No likeness and Sameness 作:細胞男
私とリゼさんが最後だったようで、実技試験はデュエル終了後そのまま解散という形で終わった。
終わった終わった、と言わんばかりに背伸びして帰っていく受験生や、居残って友人達と共に今日のデュエルの復習をする中等部の生徒達。
「私も帰ろっかな」
中学校の友達でデュエル・アカデミアを受験する人はいない。だからここに残っても話す相手もいないしすることもない。私はデュエルディスクとデッキを鞄にしまい、海馬ランドを後にする。
「喧嘩売ってんのかお前っ!?」
「……そのつもりは無いわ。勝手に突っかかってきて勝手に怒らないで貰えるかしら」
「何だとこのアマ……!」
海馬ランドを出てすぐ、そんな2人の声が聞こえる。
声のした方では、赤紫色の髪をした女の子が、金髪にサングラスをかけたいかにもな男性に絡まれていた。
「ちょ、ちょっと!何やってるんですか!」
考える前に体が動き、気づけば私は2人の間に割って入っていた。
「なんだこのガキ……?」
「怖がってるじゃないですか!」
「……いいえ、怖くなんて無いわ」
「話をややこしくしないでください!」
そんな女の子の態度についにキレてしまったようで、男が私を突き飛ばして女の子の胸ぐらをつかむ。
「いいからとっとと俺から盗った金を返せよ!」
「……だから、盗んでいないって言っているでしょう。貴方の不注意を私のせいにしないで頂戴」
「え、えっと、お金を盗んだ……っていうのは?」
男は少し冷静になったようで、事の発端を話し始める。海馬ランドに入ろうとしたらポケットの中にあるはずの財布がないこと。周囲を見渡してみたらこの女の子が自分の財布を持っていたこと。
「だからこれは私の財布よ。たまたま貴方のものと同じってだけ。中に学生証も入っているわ」
「んなもん後で入れれば良いだろうがよ!そいつは俺のに決まってる!」
男は女の子の言葉に納得いかないようで、なおも怒鳴り続けている。
叫びすぎて喉が乾いたのか、鞄の中から未開封のペットボトルを取り出して飲み始める。
「ペットボトル……」
私はふと、海馬ランド入り口の近くにある自動販売機に目を向けた。
一見何も落ちていないように見えたが、よく調べてみると自動販売機の下に何かが見える。
「あ、あの!」
「何だよしつけーなぁ!」
「あっちの自動販売機の下に何かが落ちてるみたいなんですけど、あれじゃないんですか?」
「はぁ?」
男はあまり気乗りしない様子で自動販売機の下に手を突っ込み、何かを取り出す。それは女の子のものと同じ、黒色の財布だった。
「……それで、何かいうことはあるかしら」
「す、すみませんでしたっ!」
「私じゃなくてこの子に謝りなさい。貴方、この子の事突き飛ばしたでしょ」
男は心底恥ずかしそうに、私に向けて頭を下げた。
「本当にすみませんでしたっ!」
「い、いやぁ大丈夫ですよ!怪我してないですし!」
男は何度も頭を下げながらその場を去り、私と女の子だけがその場に残された。
「……変わらないのね。貴女は」
「変わらない?」
「……こっちの話よ。助かったわ。ごめんなさいね」
この子と出会うのは初めてな筈なのに、何故かどうしようもなく懐かしい気がして、考える前に言葉が飛び出ていた。
「『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』だよ!」
そう言うと、女の子はほんの少しだけ笑みを浮かべて呟いた。
「……ありがとう。助かったわ」
「うんうん!その制服から見るに、あなたって中等部の生徒だよね?」
「……えぇ。あなたは遅刻魔さんだったわね」
「あ、あはは……それなら同級生って事かな!?アカデミアではよろしくね!」
もっとも、私の合格は確定じゃない。試験官の先生は期待してて良いと言ってくれたけど、万が一もありえる。それでも結果には自信がある。大きなミスはしてないし、バルキリオンも出せたのだから。
「あ!ねぇねぇ、中等部の人って、デュエルが強いって聞いたんだけど」
「……そう、なのかしら?あんまりそんな気はしないけど……」
「でも、私よりはデュエル出来るよね!私、デュエルは始めたばっかりでさ、入学する前に色々教えて欲しいんだ!」
「デュエルを始めたばかりで試験官を倒せるとは思えないわ……」
女の子は少しだけ考えるように視線を下げると、小さくうなずいてから言った。
「……まぁ、いいわよ。さっきのお礼というのは何だけど、少しだけ付き合ってあげるわ」
「いいの!?ありがとう!」
女の子の手を取ってぶんぶんと振ると、迷惑そうな瞳で見られた。
「ぁ、ごめん」
「いいわよ、そのくらい。それで、何が聞きたいの?」
デュエルを教えてくれる人も居なくて、雑誌とかしか見てこなかったから、そもそもルールにも不安なところがある。他にもカードの種類やデッキの立ち回り。注意した方が良いカード。気になることは色々あるけど、今1番知りたいのは――
「そう言えば自己紹介してなかったね!私、牧音マキナ!あなたの名前は?」
「……そうね、自己紹介しなくちゃね」
女の子は長い髪をかきあげると、悲しそうな笑みを浮かべながら言う。
「
「遊里ちゃんだね!これからよろしく!」
今度は優しくゆっくりと。お互いに手を握った。
「それで早速なんだけどさ、この後時間ある?あるなら私とデュエルしない?」
「今?」
遊里ちゃんはしばらくなにかを呟きながら俯くと、やがて顔をあげて頷いた。
「……いいわ。一戦だけね」
遊里ちゃんのその言葉が嬉しくって、つい私は彼女の手を取って走り出してしまう。
「わーい!それじゃ、早速デュエルできる場所を探そー!」
「ちょっと、引っ張らないで……!」
目指すは広くて人気の少ないところ。……ずっとここに住んでるのに土地勘は無いけど、今日ならすぐに見つかりそうな気がする!
1時間後。何とか人気の無い公園にたどり着く頃には、遊里ちゃんの顔は真っ青になっていた。
「はぁ……はぁ……良くそんな、走って、いられる、わね……」
「ご、ごめんね……私方向音痴なんだよねぇ、この町に住んでるんだけど……」
「でしょうね……はぁ……。少し、休憩させて貰えるかしら……」
ぐったりとした様子の遊里ちゃんをベンチに座らせて、近くにあった自動販売機でお茶を買ってくる。
「これ、飲む?」
「いくらだったの?」
そう言ってサイフを取り出そうとする遊里ちゃんを止める。
「これはお詫び的なものだから!相当付き合わせちゃったし、これからデュエルも教えてもらうからね!」
「……いえ、でも……」
「気にしない気にしない!ささっ、それ飲んでちょっと休憩したら、デュエルしようね!」
「……そう。ごめんなさいね」
「もう、『ごめんなさい』じゃないよ!」
さっきやったようなやり取りが滑稽だったのか、遊里ちゃんが少しだけ吹き出す。
「ふふっ、そうね。ありがとう、牧音さん」
「お!笑った!」
「ぇ、ぁ……わ、笑ってなんかいないわ!」
「遊里ちゃんが照れてる!かーわーいーいー!」
遊里ちゃんは顔を真っ赤にすると、視線をそらして拗ねたように呟く。
「デュエル、教えてあげないわよ?」
「ご、ごめんなさい……」
「……ん。仕方ないわね」
お茶を飲んで汗を拭いて。遊里ちゃんはゆっくり立ち上がると、デュエルディスクを装着する。
「それじゃあ、始めましょうか」
「もう疲れてないの?」
「疲れてても平気よ。お手柔らかにね、牧音さん」
「それはこっちの台詞だよ!……よーし、それじゃあ頑張っちゃうよ!」
町の外れにある小さな公園。夕焼けが私たちをオレンジ色に染め上げている。
ここにあるのは静寂だけ。観客も実況もいない、2人だけの決闘。
「「デュエル!」」
マキナ VS 遊里
「私の先攻っ!ドロー!」
さすがに1ターンでは揃わない、かぁ。最初からバルキリオンを召喚出来たらすごく格好良いと思うんだけど……。
とりあえずここは、攻撃力の高いモンスターを出しておこう。
「私は、【磁石の戦士β】を召喚!」
ATK1700 LV4
「そしてフィールド魔法、【マグネット・フィールド】を発動!」
私の足元から磁場が広がり、フィールド上の全てのモンスターに磁力を宿す。
磁場の中ではテンションが上がるようで、磁石の戦士βは普段よりもキリリとした目を遊里ちゃんへと向けていた。
「さらにカードを1枚セット。ターンエンドだよ!」
マキナ LP4000 手札3
モンスター:
磁石の戦士β
魔法・罠:
マグネット・フィールド、セット1
「私のターン。ドロー」
遊里ちゃんは手札を一通り見ると、迷うことなく1枚のカードをデュエルディスクにセットする。
「私は【
地面を割り、小さな植物が遊里ちゃんの足元に生える。その姿は食虫植物のハエトリグサに良く似ている。
ATK400 LV2
「攻撃力400のモンスターを攻撃表示……?」
「……そうね。まず最初に良いことを教えてあげる。このゲームにおいて、レベル・ステータス・モンスターの見た目だけを見て侮るのは愚の骨頂よ。ステータスの低いモンスターには、それを補ってあまりあるほどの効果を持つモンスターもいる」
この子みたいにね。と、遊里ちゃんはフライ・ヘルの頭(?)を撫でる。
フライ・ヘルは嬉しそうに身じろぎすると、大きな口を磁石の戦士βに向けて開く。
「【フライ・ヘル】の効果を発動!1ターンに1度、相手のモンスターに【捕食カウンター】を1つ乗せるわ」
フライ・ヘルの口から放たれた小さな種子は、磁石の戦士βにぶつかるとすぐさま成長しその体に絡み付く。
「さぁ、バトルよ。【捕食植物フライ・ヘル】で、【磁石の戦士β】に攻撃」
「そんな、攻撃力が低いのに……!?」
「この瞬間、【フライ・ヘル】の効果を発動。このモンスターが自身よりレベルの低いモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行わず相手モンスターを破壊する」
フライ・ヘルのレベルは2。でも磁石の戦士βのレベルは4の筈……!
LV4→1
「そんなっ!どうして!?」
「【捕食カウンター】の乗ったレベル2以上のモンスターは、全てレベル1になる」
磁石の戦士βは抵抗しようともがくが、絡み付いた蔦がその動きを封じる。
フライ・ヘルは自分の元の大きさの数倍大きく口を開け、磁石の戦士βを丸呑みにした。
「っ!でも、【マグネット・フィールド】の効果が発動!【磁石の戦士】との戦闘で破壊されなかったモンスターは手札に戻るよ!」
「いいえ。【フライ・ヘル】にその効果は通用しないわ」
フライ・ヘルの体内で磁力が反発しあう。しかしフライ・ヘルはそれを気にすることなく遊里ちゃんの足元に戻る。
「【マグネット・フィールド】の効果は、戦闘を行ったモンスター……つまりダメージ計算を行ったモンスターにのみ働くわ。【フライ・ヘル】はダメージ計算を行わずに相手モンスターを破壊した。よって【マグネット・フィールド】の効果では除去できないのよ」
「まるで意味がわからないよ!?」
さらに、磁石の戦士βを飲み込んだフライ・ヘルが巨大化していく。あっという間に遊里ちゃんの身長を越え、上級モンスターでも飲み込めるほどのサイズに。
LV2→6
「【捕食植物フライ・ヘル】は喰らったモンスターのレベル分自身のレベルを成長させるわ。やがてこの子は、【捕食カウンター】すら必要としなくなる」
相手モンスターを破壊する度に破壊できる範囲が増えていくモンスター。今のフライ・ヘルを倒すには、レベル7以上のモンスターがいなければならない。
「もっとも、どれだけレベルが高くても【捕食カウンター】が乗ればレベル1になってしまうけどね。私はカードを1枚セットしてターンエンドよ」
遊里 LP4000 手札4
モンスター:
捕食植物フライ・ヘル
魔法・罠:
セット1
「【フライ・ヘル】を倒せないようじゃ、デュエルを教える意味もないわ」
さぁ、この壁を乗り越えてみなさい、
得意気な表情を浮かべ、心底楽しそうに遊里ちゃんはそう言った。
黒野遊里
マキナとは対照的な、物静かで何事にも冷淡な少女。そのプレイングはプロデュエリストにも匹敵することで、中等部ではトップクラスの成績。アカデミアで1度も負けたことがなく、他の生徒からは戦っていてもつまらないと思われている。そのため彼女と戦おうとするものは少ない。
基本的に常に冷静だが、思い込みが激しい部分がある。
赤紫色のロングヘア。瞳は暗い緑色。
使用デッキは『捕食植物』。
はい。名前から察せられる通り捕食植物です。彼女がヒロイン(予定)です。1話に出てきたリゼさんの出番はもう少し先かと。
今回は前編という形になるので、次回はこのデュエルの決着(予定)になります。
投稿ペースはそんなに早くないですが、次回も読んでいただけたらうれしいです。
それではー