ロクでもない魔術世界のニセ《戦車》   作:サイレン

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 ちょい長め。






《隠者》のパーフェクト魔術教室

 

 

 

 部屋と軍服を貰った。

 

 

 

 目覚めてから大体一週間。保護者役であるグレンに言われるがままにドナドナされ、言われるがままに手続きを終了させ、最終的にこのベッドと机とクローゼットくらいしかない自室へと辿り着いたところだ。

 身分的には騎士という扱いらしい。どんな裏工作があったのかは知らないが、きっと仏頂面イケメンことアルベルトが上手くやったのだろう。ありがたやーありがたやー。

 

 早速渡された軍服を身に付けてみる。黒を基調とした格式張った制服みたいなイメージだったが、着てみると意外と動き易い。まぁこの格好でバトルんだから当然と言えば当然か。

 

「…………あとは……」

 

 私は赤いリボンを手に取る。これは唯一と言っていい私物で、ドナドナされている合間にグレンから貰ったものだ。

 青い髪とは対照的な赤のリボン。なんとなく、リィエルの素体となった少女……イルシアの形見なんじゃないかと思っている。違うにしても大事に使わせて貰おう。

 等身大の姿見の前へ移動して、無造作に垂らさせた後ろ髪を赤いリボンで一纏めにくくる。首を動かし尻尾のように連動する青髪を見て問題がなさそうなことを確認。

 

 これで、少し幼いが、記憶にあるリィエル=レイフォードが完成した。

 

 鏡の前でくるっと一回転。わーい、私美少女ー。目が眠たげで表情が死滅してるけど私美少女ー。これが今の私ー。ついでにもう二回てーん。

 そんな風に死んだ目で遊んでいたら、唐突に扉がノックされた。……おや、誰か来たようだ?

 

「ん」

 

 自分的には「はい、どうぞ」と言っているつもりなのだが、リィエル言語によるとそれは「ん」の一言で済まされるらしい。なんて省エネな子なのだろう。

 

「入るぞ」

「ん」

「おん邪魔しまーす、リィエル……おっ、早速着たのか」

「うん」

 

 扉を開けて現れたのは予想違わずグレンであった。私と同じ軍服を身に纏った彼は寝不足なのか、目の下の隈が中々に酷いことになっている。恐らくもしかしなくても私の所為だろう。心の中で謝っておく。

 グレンは私の軍服姿を眺めてうんうんと頷く。

 

「着せられてる感がスゲぇな」

 

 やかましいわ!

 反射的にそうツッコンだものの、リィエル判定で返事は首を傾げるという可愛さ増し増しの仕草で終わってしまった。……くっ、なにこのもどかしい気持ち!

 確かに、はたから見れば今の自分はダボダボの制服に身を包んだ、背伸びしたがりの少女にしか映らないだろう。まぁ、軍隊に少女サイズの軍服が常備用意されてると言われてもそれはそれで普通に引くが。

 

「んま、その内サイズも合うだろ。今は我慢してくれ」

「ん」

「うし、そんじゃあ行くか」

「……何処に?」

「修練場だ。いきなり任務は流石にキツイだろうからって、模擬戦をしてお前の実力を測るんだとよ。……イヴのやつ、もう少し配慮ってもんがねぇのかよ」

 

 おっとー、いきなり壁にぶち当たったぞーこれは。憑依したての私にもう戦えと申すか。うっひゃー、控えめに言ってちょーヤバイ。

 魔力? 魔術? 何それ美味しいの? 状態の私に戦闘訓練とか死ねと言ってるのと同義なんですが!

 いるのか知らないけどせめてゴブリンとかスライムが望ましいです。

 

「……誰かと戦うの? グレン?」

「いや、俺じゃねぇ。俺の格闘術の師匠で、俺らの同僚のバーナードっていうおっさんだ」

 

 ただのラスボスじゃねぇか!

 

 

 

 

 

「ジジイ!」

「おっ、来たかグレ坊。……んで、そっちのちんまいのが?」

「おう、今日付けで特務分室に仮入隊したリィエルだ。ほら、リィエル」

「……リィエル=レイフォード」

「わしはバーナード=ジェスターじゃ、よろしくな、リィエル」

「ん」

 

 石材で構成された体育館みたいなところに連れて来られた私は、テンションがウザそうなおっさんと対面していた。

 

 バーナード=ジェスター。

 執行官ナンバー9、コードネームは《隠者》。特務分室でも古株で、リアルマジカルパンチを放つ武闘派のおっさん、確かそんな感じだったと思う。正直あまり覚えてない。イクスティンクション・レイとか、そういう厨二感溢れる詠唱なら完璧に頭に入っているのだが。マジでカッコいいよね、アレ。《我は神を斬獲せし者・──》だけでカッコいい、うん。

 

 大分思考が逸れたが、とりあえずバーナードの見た感じの印象は好々爺とした雰囲気を醸し出しつつ、胡散臭そうなニヤリとした笑みを浮かべるおっさんだ。ただ、やはり只者じゃないんだろうなという気配はひしひしと感じられる。その身から溢れる隠し切れない強者の貫禄が発せられてるような、そんな老人。

 

 ともかく分かっていることはただ一つ。ゴブリンとかスライムみたいなちゃちな雑魚キャラじゃない、オーガとかトロールとかそういう感じのゴリラ枠ということだ。……馬鹿なの? 死ぬの? ヘルプミーグレンッ!

 

「訓練方法はワシに一任、それでええんじゃな?」

「俺は文句ありありだけどな。イヴのやつ、いつか絶対殴る」

「この采配はイヴちゃんの差し金か。なら仕方ないのぉ」

「……んまぁ、そういうことだ。俺も側にいてやるから、まぁ頑張れ、リィエル」

「ん、わかった」

 

 全然分かってないけどね!

 どうやらグレンは助けてくれないらしい。こんな幼気な少女を初対面のおっさんの前に置き去りにするなんて、なんて酷いっ! 鬼畜の所業だわっ! このひとでなしっ! ……助けてくれてもいいんだよ?

 そんな期待を込めてグレンを見詰めていたのが全く意味を成さず、グレンはスタスタと傍に寄って観戦の姿勢で固まってしまった。やはり私の感情は表に出ないらしい。この勘違い補正、私にとってデメリットしかないんじゃない?

 

「私はどうすればいいの?」

「そうじゃのう……」

 

 もうどうにでもな〜れっ。

 吹っ切れたテンションでバーナードに視線を向けた。

 バーナードは瞑想するかのように瞳を閉じて腕を組む。如何にも悩んでますよと態度で表しているが、私には分かる。このおっさん絶対やること決めてるだろ。口が笑ってるんだよこんちくしょう。

 

「よし、決めたぞ。リィエルは何してもいいからわしに一撃入れてみろ。それが出来たら合格じゃ!」

 

 …………ほう、言ったなクソジジイ。

 

「ん、わかった」

 

 淡々と返事を返す。今の私は虫の居所がなんとなく悪かった。明らかに舐められたのが癇に障ったのだ。例えるのならそう、ムカ着火インフェルノぉぉぉおおおおおおお! ってやつだ。リィエルなめんなよ。

 ただ、現実問題として難しい課題であることに違いはない。戦闘経験など私には多分ないし、この世界の要となる魔術の心得が微塵もないのが致命的だ。でも、素人の素手喧嘩(ステゴロ)など論外だから魔術に頼るしかないのも事実。

 

 魔術。人の深層意識が世界法則に干渉するというどーのこーのの理屈の元、様々な現象として現れる奇跡の術。……うん、自分でも何言ってるのかよく分からない妄想乙っ! な代物だ。

 

 だが、この世界にはそれがある、存在する。

 

 ならば、出来ないはずがない!

 

 リィエル=レイフォードに出来て、今の私に出来ない道理はないと信じて疑わないことこそが真実にしてジャスティスっ! 自己暗示こそ最強の妄想だとこの私が言っている!

 できるできるやれば出来るどうして諦めるんだそこでっ! と誰かが言っていたではないか。出来ると思うことが大事なのだ。

 空気を吸って吐くのと同じように。HBの鉛筆をベキッとへし折ることと同じように。

 出来て当たり前だと思うこと、それこそが真理!

 

 そして──

 

 言葉よりも記憶よりも、この身体が覚えている──!

 

「《万象に(こいねが)う・──》」

 

 伸ばした左手の先に現れる円法陣。

 それを突き出した右手に持ち替え、パンチを放つ前のように腕を引き、

 

「《我が(かいな)に・剛毅なる刃を》」

 

 そして、円法陣ごと右腕を地へと突き立てた。

 

 

 

 

 ──バチリ!

 

 

 

 

 地に拡大する紫紺の円法陣。

 迸る幾筋もの紫電。

 

 魔術の成功を実感して、私は嗤った。

 

 地より現れる蒼銀の大剣。無骨なそれは私の等身大の大きさを誇っており、自分自身到底扱えるとは思えない大男仕様。

 しかし、私は迷わずその大剣を掴み取り、左右に一回ずつ振り払った。ズッシリと重いのに振り回すのを全く苦に思わない。まるで大剣が私を主人と認めているかのような安定感がある。

 

 これだ、これこそが私の武器だ。

 リィエル=レイフォードを彼女足らしめる、最強の近接武器なのだ!

 

 

 

 ……………とか超絶黒歴史レベルでカッコつけてみたけどうっきゃー! スゲーなにこれ魔術ぱないの! ノリで呪文とか唱えちゃったけどマジで剣が出てくるとか予想外でしたっ、てへぺろっ♪

 いやー、明日から「私錬金術師ですっ☆」って自己紹介に加えちゃおっかなー。某有名な錬金漫画にちなんで二つ名とか付けちゃったりして? ヤバイテンションアゲアゲ過ぎてヤバイ! リアル厨二病が許される世界とか私得なんですけどっ!

 

 そんな感じで内心興奮しまくっていたのだが、周りの二人が静か過ぎることに気付いて私は冷や水を浴びたかように冷静になった。

 

 チラリとバーナードを窺う。

 一体どんな顔をしてるのかと不安で仕方なかったが、予想に反してバーナードはどでかく口をあんぐりと開けて放心していた。グレンも同様である。

 

「……な、なんじゃいそのデタラメな錬金術は⁉︎ わし見たことないんじゃが……」

「……確かに驚いたな。もしかしてウーツ鋼じゃねぇか?」

「はぁっ⁉︎ マジかいなっ⁉︎ んん、とんでもないことするなリィエルは、…………ん? わし、今からリィエルと戦うのか?」

「あぁ、頑張れよ、し・しょ・う」

「ノォおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎」

 

 急に嘆き始めたバーナード。どうやらリィエルの力を垣間見て危機感が醸造されたらしい。ふん、ザマァ!

 ……とは言え安心した。いくら無表情補正が付いたリィエルでもさっき興奮が抑え切れず、自殺レベルで恥ずかしい一面がバレたのかと思った。

 うん、やっぱり無表情って大事、勘違い系さいこー。

 

「……じゃあ、始めていい?」

「……はぁ〜〜、こりゃ気が重いのぅ。……うしっ、いつでもええぞ?」

 

 さっきまでと打って変わってバーナードが拳闘っぽい構えを取った。どうやら少しは本気で相手してくれるらしい。

 

 だが、ぶっちゃけ私は私で未だに問題だらけである。魔術ができたのは僥倖なのだが、戦闘経験に関してはなにも進展していない。こればかりは気合いでカバーするのは無理なんじゃないか…………と、魔術を使う前までは思っていた。

 ふふふ、私を舐めるなよロクでなし世界の住人共。今の私は魔術が成功したことによる、一切根拠の無い無駄な自信で満ち溢れているのだ!

 

 戦闘程度なんぼのもんじゃい! そんなのノリと直感とリィエル最強の武器『気合い』でなんとでもしてやったる!

 

 イメージするのは常に最強の自分!

 

 両手持ちの大剣の使い手といえばやはりセイバーさんしかいない!

 

 風の魔術を使ってストライク・エアを再現してやるぜ!

 

「《我・秘めたる力を・解放せん》」

 

 真っ直ぐいってぶっ飛ばす!

 

「いいいいいやぁあああああああああっ!」

 

 底上げした身体能力をフル活用して、私は馬鹿正直に真っ正面からバーナードに突っ込んだ。

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

「いぃいいいやぁあああああああっ!」

「おおおおおおおおおおおおおおっ!」

「………………うっわ……」

 

 グレンは目の前で繰り広げられる熾烈な戦闘に、隠すことなくその頬を引き攣らせていた。

 

「…………リィエル超強え……」

 

 グレンの呟きは耳を劈く打突音に掻き消される。

 ダンッ、ドン、バゴンッ! と、そう簡単に鳴っちゃいけない類の轟音が連鎖的に木霊し、グレンは間近で爆竹をぶちまけられている気分だった。

 

 リィエルとバーナード。両者の戦いは近接戦オンリーの超ゴリ押し戦闘であった。

 

 リィエルが振るう大剣は幾つもの蒼銀の軌跡を宙に描き、バーナードの拳はその剛閃を弾き、受け流し、押し返す。

 最初は防御にだけ専念していたバーナードだったが、攻撃は最大の防御と言わんばかりのリィエルの猛攻に対処し切れなくなったようで、今ではリィエルと同様に『フィジカル・ブースト』で身体能力を底上げし、『ウェポン・エンチャント』を用いて両拳で乱打を撃ち放っていた。もはや手加減もクソも無い。若干本気が入っている。

 

「……まぁ、ありゃ仕方ねーか。俺だったら逃げるだろうしな」

 

 グレンは舌を巻く。正直、リィエルに勝てる気がしないのだ。

 グレンの戦術は魔道具や魔術武器を手練手管に使い熟し、固有魔術(オリジナル)『愚者の世界』で魔術を封じて銃で圧倒するのが基本である。魔術だけが取り柄の相手なら瞬殺出来ることこそが、グレンの最大の強みなのだ。

 しかしその点、リィエルにはグレンの戦術が悉く通用しない。

 戦闘中に魔術を乱用しないリィエルには『愚者の世界』が大して意味を成さず、近接戦においてはグレンを凌ぐ馬力を持つため勝ち目が薄い。距離を保って戦うにしても、その獣の如き敏捷性の前ではまともにダメージを与えられないだろう。考え得る限り最悪の相性である。

 

 グレンは思う。リィエルが敵じゃなくて良かったと。

 

 そして、自然とそう思ったことに愕然とした。

 

(……っ、……俺はいつから、物事をこんな風に考えるようになったんだか……)

 

 魔術師を敵かそうでないか、そんな認識でしか見れなくなったのはいつからか。

 敵であればどうすれば確殺できるか、そんなことを真っ先に考えるようになったのはいつからか。

 

 正義の魔法使いが聞いて呆れる。

 

 これでは只の人殺しの機械と同じではないか。

 

「……クソッ……」

 

 自身の思考に吐き気がする。なんだこのざまは。アルベルトの言う通り、本当に救いようが無い。思考に耽れば耽るほど、惨めな気持ちになっていく。

 

『……私は好きだよ? グレン君の夢』

 

 ──こんな風に、一人押しつぶされそうになった時はいつも思い出す。

 自分の夢を唯一肯定してくれる少女のことを。

 

(……あーあっ、急に白犬に会いたくなったなんて、死んでも口にできねーな)

 

 暗い気持ちが一瞬で消えた。

 口元に笑みまで浮かべたグレンは、改めて目の前で戦っている少女を見つめ直す。

 

 リィエル=レイフォード。

 禁忌の錬金術『Re=L計画』で生み出された魔造人間。

 その正体が公になれば、彼女に人権などなくなり、実験用モルモットか標本となってその生を終えるだろう。

 一番賢い選択は、目覚める前にグレンが少女を死なせてやることだったのかもしれない。そうすれば、少なくともこんな闇の世界に引き摺り込むことはなかったのだから。

 

 それでも、グレンにその選択は選べなかった。

 赤い髪の少年の無念を晴らす為に。

 赤い髪の少女との約束を守る為に。

 リィエルはグレンの我が儘で、身勝手な理由で、自己満足で保護したのだ。

 

 ならば、その責任はグレンが一身に背負わなければならない。

 

 彼女がせめて、幸せな人生を歩めるように。

 

「……これから忙しくなるな」

 

 グレンは自然と覚悟を決めた。

 自分にできるありとあらゆる手段を用いてリィエルを守る、その覚悟を。

 全ての人を救う物語の中の『正義の魔法使い』にはなれなくても、手の届く範囲の人は救える『正義の魔法使い』になれる。そう信じている。

 

 剛刃と拳が耳障りな演奏を奏でる中で、グレンは新たな決意を胸に前へと向き直すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………と、グレンが勝手にシリアスになったりラブコメ臭を漂わせたり崇高な覚悟を決めていたりしていたその最中で。

 

 バーナードは死にそうな思いをしていた。

 

(ノォおおおおおおおおおおおおおーーっ⁉︎ あっかーんっ⁉︎ なんなのこの子、マジでヤバイやつじゃん⁉︎ どんだけ脳筋思考なの⁉︎)

 

 足下から這うような一閃をバーナードはバク転して躱すとともに距離を取る。

 間合いが空いたからといって安心してはいけない。バク転によりほんの一瞬視界から消えたリィエルを即座に捕捉すると、彼女はその大剣を大きく振りかぶって全力投擲するところであった。

 

「あぶなっ⁉︎」

 

 ビュンという風切り音がバーナードの真横を通り過ぎる。もしほんの少しでも対応が遅れていたら天に召されていたとこだろう。

 冷や汗が頬を伝う中、武器を手放したリィエルはなんともなしに次の大剣を高速錬成する。その錬成速度と無限に生み出せる武器というのがもう反則に近かった。

 

 そしてリィエルには、様子を見る、相手の出方を窺う、などといった静の作戦は存在しない。

 

「いぃいいいいやあああああああああっ‼︎」

 

 突撃、突進、大突貫っ!

 もうちょっとなんとかならないのという特攻具合に、バーナードは顔を引き攣らせた。

 

(あかん、これマジであかんやつやっ! この模擬戦の終わらせ方が分からんぞっ⁉︎)

 

 一閃、二閃、三閃と振るわれる大剣を捌きながら、バーナードは必死に考える。

 当初はある程度相手をして実力を測り、特務分室でやっていけるかどうかを見極めた後、適当な一撃を受けてこの模擬戦を終わらす心算であった。

 グレンが入ってきた時もそうしていたし、ましてや今回は相手が少女。なんとかなるだろうと楽観視していたのだが……。

 

(リィエルに適当な一撃とかないしっ! そもそも当たったら死んじゃうよなこれっ⁉︎)

 

 地盤を叩き割る剛閃を見て、バーナードは自身が真っ二つになる光景を幻視する。ひと時の訓練風景がスプラッタな殺人現場に早変わりだ。

 

 リィエルの戦闘技術は荒削りで付け入る隙もなくはないが、それを補って余りある怪力が恐怖であった。加え、獣ばりの俊敏さと危機察知能力がある為、行動不能に陥るような一撃を与えられない。

 バーナードの攻撃も剣で受けるか体捌きで躱してしまうので有効打にはならず。

 

 結果、終わりの見えない泥仕合に発展していた。

 

「なぁ、リィエルっ! もう合格でええから、やめないこの模擬戦⁉︎」

「やだ、まだ一撃いれてない」

「いや、もうええって! リィエルが超強いのはよく分かったから! だから、なっ? おじさんのお願いきいてくれないかなぁああっ⁉︎」

「……くたばれ」

「くたばれってどういうことぉっ⁉︎」

「……《三界の理・天秤の法則・──》……」

 

 リィエルはある呪文を唱えながら、走る勢いと身体ごと回転させた遠心力を利用して大剣を振るう。

 

「ぬぉおおおっ⁉︎」

 

 両腕で防いだバーナードであるが、勢いを殺し切れずガードごと弾き飛ばされた。

 

「《律の皿は左舷に傾くべし》っ!」

 

 バーナードが宙に浮いている間に完成した魔術『グラビティ・コントロール』により、リィエルは自らにかかる重力を弱め壁面へ大跳躍。

 壁蹴りで更に上へと身を踊らせ、天井を足場にした瞬間に呪文を解除。

 そして、ダンッ! と思い切り天井を蹴り、空中で身動きの取れないバーナードに向かって肉薄を仕掛けた。

 

「なっ⁉︎」

 

 天から迫るリィエルを見て驚愕に固まるバーナード。

 次の一撃はこれまでの比ではない。

 

 重力を味方に付け、大車輪のように縦回転をするリィエル。

 

「いぃいいいいやあああああああああっ‼︎」

 

 大剣を悠々と振り回すリィエルの剛力に、遠心力によって威力が相乗された超回転斬りが大上段より振り下ろされた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおっ‼︎」

 

 最大の危機になりふり構ってられなくなったバーナードは、封じていた近接戦闘術──リアルマジカルパンチこと魔闘術(ブラック・アーツ)を解放する。

 迸る魔力。

 拳に唸る炎熱。

 

 大地を割る剛刃と、爆炎の拳が正面から激突した。

 

 ドンッ‼︎ と身体の芯から震える轟音が響く。両者の力と力が鬩ぎ合い、その余波でリィエルの髪が激しく靡く。

 時が止まったかのような刹那の後、拮抗は破られた。

 

「──やぁっ‼︎」

 

 勝負の軍配はリィエルに上がり、彼女は力一杯にその大剣が振り抜いた。

 

「……がはっ⁉︎」

 

 隕石のように突き落ちるバーナードは地へと衝突。盛大な砂煙を舞い上がらせる。

 完全に沈黙した空間の中、宙でクルクルと回転しスタッと地へ降り立ったリィエルは、無表情のまま観客と化していたグレンへと顔を向けた。

 

「……これで合格?」

「ジジィいいいいいいいいいいいいっ⁉︎」

 

 グレンの絶叫が轟くのであった。

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 終わったぁあああああああああっ‼︎

 死ぬかと思ったわぁあああああっ‼︎

 

 私はようやく()()()()()()()()()()()()()()身体に心底安心していた。

 ……焦った、マジで焦った。まさかこんなとこにもバグが存在しているとは予想外だった。

 

 最初は自分の意思で大剣を振るっていた……のだが、比較的早くに気付いた。

 

 あっ、これやっぱノリとか気合いとかでどうにかなるもんじゃないわ、と。

 

 常にイメージするのは最強の自分と言ったな? あれは一応本当だ。

 まぁ、イメージが最強過ぎて単に身体が付いてこなかったんだけどねっ! ……大剣が私を主人と認めている? えっ、そんなこと言った覚えないけど? 超振り回されていましたけどなにか?

 これやっべぇなロクな勝負ならないぞと思いながらバーナード目掛けて剣を振り下ろしていたのだが、しばらく戦っている内に違和感が身体を包んでいた。

 

 動く、身体の動作がイメージに近づいてる!

 

 なんという成長力っ! これがリィエル=レイフォードの力かっ‼︎

 

 やっぱノリとか気合いって大事だねっ! なんて呑気に思っていたのだけれど……。

 

 そこに、()()()()()()()()()()()()()()()ことに気付いた時の私の焦りは半端なかった。

 

 ……なぁにこれぇ?

 私の身体なのに私の身体じゃないみたいだよー。憑依してる自分が言うと説得力ちょーすごいよー。とりあえずこの状態をスーパーリィエルモードと名付けよう。……誰か助けてぇええええええええええっーー⁉︎

 

 戦闘が過激になってゆけばゆくほど、身体は私の意思を全力で無視して縦横無尽に動き回る。まるで超速度で小刻みに曲がりまくるジェットコースターに乗ってる気分だった。率直に言うと吐きそうだった。

 気合いの咆哮を原作のリィエルに合わせて「いいいいいやああああああああっ!」と言っていたが、途中から「(いぃいいやぁ)ああああああああっ⁉︎」になってたからね!

 しかも私の猛攻が続いたら、なんか知らないけど目の前のおっさんが急に攻撃してくる始末だ。……ふっざけんなこのクソジジイぃいいいいいいいっ⁉︎ という、相手をぶっ倒したいという純粋な思いだけは心と身体が共有した瞬間だった。

 

 ……とまぁ、なんやかんやイレギュラーだらけの模擬戦だったかなんとか終わったところだ。

 ふははははっ! 見たかクソジジイ! 吐き気を催しながら身体が勝手に実行した超回転斬りをっ! 普通に過剰攻撃だと思ったが、多分死んでないはずだから心配とかしない。

 

「おいっ、ジジイ! 今のは流石にやばかっただろ! 大丈夫か⁉︎」

 

 砂煙に声を張るグレンの側へと歩み寄る。

 バーナードの返事はない。……えっ? もしかしてマジで殺っちゃった? 確かにスーパーリィエルモードの超攻撃特化はヤバかったけど、えっ、これでおっ死んでたらヤバくない?

 ……などと一瞬でも思った私が馬鹿だった。

 

「……どっせぇえええいっ!」

 

 おっさんが砂煙から産まれ出た。……うわ、普通に気持ち悪いわ。

 

「おぉ、生きてたかジジイ!」

「──普通に死に掛けたわぁああああっ⁉︎ なんつーもんと戦わせてくちゃってんの⁉︎」

「いや、俺の所為じゃねぇし」

「お前が連れて来た秘蔵っ子じゃろうがぁ! もうちょいリィエルの危険性を教えてくれても良かったんじゃないか?」

「いや、俺もこんなに強いって知らなかったし」

「……はぁぁぁ……、もうええわ。リィエル、お前さんは合格じゃ。今日はもう休んでええぞ」

「ん、わかった」

 

 ぃやったぁー、終わったぁー、つっかれたぁー。

 

「グレン、お腹空いた」

「ん、あぁ、んじゃ飯でも行くか」

「うん、グレン奢って」

「……まっ、お前金持ってねぇもんな。仕方ねぇか」

「わーい。ありがとう、グレン」

「こんなに嬉しくなさそうなわーいを俺は初めて聞いたぜ」

 

 私はグレンにご飯をご馳走になる為に、この体育館っぽい場所から出て行く。

 これから始まるであろう悲惨な毎日を知らずに、自分が何をしでかしたのかも理解せずに、私は夕飯に想いを馳せていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁー、酷い目にあったわい」

「──ふふっ、私としては物凄く優秀な駒ができたことが嬉しいけどね」

「……イヴちゃんか。いつから見とったんじゃ?」

「勿論最初からよ。特務分室を預かる室長として、戦力の把握は重要だからね」

「かぁ〜〜っ、本当に抜け目ないのぉ。……イヴちゃん、リィエルはまだ子ども。任務は早過ぎると思うが……」

「それを決めるのは私よ、いくら貴方が特務分室の古参だろうと、私の命令には従ってもらう、いいわね?」

「……了解じゃ」

「そう、良かったわ。それじゃあそうね、リィエルとグレンには、早速明日から働いてもらおうかしら?」

 

 

 

 

 

 






 サブタイトル詐欺とか言わないで。



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