時間は経ち双刃が、彼女の手術を行う日となった。
「やぁ、刃。待ってたよ」
「ああ、俺もだ」
病院の前で待っていた僕は、今しがた来た刃と少しだけ話をして要件を済ませる。
「はい、これ。頼まれてた物だよ」
「ああ、すまんな。助かる」
今までの刃ならば、返ってこなかった返事。
もともと、自分の信念を持ってはいるけど、自分が成し遂げたいと思った事に関わるなら信念を捨てる事も厭わないのが刃だ。
でも、そんな光景を何度か見たことあったけど、今日の刃は今までの刃よりも何処か希薄だった。
「刃、もしかして怯えてる?」
「‥‥はぁ、やっぱお前にはバレるか」
「当たり前でしょ?僕は君とは、割と長い付き合いなんだから」
そう返す僕の言葉にもう一度息を吐いた刃は、ポケットに入れていた右手をだしてその手のひらを見つめる。
「今まで、何度か人を救うやら助けるなんて言ってたが、実際に他人の命を預かると思うとやっぱ、普通じゃあ居られねぇなぁ」
そう言う刃の顔は、何処か皮肉るような雰囲気だったが、次の瞬間には何時もの覇気を纏った刃へと戻っていた。
「そんじゃあ、行ってくるわ」
「あ、ちょっとまって。白衣って持ってる?」
「いや、まだだが?」
病院へと行こうとする刃を呼び止め、もう一つ持っていたバックを渡す。
「前祝いだよ。僕と統真は信用してるよ。何たって僕らは親友なんだから」
「ふっ、ありがとな。遠慮なく貰っとくわ」
二つのジェラルミンケースを引っさげて中へと入っていく刃の後ろ姿は、何時もの刃よりも随分とカッコよく見えた。
「お待たせしました。来夏さん」
「うん。大丈夫だよ。それよりもアレはどうだい?」
「はい。ちゃんと持ってます」
来夏さんと会った俺は、博斗から貰ったジェラルミンケースを見せる。
「それじゃあ、始めようか。準備はいいかい?」
「えぇ、大丈夫です。じゃなきゃ、居ませんよ」
「そうだね。行こうか。僕らの仕事は人を救う事だよ。それだけは忘れちゃダメだよ」
「分かってます。それを今まで習って来たんですから」
杏奈。お前は、お前の望んだ世界を俺が見せてやる。
だから、今は不甲斐ない俺が頑張るのを見守ってくれ。
俺はお前を絶対に助ける!
「やっぱり、あんたは来たな」
「誰だ。お前は」
博斗が用事を済ませ、双刃が自分の夢を叶えようとしだしている頃、俺は目の前に佇む
「知らないなら、知らなくて結構だ。どうせ忘れるだろ?」
「ふん」
会話になってない会話をしながら、俺は敵意剥き出しの篠ノ之束の眼を見据える。
「そんな事より、退け」
「嫌だ、と言ったら?」
「死ね!」
敵意から殺意へと変わり、俺をやりに来た篠ノ之束を空気投げの応用で、いなして流して組み伏せる。
「ガハッ!」
「おいおい、物騒だな?そこまでして、あのヤブ医者を殺したいか?まぁ、俺らがさせねぇがな」
それにしても俺も随分と甘くなったものだ。
殺されそうになったら、無力化じゃなくて撃退でもなくて殺ってたのによ。
『イテェか?
自分よりもボロボロで満身創痍で、明らかにこっちの有力なで俺が勝つのは目に見えているのに、あいつは双刃は、自分の信念を揺らがずに立っていた。
あの時の俺とあの時の双刃。何が違ってたのかは、今でも分からない方が多い。けど、一つだけ分かったことが言えることがある。
「離せ!私に触れるな!わたしの邪魔をするな!お前ごときが、私の
「断るぜ。いや、
篠ノ之束を掴み上げて、宙ぶらりんにする。
そして、拳を構えて呼吸を整える。
篠ノ之束は、尚も俺に何か言葉を放つが聞こえない。聞く気がない。
『お前が、馬鹿で助かった。あの野郎のように頭良くなくて助かった。感謝してるぜ、バケモノ。お陰で俺は今までより強くなれた!』
「あんたが、来てくれて助かった。あんたが、ただの人じゃなくて助かった。感謝感激だ、篠ノ之束。あんたのお陰で俺は自分を知れた」
あいつとの最初で最期の大喧嘩の果てに、あいつのトドメの一撃を放つ時に言われた言葉を俺風に篠ノ之束へと放つ。
そして、そのまま渾身の力で拳を振り抜く。
「ごはっ!」
「俺の勝ちだ」
バタッと地面に倒れて気絶する篠ノ之束を尻目に、博斗からのサムズアップのサインを視界に入れる。
「はは、言ったろ?俺らが組めば、俺らの
そのサムズアップは、双刃の野郎があの女を救ったってことだ。
だが、あいつはこれから手術よりも大変になるだろうな。
「樋之上家、旧姓“
もう一波乱ありそうだ。
篠ノ之束が、双刃を殺そうとした訳。
・手を抜いているとは言え、自分を組み伏せられた相手に何も感じなかった。
・感じなかったという事を感じた脳は、双刃に対して一種の恐怖を感じた。
・それにより、始末する事を選んだ。
以上です。
次々回で、終わると思います。
最後まで読んでいってください。