ロクでもない魔術世界のニセ《戦車》   作:サイレン

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長くなったので区切って投稿。





こうして私は《戦車》になった ①

 

「……おい、イヴ。これは一体どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何もないわ。今日の任務は貴方とリィエルで遂行してもらう、ただそれだけよ」

「っざけんなっ! 話が違ぇだろうがっ‼︎ これは元々、俺とアルベルトでやるやつだろ! なんでリィエルがやるってことになってんだっ‼︎」

 

 室内に大音声の怒声が轟く。

 グレンは溢れ出る怒りの感情を隠しもせず、眦を吊り上げて上司である女性──イヴ=イグナイトを糾弾した。彼の隣にいるアルベルトも同様の意思を込めた瞳で彼女を睨んでいる。

 イヴは二人の圧倒的な怒気に触れているにも関わらず、然れどその飄々とした態度を崩さない。むしろ鬱陶しいと言わんばかりに表情を不快に染めて言葉を続けた。

 

「確かに、当初は貴方達二人でやってもらう任務だったわ。でも、貴方とリィエルでも十分に対処可能だと判断した、だから命じているの」

「何言ってやがる……リィエルはまだ仮入隊で任務にすら行ってねぇ。テメェがリィエルの力を知ってるわけが……っ⁉︎」

 

 グレンは息を飲む。

 自分の台詞でグレンは先日行われたリィエルとバーナードの模擬戦風景を思い出し、直感でイヴが昨日何をしていたのかを察した。

 

「……昨日のアレ、見てやがったのか?」

「えぇ、室長として、戦力の把握は重要でしょ? リィエルは実に優秀な駒になりそうで、私嬉しくなっちゃったわ」

 

 にこりと笑うイヴ。

 だが、その表情とは裏腹に、イヴがリィエルのことを使える部下(どうぐ)としてしか見てないことは明白だ。そうでなければ、『駒』などという単語は出てこないだろう。

 その傲慢猛々しい態度すらグレンには腹立たしかったが、彼が真に怒りを露わにしているのはそこではなかった。

 

「……確かに、リィエルの強さは一級品だ。だけど、あいつはまだ子どもなんだぞ⁉︎ それでもお前は、リィエルを任務に行かせるのかっ⁉︎」

 

 説得のような言い方でグレンはイヴに真意を問う。

 リィエルは子どもだ、身体も精神も。……いや、精神に至っては赤子に等しい程に未成熟であろう。グレンとアルベルトしか知らないが、リィエルはまだ生後十日も経っていないのだから。

 しかし、少女の特殊な生まれを抜きにしても、リィエルが幼い子どもであることに違いはない。リィエルと同世代の子なら、未だ親の庇護下にいるのが世間での当たり前なのだ。

 

 その事実を弁えた上で、それでもお前は何も知らないリィエルに行けというのか。

 

 グレンの心の声をしっかりと聞き届けたイヴは、それでも事務的な口調を崩さず言い放った。

 

「これは命令よ。今回の任務はグレン=レーダスとリィエル=レイフォード、この二名で遂行してもらう。撤回はないわ」

 

 二言を許さない明らかな決裂。

 イヴのその言葉は、グレンの理性を怒りで吹き飛ばした。

 

「…………そうか」

 

 一触即発の空気が場に満ちる。

 少女を必ず守ると自分自身に誓ったグレンに、逡巡など如何程にもない。

 静かに一言だけそう言い捨て、グレンは腰のホルスターに収めた銃に手を掛けた。

 

 だが、

 

「──止せ、グレン」

 

 グレンと同時に動いたアルベルトに腕ごと捕まれた。

 銃を抜き放つ姿勢で静止したグレンは、殺意すら込めた瞳でアルベルトを一瞥する。

 

「放せ、アルベルト。邪魔をするなら、テメェだろうとぶっ飛ばすぞ」

「ふん、やれるものならやってみろ。この状態からお前が俺に勝てる道理はない。……まぁ、今はそんなことはどうでもいい。少し冷静になれ」

 

 アルベルトは淡々と、まるで他人事のように冷静になれと言った。グレンにはそれすらも神経に障り、赫怒を宿した目をアルベルトに向ける。

 そして、アルベルトの目を見たグレンは暫し固まった。

 

「…………お前」

 

 その時になって、グレンは初めてアルベルトが自分と同等に激怒していることに気が付いた。

 グレンの腕から自然と力が抜ける。

 アルベルトは静かに掴んでいた腕を放し、目の前にいるイヴへと視線を投げた。

 

「この女が一度下した命令を取り消すことはない。俺からしても反吐が出る人選だが、それで勝算があるというのなら間違いはないんだろう。こんなことで部下を失うリスクを、地位と権力に固執する此奴が犯すはずがない」

「ふふっ、アルベルト。本人を目の前にして随分な物言いね」

「黙れ、《魔術師》。今、貴様と話す気はない」

「あら、それは残念だわ」

 

 常人であれば震え上がるであろうアルベルトの殺意を受け、尚もイヴは笑みを浮かべたまま。

 その薄ら寒い笑みを見て、グレンはどうあっても決定が覆らないことを察した。

 

「……ちっ、地獄に堕ちろ」

 

 これ以上は時間の無駄。

 グレンは机に置いてあった任務の詳細が記載された資料を奪い去り、足早にその部屋から退室した。

 アルベルトも同様に別の任務の資料を手に取り、去り際にイヴへと声を掛ける。

 

「今更そのやり方を止めろとは言わん。だが、今後もその姿勢を貫くというのなら覚悟しろ。いつかお前が危機に陥った時、誰もお前の味方はしてくれないぞ」

「……忠告してくれてありがと。早く行きなさい」

「…………ふん」

 

 アルベルトはイヴのそのいつまでも変わらない表情を不愉快そうに瞥見し、処置無しと判断する。

 彼はそのまま外套を翻し、もう何も言わずに部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタンと閉じられた扉。

 一人残されたイヴは二人がいなくなってしばらく経った頃にやっと貼り付けた笑みを剥がして、思わずグスンと鼻を鳴らした。

 

「……なんなのあの二人、あんなに怒らなくたっていいじゃない……ぐすんっ…………給料減らしてやるんだからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 肩を怒らせたまま廊下を突っ切るグレンと、その隣を一切の足音を立てずに進むアルベルト。

 未だ烈火の炎の如き憤怒を身に携えているグレンだったが、ほんの少し冷静になったのでアルベルトに謝罪を述べる。

 

「あー、腹立つ。……アルベルト、さっきはすまねぇ。ちょっと自分を抑えられなかった」

「ふん、謝るくらいなら自制しろ。あの場で銃を抜けば、いくらお前といえど実刑は免れん」

「だろうな。ちっ、イヴのやろう、マジで何考えてやがる」

 

 晴れない鬱憤にイライラが中々治らないグレン。

 とはいえ、いつまでも拗ねていてはこれから合流するリィエルに要らぬ心配を掛けてしまう。それは本意ではないため、グレンは大きく深呼吸をして思考をクリアに戻す。

 その様子を横目で観察していたアルベルトは、やっとまともな話が出来ると話題を切り出した。

 

「グレン、お前達が言っていた昨日のアレとは何だ?」

「あー、そっか。お前は戻ったばっかだもんな。実はな、昨日はイヴの命令で、リィエルにジジイと模擬戦させることになったんだが……」

「何があった?」

「……リィエルが正面からジジイを倒したんだ」

 

 信じられない発言にアルベルトは微かに目を見開く。

 普段から表情を変化させない仏頂面の彼が、見てわかるほどに驚愕を露わにしたのだ。如何にリィエルが奇天烈なことをやらかしたのかが察せるだろう。

 

「それは本当か?」

「あぁ、最初はジジイも手加減してたんだが、戦闘が続いてからものの数分でリィエルの動きがあり得ないくらい良くなり始めてな。途中からはもうガチになってた。しかもジジイ、最後には魔闘術(ブラック・アーツ)を解禁するまで追い詰められたんだが……リィエルはそんなジジイを一撃で捩じ伏せた」

「…………信じられん」

「あぁ、俺も自分の目で見てなきゃ到底信じられなかっただろうよ」

 

 グレンがこの場で嘘を言う理由はない。ならば、それは真実なのだろう。

 耳を疑う出来事である。常ならば馬鹿馬鹿しいと一笑に付すくらいに、グレンの言っていることは信じられなかった。

 グレンが言うジジイ──バーナード=ジェスターは特務分室でも古参の、言ってしまえば戦闘のプロである。年を経て衰え《隠者》のコードネーム通り諜報活動が増えたとはいえ、未だその強さに翳りは見えない。最強の近接戦闘術である魔闘術(ブラック・アーツ)を駆使するその姿は、まさに戦神。

 そんな古強者であるバーナードを、成人すらしていない少女が真っ向から降したというのだ。はいそうですかと、簡単に信じろというのが無理というものだった。

 

「……リィエルはまだ目覚めて十日程だった筈だ。自己の経験など皆無に近いだろう。つまりは……」

「……あぁ、素体となったイルシアの強さがそのまま反映されてると考えるのが無難だろうよ。……くそっ、胸糞悪ぃ。天の智慧研究会、どこまで堕ちれば気が済む!」

 

 憎々しげにグレンは吐き捨てる。グレンの身を焦がすかのような限りない憤怒が、灼熱の鬼気として発散された。

 リィエルは天の智慧研究会の禁忌の研究である『Re=L計画』によって産み出された魔造人間だ。この研究の目的は死者を蘇らせるという非人道的なものであったが、多くの時間と犠牲を元にその実現は不可能と証明され、代替として発案されたのが『Re=L計画』である。

 この計画は、簡単に言えば生きている人間の複製(コピー)を産み出すことが至上目的だ。一人の英雄が何百人と増えれば、人材を育成する手間も時間も省ける。一人の天才が何千人といれば、技術革新を推し進めることなど造作もない。そのような傲慢な思想がこびり付いた外道研究、それが『Re=L計画』なのだ。

 かつては帝国が総力を挙げて取り組んでいた当研究であるが、結局は実現不可能として計画は頓挫し永久凍結されている。その最たる理由としては、技術的に不可能というものあったが、一人の複製(コピー)を産み出すのに何十人、何百人と他人を犠牲にしなければならないことが判明したから。

 

 既に闇に葬り去られた計画。

 それを、外道魔術師の総本山、天の智慧研究会はあろうことか成し遂げた。

 成し遂げてしまったのだ。

 

「……イルシアみたいな年端もいかない子どもが、どうすればあんな力を得るまでに歪んじまうんだっ!」

「…………」

 

 イルシア=レイフォード。

 リィエル=レイフォードの素体となった少女。

 彼女は天の智慧研究会の掃除屋、所謂暗殺者であった。

 言われるがままに人を殺し、死なない為に力を得るしかなかった哀しき子ども。最期は仲間であった者に裏切られ、自分の命に意味なんてなかったと今際の際にグレンにそう溢してこの世を去った。

 

 彼女の経験を基に錬成されたリィエルは、彼女と、そしてその兄であるシオン=レイフォードの形見。

 自分がどれ程歪んだ存在なのかも知らない、純真無垢な少女なのだ。

 

「……グレン、精々扱いには気を付けろ。一つでも間違えれば、リィエルとお前に未来はない」

「……分かってるさ、んなもん」

 

 リィエルの部屋の前まで移動した二人は、いつも通り別れの挨拶もなしに解散する。グレンはその場に留まり、アルベルトは自身の任務を遂行するべく外へ出た。

 

「…………ふぅー」

 

 グレンは息を長く吐き出して心身を落ち着かせる。事情を知らないリィエルに無駄な心労を掛けさせるわけにはいかない。リィエルの前では、グレンは努めて明るく振る舞おうと決めていたのだ。

 コンコンと扉をノックする。

 間を空けずに「ん」という了承や声が聞こえたので、グレンは静かに扉を開けた。

 

「邪魔するぞー。リィエル…………」

 

 グレンは中の様子を見て固まった。

 

「…………お前、何してんだ?」

「…………ストレッチ?」

 

 部屋に入ってグレンが目にしたのは、軍服姿で床に脚を広げて座り、左右にぐぐぅーっと身体を伸ばしているリィエルだった。控えめに言ってシュールな光景だった。

 

『………………………』

 

 リィエルは訝しげに見るグレンに気付いているのかそうでないのか定かではないが、ストレッチを止める気はないようで、上体を前に倒して入念に身体を解している。

 

「随分と念入りにやってるな。どうかしたのか?」

「………………うん、なんか、身体が固いから。あと、なんか、落ち着かなくて。こうしてると、楽になる」

「……っ」

 

 リィエルのその『自身の身体なのに不調の理由がよく分からない』といった様子にグレンは唇を噛む。

 

(……俺は本当に馬鹿だなっ! リィエルのこと考えてるようで、何一つ気付いてねぇじゃねぇか!)

 

 己の体たらく振りにグレンは自分に嫌気が差す。

 リィエルが生まれたばかりということなど、疾うに知っていたというのに。周りに心を許せる味方が一人もいないことを、当たり前のように知っていたというのに!

 

(……成功したとはいえ、何の障害もないなんてどうしてそんな風に思った? 身体に慣れてないんだ、だからリィエルは身体を慣らす為にこうして……それに、無表情だからって緊張してないわけがなかったんだ! くそっ! どうして気付いてやれなかった!)

 

 リィエルを取り巻く状況は特殊過ぎた。

 知っている者が誰もいない。

 そもそも自分がどういう立場なのかも分かっていない。

 そして、自分がこれから何をしていくのかも。

 全部、何もかも、リィエルは知らないのだ。落ち着いて過ごせというのが無理難題である。

 ただ、リィエルはその不安を表に出さない。いや、この不自然過ぎる状況に本能が警鐘を鳴らして騒ぎ立てないようにと心掛けている、そんな可能性だって否定出来ない。……未だ成人にもなっていない幼い少女が、だ。

 

 リィエルの不安が手に取るように分かる。

 それでも、グレンにはその不安を取り除くことが出来ない。

 正義の魔法使いが聞いて呆れる。自分は目の前の少女すら満足に救えないなんて、皮肉が利き過ぎてるではないか。

 しかも、自分はこれからこの無垢な少女を、最悪人殺しだってある任務に連れて行かなくてはいけない。無様を通り越して、もはや哀れになる。

 

(……俺にできること、それはリィエルを守ることだ。必ず、絶対に、リィエルには傷一つ付けさせやしねぇ!)

 

 強い覚悟を胸に秘めたグレンは、声を震わせないように充分注意した上でリィエルへと話し掛けた。

 

「……リィエル、これから俺と一緒に出掛けるぞ」

「……何処に?」

「場所は温泉が名地となってるルカイって街だ。最近そこで事件が起きてるからその調査に行く。要するに任務、仕事に行くんだ」

「……ん、わかった。よくわからないけど、グレンが行くなら私も行く」

「……あぁ、よろしくな、リィエル」

「ん、任せて」

 

 ──グレンは私が守るから。

 

 無表情のまま告げられたリィエルの誓い。

 その言葉に、グレンは曖昧に笑うことしか出来なかった。

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 うごごごごごごごごごごごごごっ!

 筋肉痛がががががががががかがっ⁉︎

 

 クソジジイとの模擬戦から一晩経った翌朝、私の気持ちはこれ一色に支配されていた。

 全身くまなく痛いとはまさにこのこと。普通筋肉痛って太腿とかそういうなんか代表的な箇所が痛くなるものだと思っていたが、今の私は筋肉の全部が痛いって気がする程に痛い。起きた直後は生まれたての子鹿ばりに脚をプルプルさせていた。

 こんな状態ではまともに動けないと即座に身体をほぐすことにしたのだが、身体を折ったり伸ばしたりする度に痛覚が悲鳴を上げていた。あばばばばー。

 

 三十分ほどストレッチをしてようやく痛みが緩和されたのだが、ストレッチに夢中になっていた私は、部屋の外から近付いてくる同僚に気付かなかった(某名探偵風)!

 

 ノックの音が鳴り、私はつい返事してしまう。

 ガチャリと開けられる扉。

 現れたのは予想通りグレン。

 

 私は私服を持ってない。てか服を軍服しか持ってない。

 必然、私の服装は貰ったばかりの軍服で。

 筋肉痛に苛まれていた私はストレッチをしていて。

 (はた)から見ると軍服を着た年端もいかない少女が、念入りに身体をほぐしている光景が出来上がっていた。

 

 …………沈黙、圧倒的沈黙っ‼︎

 

 グレンの視線が何故か痛い。何やってんだお前という心の声が聞こえてくるまである。

 しかしそこは流石グレン。此方を気遣うように優しく言葉を投げかけてくれた……お前何してんだ、と。

 

 ……これだからデリカシーのない主人公は!

 

 どうやっても誤魔化しが利きそうにない状況だったので、素直にストレッチと答えた私だが、その後グレンはまさかの掘り下げを行ってきた。……どうかしたのかとか訊かないでよ! ストレッチする理由なんて身体をほぐす以外存在しないじゃん!

 その場面で、私は正直に「筋肉痛が酷いから」とは言えなかった、というより言いたくなかった。自分から羞恥プレイをかます性癖はないのだ。

 なのでふわふわした台詞で乗り切ったのだが、私の言葉を聞いてグレンは何故か押し黙ってしまった。……なにか変なこと言ったかな?

 その後もリィエルの名言「グレンは私が守るから」と言ってみたのだが、反応は芳しくない。おかしい、私のリィエルちゃん再現度はパーフェクトな筈なのに。

 

 ……とまぁ、そんなこんなで任務に出掛けた私とグレンは数日移動に費やし、現在は任務地であるルカイという温泉街に到着していた。

 

「……おー」

 

 ビバ、観光地!

 ルカイはそんな言葉が口をついて出るくらいには、観光客向けに都市整備がされた街だった。

 そこかしこから立ち上る白煙、祭の当日のように並ぶ屋台、景気の良い客引きの声などなど、居るだけで楽しくなりそうな雰囲気である。

 

 到底、厄介そうな事件が起きている場所とは思えなかった。

 

「グレン、ここで行方不明者とかが一杯出てるの?」

「あぁ、ここ一ヶ月で行方不明者は十人程だが、それでもこれは異常な数だ。あとは殺人も数件、変死体で見つかった人間も結構いるらしいから、ここは完全にクロって判定された。大事になる前に俺ら特務分室で調査、原因の特定できたら速やかに排除しろ、それが今回の任務になる」

 

 ……ほほう、つまり場合によっては諜報・潜入・暗殺の全てがあり得る任務ということですね、分かります。

 

 ……どうして初っ端のお仕事が難易度ルナティックなの⁉︎ 必殺仕事人だって新人にはもう少し配慮があるよ‼︎

 

 ここ三日くらい嘆いていることなのだが、私のこの秘めたる想い(愚痴)はグレンには届かない。もちろん、上司にも届かない。

 ふっふっふ、上司の名前はもうグレンから聞いた。原作同様イヴ=イグナイトということは既に判明しているのだ。あのツンデレ枠なのかドジっ子枠なのかやられ役なのかいまいちキャラが定まってないヒロインめ、今に見てろよ。いつか絶対に弄ってやる。

 

 密かに復讐を誓う私を他所に、グレンは足早に通りを歩いていく。向かうのはここでの調査の拠点となる旅館である。

 

「んま、今日はもう遅いし調査は明日からにすっか。リィエル、今から行くとこには温泉があるんだぜ?」

「おー、私、温泉入りたい」

「んじゃまずは温泉だな。それと、俺らは兄妹って設定だ。俺がお前に合わせるからグレン=レイフォードになる。いいな?」

「ん、分かった。私は兄さんって呼べばいいの?」

「……いや、兄さんはやめてくれ。普通にグレンでいい」

「ん、分かった、お兄ちゃん」

「全然分かってねぇ! やめろ気色悪い!」

「む、グレンは我が儘。……にぃにぃがいいの?」

「もっっっと気色悪いわぁっ‼︎」

 

 口論の結果、呼び方は兄さんに落ち着いた。

 

 早速旅館に移動すると、私たちを出迎えたのは思いの外高級そうなところだった。意外だ。特務分室はなんかこう、切れる予算はとことん切るみたいな感じの世知辛そうな偏見があったので素直に驚きである。……べ、別にこの程度じゃ私のイヴへの怒りは収まらないんだからね!

 

 

 

 

 

 所変わって。

 

 

 

 

 

 カポーン。

 

「…………あったかい」

 

 はぁ〜、生き返るわ〜。消えかかっていた筋肉痛が跡形も無く浄化されるような気さえする。いや〜、やっぱ温泉はいいわー。

 闇色の夜空に輝く満月、淡い星明かりに照らされる白煙、貸し切り状態の露天風呂、うん、いい。まさか異世界にも露天風呂の概念があるとは思ってなかったが、文明の発展が遅いのか自然が色濃く残った情景には風情があった。

 

「…………あつい」

 

 あまりの気持ち良さに長く浸かり過ぎてしまった。少し火照った身体を冷やすため、私は縁に腰掛けて夜気にその身を晒す。

 肌を撫でる夜風が心地良い。こうやって、一回温泉であったまった後にあえて冷やしてまた浸かるのっていいよね? 時間を無駄にして娯楽を楽しむ贅沢感とか、そんな感じで。ただし、冬にやると普通に寒いからお勧めはしない。

 

 しばらく全裸脚湯状態でパシャパシャ遊んでいたが、人の気配を感じて顔を上げる。

 がらららと開けられた入り口。

 現れたのはリィエルと同じくらいの少女。後から親が来るわけでもなく、一人での登場であった。

 

 珍しいと思った。今の自分自身の姿を天高く棚に上げるが、この年頃の女の子が一人で温泉に乗り込んでくるとは予想外だったのだ。

 

「あっ……」

 

 相手も私の存在に気づいたようでぺこりと頭を下げる。私もぺこりと頭を下げた後、なんとなく洗髪に向かった少女のことを観察してみた。

 ミディアムに纏めた艶のある黒髪に整った顔立ち、すらりとした体型に白くきめ細かい綺麗な肌と、中々に美少女レベルが高い。年相応の膨らみかけのちっぱいが良いアクセントを生み出していた。……私の、じゃない、リィエルの絶壁とは異なる、確かなエロスがそこにはある!

 頭のネジが3本は緩んだ思考に支配された私はそのまま美少女を観察し続けると、その美少女は悪寒でも走ったのかぶるりと震え、手早く身体を洗い此方に一直線に歩いてきた。

 

「……あの」

「……なに?」

「あまりジロジロ見られると落ち着かないんだけど……」

「……ちっぱいが可愛かったから」

「ちっぱい⁉︎ 初対面であたしよりちっちゃい子にちっぱいとか言われた⁉︎」

「うるさい」

「ご、ごめん、……あれ、なんであたしが謝ってるの?」

「私はリィエル=レイフォード」

「えっ⁉︎ ……あっ、自己紹介……? えーと、あたしはミーナ。ミーナ=フロー」

「ん、よろしく、ちっぱい」

「ちっぱい言うなぁあああああっ‼︎」

 

 不名誉なやまびこが響き渡る。

 これが、私の初めての友達となったミーナとの出会いだった。

 

 

 

「ミーナは地元民?」

「そう、ここの旅館の近くにある孤児院でお世話になってるんだ」

 

 おっと、いきなり地雷を踏み抜いたぞこれ。とは言っても私は無表情から変わらないから動揺が顔に出ることはない。……うん、やはりこの勘違いスキルは素晴らしいね。

 幸い、ミーナにも気にした様子はない。変わらない調子で会話を広げてくる。

 

「リィエルは? 旅行?」

「旅行と言えば旅行。兄さんと一緒に来た」

「えっ、リィエルお兄さんがいるの? いいなぁ、あたし年長でチビたちの面倒見なきゃいけないからお兄さんに憧れてるんだよ」

「……そうなんだ」

 

 なぜ私は続けて地雷をぶち抜いているのか。これだからデリカシーがない主人公は困るんだよ!

 盛大なブーメランをかましてしまったことはさておき、ミーナとの会話は細心の注意を払わなければならないとようやく気付く。リィエルには劣るが、ミーナも中々の人生を歩んでそうだ。(リィエル)には劣るが!

 私だってグレンは実の兄じゃないけどね!

 ぶっちゃけ私ほど天涯孤独な身もいないだろうけどね!

 

「……じゃあ、後で兄さんと会う?」

「えっ、いいの?」

「うん、別に構わない」

「ありがとー、リィエル!」

 

 全裸でひしと抱きつかれる。……なにこれ、いい!

 

 トチ狂った思考のまま暫し温泉で温まった私たちは、浴衣に着替えミーナオススメのスポットらしい旅館に備えられたアトラクションスペースへと移動した。

 流石にゲーム台はなかったが、私の目を釘付けにするものがあった。

 

「卓球……?」

「リィエル知ってるの?」

「……一応」

「へぇ、珍しいね! 帝国でもここくらいしかないって言われてる極東に伝わる遊びなのに。卓球が正式名称? らしいけど、ここではピンポンっ言われてるよ!」

 

 おい異世界! 設定が荒いぞ!

 まぁ露天風呂の概念があるのだから許容範囲内か……? 原作でもビーチバレーしてたし、刀振り回す百合少女も最新巻でいた気がするし、卓球くらいならありだろう。

 

「ちなみにリィエルはピンポンできるの?」

「やったことはないけど、やってみたい」

「よし、それじゃああたしと勝負だ! 負けないよ!」

 

 というわけで、早速私たちはラケット持って向かい合った。少しラリーをしてみて感覚を覚えた後、ぶっつけ本番の試合をしてみることに。

 

 サービスはミーナ。

 

「……ふっ!」

 

 なんか普通にガチプレイヤーだった。

 スピンがかかった一打に私はボールを上手く捉えきれずラケットは空を切る。まさかのスーパーサーブに私は唖然とした。

 ………………えぇー。

 

「ふふ、あたしはこの界隈ではピンポンの女王様って言われてるんだよ!」

 

 得意げにちっぱいを張るミーナ。確かにこの実力なら自慢したくなる気持ちも分かるな。……いきなり初心者に遠慮無用のサーブを打ちかます正当な理由とはとても思えないが。

 

「……そう」

 

 久々にカチンときた。バーナードのおっさんに抱いたそれとは異なる怒りだが、私の瞳は瞋恚の焔で燃え上がる。

 

 ──ムカ着火ファイヤァアアアアーー‼︎

 

「……スーパーリィエルモード」

「ん? どうしたの、リィエル?」

「なんでもない。次は返す」

「おっ、やる気だねリィエル。それじゃあいくよー」

 

 高々と上げられたボール。

 ミーナの前に落ちると同時、先程と同様のサーブが放たれ、ボールはバウンドを起点に蛇のように蛇行する。

 めちゃくちゃ曲がるボールだが、今の私はその軌跡を完璧に捉えていた。一度見せた技がこのリィエルボディに通用するなどという甘い考え、烏滸がましいにも程がある!

 天狗となったその長い鼻、この私がへし折ってやろう!

 

「えい」

 

 私は盛大に空ぶった。

 

 ……………………………………。

 

「あれれ〜? 次は返すんじゃなかったの〜? 私の聞き間違いだったのかな〜?」

「…………」

「ねぇねぇリィエル、今どんな気持ちー? あんな自信満々に打ち返すとか言って綺麗に空ぶっちゃって今どんな気持ちー? ねぇねぇねぇねぇ?」

「……潰す」

 

 ──激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだぜぇえええーーっ‼︎

 

 赫怒へと成り果てた私の激情。

 調子こいてスーパーリィエルモードとかさっきは言ってしまったが、神の怒りに達した私の想いはあの感覚を呼び覚ます。

 入ったと、私は確信した。

 

「ミーナは私を怒らせた」

「へぇ、リィエルが怒るとどうなるのかな?」

「……こうなる」

 

 天高く舞い上がるボール。

 意思を無視して思考を現実にするスーパーリィエルモードとなった私に、不可能などないと思い知れ!

 

「……ふっ!」

「なっ⁉︎」

 

 私のスピンサーブにミーナは驚きで目を見開く。反応が遅れ、そのラケットは空を切った。

 今のはミーナと全く同じサーブだ。……ふふふふふ、このスーパーベジータ様……じゃない、このスーパーリィエル様に刃向かおうなんて、千年早いんだよっ!

 

「まだまだだね」

 

 此処ぞとばかりにネタを入れ込む。

 無表情のまま私は出来うる限りカッコつけてそう言い放った。

 驚きから一転、対等な相手を見つけたミーナは嬉しそうに、楽しそうに野性的な笑顔を浮かべる。

 

「いいね、リィエル。望むところだよ! あなたを倒して、私は私より強い奴に会いに行く!」

「来い」

 

 仁義なき闘いが、ここに幕を開けた!

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

「あぁー……いい湯だった。……ん?」

 

 ここ最近溜まった疲れを取るように長風呂をしていたグレンは、旅館内がざわざわと落ち着かない雰囲気が漂っていることに気付く。

 

(なんだ……まさか! 新たな被害者が出たのか⁉︎)

 

 完全に油断していた。これはグレンのミスだ。

 舌打ちを鳴らしてグレンは迅速に脚を動かす。目的地は騒ぎの中心地である。当然場所など知らないグレンだったが、人が流れて行く方向に進めばおのずと辿り着いた。

 人垣並ぶそこは旅館の一角だった。子ども用の遊び道具に溢れた様子から、ある種の憩いの場として使用されているのだと推測が立つ。

 最初は何かしらの事件かと勘繰ったグレンだったが、それにしては様子がおかしい。現場特有の物々しい雰囲気はなく、むしろ群衆はなにかに熱中するように集まっているようだ。

 緊急性はなさそうだと判断してグレンは大きく息を吐く。そして、自然と騒ぎの中心に興味を持って人垣の山を上から覗いてみた。

 其処には、青い髪を縦横無尽に靡かせる見覚えのありまくる少女がいた。

 

「リ、リィエル⁉︎」

 

 ビュンっと腕を振るうリィエル。手に持ったうちわのようなそれでオレンジ色のボールを弾き、ネットを挟んだ相手陣地へ打ち返している。

 

「はっ!」

 

 対する相手、リィエルとほぼ同じくらいであろう黒髪の少女は上から下へ薙ぐように獲物を振るい、回転が掛かったボールを打ち放つ。

 少女たちが一つボールを打ち返す度に湧き起こる歓声。どよめきの理由はこれかと一先ず安心したグレンは、同僚の多才具合に苦笑いを浮かべた。

 

(あれはなんかのスポーツだろうが、リィエルあんなん知ってたのか? ……いや、知ってるわけがない。だとしたら今見て今覚えてあの挙動なんだろう。……いやいや、あいつ凄過ぎじゃね? どうみても動きが熟練者なんだが……)

 

 数秒で目まぐるしく変わる攻撃と防御。

 少女がスマッシュを打ち優勢になったかと思えば、リィエルは台から距離を取りながらも正確に打ち返し少女の度肝を抜く。

 一瞬の迷いがミスと言えないミスを生み、その隙が敗北へと繋がる。

 甘く上がった少女のボール。

 リィエルは片脚を踏み切って宙へ踊る。

 空中で時が止まったかのようにリィエルは静止。

 刹那、その腕は残像を残して振り抜かれた。

 

「えい」

 

 カァンッ! と高く鳴り響いた打音。

 反応すら叶わなかった一打は少女の真横を通り過ぎる。

 

 すたっと着地したリィエル。

 振り乱れた青髮をサラリと流して言い放つ。

 

「ゲームセット。私の勝ち」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼︎』

 

 一際雄々しい歓声が辺りに轟いた。

 

 勝敗を超えた絆の証として、両者は熱い握手を交わす。

 確かな友情が芽生えた二人に、観客は祝福の拍手を打ち鳴らした。

 

 異様な熱気に包まれたその空間で、グレンだけは唖然と固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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