「海見えたー!!!」
1組の全員でバスに乗り、数時間後。
少し長いトンネルを通る事、数分。抜けた其処には今の季節にぴったりの景色が広がっていた。
その光景を見た女子たちがキャーキャーと騒ぎ立てる。
少しどころかかなり騒がしくなった車内の中で、俺は何気ない気持ちで窓から景色をただただ眺めていた。
『君の願いを叶える。でも、チャンスは一度だ。これを逃せばもうチャンスは無いよ』
今日の朝、来夏さんによって唐突に告げられた希望と絶望のメッセージ。
普通、医者になるには資格と免許を取った後も途轍もない期間と労力が必要になる。だが、来夏さんからの推薦、高校の職業体験の時の俺の実績から期間をすっ飛ばし、医者として認めると言う事を教えてもらった。
だが、この破格のメリットの反対のデメリットは、その時に免許を取れなかった場合、二度と受ける事が出来ないと言うものだ。
出来れば望みが叶う。
出来なければ望みが絶たれる。
出来れば彼奴をこの手で救える。
出来なければ彼奴を見捨てる。
出来れば親父との約束を果たせる。
出来なければ親父との約束を破る。
不安と嬉しさが飛び交う今の俺には、バスの中で楽しんでいる女子たちの様には出来なかった。
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
呆然と外を眺めていたら織斑先生の言葉に気付き、全員がささっと自分の席に戻った。にしても相変わらず素晴らしい指導力である。
その後織斑先生の言葉通り、数分後には目的地に到着し、皆んなバスから降りた。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」
織斑先生の言葉の後、旅館の女将さんらしき人に向け全員で挨拶をする。
「ふふ、こちらこそ。今年の一年生も元気があっていいですね」
この女将さんのいる旅館は、毎年お世話になっているらしく織斑先生が何処か申し訳なさそうにしていた。
そう考えていたら、女将さんと目があった。
「あら、こちらの方々が噂の‥‥」
目があったので、俺と一夏は取り敢えず会釈を返しておく。
女将さんもそれに合わせて軽く会釈してくれた。
「ええ、まあ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。それにいい男の子たちじゃありませんか。しっかりしてそうな感じですし」
「一人は兎も角もう一人は感じがするだけです。無礼者です」
織斑先生の酷い言われ様に流石に苦笑いを浮かべながら、列へと戻る。
「それじゃあみなさん、お部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所が分からなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」
そんな女将さんの言葉に返事を返して、旅館の中へと入っていく。
その道中で、今悩んで答えが見つからない、と割り切り楽しむ事にした。
部屋へと向かおうと思ったが、俺と一夏の部屋がない。
それで気になり、織斑先生に聞いて見た。
結論から言うと、俺たちの部屋は織斑先生と隣の部屋になった。またも一人部屋である。織斑先生曰く、「私の部屋の隣なら多少の牽制になるだろう」とのこと。確かに隣の部屋でドタバタと騒いでいたら織斑先生も気付くだろう。
それよか、今日一日は出来るだけ楽しみますかー。