子供の頃の自分の父親との記憶を思い出した。まだ小さく、楽しかった頃の記憶だ。その光景と重て、笑顔を浮かべた。
「行こう」
「はい!」
空港から出ると、さっきバッシャーが止まったところまで戻った。調度草加が工具をしまっていた。修理が完了したのだろう。
「その様子だと、間に合ったみたいだな」
「うん。バッシャーは?」
「修理完了。二次会の打ち合わせは一夏の家だ。千冬ももう着いてるって連絡がきた」
「あぁ。俺達も急ごう」
「ようやく、木場も結婚か~」
「しかも私の後輩ととはな……想像も付かなかったな。そう言えば、何で2人は付き合ってたんだ?」
「詳しくは覚えてないけど……一夏君が学園に通っていた頃、正確には夏休みに入ってからだけど、少し2人で話す機会があったんだ。そこからだったかな?交際を始めたのは……」
「その後に村上の作った訳の分からない部屋での1件。ほとんどこれのせいだけどな」
「木場さん。もし真耶を泣かせでもしたらその時は……私が引導を渡すので覚悟してくださいね」
使っていた割り箸をへし折って木場に忠告した。
「分かってるって。絶対に幸せにするさ。じゃあ俺はこれで帰るよ」
「イヤお前飲んでないだろ」
「俺は今日泊まる予定じゃないからね。車もあるんだ」
「そうか。じゃあ明日な」
真耶は夜は家族と過ごす。その為、ここに来る途中に真耶の家まで行ったのだ。その次いでで木場の家まで行き、車でここまできたのだ。
「うん。よろしくね。あそうだ。草加君今日はありがとう」
「どうってことは無い。むしろこっちが礼を言いたいぐらいだ」
「え?どうして?」
「あの頃、俺達が学生の時さ。その時みたいにバカなことやれて楽しかったからだよ。お前のお陰さ。あの人が惚れた理由、なんと無く分かったよ」
そしてその頃、真耶は親子3人で親子パーティーをやったようだ。しかし、どこか浮かない表情だ。食器を片付けているが、やはりどこか沈んでいる。
「真耶、明日は早いんだから。片付けは良いからお休みなさい」
「はい。母さん」
「なぁに?」
「ありがとう。お休みなさい」
浮かない表情をしている真耶に何か気付いたのか、水道を止めて真耶に近付いた。
「真耶、前向いてて」
前を向かせると、自分の首にかけてある真珠のネックレスを外して真耶に着けてあげた。
「明日の式にはこれを着けてね」
「母さん、これは―」
「良いのよ。じゃあ、父さんにお休みなさいのご挨拶をして」
真珠には、健康、無垢、長寿、富、純潔、円満、完成の意味がある。最後ではないが、母親としての贈り物と御守りの意味があるのだろう。そして然り気無く父親の元へ向かうフォローをした。真耶はその言葉を聞き、父親の部屋へと向かっていった。
コンコン
「どうぞ」
「父さん、お休みなさい……」
「あぁ。お休み」
部屋で愛用のパイプを磨いている父親に挨拶をすると、何かを言いたそうだったが、何も言わずに部屋から出ていった。
「お休みなさい……」
「あぁ」
真耶が部屋から出ると、パイプに息を吹き掛けて中に溜まった灰を出した。それを吸い込んでしまったのだろう。咳き込んでいる。それを聞いて、いてもたっても居られなくなったのだろう。ドアを開けて父親に近付いた。
「父さん!私、お嫁に行くのを止めます!!ハッ!」
「真耶……」
「私がお嫁に行ったら、父さんも母さんも寂しくなりますよね?」
「それは勿論だ」
「これまでずっと、2人に甘えたり、我が儘言ったり、それなのに……私からは2人には何もしてあげられなかった……」
結婚直前に、今までの家族との生活を振り返り、自分が両親に対して何もしていないと思ったのだろう。それが負い目となり、嫁に行くのを止めると言ったのだ。しかし、そんな真耶に、父親は優しく声をかけた。
「とんでもない。君は僕らに、素晴らしい贈り物を残してくれるんだ」
「贈り物……?私が?」
「そう。数え切れない程のね。最初の贈り物は君が産まれてきてくれたこと。午前3時頃だったかな?君の産声が天使のラッパみたいに聞こえた。ハハハ!あんなに楽しい音楽は聞いたことが無い」
窓を開けて懐かしむように、空を見ながら真耶に思い出を伝えた。
「病院を出たとき、東の空は白んではいたが、頭の上はまだ、1面の星空だった。この広い宇宙の片隅に、僕の命を受け継いだ宝が今産まれたんだ!そう思うと、むやみに感動しちゃって、涙が止まらなかったよ」
そう話しているが、その時の事を思い出したのだろう。涙を流しながらではあるが、真耶に大切な思い出を話し続けてくれた。
「それからの毎日、楽しかった日。満ち足りた日々の思い出こそ。君からの最大の贈り物だったんだよ。少しぐらい寂しくても、思い出が暖めてくれるさ。そんなことは気にかけなくて良いんだよ」
「……父さん。私、不安なの……勇治さんと上手くやっていけるか……」
「やれるとも。彼を信じなさい。僕は君の判断は正しいと思っているよ。彼は昔、大切なものを多く失った。その分、大切なものを守るために戦っている。自分の物も、人も物も。人の幸せを願い、人の不幸を悲しむ事も出来る。1番人間にとって大切なことだ。でも、たまに救おうとし過ぎてしまうこともある。そんなときは君が止めてあげなさい。」
とても心当たりがある。今日のミーのことだってそうだ。1歩間違えば大惨事だった。それは本人も分かっていただろう。しかし、それでも守ろうと、救おうとしたのだ。それを行き過ぎない様に止めるのが、真耶の役目なのかもしれない。
「でも心配はいらない。彼なら間違いなく君を幸せにしてくれると信じているよ」
ドラえもんの結婚前夜見ながら書いてましたが、静香とお父さんの話は聞いていて涙が出てきました。小学校に入る前から見ていたドラえもんですが、いつの時代も、声優が変わろうと、作画が変わろうと、大事な所は何一つとして変わっていません。その事だけでも無性に感動しました。結婚前夜、今回は旧ドラを参考にしましたが、何度見てもいい作品です。
次回は結婚式!村上の仕組んだサプライズとは一体?そしてサイガの装着者は?
次回もお楽しみに!感想、評価、活動報告、質問もよろしくお願いします!!