勇者「えい、えい」魔王「…」   作:めんぼー

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勇者とは、勇気ある者。


ごめんね―

時は少し遡り―。

 

~東門上部への階段~

 

「はぁっ…はっ…はぁ…!」

 

黒いローブの女と話し終えた勇者は一人、息を切らし東門の横に併設された建物の中にある、螺旋階段を駆け上がっていた。

 

―あの娘に伝えてもらいたい事がある。―

 

ローブの女からの伝言を、土魔に伝えるために走り出した勇者。

しかし頂上までの道のりは、かなり険しかった。

 

中間の国は、国とは呼ばれているものの、軍隊を保持せず対人の自警団のみが巡回している。そのため、魔物に対しては別に自衛する手段を用いなければならない。

 

かといって武器を持とうものならば、敵対意思とみなされ殲滅される。ではどうするか?

 

民衆が出した答えは、高い壁で国を囲い、外敵から身を守るというものだった。

結果は良好、魔王は不要な争いを避けよと襲わずにいた。戦わずして身を守る事を成し遂げたのである。

 

 

しかし皮肉にも国民を守るために建てた壁が今、勇者を苦しめている。

 

その高さ、およそ30メートル。大人ですら駆け上がる事を尻込みする事は自明の理。

わずか7歳の身体でそれを駆け上がり、しかも敵である土魔と対面しなくてはならない。

 

しかし土魔に伝えなければならない事がある。先程のローブの女の言葉だ。

伝えればこの戦いは幕を下ろす、と言い残し女は消えた。

 

『幕を下ろす』という言葉の意味はわからない勇者であったが、恐らく『終わる』という事をなんとなく察知したのだろう。

女が消えるや否や、はじける様に走り出していた。

 

「あっ」

 

駆け上がる途中で足を滑らせる勇者。派手に転び、5段ほど元来た道を転げ落ちる。

顔を擦りむいてしまい、右頬には擦り傷が出来てしまう。

 

「いたっ!……っはぁ…っはぁ…いたくない!」

 

すぐに立ち上がり、走り出そうとする勇者。しかし―

 

「あぅ…っ!」

 

突如右足の脛に激痛が走る。たまらずしゃがみこむ勇者。ズボンの裾を捲ると、右足の脛が腫れ上がっていた。恐らく―

 

 

骨折。

 

 

だが勇者には骨折という状態を理解するには幼すぎた。

強靭な精神―。戦士に『熱い』と言わしめた勇者の心は、勇者の身体を容赦なく引きずっていく。

 

「いかなきゃ…いかないと…」

 

動かせない右足を庇いながら手すりに掴まり、片足で登り始める勇者。そして―

 

「あ…」

 

頂上への出口へと辿り着く勇者。ここを出れば土魔と対面する事になる。もしかしたら戦闘の可能性も十分に考えられた。

 

「うん、うん…だいじょうぶ…いこう」

 

鉄の扉のドアノブに手をかけ、ゆっくりと開く勇者。開ききると、落下防止用の柵で囲まれ整備された道の先、門の上付近に佇む土魔がいた。

金属音を伴って開いたため、土魔も勇者に気付いている。

 

「勇者…」

 

勇者を見つめる土魔。その手には杖が握られていた。

鉄の扉から離れ、ゆっくりと…一歩ずつ土魔に近づく勇者。

土魔まで残り5メートル程になった時、そこで止まれと土魔が喋り、勇者の足が止まる。

 

「…こんにちは。またあえたね」

「勇者…その足…」

「ちょっところんじゃった…えへへ」

 

捲られた右足の裾。紫に腫れ上がった脛の部分を見て、素人目に見ても骨折だとわかる。

大人でも叫ぶほどの激痛。それに耐え笑顔を作り歩み寄ってきた勇者。何が少年をそうさせるのか。

 

「ぼくのこと、しってるんだね」

「あぁ、伝説の勇者様じゃろ」

「そっか…」

「そのような演技はやめよ。わしは全て知っておるぞ」

 

土魔は勇者を睨み、今にも飛び掛ろうとするのを堪えている。

 

「3年前、わしの母も、そうやって油断させて殺したのであろう?」

「そんなことしてないよ」

「嘘をつくな!お主が、勇者の末裔が殺したという話も出ていた!決定的じゃろうが!」

 

「ねぇ、きいて!きみにつたえたいことがあるんだ!」

「黙れ!!!友達と言って近づいたり、名を明かすのを躊躇ったり!わしを…馬鹿にしおって!」

 

「ばかになんてしてない!」

「一人座って腹を空かせた小娘が、哀れだと思ったか!?食べ物や小道具なんぞで釣って飼いならそうとでも思ったんじゃろ!?」

 

「ちがうよ!」

「何が違うんだよ!だったらなんで…っ」

 

土魔の赤い瞳から涙がこぼれる。

 

「なんでキミが【勇者】なの…」

「あ…」

 

勇者は返す言葉が見つからなかった。

何故、自分なのか。考えたこともなかった。およそ数ヶ月前、始まりの国の教会へお祈りに行ったところ、神父に呼び止められた。

 

神父曰く、神のお告げでキミが勇者だ―。と。

嬉しかった。物語に出てくる英雄、人々から感謝される正義の使者。

雲の上の存在である王様にも会えた。僧侶と出会えた。戦士と出会えた。何より―

 

目の前の【初めての友達】に出会えた。

そして今、その友達を泣かせているのは自分だった。思考が完全に止まりパニックを起こす。たどたどしく口を開く勇者であったが―。

 

「お、おねがい…はなしを…」

「うるさい!!」

 

土魔は激昂し、話を聞ける状態ではなかった。

 

「ゆるさない…許さない!!初めて友達が出来たと思った!人間でも!私にとっては初めての友達!!そう思ったのに!!!」

 

【土魔を中心に魔方陣が展開される!】

 

「構えろ!!!今ここでお母様の敵を討つ!!!」

「まって!はなしを―

 

 

「茶番はそこまでだ」

 

2人は声のした方へ振り向く。

一人の魔族の男が宙に浮いていた。

 

「お主は…側近か…なんの用じゃ」

「…ふん」

「このひとが…」

 

側近と聞いて勇者が反応する。

側近と呼ばれる男は、土魔の問いかけに鼻で笑って返し、右手を天に掲げた。

次の瞬間―勇者と土魔を囲うように一つの魔方陣が展開される。

 

「なっ…!貴様、何の真似じゃ!」

「【魔封呪文(マホトーン)】」

 

側近がそう唱えると、魔方陣は光り出し、勇者と土魔に電流が走る!

 

「うわぁぁぁあああっ!」

「う…っぐ…側近…キサマァ…ッ!」

 

電流が止まり、地に膝をつく勇者と土魔。

しかし勇者はそのまま倒れこんでしまう。

 

「うぁ…あし…いた…」

 

電流が勇者の骨折した部位に流れ、痛みを更に悪化させる。

土魔は立ち上がるも、身体に力が入らない状態になっていた。

 

「なんじゃ…?魔力が…うまく操れん…」

「ほう、私の【魔封呪文(マホトーン)】を食らってまだ立つか」

「今のが【魔封呪文(マホトーン)】じゃと!?攻撃を伴う【魔封呪文(マホトーン)】など聞いたことがないぞ!!」

 

本来【魔封呪文(マホトーン)】とは、相手の魔力の流れを乱し、呪文を封じる。

攻撃呪文ではないので、ダメージを受ける事などない―はずだった。

 

「私のは特別でね、貴様らのような貧弱な代物ではないのだよ。それにしても…」

 

勇者の方を見る側近。足を抑えてうずくまっている勇者を見ると―

 

「軟弱、且つ脆弱。弱い、弱すぎるな。伝説の勇者とやらもこの程度か。」

 

側近は右手を勇者に向ける。火球が現れ勢いを増す!

 

「貴様…わしらの一騎討ちを邪魔するか…」

「甘いんだよ、お前ら親子は。そうやって正々堂々としているから、碌でもない目に合う」

 

「なんじゃと…?」

「いいだろう、教えてやる。お前の母親は後ろから討たれたのさ、こんな風にな」

 

側近は勇者にかざしていた火球を土魔に向ける。

火球は更に大きさと威力を増していく!

 

「【極大火球呪文(メラゾーマ)】」

「なぜ貴様がそんな事を知っている…」

 

火球が土魔の眼前に迫る。

赤き紅蓮の炎が、土魔を焼き尽くさんと近づいてきたその時だった―。

 

「わあああああああああぁぁぁ!!!」

「勇者!?」

 

咄嗟に土魔を押し倒し、一緒に倒れこむ勇者。

火球は2人の上を通り、後ろの落下防止柵を破壊する。

 

「馬鹿者!何をしておる!離せ!」

「にげて!」

「なんじゃと?」

「あのひとがやったんだ!きみのおかあさんをおそったのは、あのひとなんだ!キミのおかあさんがいってたんだよ!」

 

「…は?」

 

まるで意味がわからない、理解できない。

 

きみのおかあさん?

 

お母様?

 

お前が殺したんだろう?

 

 

 

 

 

「あの女が生きているわけないだろう。肺を貫いたのだ、ほぼ即死のはずなのだがな」

 

 

 

 

 

あれ、なら何故勇者は生きている?

 

今よりも幼い勇者が、お母様を手にかけるところを側近が見かけたのならば、易々とその場で殺すことはできたはず。

 

そして何故今、勇者に殺し方を教えた?

 

勇者は知らなかった?

 

正々堂々としているから…後ろから討たれた…?

 

何故側近が、自分がしたように語る…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか―

 

 

「側近…貴様がお母様を殺したのか…?」

「だったらなんだ?」

 

即答する。

 

それも無表情で。

 

当たり前だとでも言うような口調で。

 

頭の中が真っ白になる。

 

勇者の末裔が殺したのではなかった。

 

勇者ではなかった。

 

【友達】が殺したのではなかった。

 

「ゆう…しゃ…」

 

勇者の方を向く土魔。勇者は足を抱えうずくまっている。

 

「知ったところでどうもできんだろう。安心しろ、貴様も母親の下へ送ってやる」

「あ………」

 

次の火球を手に側近は土魔を狙っていた。しかし土魔は思考が停止し、次の行動が取れない。

 

およそ子供の情報処理能力というのは大人よりも少ない。

一度に大量の情報が土魔の脳に流れ、次の行動を制限してしまった。ただ―

 

「ごめん…なさい…」

 

止まらない。とめどなく溢れる土魔の涙。

後悔の念が押し寄せてくる。親の仇を目の前にして動けない。 

 

【側近の手から、火球が放たれる!】

 

「うっ…く…!」

 

【勇者は、土魔の前で仁王立ちした!】

 

「ゆうしゃ…」

「おねがい、にげて」

「ゆう―

「ごめんね―」

 

【火球は勇者に直撃する!】

 

「勇者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「ちっ!しぶといやつめ…邪魔をしおって!」

「あ…っ…ゅ…ゆうしゃ…」

 

【火球が直撃し、勇者は吹き飛ばされる!】

 

「今度こそ母親の下へ行け!土魔!」

「だ、誰か…勇者を…」

 

【側近の手に、火球が現れる!】

 

「死ねェ!」

「お願い…助けて…」

 

【側近の手から、火球が―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させねぇ!!!!!!」

 

上空から突如、何者かの斬撃が、側近の腕を切り落とす!

 

「なっ…ぐあああああああああああああああああ!!!!!」

 

断末魔にも等しい悲鳴は、東門一帯に響いた!

 

「勇者!しっかりしろ!おい!聞こえるか!」

「勇者様!聞こえますか!勇者様ぁっ!」

 

上空から降りてきた火魔と水魔。

そしてその上空には飛龍と風魔がいた。

 

「ぁ…ぅ…」

「よし、聞こえるな!今から水魔に回復をかけてもらう、堪えろよ!」

「…だ……れ…?」

 

誰だかわかってないという様子の勇者。それに構わず火魔は指示を続ける。

 

「水魔、回復魔法をかけ続けろ!いいか!絶対に諦めるな!」

「わかってるわよ!もうやってる!命に代えても…!」

 

「ぁ…のこは…?」

 

息も絶え絶えに必死に声を絞り出す勇者。

 

「あの子…?土魔のことか!大丈夫だ、向こうで座ってる」

「ょか…た…」

 

そう一言漏らすと、勇者は深い眠りに落ちた。

 

「勇者っ!?」

「大丈夫、眠ったみたいです。…疲労がピークに達したんでしょう。あと一歩でも遅れていたら…」

「間一髪ってわけか…ひやひやさせやがる…」

 

火傷している身体を治癒しながら、勇者の足を見る水魔。

 

「こんなになるまで…子供のくせに…馬鹿ですね…ぐすっ」

 

泣きながら足へも回復魔法をかける水魔。

紫色に腫れ上がった右足の脛は、あっという間に元の肌色へと回復する。

 

「熱い熱いとは思ったが…俺より無茶しやがる…」

 

優しい顔でそう話す火魔の後ろから―

 

「裏切り者の四天王がおめおめと…貴様らァァァァァ!!!!!!!!」

 

右腕を切り落とされ、激昂した側近が叫ぶ。

 

「残念だけど、四天王は全員あなたに敵対する事になるわ。それと、飛龍もね」

 

飛龍から降りてきた風魔はそう話し、土魔に歩み寄る。

しゃがんだ風魔は、優しく土魔を抱き寄せ―

 

「よく頑張ったわね」

「ぁ…………ぅぇ…風魔…ゅ…勇者が…」

「あの子はもう大丈夫、泣きたいときは泣いていいの、まだ子供なんだから」

「ひっ…ぅ…うわぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

風魔にしがみつき号泣する土魔。我慢していた感情が決壊する。

 

「とうとう尻尾を出したな、下種が」

 

土魔と風魔の横に降り立つ飛龍は、憎悪に満ちた目で側近を睨んだ。

 

 

 




集結する四天王、その背には傷ついた勇者―!

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