ロクでもない魔術世界のニセ《戦車》   作:サイレン

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 キャラ設定紹介的な?






《愚者》との出会い

 

 重苦しい空気がその一室を満たしていた。

 壁に背を預けたアルベルトは、ベッドに横たわっている少女と、側で彼女を見守るグレンを見て鼻を鳴らす。

 

「……ふん、また随分と厄介なモノを拾ってきたものだな、グレン。その女は天の智慧研究会が『Re=L計画』で錬成させた例の魔造人間だろう? ……馬鹿な事をしたものだ」

 

 アルベルトは非難の目をグレンに向ける。

 先日強襲した天の智慧研究会が運営する研究所から、グレンが密かに保護した少女。

 彼女がただの被害者であったならばアルベルトもこうは責めなかった。

 今回だけはそんな簡単に片付けられる問題ではないのだ。

 

「しょ、しょうがねーだろ……あいつに頼まれちまったんだ……」

「お前がその頼みを聞く義理はない筈だが?」

「確かにそうだけど……でも……あいつは……ッ!」

「ふん。また例によって例の如く『正義の魔法使い』ごっこか? 相変わらず救いようがないな、貴様は」

 

 アルベルトが侮蔑を込めた発言を言い捨てたそのタイミングで、ベッドで寝ていた少女がごそごそ身を動かした。

 ゆっくり目を開き、身体を起こした少女。彼女はキョロキョロと首を動かし、アルベルトとグレンを凝視して首を傾げる。

 体調だけは元気そうな少女を見て、グレンは僅かに笑みを浮かべた。

 

「お、眠り姫様がようやくお目覚めだ。おい、アルベルト。説教は後にしてくれ」

「ちっ……好きにしろ。今度という今度こそ、俺はお前に愛想が尽きた」

「ははっ、お前に愛想尽かされるのもこれで十回目だな。アルちゃんのツンデレめ……ごめんなさい、どうかボクの眉間を狙うその指を下ろしてください。そんなゴミを見るような目で睨まないで、まじで怖いから」

「……ふん」

 

 付き合ってられないとアルベルトは静かに部屋から出る。

 残されたのはグレンと少女の二人だけだ。

 先程まで陽気に振舞っていたグレンは、アルベルトが退出した途端に顔を俯けて苦しそうに表情を歪めた。

 

「……くそ。……誰も彼も等しく救える……絵本の中の『正義の魔法使い』……わかってる……そんなもの、まやかしだってな……だが、俺は……」

 

 何度目とも知れない葛藤にグレンは苛まれる。

 正義の為に人を殺す。

 人の命を何とも思っていない真の邪悪を殺す。

 九を救う為に一を切り捨てる。

 グレンが目指した『正義の魔法使い』の現実がこれだ。

 

(……いや、落ち込んでいても仕方がない……。今は……)

 

 懊悩を消し飛ばすように首を振って顔を上げる。

 今大事なのは目の前の少女のことだ。

 あの赤い髪の少女との約束を守る為に。

 この青い髪の少女が幸せに生きれるように、グレンは精一杯尽力するだけだ。

 

「………ん?」

 

 視線を戻した先にいる少女。

 彼女は寝台に置いてある鏡を凝視して固まっていた。

 十秒程同じ姿勢でいた少女は首を傾げたり、片手を挙げたりした後、バッとグレンの顔を見る。

 そして、無表情のまま忙しなく顔を高速で動かし始めた。

 

「…………ど、どうしたんだ?」

 

 明らかに何かありましたという反応をする少女が心配になったグレンは、躊躇いがちにだが声を掛ける。

 ただ、少女にその声は届いていなかったのか、彼女は再び鏡に視線を移した後、両手で顔を挟んで引っ張ってもみもみしてこねくり回し始めた。

 いよいよこれは何か不味い事態が発生したのではないかとグレンが警戒心を高める中、やっと落ち着いたのか少女はグレンの方へ顔を向けた。

 

「………あなたは……えっと、……多分……」

「よう、また会ったな。いや……初めまして、の方がいいのか? こういう場合は」

「……確か…………私を、助けてくれたの……?」

「……あぁ、まぁ、そうだな」

 

 助けた、確かにそうかもしれない。

 でも、この少女のことを本当の意味で救うのは困難極まるだろう。はっきり言って、グレンの手には余る案件だ、

 それでも、グレンは……。

 

「俺は、グレンって言うんだ」

 

 そう思えばまだ自己紹介をしていなかったと、グレンは名を名乗った。

 

「……グレン、……そう、やっぱり、ここは……」

 

 最後の方は小声で聞き取れなかったが、反応を返してくれたことにグレンは微笑んだ。

 

「お前は? 改めて聞かせてくれないか?」

 

 グレンは尋ねる。

 青い髪の少女の名前を。

 

「私は……私の、名前は……リィエル……」

「そう……か。リィエル、か」

 

 切なげな笑みを浮かべて、グレンはリィエルの頭にぽんと手を乗せた。

 

「……よろしくな、リィエル」

 

 これが、グレンとリィエルの初邂逅であった。

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 どうなってんじゃこりゃああああああああああああーーっ‼︎

 

 グレンが去った病室で、私は一人声にならない絶叫を上げていた。

 

 いやね、起きてね、ちゃんと状況を把握したらね、こんなことになってたんだよ。

 

 私、フィクションの世界の人間に憑依してるんだけど!

 結構命懸けの職場に配属することが決定してるんだけど!

 『ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)』の世界なんですけどっ‼︎

 

 ……自身に降りかかっている非現実的過ぎる現象に軽く絶望していた。

 

 私は改めて鏡を見てみる。

 青い髪に眠たげな眼。

 人形のように整った顔立ち。

 極め付けに死滅した表情。

 幾ら見ても変わらない、年端もいかない少女の姿。

 

 ……どう見ても『リィエル=レイフォード』です、ありがとうございます!

 

 ──リィエル=レイフォード。

 ライトノベル原作『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』の登場人物。

 帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー7、コードネームは《戦車》。

 暴走脳筋イノシシ娘。

 ナチュラルボーン破壊神。

 がっかり斬殺天使。

 などと評判のあのリィエル=レイフォード?

 真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす、右ストレートでぶっ飛ばすをその身に体現したようなあの脳筋娘?

 

 ホワイ? なぜ? 一体何がどうしてこうなったのかしらん? 誰か教えてテルミー!

 

 と、私はグレンとの会話中に内心で叫びまくっていた。

 

 なぜ私がこれ程までに狼狽えているかと言えば、それは単純明快、この身体は私のじゃないからだ。

 さっきも言ったが、私は憑依してしまったらしいのだ。このリィエル=レイフォードの身体に。

 その証拠に、私には前世(?)の記憶がある。

 その中にあるのだ、このフィクションの世界の知識が。

 

 ロクでなし魔術講師と禁忌教典。

 魔術という超常現象が現実として存在する世界。まぁ、ざっくばらんに言えばよくあるバトル・ファンタジー物だ。

 人気もありアニメ化もされたこの作品は前世の私も嗜んでいたらしく、原作の知識が人並みにはある。

 物語の大筋はさっき自己紹介し合った青年──帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー0、コードネーム《愚者》──グレン=レーダスが魔術学校の講師となり、在学している『捨てられた王女』ことルミア=ティンジェルを巡って起こる事件にてんやわんやする的な感じだ。……うん、多分大体合ってる。白猫? 知らない子ですね。

 

 作品自体は勿論面白いと思う。

 ただ、敵対勢力である天の智慧研究会とか、メルガリウスの天空城とか、『永遠者(イモータリスト)』セリカ=アルフォネアとか、謎と伏線の大盤振る舞いで、タイトルにある禁忌教典(アカシックレコード)に至っては「作者も知らない」と言われており、これ風呂敷広げ過ぎて畳めないんじゃない? と密かに噂されてる作品なのだ。

 ……そんな世界の、しかも選りにも選ってリィエル=レイフォードに憑依とか、中々に人生厳しいものだぞ?

 リィエルの特殊な生い立ち上特務分室に所属するのは決定事項だし、そこでのお仕事は基本的に特殊な任務、諜報暗殺何でもござれのオンパレード。

 

 …………これは終わったな、うん。

 

 ……まぁ、なってしまったものは仕方がない。

 別にトラックに轢かれた記憶も、意地の悪そうな神様にあった記憶も、ついでに言うなら前世でフィクションに旅立てる的なSF技術も確立されてなかったが、戻る方法が分からないならもう諦めるしかない。

 

 溜め息を吐こうとして口を開くが、漏れるのがただの呼吸音なことに気付く。

 ……おっとー、現状を嘆き過ぎてこっちのバグを忘れていたぞー。

 

 私は再度鏡に目を移す。

 そこには、表情が『死滅』した少女の顔。

 両手でぐにぐに弄っても、引っ張っても、無理やり口角を上げても、どう頑張っても無表情から変わらない。まるで「お前の表情は既に死んでいる」「な、なんだと⁉︎」と言わんばかりの無の強制力である。

 ただ、本当に、滅茶苦茶気合いを入れて笑おうとすれば、この世全てを嘲笑っているかのような邪悪な笑みが完成する始末。

 ……これはまさかの勘違い系ですか? 心中穏やかどころか罵詈雑言喚き散らすレベルでツッコミ連発してるんですが?

 

 ……もしかしてこの子、言語機能にもバグ入ってないよね(フラグ)?

 

 試しに何か言ってみるか。さて、何がいいだろう?

 リィエルが絶対に言わない言葉なら何でもいいが……よし、あれにしよう。国民的アニメの主人公、愛と勇気しか友達がいなくて、飢えている者がいたら自身の顔面を抉り取って分け与える狂気のあんぱん型ヒーロー、その敵役であるバイキンの王の捨て台詞にしよう。なんとなく思い付いたけど、リィエルなら多分言わない。

 

 よし、言うぞ!

 全力で言うぞっ!

 バイバイキーンって言うぞっ‼︎

 せーのっ!

 

「……バイバイ……」

 

 でしょうねっ!

 そんな予感はしてたしねっ!

 分かってたけどねっ!

 

 いやでも私こんな状況で冷静でいられる自信ないなー。こうやってテンション上げてふざけ散らしてないとやってけないなー。どうにかなんないかなー。

 

「……バイバイ」

「……さよなら」

「……グッバイ」

「……アデュー」

「……あでゅ〜」

 

 キタコレ!

 どうやら平仮名表示なら意外といけそうだぞ!

 と、馬鹿なことを試しまくって早数十分。どうやらハッチャケ過ぎなければある程度問題なく言葉が発せることが証明された。

 

 ちょっと冷静になって黒歴史ばんばん作ったことに死にたくなったがまぁいい。今日はもう満足した。やる事もないしもう寝よう。

 どうせ特務分室所属でしょ? 最初の何日かはきっと保護者が付いてくれるさ。後はノリと勘で乗り越えればいい筈、てかそれしか選択肢ないし。

 原作介入とかはない。そもそも原作始まるのは二年後だから介入もクソもない。リアルって本当クソゲーだわー。人生ハードモード決定だわー。

 

 私は布団を被って目を閉じる。

 明日とか全然楽しみじゃないし、いっそ夢オチ展開をまだ信じてるけど、明日起きてもリィエルだったらもう諦めるしかない。

 

 

 

 まぁ、なんとかなるさ。

 

 

 

 ……私、魔術の使い方とか知らないけどねっ!

 

 

 

 





 《隠者》のパーフェクト魔術教室に続く。
 なお、書き溜めはもうなくなります。



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